お婆ちゃんの御守り
次の日の朝から僕の学校へ向かう足どりは重たくなった。テストはボロボロだし父さんや兄さんにはこっぴどく怒られるし家庭教師はつけられる羽目になるし……。なんかつまんないなぁ〜、そう思いながらトボトボと歩いていると背後から声を掛けられた。同じ学校に通うシゲっていう同級生の友達だ。
「ユージーン、おはよう! ん、どうした? 元気ないな? 」
「おはよ、シゲ。元気なんかないよ。 何日か前にテストあっただろ? あのテストの点数が悪すぎて親に目茶苦茶怒られてさ、挙げ句の果てに家庭教師を雇うとか言い出して。もう最悪だよ。」
「お前の家は厳しいからな、でも悪いって何点だったんだよ? 俺もかなり悪かったけどな! 」
「……三十点代前半。」
「え、えっ!? そ、そうか。まぁ大丈夫だよ、これから頑張れば良いんだから。あんまり気にすんなよ! 」
そう言ってさりげなく僕を励まそうとしてくれるシゲを見てると僕は気を遣わせて申し訳ない気がした。僕と同じ制服に身を包んだシゲはとってもいい奴でもの凄く頭がいいのにそれを自慢したりすることは一切ない。こんな出来の悪い僕にも普通に接してくれる。それにとっても優しくてくよくよしがちな僕をしょっちゅう励ましてくれる。ちょっと元気の出た僕はシゲと一緒に学校に向かって歩き出した。暫く歩くとふとシゲが僕に話し掛ける。
「ユージーン、お前、それネックレスか? 」
「ああ、これ? 死んだお婆ちゃんがネックレスにしてくれたんだ。御守りだよ。」
僕はそう言うと胸元から青い十字架の形をしたネックレスを取り出してシゲに見せた。格好付けてるように見られるのが嫌で普段はズボンのポケットに入れているのだが今日はたまたま首に掛けていたのだ。
「綺麗な青色だな! かなりの高級品じゃないのか? 」
「まさか! うちは貧乏だし……大したモノじゃないよ。親父曰く『お婆ちゃんが何処かに旅行に行った時に拾ってきたちょっと変わった色と形をしたただの鉄塊』らしい。」
「でもそんな澄んだ青色は見たことないぞ。」
「確かにちょっと不思議な感じはするね。お婆ちゃんもこの青色と形に魅せられて何か御利益のあるものに違いないと思って拾ったらしい。……そう思ってたのはお婆ちゃんだけみたいだけどな。」
「凄いな! ひょっとしたら凄いお宝かもしれないぜ、刀剣の工場をもう一つ建てられるかもしれないぞ! 」
「そうなったら俺が刀剣を作るから頭の良いお前がその工場を経営してくれよ。儲かった金は五分五分だぜ! ハハッ! 」
僕とシゲの家はお互いに貴族の中ではそれほど裕福ではないという共通点があった。シゲの家は昔から小作農を集めて農場を経営しているがここ数年不作が続いたりしてよくシゲは僕に「俺の家はいつ破産するか分からない。」と冗談か本気か分からないことを言っていた。シゲは今の学校を卒業したら親の農場経営を継ぐのではなく法律の勉強をして弁護士になりたいらしい。シゲの親はシゲに家を継いで欲しいらしいけれど。
「どけどけ! 邪魔だ! 轢き殺されても知らんぞ! 」
その時僕らの横を物凄いスピードで馬車が走り抜けていった。御者が僕らだけでなく道を歩いている人全員に大声でそう怒鳴っている。コイチの馬車だ。
「なぁユージーン、あの御者はいっつも偉そうだよな。ムカつかねーか? 」
「そりゃムカついてるさ! なんでコイチの家の奴らは皆偉そうにするんだろうな? 」
「富と権力があの家に集約されてるからだろうけどな……いつかギャフンと言わせたいぜ! 」
シゲと僕はお喋りをしながら学校の門をくぐると教室に入りそれぞれの席に着いた。シゲとはいつもくだらないことばかり喋るけどその時間はいつもとっても楽しい。今日は良いスタートだと思っていたけれど先生が来て授業が始まると僕の気分はだんだんまた落ち込んでいった。授業は面白くないしそれに今日は家に帰ればひょっとしたらもう家庭教師の先生が来ているかもしれない。ゴブリンみたいな筋肉馬鹿の先生だったらどうしよう? そんなことばかり考えてくよくよしているといつの間にか授業は終わり下校の時間になった。僕の足どりは朝以上に重くなっていた。今日は家に帰るのに普段の倍以上の時間が掛かっちゃった。
「……ただいま。」
「ユージーン坊っちゃま! お帰りなさいませ! 奥様が応接室で家庭教師の先生と一緒に坊っちゃまをお待ちですわよ! 」
家に帰るとワカバさんがいつも通り明るく出迎えてくれたけど……
「あ〜あ、やっぱりか! ついにこの日が来ちゃった! 僕が家でも勉強に拘束される日が! 」
僕は心の中でそう叫んじゃった。今日からは僕の自由は奪われ奴隷のような生活が始まるのだ。一瞬僕は自分の部屋に引き篭もるかヤコーさんの作業場にでも隠れようかと思った。でも駄目だ、そんなことをしてもすぐ連れ戻されるしそのことが父さんに知れたらビンタを喰らうぐらいじゃすまない。どうしたってもう勉強っていう修行からは逃げられないんだ。
「坊っちゃま、何をグズグズしてるんです? あ! ひょっとして家庭教師の先生との初対面が恥ずかしいのですね!? もう仕方ないですねぇ! 」
「え? そんなことないよ! ちょ、ちょっと! やめてよ! 」
お節介のワカバさんは応接室に向かうのを躊躇っている僕の左腕を掴むとそのまま強引に引っ張り始めた。ワカバさんは胴体も太いけど腕もかなり太く力も強かった。僕は抵抗しようとしたけどとてもかなわない。ワカバさんは数十m僕を引っ張ると応接室のドアを開けてその中に僕を放り込んだ。
「坊っちゃま! 先生にちゃんと挨拶するんですよ! では私はこれにて失礼します。」
ワカバさんは応接室のソファに座っている二人にお辞儀をした後僕にそう言って悪戯っぽくニコッと笑った後部屋を出ていった。
「何するんだよ! このクソババア! 」
僕は心の中でそうワカバさんに対して叫んでいたけどもうそれどころじゃない。遂に応接室まで来てしまったのだ。もう逃げられない。こうなったら家庭教師がどんなゴブリンみたいな野郎かこの目で確かめてやると僕は開き直って顔をあげ母さんと対面してソファに座っている家庭教師を見た。
「ユーちゃん、御挨拶しなさい。こちらが家庭教師の先生よ。」
僕は驚きで目を見開いた。