実戦
「警察も自警団もまだ来そうにないな。」
僕は周囲を見渡しそう呟きながらライフル銃を取り出すとポケットに入れていた三発の銃弾を装填した。あの巨人を何とかこの三発の銃弾で仕留めなければならない。上手くいくだろうか? でも今この状況で恐怖に駆られ何もせずにこの場から逃げることは人として絶対にやってはいけない。放っておけば被害は間違いなく拡大するのだから。僕は震える手でライフル銃を強く握りしめると腹を決めた。
「ガチャッ! 」
安全装置を外しいつでもライフル銃を撃てる状態にすると僕は中腰で路地の合間を恐る恐る進み出した。巨人に出来るだけ見つからないように近づいてその頭を撃ち抜く為に。
「ふぅー! 」
僕は身体の中の空気を全て絞り出そうとするかのように大きく息を吐き出した。それは僕が無意識に行ったもので高鳴った心臓の鼓動を静め手足から震えを取り去る為の儀式だった。何とかして50m以内に近づければ僕にもチャンスはある。だがこの精神状態で当てられるだろうか? 射撃というのは射撃手が落ち着いていなければ正確に標的を捉えることは絶対に出来ない。これはルカ先生に教わったことだった。僕は「落ち着け、落ち着け! 」と一人言を何度も繰り返しながらゆっくりと巨人に近づいていった。
「わーん! 助けてー! 」
すると今度は小さな女の子の悲鳴が聞こえた。急がなければ! このままでは怪我人が増えるばかりだ。僕はそっと物陰から顔を出して巨人の位置を確認しようとした。
「ママー! 」
見ると大通りの真ん中に小さな女の子が座り込んで泣いているではないか! どうやら親とはぐれてしまったらしい。しかも最悪なことにその泣きじゃくる女の子に巨人がドスン、ドスンと足音を立てて近づこうとしている、顔には笑みを浮かべながら!
「やるしかない! 」
僕は物陰からライフルを構えた。僕の位置から泣いている女の子までの距離は約40mで巨人までの距離はだいたい60mだ。巨人は大通りの真ん中を悠然と歩いて近づいてくる。巨人が50mの距離にまで来れば一発お見舞いしてやる! だけどそれがもし外れれば女の子に危害が加えられるかもしれない。この一発だけは絶対に外せないのだ!
「ママー! うわーん! 」
その女の子の泣き声が更に耳に響く。巨人が50mの距離に達するまであと8m、7m、6m !
「そうだ、緊張した時は三回深呼吸だったな。」
僕はルカ先生の教えを思い出し深呼吸を三回した。すると心も身体もなんとなく落ち着いた気がする。大丈夫だ、これならいける。あと3m、2m、1m ! 僕はゆっくりと引金を絞った。
「ドォーン! 」
「ウギャオーッ! 」
咆哮とも悲鳴ともつかない叫び声を巨人が上げた。どうやら銃弾は人間でいう右の鎖骨付近に当たったようだ。巨人は立ち止まって傷口付近を左手で押さえている。狙っていた頭部は外してしまったが取り敢えず巨人の動きを止め女の子への注意を逸らすことは出来たようだ。だが巨人は周囲を見渡すと僕の存在に気が付き怒りの形相で僕の方へ進んできた。ヤバい!
「ドスン! ドスン! 」
巨人が地面を踏み鳴らしながら僕の方へ歩を進めてきた。僕と巨人の目が合う。僕は恐怖のあまり目を逸らして俯きかけたが勇気を振り絞って睨み返すと次の銃弾を装填した。こんな化け物に負けてたまるか! もう一発叩き込んでやる!
「ギャオー! 」
その化け物はそう雄たけびを上げながら近づいてくる。もう女の子には目もくれていない。僕を踏み潰すことしか考えていないのだろう。外せば殺されるな、そう思いながら僕は巨人の一つ目に照準を合わせた。距離は40m、これなら外す訳がない! くたばりやがれ! この化け物め!
「ドォーン! 」
しまったっ! あろうことか僕は40mの距離で狙いを外してしまったのだ! 銃弾は巨人の顔の左頬付近に命中した。血しぶきが飛びダメージは与えられたが止めの一撃とはならなかったのだ! ヤバい! このままだと反撃されてしまう! 僕は慌てて最後の一発を装填しようとした。だが普段何の意識もせずしているボルトを動かすだけの装填の動作が焦ってしまい出来ない! 僕は完全に落ち着きを失った。
「殺される! 」
僕は恐怖でパニックに陥りその場から走って逃げだした。物影伝いに後ろに走り巨人の視界から消えようとしたのだ。殺されるかもしれない。それこそ僕はなりふり構わず必死に走った。だが数十m程走ったところで僕はつまずいて転倒してしまった。ヤバい! 本当に殺される!
「やめろ! 」
僕は恐怖でそう叫びながら後ろを振り向いた。だが巨人はいない。あれっ!? 何処に行ったんだろう? 耳を澄ますと先ほどまで響いていた巨人の足音はゆっくりと遠のいていっているようだった。僕は徐々に落ち着きを取り戻すとライフル銃にゆっくりと銃弾を装填した後に立ち上がって先ほどまで自分がいた場所に歩いて戻っていった。
「お母さ〜ん! 怖かったよう! 」
「無事で良かったわ! セーコ! 」
先ほどまで大通りの真ん中で泣いていた女の子が母親らしき人と抱き合っている。良かった、あの子は助かったんだ。僕は暫くの間その抱き合っている母娘を呆然と見つめていた。すると僕は突然背後から声を掛けられた。
「ユージーン君! 」
驚いて振り向くとなんとそこにはクラスメイトのミールちゃんが立っているではないか! 僕は驚いて返事も出来なかった。するとミールちゃんは言葉を続けた。
「あなたがあたしの妹を助けてくれたのよ! ありがとう! 」
「えっ!? 妹? 」
彼女はそう言うと大通りの真ん中で泣いていた女の子を指差した。あの子はミールちゃんの妹だったのだ! 僕は驚きながら何度もミールちゃんとその女の子を交互に見つめた。そして暫くして落ち着いたところで僕はミールちゃんに聞き返した。
「……そうだったのか。ところで巨人は? 」
「逃げていったわ。あたし達、あの馬車に乗っていたんだけど突然さっきの巨人が襲ってきたの。」
「えっ!? なんであの馬車に? あの馬車はコイチの家の馬車だろう? 」
「コイチ君の家に行く途中だったの。コイチ君はあたしのいとこなの。」
えーっ!? そうなんだ! 知らなかった! こんな可愛いミールちゃんがあのクソコイチと親戚だなんて! 僕は露骨に嫌な顔をしたがミールちゃんはそれに気が付かず話を続けた。目には涙が溜まっている。危険が去ってホッとしたのだろう。僕もつまらないことを気にするのはやめた。
「……本当にありがとう。」
彼女は僕に向かって祈るように頭を垂れ感謝の意を表した。僕はちょっと照れてその場に突っ立っていた。するとようやく警察と自警団、それに怪我人の救護の為の医者がやってきた。
「一つ目は何処だ!? 」
何を言ってるんだ! もう居ないよ! 僕が心の中でそう呟いているとミールちゃんが警察官に言った。
「もう怪物はいません。逃げていきました。彼が追い払ったのです。」
彼女はそう言うと微笑んで僕の方を見た。警察官が数人、僕の周りに集まってくる。
「君があの怪物を追い払ってくれたのか? 」
警察官にそう聞かれて僕はどう答えていいのか分からなかった。結果的には追い払ったのかもしれないが二度の射撃の機会で狙いを外しおまけにその後逃走しようとしたのだ。胸を張って「そうです! 」とは言えない気がした。だけどそこへミールちゃんが言葉を挟んだ。
「彼が持っている銃で怪物に傷を負わせて追い払ったのです。彼がいなければもっと多くの人が傷ついていたでしょう。彼を讃えてあげて下さい! 」
ミールちゃんがそう言うと歓声が上がり沢山の人が僕の周囲に寄ってきた。警察官や新聞記者、それに野次馬達だ。
「君、名前は? 」
「本当に君があの怪物を追い払ったのかい? 」
「その時の状況を教えてくれる? 」
新聞記者のカメラのフラッシュがバシバシと焚かれる中僕は知らない人から質問と握手責めにあった。僕はどうしていいのか分からず逃げ出したくなったがそれは無理のようだった。取り敢えず笑顔を作り質問に辿々しくも答える。そして暫くすると野次馬に紛れて微笑みながら立っているミールちゃんと僕の目がたまたま合った。彼女は僕に「もっとニッコリして! 」というようなゼスチャーを送っている。それが滑稽で僕は思わずクスッと笑った。笑顔の彼女を見ていて脅威が取り除かれたことが実感出来たかことが僕の表情をそうさせたのであろう。僕は彼女に笑顔を返すと暫く終わりそうもないインタビュー責めに一つずつ丁寧に答えていった。




