接触
「ガラガラガラ! 」
突然の大きな音に僕はビクッとして目が覚めた。どうやら茂みの中で疲れきってウトウトしている間に近くをまた馬車が通り過ぎたらしい。空を見上げると太陽が高く昇っている。おそらく今は昼の一時か二時ぐらいだろうか? 僕は地面に座り込んで立てた両膝を両腕で囲い込むようにして寝ていた筈なのだが起きてみると茂みの草むらをベッドにして大の字になって寝ていた。かなり疲れていたので無意識のうちに横になっていたのだろう。おそらく六時間か七時間程は寝ていた筈だが道路のすぐ脇でよく発見されなかったものだ。自分の人生に光明を見出せなくなり不貞寝してしまった訳だが寝ることによって気を取り直した僕は道路沿いを離れて発見されにくい茂みの奥を進むことにした。
「……暑いぜ。」
道路を離れ木々の生い茂る中を進むと太陽光線はあまり差し込まないがそれでもかなり暑い。気持ち悪い百足みたいなのもそこいらじゅうに沢山いる。あぁ、もう父さんや母さん達と我が家の清潔なダイニングルームでゆっくりと食事をするなんてことはもう二度と出来ないのだろうか? そう考えると絶望の二文字が心に浮かぶ。くそっ! こんなこと考えるのはよそう! 今はシゲと会って情報収集をすることだけを考えるのだ!
「おや? 」
三十分ほど歩くと僕は森の中を流れる小さな川の辺りに辿り着いた。流れる水が冷たそうだ。僕は思わず脇にライフル銃を置くとしゃがみこんで両腕を水に浸した。思った通りひんやりとして気持ちがいい。僕は次に水を両手ですくって顔を洗った。コイチに殴られた時に出来た傷に染みるがそれでも気持ちがいい。よく考えてみれば僕はコイチに拉致された時から風呂に入っていないのだ。おそらく臭いことこの上ないだろう。どうせ誰も見ていないのだし、と思って僕は全裸になり川の水で自分の身体と衣服を洗った。石鹸でもあればいいのだが当然そんなものは持っていない為水での手洗いのみだ。だが洗わないよりは洗った方がいいだろう。一応僕は貴族なのだから自分の身の回りを少しでも清潔に保つということを忘れないでおきたかった。
「これでよしと。」
洗い終わった衣服をその辺の木の枝に引っ掛けて僕の入浴と洗濯は終わった。するとグゥとお腹が鳴った。
「……腹減ったなぁ。」
僕はコイチの敷地の中のビニールハウスで盗んだメロンを食べることにした。裸のままで川の浅瀬に腰を下ろしリュックからメロンを一つ取り出してムラサメで四等分に切り分けるとそのうちの一つにむしゃぶりつく。渇いた喉にメロンの水分が染み渡っていくようで滅茶苦茶美味い! 僕はすぐにメロンを三玉平らげてしまった。もうメロンは残り一玉しかない。これから僕はどうなるのだろう? コイチに見つからなくとも餓えてどこかで野垂れ死ぬのだろうか? 不安に襲われ心細くなると僕の目にはどうしても涙が滲む。駄目だ! こんな弱気なことでは! シゲと会えば何とかなる! 僕は日陰に大きな平べったい岩があるのを見つけたのでその上で寝そべり衣服が乾くのを待とうとした。だが疲労はまだ溜まっていたらしく僕はいつの間にかまたウトウトと睡魔に襲われてしまった。
「カァー! カァー! 」
目を覚ますと辺りはすこし暗くなってきていて遠くでカラスが鳴いている。僕は素っ裸のまま岩の上でまた二、三時間寝てしまったらしい。周囲を見渡すとリュックもライフル銃もちゃんと僕の脇に置いてあって盗まれてはいない。どうやら誰にも見つかってはいないようだ。僕は木の枝にかけた衣服が乾いているのを確かめるとそれらを着た。泥々で汗臭かったシャツやズボンが少しは綺麗になった気がする。よし、これでシゲの家に行こう。昼間動くよりも夜に動いた方がコイチ達にも発見されにくいだろうし。僕はリュックとライフル銃を背中に背負うと茂みの中を再びシゲの家の方角に向かって歩き出した。
それから二時間、僕は郊外の人通りの無い獣道を歩き続けた。本当は街に出て人や馬車が往き来している通りを歩ければ楽だし早いのだがそれだとコイチ達に見つかってしまうかもしれないからだ。獣道だとゴブリンや巨人に出会す可能性もあったが今の僕は銃を持っているので彼らはあまり脅威には感じなかった。一番避けなければならないのはタンケーダ家の息のかかった人間に見つかることだ。
「ふぅ! 」
人一人がようやく通れるだけの幅しかない森の中の道を抜けてようやく僕はシゲの家の前に到着した。シゲの家は周囲に田んぼや畑がいっぱいあってその中にポツンとシゲとその家族が住むお屋敷がある。シゲの家の正面玄関付近には特に人影はなさそうだが用心しなければならない。僕はゆっくりと畑の中を進み正面玄関の反対側、すなわちシゲのお屋敷の裏側に到達した。
「頼むぜ、シゲ! これに気が付いてくれよ! 」
僕はそう言うと小石をシゲのお屋敷の二階のとある窓に向かって投げた。その窓のある部屋がシゲの部屋なのだ。シゲの家には何度も遊びに行ったことがあるから僕はシゲの部屋の位置を正確に知っていたのだ。そして小石が窓に当たるとコツンと小さな音がする。その音に気が付けばシゲが何事かと思って窓を開けて周囲の様子を窺う筈だ。物陰に隠れて待つこと数秒、すると僕の予想通りに窓がガラガラと開いた。
「シゲ! 」
窓から顔を出したのはやはりシゲ本人だった。僕は物陰から姿を現しなるべく響かないように喉を絞ったような声を出してシゲを呼んだ。
「ユ、ユージーンか!? 」
「そうだ! ちょっと降りてこれないか!? 」
「分かった! ちょっと待ってろ! 」
シゲはそう言うと窓を閉めた。良かった、何とかシゲとは接触出来たのだ。シゲには聞きたいことが山ほどある。僕はシゲが現れるのを待った。




