夏休み
「明日から皆お待ちかねの夏休みだ! 体調を崩したりせずしっかり勉強して有意義な日々を過ごして欲しい! 」
教室でヤンナギ先生がそう叫んだ。すると皆が一斉に歓声を上げる。そう、明日から約三十日間の夏休みが始まるのだ。だが僕らは来年受験を控えておりそこそこ勉強もせねばならない。毎年いつも夏休みをぼんやりと無駄に過ごしてしまう僕だが今年ぐらいはきちんと勉強しようと心に固く決めていた。
「ではお前らがサボらないように宿題もどっさり出しておくぞ! ここにプリントがある。枚数は一人百枚だ。休み明けの九月一日に提出するように! 」
そうヤンナギ先生が言った瞬間教室内はブーイングの嵐だった。一日三枚やっても追いつかない。こりゃ本当に今年の夏休みは遊べないな、僕がそう思っている時だった。ヤンナギ先生がさりげなく付け加えた。
「それと皆にちょっと伝えておくことがある。実は先生は急遽九月から違う学校に転勤することになった。新しい先生にはきちんと引き継ぎしておくからちゃんと宿題をやってくるんだぞ! 誤魔化そうとしても駄目だからな! 」
クラスは一瞬シーンとなってしまった。突然先生がさらっと凄いことを言ったので皆何と言っていいのか分からないのだろう。それにヤンナギ先生はそこそこ人気のある先生だ。黙っている生徒の中には少なからずショックを受けている者も多いに違いない。
「先生、何でそんなに急に転勤なんですか? 」
暫くしてから生徒の一人がそう先生に聞いた。するとそれを合図にしたかのように皆が一斉に先生に質問を始めた。
「夏休みに異動する先生の話なんて聞いたことがないです。本当なんですか!? 」
「来年の卒業まで一緒じゃなかったんですか!? 」
「何かおかしいっスよ! 先生! 」
皆が先生を責めている時に僕はふとこの前の喧嘩の件でコイチの父親が学校に来た時に言った台詞を思い出した。
「王族のワシの知り合いに言うてお前をクビにしたろか! 」
あれ以来コイチは学校に来ていない。ひょっとしたらコイチの不登校を学校側の責任にしてコイチの父親が裏で手を回したのだとすれば……! そう思った瞬間僕は立ち上がって先生に聞いた。
「先生! それってこの前の件と何か関係ありますか!? 」
僕が急に立ち上がって大きな声でそう聞いたので教室はまた一瞬シーンとなった。この前のコイチとの喧嘩とその後のコイチの両親の訪問の件は一部の生徒しか知らない。ヒソヒソ話がクラス中で飛び交った。ヤンナギ先生は一瞬眉毛をピクッと動かした後俯いて黙っていたが暫くすると僕の方を見てゆっくりと言った。
「ユージーン、長い人生には色々ある。……お前もこれから頑張れよ。」
先生はそう言い残すと皆に惜しまれながら教室を去っていった。僕はその言葉と寂しげな後ろ姿から確信した。コイチとその父親の無差別で理不尽な逆襲が始まったことを!
その日はシゲと一緒に学校を出た。ミールはコイチとの喧嘩以来あまり喋っていない。ひょっとしたら彼女はもう僕の知らないところでコイチとその父親から報復を受けているのかもしれない。段々怖くなってきた僕はシゲと一緒に石畳の通学路を横に並んで歩きながら自分の推測の全てを話した。
「どう思う? シゲ。」
僕にそう聞かれてシゲはちょっと引きつった顔で答えた。
「……その可能性は大いにあるな。」
「やっぱりそう思うか! 」
「ああ。」
そう言うとシゲは 立ち止まって大きく溜息をついてから僕に言った。
「コイチの父親ってのは本当にややこしい奴らしい。ちょっとでも気に入らないことをされると必ず仕返しする子供じみた奴だ。そんな奴が大金持ちで権力を振りかざすから余計にたちが悪い。ユージーン、お前も気を付けた方がいいぞ。」
「気を付けるったって、何を? 」
「例えばコイチの父親が圧力をかけて警察にお前を逮捕させてしまうかもしれない。」
「え! 逮捕!? 」
僕は一瞬気が遠くなった。逮捕ってことは牢屋に入れられてもう外には出られないってこと? この若さでもう一生檻の中の生活? そんなこと考えられない! くそっ、なんてややこしい奴と関わっちまったんだ、全く!
「何も悪いことしてなくても逮捕されてしまうのかい? 」
「そりゃ難癖つけてくるさ。今までタンケーダ家ってのはそうやって自分達の敵を打ちのめして富と権力を手中にしてきたんだ。」
それを聞いて僕は目の前が真っ暗になった気がした。僕はただちょっと喧嘩をしただけなのにこんなことで社会から抹殺されてしまうなんて! 僕が真っ青な顔をしているとシゲが優しく言った。
「ユージーン、実は俺、親父の知り合いで一人の弁護士の先生を知ってるんだ。」
僕は虚ろな目でシゲの顔を見た。
「その先生は若くて弁護士になってからまだ日が浅いらしいんだけど正義感が強くて優秀な人でさ。俺の親父がどこかの金持ちと揉めた時にその先生に助けてもらったらしい。親父みたいな貧乏貴族を助けてくれる弁護士なんてなかなかいないから親父はその人をえらく気に入っちゃってさ。」
シゲは話を続けた。
「今じゃその先生とは家族ぐるみの付き合いさ。その人にちょっと相談してみるよ。多分力になってくれる筈さ。」
「……そうなのかい? だといいけどな。」
僕が力なくそう言うとシゲは僕の肩をポンと叩いて言った。
「その先生もコイチの家のことは大嫌いだって言ってたぜ! いつかあの家の悪事を世間に知らしめてやるって言ってたしな。相談しておくからちょっとは元気を出せって。」
「う、うん。」
「じゃあな、夏休み中もたまには会おうぜ! 」
「あ、ありがとう、シゲ。」
僕らはその後それぞれの家路に別れた。不安が全て拭えた訳ではないがシゲの言葉はありがたい。僕はシゲに感謝しつつ家まで走って帰った。




