abduction
「おい、起きろ。飯だ。」
僕はそう言われて目が覚めた。するとその瞬間顔にジンジンとする痛みを感じる。あれ? 何でこんなに顔が痛いのかな?
「あっ! 」
寝ぼけていた僕の頭の中に昨夜の出来事が甦る。そうだ、昨日コイチに滅茶苦茶に殴られたんだ。あれは夢ではなくやはり実際に起こったことだったんだ。しかも僕が今いる場所は何処だ? ジメジメして薄暗く全く見覚えのない狭い部屋だ。おそらく気を失っている間に連れてこられたのだろう。
「なんでこんなことになってしまったんだ!? 」
現実を目の当たりにして僕は思わずそう叫んでいた。だが顔が腫れているせいか口が開かずうまく喋れない。くそっ! 昨日まで普通に過ごしていた僕が何故突然こんな目に遭わなければいけないんだ!? 喧嘩をしてコイチを殴っただけで、子供同士の喧嘩だけでこれだけの仕打ちを受けなければいけないのか!? そんなこと納得出来ない! 理不尽過ぎる! そう叫びたいが口が開かないしそれ以前に僕の言うことに耳を傾けてくれる相手はここには誰もいない。僕はその時心にぽっかりと大きな空洞が出来てしまった気がした。
「此処に置いておくぞ。」
僕は薄暗くて狭い部屋の中に閉じ込められていた。窓はなく壁と床、そして天井は全て石造りになっている。そしてよく見るとこの部屋と外を繋ぐ通路の間には鉄格子が設けられているのだ! その鉄格子を鍵ですこし開けてそこから看守のような男が僕に小さなトレーを差し出して地面に置いた。
「……此処は何処ですか? 」
僕は腫れた口を広げてその看守に聞いた。猿轡はもう外されている。此処は一体何処の街の牢獄だろう? それにしてもコイチを殴ったことはこれほどに重罪なのか!? 僕はそんなに悪いことをしたのか!?
「此処はタンケーダ様のお屋敷の敷地内にある地下牢だ。可哀相にな、お前はもう一生此処から生きては出られない。」
そう言われて僕は頭の中が真っ白になった。何だって!? コイチの家の地下牢? もう出られない? それらの言葉を反芻していると腫れ上がった僕の目からは涙が溢れてきた。
「食わしてもらえるだけでも有り難く思えよ。」
そう言うとその看守は何処かへ行ってしまった。僕は一人で看守の言葉を頭の中で反芻しながらすすり泣いた。何で僕がこんな薄汚い地下牢に軟禁されなければならないのだ!? 人を殺してしまったのならともかく、コイチを殴っただけの僕が何故!? 訳が分からない!
「ガサガサッ! 」
その時不意に背後で物音がした。なんだろう? 僕が驚いて振り返るとどうやらそれは鼠のようだった。くそっ! 何で鼠と同居なんかしなければならないのだ!? 僕の心の中は憤りと悲しみしかなかった。
「……ルカ先生。」
ふとルカ先生のことを思い出した。昨日の夜のキスのこと、お互いの気持ちを確認してこれからは離れ離れになるけれども文通しようということになったこと、それがもう物凄く前のことに感じる。もうルカ先生とも会えないのかな? そう思うと僕は一人しくしくと泣き続けた。
そのまま泣き続けて二、三時間程経った頃だろうか、僕はようやく自分が囚われているという現実を受け入れることが出来た。嘆いていても仕方がないのだ。今後どうするかが大事だという前向きな思考に僕は数時間泣き続けてようやく辿り着くことが出来た。父さんや母さん、そして兄さんはどうしているのか? 何故僕がこのような仕打ちを受けなければいけないのか? まずそれらを突き止めなければならない。そして真相を明らかにして自由を取り戻しルカ先生と再会しなければならないのだ! こんなところで一生を過ごすなんて考えられない! まずは此処から逃げ出さなければ!
「くそっ、コイチの野郎め! 」
僕はそう呟くと注意深く自分のいる部屋を観察した。部屋は間口二mで奥行き四m程の広さだ。そこにベッドが一つ置いてある。床にも壁にも全て石がびっしりと並べて埋め込まれていて人が抜け出せそうな隙間や穴は何処にもない。天井は高く五〜六mはあるだろうか? 照明は無く天井のわずかな隙間から太陽の光が差している。その隙間も小さなものでとても僕が出ていけそうな大きさはない。そこで僕は今度は鉄格子の方を見た。鉄格子自体は古く一部錆びついているが僕の力で壊せる程ボロボロにはなっていないようだ。そこで僕は鉄格子にかかっている錠前を調べてみた。どうやら鍵を差し込むだけの一般的な錠前のようでその鍵はさっきの看守が持っているのだろう。
「この錠前さえ何とか出来れば! 」
僕は錠前の鍵穴から中に針金を突っ込んでガチャガチャと動かして錠前を外す映画なんかの脱獄でよく見るシーンを思い出した。そこで部屋の中に釘や針金のようなものが何処かに落ちていないかを必死になって探してみた。僅かに差し込む日光だけを頼りに僕は地面に目を凝らす。だが一時間程床やベッドを漁っても僕の探しているものはなかった。
「くそったれ! 」
僕はそう呟くと今度は自分の身につけているものを調べ始めた。シャツにズボン、パンツに靴下に靴だけで脱獄に使えそうなものは何もなくベルトも外されていた。他にあるのは胸にぶら下げたおばあちゃんからもらった青く光る御守りのネックレスだけだ。僕はふとそのネックレスを眺める。するとおばあちゃんが生きていた頃家族皆で遊んだ思い出がふと蘇ってくる。ちくしょう! こんなところでこのまま死ねるかよ! せめて何か武器でもあればいいのに! だけど何か手はある筈だし絶対諦めないぞ! 僕がそう心の中で固く誓った瞬間ネックレスがちょっと青く光ったような気がした。




