肉とワインと先生と
「おばちゃん! ステーキはこの300gと150gね。300gの方が彼で150gの方があたし。焼き方はいつも通り普通でいいわ。ユージーンも普通でいい? 」
「はい、僕も普通でいいです。」
そう言うと店のおばちゃんはメモを取りながら笑顔で言った。
「はい、分かりましたよ! ルカちゃん、なかなか可愛い男前の彼氏だね! うふふふ。」
「ちょっとおばちゃん! 彼は私が家庭教師をしてる教え子なのよ! やめてよ! 」
「ハイハイ。」
店のおばちゃんはそう言うと厨房の方に戻ってしまった。彼氏なんて言われて僕は天にも昇る心地だったが僕の正面に座っているルカ先生は少し恥ずかしそうに俯いている。先生は嬉しくないのかな? そう思うと僕の心は天から地へ真っ逆さまに落ちそうになったので僕は色々考えるのをやめた。そしてふと見渡すと周囲には何人かのお客さんがいるだけで空席が目立っている。先生によると普段はいつも混んでいるらしいが今日はどうやら暇なようだ。すると先生が顔を上げて笑顔を作り僕にこう言った。
「あのおばちゃんはいっつもあたしやあたしの友達を揶揄うの。面白いおばちゃんなんだけどね。」
「そうですね。ところで先生の好物って何ですか? やっぱりお肉? 」
僕がふとそう尋ねると先生は引き続き笑顔で答えてくれた。
「そうねえ、何かしら? でも女同士でわざわざここにステーキを食べに来るぐらいだからお肉も好物の一つなのは間違いないわね。」
「一緒に来るお肉好きの先生の女友達には彼氏とかいないんですか? 」
「多分皆……いないわねぇ。女性の社会進出を勉強するぐらいだから皆気が強いのよ。だから男の人は寄ってこないんだわ。」
「先生も? 」
僕はどさくさに紛れて聞いた。
「ふふ、ユージーンの尋問再開ね。」
先生はそう言って微笑みながら僕の顔を改めて見て言った。
「さっきあたしの兄貴が軍人だって言ったでしょ? 実はお父さんもなの。二人ともあたしに変な彼氏が出来たら殺すって言ってるわ。そんな女とつきあってくれる覚悟のある男の人は……いないわねぇ。」
そう言って笑うルカ先生を見ていると僕はまたちょっと安心した。そして暫くすると僕らのテーブルにステーキが運ばれてきた。鉄板の上でジュージューと音を立てているそのステーキはめちゃくちゃ美味しそうだ。すると店のおばちゃんがふとルカ先生に尋ねた。
「ルカちゃん、今日はワインは飲まないのかい? 」
「おばさん、今日はやめておくわ。」
「なんでだい? いいじゃないか? 本当は飲みたいんだろう? 」
へぇ、ルカ先生はワインが好きなんだ! 僕は先生の気持ちを察してこう言った。
「先生、いいですよ。飲んで下さい。」
「うーん、じゃあ一杯だけね。」
先生はそう言うと笑った。ヘフナー王国では飲酒の年齢制限を定めた法律はない。なので極端な話子供が公衆の面前でお酒を飲んでも罰せられることはないのだ。だが今は子供の飲酒をやめさせようという社会的な動きがあって近々そういった法律が制定されるのではないか? という噂がある。先生に聞くとプルーディンス王国では既に二十歳未満の飲酒は法律で禁止されているらしい。それでいくと先生は十七歳だから母国ではお酒は飲めないのだ。ところが先生の家族は皆酒好きで先生も家の中ではよく飲まされていたのでお酒はかなり強いらしい。先生は冗談っぽくこう言った。
「この国の一番気に入っているところはお酒が堂々と飲めるところね! ユージーン、あなたも一杯だけ飲む? 」
「……うーん。」
僕も家では父さんにちょくちょくお酒を飲まされている。だからルカ先生にお酒が飲める格好良いところを見せたいという気持ちはあった。だけど僕は一応貴族の子供なのだ。そんな僕が人前で酒を飲むことは今のご時世からしてあまり好ましいことではない。僕は悩んだ。だがその時店のおばちゃんがこう言った。
「お兄ちゃん、一杯だけ飲んだら? 飲めるんでしょ? このことは家や学校の人には内緒にしといてあげるから! 」
そう言って笑うおばちゃんの勢いに押されて僕はワインをグラス一杯だけ注文した。でも考えてみると先生とワインで乾杯なんて実はとっても素敵なことかもしれない。僕はウキウキしながらおばちゃんがワインを持ってくるのを待っていた。するとおばちゃんがワイングラスを三つ持ってきた。何でだろ?
「今日はちょっと暇だからさ。あたしも混ぜておくれよ。いいだろ? お兄ちゃん! 」
はぁ!? ルカ先生と二人っきりでの食事を楽しみたかったのに! どっか行け! このクソババア! 心の中ではそう叫んでいても気が弱い僕は笑顔で頷くしか出来なかった。
「ふー! お腹一杯になったわね。どう? 美味しかった? 」
ステーキ屋さんを出ると先生が僕にそう聞いてきた。300gの肉の塊は旺盛な僕の食欲でさえ十分満たしてくれるものだった。おばちゃんにルカ先生との二人きりの時間を邪魔されたことにはすこしムカついていた僕だがステーキ自体はとても美味しかったので僕はこう答えた。
「はい、大満足です! 御馳走様でした! 」
僕がそう頭を下げながら言うとルカ先生は笑って答えた。
「満足してくれたのなら良かった。じゃあ、帰りましょうか? 」
「先生、送りますよ! 」
「ちょっと遠いけどいいの? ふふ、宜しくね。」
僕と先生は石畳の道の上を歩き出した。ステーキ屋さんでは思わぬ邪魔が入り告白どころではなかったから今からが勝負だ! 先生の家までここからなら大体三十分かかる。その三十分の間に僕は先生に告白しなければならない。僕はその機会を窺いつつ歩を進めた。だがこんな日に限って人通りが多くとても告白するような雰囲気ではない! 僕は焦った。
「……先生。」
「うん、なぁに? 」
「今日は……暑いですね。」
「そうね、もう夏本番だからね! 」
焦ると会話も弾まない。ゆっくり歩いて時間稼ぎをしようとするがそれにも限界がある。結局人通りの多い中を通り抜けて僕らはルカ先生の大学の寮の前にあっという間に着いてしまった。
「送ってくれてありがとう。本当なら家でコーヒーでもご馳走したいところなんだけど……。」
「男子禁制……でしたよね。」
「そうなの! ごめんね! 」
「ところで、先生の部屋って何処なんです? 」
僕はふとそう聞いた。目の前にはところどころにライオンをあしらった金色に輝く立派な紋章の装飾が施された白い二階建てのまるでホテルのような寮がある。その寮は幅が10mで奥行きが40m、高さが7m程の直方体の建物だった。
「あたしは入ってすぐの階段を二階に上がったところよ。201号室ね。ここからも窓が見えるでしょ? 」
先生はそう言って自分の部屋を指差した。ちょうど建物の角の部屋らしい。先生は笑って続けた。
「ふふ、なんでそんなこと聞くの? 寮に入ったら痴漢と間違われて捕まるわよ。」
「し、しませんよ! そんなこと……。」
本当はルカ先生の部屋に入りたくて仕方のない僕だったがその欲望は心の奥底にぐっとしまい込んだ。くそ〜、結局何も出来ないじゃないか! ちょっとイラついた僕に先生がすまなさそうに止めをさした。
「ユージーン、ここで立ち話をするとすぐに管理人さんが飛んできて『うるさい! 』って怒られるの。ごめん、またね。」
「は、はい。」
僕はトボトボと家に帰るしかなかった。




