プリンセス・シンシア
「ではこれよりメダルの授与式を行う! 優勝者は前へ! 」
そう言われて僕は一歩前に出た。すり鉢状になった競技会場の観客席の最上段の一部にヘフナー王族専用の観覧席がいくつかありそれらを正面斜め上に見ながら僕は立っていて僕の後ろに二位と三位の選手が並んでいる。僕の立っている場所は観覧席最上段付近ということもあって周囲の一般観客席からはよく見える位置だ。ここで僕らは皆に見守られながら王族の人の手によってメダルを受け取ることになるらしい。
「シンシア姫様! どうぞこちらへ! 」
僕のすぐ側に立っている上下緑色の軍服を着て左胸にキラキラの勲章を一杯付けた授与式の進行役の初老の軍人がそう叫んだ。周囲から大きな歓声が上がる。そして僕が王族専用観覧席の周辺を窺っているとその後にある一つの扉が開いてそこから五歳か六歳ぐらいの可愛らしい女の子が何人かの衛兵に囲まれてひょっこりと現れた。
「シンシア姫様〜! 」
「きゃぁ〜可愛い〜! 」
歓声は一段と大きくなった。どうやらその女の子がシンシア姫らしい。ピンクのドレスに青いサシャを左肩から掛けている。髪は金髪で肩ぐらいまでありまるで人形のような綺麗な顔をしたお姫様だ。ふと僕は以前に新聞でシンシア姫の記事を読んだことを思い出した。確か王族の中ではアイドル的な存在で凄く国民から人気があるお姫様だとその記事には書かれていたっけ。勿論僕がシンシア姫本人を直接目にするのはこれが初めてだった。
「優勝者、もうすこし近づきなさい。」
僕の手前三m、階段の上から僕を見下ろしているシンシア姫が僕にそう言った。五歳の女の子に命令口調でものを言われるとは思っていなかったので僕は一瞬ちょっと驚いた。だがその喋り方は感じの悪いものではなく王族の姫らしさを表そうと一生懸命になっているシンシア姫の努力が滲み出ているもので尚且つとても可愛らしい。僕は微笑みながらシンシア姫の目の前まで近ずいた。
「ユージーン・マイヤー、よく頑張りましたね。素晴らしい射撃技術です。」
シンシア姫はそう言ってニコッと微笑んだ。その笑顔には彼女が生まれつき持っているのであろう溢れんばかりの愛らしさがある。王族らしい毅然とした立居振舞とそれに相反するような愛嬌を併せ持つ姫か、なるほど! こりゃ国民に人気がある訳だ! 僕は妙に納得してしまった。僕は軽く会釈をして大きな声で言った。
「ありがとうございます! 」
「ではこれを受け取りなさい。」
彼女はそう言うと青いリボンの付いた金メダルを僕の首に掛けようとした。だが彼女はまだ小さい為僕が立ったままでは僕の首にメダルを掛けることなど出来ない。そこで僕は大袈裟に彼女の目の前にしゃがみ込んで頭を垂れて突き出した。その様子が滑稽だったようで観客席からドッと笑いが起きその後拍手が続いた。
「おめでとう、ユージーン・マイヤー! 」
彼女はそう言うと僕の首に金メダルを掛けた。拍手が更に大きくなる。僕は立ち上がると彼女に一礼をしてから観客席の方を振り向いて光り輝く金メダルを手にかざした。拍手に包まれながら金メダルを手に高いところから周囲を見渡すというのはなかなか壮観だった。ふと気が付くと遠くでハンカチ片手に拍手をしてくれている小さなルカ先生と母さんが見える。僕はこの風景を一生目に焼き付けておこうと思った。
「おめでとう! よく頑張ったわね。初めての大会で優勝なんて凄いわ。あなたには素質があるのよ、きっと。」
メダルの授与式が終わった後僕はルカ先生と母さんに合流した。そしてルカ先生は僕に会うなりそう声を掛けてくれるとニッコリと微笑んだ。その笑顔はまさに僕にとって最上の賛辞だった。僕は嬉しくてルカ先生に抱きつきたいぐらいだったが母さんの手前ということもありそれはさすがに出来なかった。
「先生、この子がいきなり優勝なんて出来たのも先生のお蔭ですわ。本当にありがとうございました。」
母さんはそう言うとルカ先生に深々と頭を下げた。すると先生は笑顔で言った。
「いえ、お母様。私はユージーン君にきっかけを作ってあげただけです。全てはユージーン君が勉強とライフル競技の両立を必死で頑張ったからですわ。今日は彼を一杯誉めてあげて下さい。」
ルカ先生にそう言われると母さんはもう一度深く頭を下げた。
「お母様、お疲れになったでしょう。今日は早目にお帰りになられた方がいいのではないですか? 」
頭を上げた母さんにルカ先生はそう言った。今日は日差しも強く気温も高かったので僕らは三人とも汗だくだ。先生の言う通りこんな日にほぼ一日中屋外にいることは僕やルカ先生ほど若くない母さんには辛いことかもしれない。僕が母さんを見ると確かにしんどそうだった。母さんはハンカチで額の汗を拭いつつ言った。
「確かにちょっと疲れちゃったかしら。先生の仰る通り今日はこれで帰りますわ。先生、馬車を借りてますから乗っていって下さい。お家まで送りますわ。」
「私は大丈夫ですよ。」
「そんな遠慮なさらずに! さぁ、乗って下さい! 」
母さんは待たしておいた馬車を呼び寄せると強引にルカ先生をその中に乗せた。馬車の中は向かい合った席になっていて僕と母さんが横並びに座りルカ先生はその対面で僕の前だ。あ〜ぁ、母さんがいなければルカ先生と二人っきりなのにな。そうだったら僕の気持ちを告白することも出来たかもしれないのに! 僕はちょっとイラっとしながらもルカ先生の顔をチラチラ見ていた。ルカ先生は目を閉じて俯いているので僕の視線に気が付いていない。そうこうしているうちに馬車はルカ先生の家の近所にあっという間に着いてしまった。
「ありがとうございました。では失礼します。」
先生はそう言うと座席側面の扉を開けて馬車から降りてしまった。今日はこれでお別れか、寂しいなぁ。僕はそう思ってふと寂しげな顔をする。するとルカ先生が不意に声を掛けてきた。
「またね、ユージーン君! 」
ウインクをして悪戯っぽく笑うその笑顔の輝きはシンシア姫に勝るとも劣らずだ。あぁ、ルカ先生! 大好きです! 僕はそう叫びたいのをぐっと堪えつつルカ先生を見送った。僕の頭の中では射撃競技で優勝した喜びよりもルカ先生の別れ際のウインクの喜びの方が大きいようだ。その後動き出した馬車に帰路揺られていると僕は幸せな気分のままぐっすりと眠ってしまった。




