別れ
「先生、行かないでって言っても……もう無理なんですよね? 」
僕はルカ先生の濡れた唇を見つめながらそう聞いた。
「……そうね。そんなことしようものなら、お父さんは直々にこの国へ乗り込んできてあたしを引っ張ってでも連れて帰るわ。」
本当にルカ先生は帰ってしまうんだな、そう思うと寂しさが込み上げてくる。せっかく先生とこうやって気持ちを通い合わせることが出来たのに運命って本当に皮肉なものだ。僕はルカ先生を力強く抱きしめた。時が止まってしまえばいいのに! 僕は心の底からそう思った。
「……そろそろ迎えの馬車が来るわ。」
僕の胸の中で先生がそう言った。
「……先生。」
僕は先生を抱きしめたまま先生に語りかけた。このまま先生を行かせる訳にはいかない。
「何? 」
「ちゃんと勉強してカゲミ貴族院大学に入ります。だから夏休みに、もしくは入試後の春休みに先生の国に行くのでまた会って下さい! 」
先生との再会の約束だけは必ず取り付けなければならないのだ。ルカ先生との未来に繋がるものを何か残さねばならない。だが僕の台詞を聞くと先生はすこし笑って言った。
「あなたは若いわ。これから他の女性との出会いもあるだろうし。あなたはあたしのことずっと好きでいられるかしら? 」
僕は抱きしめていた先生の身体を一度引き離すと先生の顔をまじまじと見つめながらこう言った。
「僕には先生しか見えていません! 」
僕と先生は暫く見つめ合った。だが暫くすると先生は僕から目を逸らして言った。
「今はね。でも人の気持ちなんて変わりやすいものよ。」
先生は僕の言うことに否定的だった。僕は反論した。
「僕は今まで先生の周りにいた男とは違います。信じて下さい。」
先生は俯いたままだ。そこで僕は逆に先生に質問した。
「先生こそ僕のこと好きでいてくれますか? 先生はこんなに綺麗だし、言い寄ってくる男なんていくらでもいるでしょう。ひょっとしたらその中にいい人もいるかもしれない。もしそうなっても先生は僕への気持ちを保ち続けられますか? 」
「ユージーン、言ったでしょう? あたしは男性不信だって。一度好きになったあなた以外の男の人を好きになるようなことはないわ。それにあたしは好みが変わっているの。甘えん坊でしっかりしてない年下の男の子しか好きになれないみたい。」
そう言うと先生は悪戯っぽくニコリと笑った。だけど僕は一瞬きょとんとして思わず聞き返した。
「え? 」
「ふふ、冗談よ、冗談。あなたは必死であたしを守ってくれたじゃない? そんな人が甘えん坊でしっかりしていない訳がないわ。あんなこと、誰にでも出来ることじゃないわよ。」
先生が付け加えたのはゴブリンとの一件のことだろう。先生の冗談をようやく理解した僕は先生と笑顔で見つめあった。そして僕はゆっくりと言った。
「……手紙を書きます。文通しましょう。」
「ふふ、そうね。そうしましょう。」
一瞬笑顔になった僕らだが暫くすると二人の目にはまたいつの間にか涙が溜まっていた。僕はまた力強く彼女を抱きしめた。
小さくなっていく馬車の後ろ姿をみながら僕は大きく手を振っていた。先生も馬車の後ろの小さな窓から僕の方を振り向いて手を振ってくれている。やがて馬車は見えなくなり僕も自分の手を振るのをやめた。
「……先生。」
思わずそう小さく呟く。涙も止まらない。でも何とか我慢出来そうだ。最後の最後で二人の気持ちが通じ合ったという事実が僕をすこし強くさせていた。先生に送る手紙をすぐにでも書こう! そう思うと僕は家に向かって歩き出した。先生との別れの悲しみに浸っているばかりではいけないのだ。先生とは距離は離れてしまうかもしれないけれど心は通じている、そう思えることが僕を前向きにさせた。
「でもそういえば……。」
先生への手紙の内容を暫く考えていた僕だが歩いているうちに頭の中にふと一つの疑問が浮かんできた。そもそも誰が何の為に僕とルカ先生の食事の様子をわざわざ写真に撮ってそれぞれの家に送りつけたのだろう? ルカ先生のお父さんが娘が心配でわざわざ密偵を寄こしたのかな? そしてその真実は未だにルカ先生には伝えられておらず誰かが送りつけたことになっているとか? でもそれなら何故僕の家に写真を送りつけたのだろう? 娘が僕に迷惑を掛けたという認識がある父親なら僕の家にはそんなことはしない筈だ。
「う〜ん。」
僕はそう唸りながら考え続けた。もしかしたら父さんが言った通りルカ先生に物凄く恨みのある奴が嫌がらせをしたとか? だが性格も良く男関係も派手ではないルカ先生がそんなに恨まれることがあるだろうか? ひょっとして犯人は僕に物凄く恨みがある奴とか?
「……もしや! 」
僕はそこでピンときた。僕に恨みのある奴といえば! そう、コイチだ! あいつしかいない! あいつとあの親ならこれぐらいのことはしてもおかしくなさそうだ。
「もしそれが事実だったら、あいつらマジで殺してやる! 」
僕はそう一人で叫んでいたがそれには証拠がない。ただの僕の思い込みの可能性も大きいのだ。だがもしそれが事実だとしたらあいつは次に何をやってくるだろう? ひょっとしたら僕の家族やヤコーさん、ワカバさんにまで何か仕掛けてくるかもしれない。シゲやミールなんかも僕と仲良いから危ないかもしれないのだ。僕は凄く嫌な予感がした。
「くそっ! コイチめ! 」
僕は家に向かって走り出した。




