決死の急降下
「駄目! ユージーン、もう限界だわ! 」
シェリルがそう悲痛な叫びを上げた。何とか巨人の待ち受ける森からは飛び去ることが出来たものの彼女の飛行する速度はみるみるうちに遅くなってきて高度もどんどん下がっている。そして眼下には森に代わって今度は僕の住んでいたクオーリーメンの街並みが広がっているのだ。漆黒の闇だった空も徐々に白々しくなってきていて東の空からはもう暫くすれば太陽が顔を出すだろう。せっかく巨人の脅威からは逃れられたもののもしドラゴンであるシェリルが今街のど真ん中に墜落して人々の好奇な目に曝されれば彼女は今度はおそらく人間に捕らえられてしまう。僕はシェリルを励ました。
「シェリル、もう少し頑張って! あとちょっとで小さな山がある! せめてあそこまで頑張ろう! 」
人気のない山中であれば降り立っても街中よりは人に見つからない可能性が高いのだ。だがこれだけ空が白く明けてくるとひょっとしたらシェリルはもう既に地上にいる誰かに見られてしまっているかもしれない。眼下に目をやると僕がルカ先生と通った射撃練習場がたまたま目に入った。懐かしいが今はそれどころではない。僕はまたシェリルに声を掛けた。
「あとちょっとだ! シェリル! 」
「うーん、もう駄目かも……。」
シェリルはそう言うと更に急激に高度を落とし始めた。だが彼女はギリギリのところで踏ん張り何とか民家の密集地域を通り越して山まで辿り着けそうな位置まで飛んだ。僕は着地の衝撃に耐える為にシェリルの背中を両手でがっしりと掴んだ。
「も、もう駄目! 」
シェリルのその一声とほぼ同時に僕らは高く生えた木を何本も薙ぎ倒しながら山の中腹に突っ込んだ。僕はシェリルの身体から振り落とされないようにその背中に必死でしがみつく。バキバキと大きな音がして木が枝ごと何本も折られそこに生えていた葉が何百枚、何千枚と宙を舞う。物凄い衝撃で口を開けたら舌を噛みそうだ。僕は歯を食いしばって耐えた。
「ズシーン! 」
「うわっ! 」
シェリルの身体は山の表面にある木や草、石や土といった全てのものを削り取りながら数十m滑って大きな岩に当たりそこでようやく止まった。僕はその岩にぶつかったショックで両手をついに離してしまい思わず叫び声を上げる。身体が宙に舞うのが感じられた。そして何秒かその状態が続いたかと思うと次の瞬間大きな衝撃とともに僕は地面に背中から全身を叩きつけられた。
「ぐぇっ! 」
あまりの衝撃に僕は一瞬呼吸が出来なかった。やばい、どこか骨でも折れたかもしれない。僕は地面に仰向けに倒れていたが激痛のあまり暫く動くことが出来なかった。
「……ユ、ユージーン、だ、大丈夫? 」
シェリルが消え入りそうな声で僕にそう聞いてきた。そうだ、僕よりもシェリルの方が重傷なのだ! なのに彼女は僕の安否を真っ先に気遣っている。だが僕は暫く動けず声も出せなかった。シェリルの問いかけに返答するのに僕は何十秒か時間をかけねばならなかった。
「……だ、大丈夫だよ。」
僕はそれだけの言葉を何とか喉から絞り出した。そして首から上だけを動かしてシェリルが倒れている方向をちらりと見る。シェリルは地面にうつ伏せに寝転がっていた。その左肩にはまだ巨人に斬りつけられた刀が刺さったままだ。刀を抜いてあげないと! だがそうは思うものの僕の身体はそれ以上は全く動かなかった。
「シ、シェリル……。」
僕はそれだけ言うと急に意識が朦朧としてきた。抗おうとするがどうしようもない。彼女は大丈夫だろうか? と心配しつつ僕はいつの間にか気を失ってしまった。
「はっ! 」
僕はふと目を覚ました。だがおそらく意識を失っていたのはほんの数分だろう。目を見開いて周囲を見渡しても先ほど目に入っていた光景と今のそれが何も変わっていないからだ。
「くっ! 」
僕は身体を少し動かしてみた。激痛が伴うものの両手両足ともに力を入れることが出来て動かすことも出来る。どうやら骨は折れていないようだ。その他にも擦り傷は身体のあちこちにあったが大きな外傷はない。あれだけ激しい着地の衝撃を受けたのにほぼ無傷とは上出来だ。僕はよろよろとようやく立ち上がった。
「シェリル、大丈夫かい? 」
僕はそのまま足首ぐらいのところまで生えた草むらを掻き分けてシェリルのところへ向かった。シェリルは僕が倒れていたところから五mぐらい離れたところにうつ伏せになっている。横たわった彼女の身体の脇には先ほどぶつかった大きな石がありその周辺には彼女が薙ぎ倒した大小様々な木々が散乱していた。返事がないので僕はもう一度彼女の名前を呼んでみる。
「シェリル? 」
だがやはり返事はなかった。彼女の方を見るとぐったりとしている。えっ! 大丈夫かよ!? シェリル!




