意気投合
暫く沈黙が続いた。彼女が僕と別れて何処かへ行くと言い出せば僕はまた一人ぼっちになってしまう。でも彼女には彼女の都合があるのだ。僕は俯いてじっと彼女の返答を待った。
「私がやりたいことは一つあるわ。」
「何だい? 」
「私のお父さんが晩年を過ごしたのがフェンダー地方だって言ったでしょう? フェンダー地方の人間の間には様々なドラゴンにまつわる言い伝えがあるって聞いたことがあるわ。」
「そうなのかい? 」
僕は全然知らなかったがシェリルによるとフェンダー地方ではドラゴンは神のように崇められているらしい。フェンダー地方の様々な言い伝えに登場するドラゴンはどれも優しくて慈悲深く聡明という共通点があるとシェリルは付け加えた。
「それって絶対私のお父さんが色んな人を助けたから出来た言い伝えだよね? 物凄く素敵じゃない? 私のお父さんは後世に語りつがれているのよ! 私もそういう風になりたいなぁって思うわね。」
「そ、そうだね。」
それってフェンダー地方に行きたいってことだよね? そう思うと僕は泣きそうになった。今になって彼女の存在がいかに大きいものかということを改めて感じさせられる。「そんなところに行かないでおくれよ! 」と本当は声を大にして言いたかった。でも彼女には彼女の生き方がある。文句は言えない。
「お父さんが死んでしまった後、一人残されたお母さんは卵の中にいた私を温めて孵化させてくれたわ。そのお母さんも私が生まれてから病気で死んでしまった。でもお母さんは死ぬまでお父さんのことをずっと誇りに思っていたわ、そんなお父さんみたいな存在に私もなりたいわね。」
「……そうか、残念だけど仕方ないね。」
僕は俯いてやっとそれだけの言葉を絞り出した。でも最後は笑って見送らねばならない。僕は目に涙を溜めながらも無理矢理笑顔を作ろうとした。そんな僕を見ていたシェリルが言った。
「ユージーン、鼻水が垂れてるわよ。」
「えっ!? 」
思わぬシェリルの言葉に僕は驚いたが慌ててリュックからハンカチを取り出そうとした。その様子をシェリルは不思議そうに見つめている。何か様子がおかしいな、僕がそう思った時だった。
「ねぇ、ユージーン、あなた何か勘違いしていない? 」
「勘違い? 」
「私はフェンダー地方に行きたいと言っている訳ではないのよ、今はあなたのそばにいたいわ。」
「えっ!? 」
「私はあなたのネックレスのお陰でこうしてドラゴンの姿を取り戻せたのよ。いわば私はあなたに恩義がある訳なの。そんなあなたを放って何処かに行ってしまうほど私は薄情なドラゴンではないわ。」
「ほ、本当に? 」
「勿論よ。確かにフェンダー地方に行ってみたいという気持ちはあるわ。でもそれはもっと先で構わないの。それに……。」
「……それに? 」
「友人のあなたが困っているのを放っておける訳ないじゃない! 」
「あ、ありがとう! シェリル! 」
僕は鼻水を垂らしながらも笑顔になってシェリルの足に抱きついた。彼女は僕と一緒にいてくれるのだ! こんなに嬉しいことはない。僕はシェリルの肌に触れながら心の中でシェリルへの感謝の言葉を繰り返した。
「……ユージーン、きっかけはネックレスの力だったかもしれないけれど今ここに私がいるのはあなたといると楽しいからよ。それは本心なの。こちらこそありがとう、私をドラゴンの姿に戻してくれた上に友達にもなってくれて。あなたと会って人間のイメージが変わったわ。人間ってもっとずる賢いようなイメージがあったんだけどあなたは真っ直ぐでとっても謙虚よ。……そういうあなたが私は好きなの。」
彼女もいつの間にか涙を流していた。彼女も僕の気持ちを知って嬉し涙を流してくれているのだ。僕ら二人はオイオイと泣きながら暫く抱擁を交わした。
「ずっと友達でいてくれるかい? 」
「勿論よ! それにあなたは御両親の無実を証明してタンケーダ家の悪事を世間に知らしめないといけないのでしょ? 友人として協力させてもらうわ! 」
シェリルは僕よりかなり大きい。肩までで三m、長い首を入れると五mぐらいの背丈になるだろうか? シェリルの左足の付け根辺りに抱きつきながら上を見上げると彼女は長い首をもたげて僕の方を見ながら力強くそう言ってくれた。
「ありがとう、シェリル。」
僕がそう言うとシェリルは鋭い爪が当たらないように掌で僕の頭を優しく撫でた。僕は冗談っぽくこう言った。
「その爪なら散髪出来るね。」
「ふふ、じゃあ人間の世界で床屋さんでもやろうかしら? 」
僕らは目を合わせて笑った。
その後僕らは眠った。余程お互い疲れていたらしく気が付くと太陽が頭上で燦々と輝いている。こんな山奥なら追っ手ももう来ないだろうという僕らの考えが熟睡の手助けになったらしい。その後僕らは食事をした。僕はリュックから缶詰を出したがシェリルはもうそんな量では足りない。彼女は近くの山に飛んでいって果物を山ほど取ってきた。
「これからどうするの? 何か作戦でもあるの? 」
シェリルはムシャムシャと果物を噛みながら僕に聞いてきた。
「あるよ。実はもう一度コイチの家の敷地に忍び込もうかと思っているんだ。」
僕がそう答えるとシェリルは少し驚いたように僕を見て言った。
「えっ!? 忍び込んでどうするのよ? 」
「あいつらが飼っている巨人の写真を撮ろうと思っているんだ。」
「写真ですって? 」
「マッケンジーの蔵でカメラを借りただろう? あれで撮影をして動かぬ証拠としてやるんだ。」
「借りたんじゃなくて盗んだカメラでしょ? 」
「まぁ細かいことは気にしないで。」
僕はそう言うとリュックからカメラを取り出した。取扱説明書があったので読んでみると使い方はそれほど難しいものではなさそうだ。焦点を合わせてシャッターボタンを押すだけなので間違いなく僕にでも出来る。従来の機種に比べて操作性が良く非常に小型で高性能というのがこのカメラの特徴のようだった。こんなカメラはまだ市場に流通していない。僕はそのカメラを手にシェリルに言った。
「シェリル、お願いがあるんだけど。」
「何よ? 」
「コイチの敷地内を偵察したいんだ。僕を乗せて飛んでくれないか? 」
「ふふ、いいわよ。そこで巨人の居場所を突き止めようって訳ね! 」
「その通り! 」
僕はそう言うとシェリルとハイタッチを交わしかけたが慌てて手を引っ込めた。ドラゴンのシェリルとハイタッチでもしようものなら僕の手がちぎられかねない。その様子が滑稽でシェリルと僕は笑った。
「出発はいつするの? 」
「今夜にでもしようか? 昼間君が空を飛んだら街中が大騒ぎになっちゃう。」
「ふふ、分かったわ、今日の夜ね。人使い、じゃなくてドラゴン使いが荒いわねぇ。」
僕らはまた顔を見合わせて笑った。彼女といると楽しいな、いつまでも僕のそばにいてくれればいいのに、そう僕は心の中で思った。




