そのドラゴンの物語
「その前に一つ言っておくけど……私はまだ子供のドラゴンなの。生まれてからまだ五十年程しか経っていないわ。」
シェリルを名乗るそのドラゴンは僕にそう語り始めた。
「ということは五十歳ってこと? 人間でいえばそれなりに歳を取っていることになるけど……おそらく年齢に対する尺度が人間とは違うんだよね? 」
「その通りよ。ドラゴンは長ければ五百年、短くても三百年は生きるわ。私はまだまだお子ちゃまなの。」
「では子供のドラゴンである君がどうしてレッサーパンダの格好に化けていたんだい? 」
僕がそう尋ねるとそのドラゴンは少し俯き加減になって言った。
「……それは私が馬鹿だからよ。」
「どういうことだい? 」
ドラゴンの身の上話などおそらく今後聞ける機会などない。どんな話なのだろう?
「私のママは私を産むとすぐに死んだわ。私がママと過ごしたのはほんの僅かの間だけだった。ママは私に様々な生きる術を教えてくれたけれど十分ではなかったの。それでもママが死んだ後私は一人で生きなければならなかったわ。」
僕は黙ってそのドラゴンの話を聞いていた。
「私はあなた方がオーイと呼ぶ山脈の更に奥にある険しい山に独りぼっちで住んでいたわ。つい最近までね。でも私は段々その生活が嫌になってきたの。ママも死んでしまったしお喋りするお友達もいない。寂しかったから私は思い切ってその山を飛び出したの。そしてオーイ山脈の中の一番高い山の中腹付近を住処にしたわ。」
オーイ山脈の中の一番高い山はモリソン山という名前の山だ。その山は物凄く険しくて有名で未だ人間はその中腹付近にすら足を踏み入れたことがない。ドラゴンというのはそういうところに住んでいるのだ。僕は感心しながらその話を聞いていた。
「すると私の住み家の周辺にゴブリンが現れるようになったわ。そのゴブリン達は私に会う度に食べ物をくれるの。私はゴブリンの言葉はその時まだ理解出来なかったけれどそれでも彼らのことをなんて親切な生き物なのだろうと思ったわ。」
ゴブリンというのはそんなところにまで棲息しているのか! それに人間に対しては食べ物をくれるどころか奪っていくような行為しかしないのにドラゴンにはそんなに親切なのか! ゴブリンへの認識をちょっと改めなければいけないと僕は思った。
「そのうち私は彼らの言葉を理解して彼らが暮らす村に招かれたわ。親切な彼らに私もついつい甘えてしまって私はその村に住むことにしたの。でもね……。」
急にそのドラゴンは寂しげな顔をした。
「彼らは結局私を捉えたかっただけなのよ。村に着いた瞬間から何か不穏な空気を感じたわ。彼らはドラゴンの血や眼球、心臓なんかには不老長寿の力があると信じていて隙があれば私を捕らえて最終的には私を解体するつもりだったみたいなの。」
「なんだって!? 」
酷いことを考える奴らだ! ゴブリンが他の生物に対して優しくするなんてやはりおかしいのだ。この辺りを見抜けないところがお子ちゃまだとそのドラゴンは言いたいのだろう。だが人間の間でもドラゴンの身体には人間の寿命を延ばす効能があると考えられているのだ。ゴブリン達がそう思うのも無理はないのかもしれなかった。
「そのことに気が付いた私はショックを受けたわ。私は悲しくなって村をすぐ出て行こうとしたの。すると彼らはドラゴンの力を封じ込める不思議な力を持った石を私の身体に無理矢理埋め込んだわ。私を捕える為にね。」
「埋め込んだだって? 」
「そうよ、私の尻尾の付け根あたりにハンマーを使って力ずくでね。」
シェリルの尻尾の付け根辺りにも妙に硬い部分があった。僕が炎に逃げ道を塞がれて危機に陥った時に聞こえたのは「尻尾の付け根の石を取り外しなさい」と言う声だった。それでシェリルはドラゴンの力を取り戻し僕を助けることが出来たのだろうか? そう考えると目の前のドラゴンがシェリルというのはどうも本当のことのように思える。僕はそのドラゴンに聞いた。
「その石を埋め込まれるとパンダの姿になってしまうのかい? 」
「違うわ、その石は埋め込まれたドラゴンの持つ力を少しずつだけど無くなるまで吸い尽くしてしまうの。私は何とかゴブリンの村から逃げ出したけど暫くすると炎を吐くことや空を飛ぶことは勿論、自分の身体の大きさを維持することすら出来なくなったわ。そこまで弱ってしまうとゴブリン達に見つかればすぐに捕まってしまうじゃない? だから私は最後の力を振り絞って彼らに見つかりにくいようにレッサーパンダの格好に姿を変えていたの。」
「どうしてレッサーパンダの姿を選んだんだい? 」
「ママがまだ生きていた頃に二人で訪れた東方の大陸でレッサーパンダを見たことがあったの。可愛くてとっても印象的だったわ。だから私はその姿を選んだのよ。でもこの周辺の地域ではレッサーパンダは棲息していないみたいね、それは失敗だったわ。」
目の前のドラゴンは嘘を言っているようには見えない。やはりこのドラゴンがあのシェリルなのだろうか?
「そのせいかどうか分からないけれどゴブリン達は逃げた私をすぐに見つけて捕らえにきたわ。ひょっとするとゴブリンは何か特殊な索敵方法を別に持っていたのかもしれないけれどね。私は捕まらないように戦ったわ。それで怪我をして横たわっていたところにあなたが訪れたの。」
僕は彼女と出会った瞬間のことを思い出した。そうだ、確かにあの時彼女は前足に怪我をしていた!




