オレンジ猫君
「それは?」
僕が風呂敷を見てそう尋ねるとシゲはニコッとして言った。
「食べ物と飲み物だ。乾パンや缶詰に水、それにちょこっとだけどワインだ。取り敢えず家にあったありったけのものを入れておいた。これで何とか数日しのいでくれ!」
「……シゲ。」
風呂敷を見て呆然としている僕にシゲは重ねて言った。
「それとこの鍵を渡しておく。」
「鍵?」
「ここから五kmほど南に下ったところにカ・ツカレー山という小さな山があってそこのふもとに親父の別荘があるんだ。まぁ別荘といってもただのログハウスなんだけどな。そこの鍵だ。取り敢えず住むところがないと困るだろう? 」
「い、いいのか?」
「あぁ、ただうちの親には内緒だからいつまでいられるかは分からない。急に親父が別荘に行くと言い出せば出て行ってもらわないといけなくなるんだけどな。」
シゲは僕の顔を覗き込むとまた微笑んで言った。
「俺の知り合いに弁護士の先生がいるって話を以前にしただろう? その先生にお前のことを相談してみる。必ず力になってくれる筈さ!それまでちょっとそのログハウスで我慢しててくれ。」
僕の目から大粒の涙が頬を伝った。このことがばれたらシゲもコイチ一家からどんな嫌がらせを受けるのか分からないのだ。その危険を知りつつ敢えて僕にこれだけのことをしてくれるシゲの人間としての大きさ、温かさに僕は涙を禁じえなかった。
「あ、ありがとう! シゲ!」
「元気だせって! その事件には絶対に裏があるぜ! 必ず真実とコイチの家の悪事を世間に曝してやろうぜ! 」
僕はそれを聞いて何度も頷いた。だが暫くするとシゲが申し訳なさそうにポツリと一言付け加えた。
「ユージーン、一つ謝らなきゃいけないことがある。」
「何だい? 」
「最初お前が家に来た時正直俺はお前を少し疑っていたんだ。お前が何か犯罪に加担していて俺を巻き込むつもりなのか?と思ってしまった。すまない! 」
そう言って頭を下げるシゲに僕は言った。
「いや、それが普通の人の反応さ。でもシゲは最終的には僕の言うことを信じてくれたじゃないか。ありがとう、シゲ。」
いつの間にかシゲの目にも涙が溜まっていた。僕らは強く握手をするとその場を離れた。シゲの両親はもう寝ているらしかったがもし僕がシゲと接触していることを知ったら警察かコイチの家に僕のことを知らしてしまうかもしれないというので長居は無用だ。シゲの両親だけでなく世間一般が今は僕のことを罪人の息子と見なしているのだから。僕は夜の暗闇の中をカ・ツカレー山に向かって歩き出した。
歩くこと三時間、僕はようやくカ・ツカレー山の麓に到着した。シゲがわざわざお手製の地図まで作ってくれていたので何とか朝になるまでに人目のつかない山中には入れそうだ。山道への入口付近の少し開けた場所で僕は一旦小休止することにした。
「シゲ、頂きます。」
僕はそう言うとリュックに入れた風呂敷を開けて食べ物の入った袋を取り出しその中から一つまみの乾パンを口に放り込んだ。美味いっ!乾パンがこんなに美味しいものだとは知らなかった。自然に何故か涙が出てくる。僕は塩味の乾パンを一つ一つ感謝しながら食べた。だがその時近くでカサッと音がした。
「! 」
追手だろうか?僕は慌てて風呂敷を閉じると脇に置いたライフルに手を掛け草むらに覆われた周囲を窺った。するとまた草と草の擦れる音がする。間違いない! 近くに何かいる! 僕はライフルを構えるとじっと耳を澄ました。
「ガサッ! 」
今度は何かが動くような音がした。どうやら僕の行く手に続く道の先にある草むらの中からその音はしているようだ。ゴブリンか何かだろうか? 僕はゆっくりとその草むらに近づいていきその中をチラッと見た。
「あっ!」
僕の胸あたりまで生い茂る草の中に一匹の猫のような生き物が倒れているではないか! だがそれは猫ではなかった。体長は二十cm程でオレンジ色の体毛に覆われており四肢は黒い。体長と同じぐらいの長さのオレンジ色と黒色の縞々の尻尾を持っている。三角の耳とつぶらな瞳が何とも可愛らしい動物だ。なんていう名前の動物なのだろう?
「お前、大丈夫か? 」
僕がそう声を掛けてもその動物は逃げようともせず僕の顔を見つめている。普通野生の動物は人間を見れば恐がって逃げるものじゃないのかな? どこか具合でも悪いのかもしれない。僕はその動物がどこか怪我でもしているんじゃないかと思い注意深く観察した。
「ん? 」
良く見ると前足を怪我しているようだ。左の前足から少し出血している。他の動物にでも襲われたのだろうか? それで動けずもがいていたのだろう。可愛らしい容姿をしているだけに余計不憫だ。僕はそいつのことが放っておけなくなり背中のリュックからワインの入った小瓶を取り出した。
「……クゥ〜ン。」
そいつが僕を見つめながら弱々しい鳴き声を上げた。僕は優しく声を掛けた。
「今手当してやるぞ。」
僕はそう言うとワインを口に含みそいつの左前足に吹きかけた。だがそいつは恐れる様子もなくじっとしている。僕はハンカチを取り出すとその左前足をハンカチで優しく巻いてやった。これで怪我はいずれ治るだろう。
「……クゥ〜ン。」
手当が終わりその場を立ち去ろうとする僕にそいつは何か懇願するように甘えた声で鳴いた。何だろう? お腹が空いてるのかな?
「仕方がないなぁ、乾パンでも食べるか? 」
シゲに貰った食料は決して多くはない。こんな猫か狸か分からないような動物に貴重な食料を分け与える余裕は僕にはない筈なのだが僕は何故かこの小動物が気になった。僕は乾パンを一つそいつの口に咥えさせてみた。
「クゥ〜ン。」
するとそいつはパクパクと乾パンを食べた。やはりお腹が空いてるのだ。こうなるとますます放ってはおけない。僕は乾パンをいくつか分け与えることにした。だがそいつは乾パンを何個食べてもおねだりをやめない。余程お腹が空いていたのだろう。
「お前、よく食べるなぁ。」
結局僕は手持ちの乾パンの殆どをその小動物に食べられてしまった。僕は苦笑いしながらもそいつの頭を撫でた。おそらく一人ぼっちで怪我をして空腹で心細かったのだろう。僕と似たような境遇だ。そう思うと僕はそいつに何の悪い感情も抱かなかった。
「お腹一杯になったか? じゃあな、オレンジ猫君! 」
僕はそう言うとオレンジ猫と名付けたその小動物に手を振ってその場から離れた。明るくなる前にシゲの別荘へ急がねばならないのだ。




