その勇気に感謝します!
僕と校長先生、それにコイチの両親は校長室で黙ってソファに座っていた。部屋にはコイチの父親の貧乏ゆすりの振動でテーブルがカタカタと揺れる音だけが響いていた。
「えらい待たせるやんけ。イラつくのう。」
そう言うとコイチの父親は葉巻を取り出して火をつけパカパカと煙を吐き出し始めた。その匂いは強烈に臭い。僕はその匂いを我慢しつつじっと自分の膝を見つめて座り続けていた。そして暫くするとガチャと音がして扉が開き先ほど出て行ったヤンナギ先生がまた再び校長室に戻ってきた。
「喧嘩の現場を見ていた生徒を連れてきました。」
ヤンナギ先生はそう言うと連れてきた生徒三人を順番に校長室の中に入れた。最初の二人は僕とそれほど仲良い訳ではないクラスメイトだったが最後の一人はミール本人だった。その三人は僕らの座るソファの右横に一線に並んだ。ミールは一番手前で僕のほぼ真横ぐらいに立っていたが僕の方は見ず俯いたままだった。
「君達、ここでは嘘はついてはいけない。正直に聞かれたことを答えて欲しい。分かったね? 」
校長先生がそう言うとその三人は小さく頷いた。コイチの両親を前にして何か尋常ではない雰囲気を彼らは彼らなりに感じ取っているようだ。ヤンナギ先生は一番奥にいる男の子に質問を始めた。
「ウィルソン君、君は昨日の放課後コイチ君とユージーン君が喧嘩しているのを見ましたね? 」
「はい、見ました。」
「彼らは何故喧嘩をしていたのか知っていますか? 」
「コイチ君がユージーン君とミールさんに悪口を言っているのが聞こえました。それでミールさんはコイチ君に悪口を言い返したみたいです。するとコイチ君は怒って殴りかかろうとしました。それをユージーン君が止めようとして喧嘩になったみたいです。」
僕はそれを聞いてホッとした。彼が真実を言ってくれたことが嬉しかった。だがコイチの両親は物凄い形相でそのウィルソン君を睨んでいる。ウィルソン君は堪らず下を向いてしまった。そこへヤンナギ先生が再度確認を行った。
「今言ったことに間違いはないね? 」
「は、はい。」
ウィルソン君は小さいながらもハッキリとした声で自分の言ったことを肯定した。沈黙が部屋の中に蔓延する中ヤンナギ先生は二番目の女の子に質問を始めた。
「パティさん、あなたも昨日コイチ君とユージーン君が喧嘩しているのを目撃したんだね? 」
「はい、そうです。」
「何故二人は喧嘩をしているように見えたかな? 」
「私もコイチ君がユージーン君とミールさんに文句のような言いがかりをつけているのが聞こえました。その後はちょっとよく分かりませんでしたが急にコイチ君がミールさんに殴りかかろうとしたのは見ました。それを止めようとしてコイチ君とミールさんの間に入ったのがユージーン君です。それは間違いありません。」
するとコイチの両親は我慢出来なくなったように急に大声を上げ始めた。
「こいつらはこのガキとグルちゃうんかい! 」
「そうですわ! そうに違いありませんわ! 」
そう騒ぎ出した二人をヤンナギ先生は手で制するようなポーズを取った後こう言った。
「では最後にこの生徒に聞いてみましょうか? ミールさん、答えて下さい。あなたはコイチ君に殴られそうになったのですか? 」
するとコイチの両親は急に声色を変えてミールに話し掛けだした。
「ミールちゃん、ホンマのことを言うてみいや。」
「そうよ、ミールちゃん。あなたと仲の良いコーちゃんがそんなことする訳ないわよね〜? 」
ミールの顔は強張っていた。彼女はおそらくコイチの両親の歪んだ人間性を知っているのであろう。その為彼女はこの二人に恐怖心があるのだ。彼女はひょっとしたら真実を話すことが出来ないかもしれない、僕はそう思った。
「早くホンマのこと言うてや、ミールちゃん。じゃないとワシ、暴れるで! 」
「あなたのお父さんとお母さんとも家族ぐるみで仲良くしてるんだから! コーちゃんがあなたに暴力を振るう訳ないわよね〜! 」
まるで誘導するような二人の言葉は聞いていて反吐が出そうだった。ミールはいつの間にか目に涙を溜めている。コイチの両親が猫撫で声を出している間僕とヤンナギ先生と校長先生はじっとミールの口が開くのを待っていた。
「なぁミールちゃん、さっきのは嘘やて言うてーな。」
そう言うとコイチの父親は立ち上がりミールに歩み寄ろうとした。するとミールはその動きを制するように急に大きな声で涙ながらに言った。
「ごめんなさい、おじさん! あたし、やっぱり嘘はつけません! コイチ君はあたしに殴りかかってきました! 助けてくれたのがユージーン君です! 」
そうミールが叫ぶと部屋は静まり返りミールのすすり泣く声だけが響いた。だがすぐにコイチの父親は態度を急変させ物凄い形相でミールを睨みつけて言った。
「ワレもこのガキ共のグルかい!? ワレの親父にはいっつも世話したっとんやぞ! それやのにこの仕打ちかい!? コラ! 」
ミールは泣き続けていた。おそらく本当のことを言えばこうなるということをミールは分かっていたのだろう。だからミールはあれだけ顔を強張らせていたのだ。その上ミールはこいつらと今後も親戚付き合いをしなければならない。ミールの真実を話してくれた勇気は誰でも持てるものではないのだ!
「いい加減にして下さい! 」
すると急にヤンナギ先生がそうコイチの父親に怒鳴った。コイチの父親は自分が怒鳴られるなどと思っていなかったらしく一瞬きょとんとした顔をした。そこへヤンナギ先生が言葉を重ねた。
「ここにいる子供全員が同じことを言っているんですよ! それでもあなたはまだ自分の子供に非はないと言い張るんですか!? ユージーン君はあなたの息子さんの女の子への暴力を止めようとしただけですよ! 確かに暴力を暴力で止めようとしたことには問題があるかもしれません。それは注意しておきます。ですが事の発端はコイチ君です! それに加えて女の子への暴力はこの学校の生徒が目指すべき紳士のやることではありません! もうお帰り下さい! 」
僕はこんなに怒るヤンナギ先生を初めて見た。それはコイチの父親並みの迫力だった。だがコイチの父親も負けてはいない。
「何やと、コラ! 王族のワシの知り合いに言うてお前をクビにしたろか! 」
そう言われてもヤンナギ先生は毅然とした態度でこう言った。
「何をして頂いても結構です。ですが私は真実を言った生徒に嘘を強要したりその真実を捻じ曲げたりすることは出来ません。さぁ、お引き取り下さい。」
ヤンナギ先生にそう言われて先生を睨みつけていたコイチの父親は暫くするとブツブツ文句を言いながら母親を連れて校長室を出て行った。その後ろ姿を見届けた後ホッとした僕は先生に嬉しくなってこう言った。
「先生、本当にありがとうございました! 」
「最近はああいう親が増えているからな、俺は慣れてるんだよ。それより、お前が尊敬するべき相手は俺じゃないんじゃないか? 」
ヤンナギ先生はそう言ってミール達三人の方を見た。そうだ。一番勇気を持って行動したのは彼らでありその中でも特にミールなのだ。僕は三人に丁寧に頭を下げた。
「ありがとう、みんな。本当のことを言ってくれて。」
ウィルソンとパティは僕を見てニッコリと微笑んでくれたがミールはまだ俯いて泣いていた。僕はミールの震える肩にポンと手を置くと彼女にもう一度感謝の気持ちを伝えた。
「ありがとう、ミール。」
ミールはハンカチで目を押さえながら小さく頷いた。




