射撃場の老人
「おや、君は確かルカちゃんのお弟子さんではなかったかね? 」
そう言って目の前に現れたのは老人の男性だった。小柄で眼鏡を掛けており優しそうな顔つきが印象的な老人だ。僕もその顔には見覚えがある。おそらくルカちゃんというのはルカ先生のことだろうから彼女の知り合いなのだろうということは推測出来るのだがそれにしてもこの人、一体何処で会ったんだっけ?
「ほら、射撃場によく二人で練習に来てたじゃろうが!? 」
「あっ! 」
そこで僕はようやくその老人のことを思い出した。その老人は僕がルカ先生に射撃を習っている時に通っていた射撃場ーー先ほどシェリルの背に乗っている時に上空から見えたーーで店番をしていた人だ。その人がルカ先生と親しげに喋っていたのを僕は思い出した。
「思い出してくれたかの? ならその銃を下げてくれんか? 」
そう言われて僕はゆっくりと銃口を下に向けた。
「……何をしておるんじゃ? 」
その小柄な老人は僕にそう尋ねてきたが僕は何と言っていいのか分からず黙っていた。真実を話しても信用してもらえるのかどうか分からないと思ったからだ。だがルカ先生の知り合いなのだから悪い人ではないだろうという判断も出来る。一か八か真実を打ち明けてみるか? だが僕が迷っているとその老人は僕より先に口を開いた。
「……それはドラゴンか? 」
僕の背後に横たわるシェリルを見てその老人は言った。だがその老人の表情は変わらず淡々としている。僕は一言答えた。
「……僕の親友です。」
僕とその老人は暫くお互いの目を見ながら無言で対峙した。もしこの老人が表情を変えずとも頭の中で「ドラゴンの心臓を喰えばワシは若返れるんじゃ! 」とでも思っているなら僕はこの人を撃ち殺さなければならない。だが何をもってしてその真意を看破するのか、その方法が僕にはなかった。
「……ルカちゃんはどうしとる? 」
突然その老人はルカ先生のことを聞いてきた。僕は少し面食らったが動揺を隠してその質問に答えた。
「……ルカ先生は故郷に帰りました。」
「なんと! 本当か? 本当なら残念じゃなぁ。ワシはあの娘が大好きだったんじゃがな。」
そう言うとその老人は背中に背負った荷物を脇に下ろしその場に座り込んでしまった。顔には本当に残念そうな表情を浮かべている。僕は立ったままその老人に聞いた。
「……あなたはルカ先生とどういう関係なのです? 」
すると老人は僕を見上げて微笑みながら言った。
「お? 気になるか? ふふふ、じゃあワシとお前さんはライバルじゃな。」
老人はそう言って笑った後、ゆっくりと語り出した。
「あの娘がこの国に来てすぐの頃、ワシの射撃場によく来とったんじゃ。黙々とライフルを撃っておったな。おそらく最初は周囲に馴染めんかったんじゃろ。友達もおらんようでよく一人で長い時間撃ちまくっっておったわ。」
ルカ先生にそんな過去があったのか! 意外だなと思いつつ僕は老人の言葉に耳を傾け続けた。
「ワシが話し掛けても最初は返事すらしてくれなんだ。後から聞いた話だと最初のうちは言葉もよく分からんかったらしい。でもしばらくするとワシらは友達になった。彼女はワシにいろんなことを話してくれた。片言じゃったが一生懸命な。やはり言葉や生活習慣の違いで軽いホームシックになっとったみたいじゃ。」
あの気の強そうなルカ先生がそんな風になっていたのか! 逆に彼女は弱い自分を隠す為に自然とああいう常に強気な態度を取るようになっていったのかもしれない。そう考えると僕は妙に納得してしまった。
「だがワシは言った。思い切って自分の殻を破って一歩踏み出してみろとな。辛くなればいつでもここにくればいいからまずは周囲と上手くやれるよう努力しろとな。すると彼女は次の日から射撃場に来なくなった。その後久々に再会したのはお前さんを連れてきた時だったのじゃ。」
おそらくその間に先生は大変な思いをしたのだろう。周囲に溶け込む努力をしながら勉強も頑張ってヘフナー語を習得したのだ。だがその努力も虚しく彼女は帰国させられてしまった、一杯のお酒の為に。しかもそのお酒は僕の為の祝杯だったのだ。そのことを思い出すと僕はいつの間にか涙ぐんでいた。
「お前さん、彼女に惚れとるんじゃな。」
唐突に老人は僕にそう聞いてきた。僕はその質問には力強く答えた。
「はい。ルカ先生のことを愛しています。僕は近いうちにプルーディンス王国へ行って彼女と再会し、また彼女をこの街に呼び戻すつもりです。」
僕は自分でも驚くくらい大きな声でそう答えていた。だがこれは本心なのだ! 今僕がやっていることは両親の名誉の回復と邪悪なタンケーダ一家との戦いだがこれをクリアしなければルカ先生と再会することは出来ないのだ。ルカ先生と過ごした時間が頭の中を巡る。すると僕の目にいつの間にか涙が一杯に溜まっていた。




