一つ目の巨人
「ズドーン! 」
「今日はこれで十回連続で的のど真ん中を射抜いているわ! ユージーン、凄いじゃない! 」
ルカ先生が僕の背後でそう叫ぶ。僕はその声がさも聞こえていないかのように次の弾を装填してまたライフルを標的に向けて構え発砲した。
「お〜っ、十一回連続よ! 新記録じゃない? 凄いわ! 」
ルカ先生がまたそう嬉しそうに叫んだ。僕はこの数日間で射撃の腕前がかなり上達している。それは自分でもはっきりと実感出来た。だがその次の弾は僅かに的の中心を外してしまい十二回連続の自己記録更新とはならなかった。僕は「フゥ」と小さく溜息をつくとルカ先生が言った。
「ユージーン、そろそろ四時よ、今日は終わりにしましょう。」
「は、はい。」
僕はそう返事をするとルカスペシャルを布で綺麗に磨いてから持ち運び用のケースに入れて背中に背負った。そして撃たなかった弾が三発程あったのでそれをポケットに入れた。
「今日は調子が良かったわね! この調子でもうちょっと頑張ればシンシア杯でもいいところにいけるかもよ! 」
「は、はい……。」
僕はそう言うと俯いてしまった。この前ゴブリンの一件があってから僕はルカ先生の顔がまともに見られないのだ。ルカ先生は何事も無かったかのように普通に接してくれているのに僕は変にルカ先生のことを意識してしまっている。それにあの時ゴブリンに殴られた僕を見てルカ先生は僕のことをどう思っただろう? おそらく格好悪いと思った筈だ。意識してしまう相手がそんな風に思っていると考えると僕の口は余計重くなった。
「じゃあ、今日はこれで帰りましょうか? 」
「は、はい。」
僕はルカ先生を家まで送っていった。この前は夕方に人気の無いところを歩いていてゴブリンに襲われたので僕らはもう同じ過ちを繰り返さないように日の高いうちに人通りの多い大通りを歩いていた。
「今日は暑いわね。」
「は、はい。」
上手く喋れないや、なんでだろ? ついこの間まではドSだのなんだのと悪口を言っていた相手に今はこんなに呼吸が苦しくなるほどドキドキしている。先生は何を考えているのかな? やっぱり僕のことを格好悪いとか思っているのかな? あ〜、その辺りを探りたいけど言葉が全然思い浮かばない!
「ありがとう、送ってくれて。今日はここでいいわ。」
とある曲がり角にさしかかるとルカ先生は僕の方を振り向いてそう言った。あ〜あ、もうお別れか。残念なようなちょっとホッとしたような……複雑だよ、全く。
「ユージーン。」
二、三歩進んでから急にルカ先生は振り返ると僕の名前を呼んだ。何だろ? 僕は上ずった声で返事をした。
「は、はい? 」
「この前は……ありがとうね。」
「この前? 」
「ゴブリンに襲われた時のことよ。」
ちょっと俯きつつ上目遣いで僕にそう言うルカ先生はすこし申し訳なさそうな顔をしている。僕は慌てて先生に言った。
「先生、お礼を言わないと駄目なのは僕の方です。あの時先生が僕の手を引っ張ってくれなければ僕は今ここにいません。それに……」
「それに……何? 」
「先生をもっと格好良く助けたかったのに出来ませんでした。逆に先生に助けられて……それがとっても情けなくて。」
僕がそう心の内を曝け出すとルカ先生は優しく言った。
「……そんなこと気にしなくていいのよ。あなたは必死に私を守ろうとしてくれたじゃない? とっても格好良かったわよ。」
それを聞いてすこし心につっかえていたものが取れた気がした。良かった、先生は僕のことを悪く思っていなかったのだ。それどころか格好良いだなんて! 僕は顔を赤くしつつもルカ先生の顔を真正面からしっかりと見た。
「……ルカ先生。」
僕はそう言うと無意識にルカ先生に一歩近づこうとした。だがその時だった。
「どけどけ〜! 轢き殺されても知らんぞ〜! 」
けたたましい音と共に聞いたことのある声が僕ら二人の甘い雰囲気をぶち壊した。偶然コイチの家の御者が通りがかり猛スピードで馬車を操って僕らのすぐ横を通り抜けていったのだ。僕ら二人は唖然としてその馬車の後ろ姿を見送った後顔を見合わせて笑った。
「ふふ、帰りましょうか? 」
「はい。」
僕はルカ先生と別れた後一人で大通りを歩き家路を急いでいた。さっきはルカ先生といい雰囲気だったな〜! そう思いつつ別れ際のルカ先生の笑顔を思い出すと足取りは自然と軽くなった。次に会う時はちゃんと話が出来るように何か話題を考えておこう! 僕は別れたばかりのルカ先生にもう会いたくなっている自分に気が付くと一人で苦笑いしながら歩き続けた。そして10分程大通りを進んだ時だった。急に周囲の雰囲気が騒然としてきた。
「きゃぁー! 」
「助けてくれ! 」
人の悲鳴が聞こえたと思うとその直後にバリバリと建物が崩れるような音がした。なんだ?! 音は大通りの先から聞こえる! 僕は駆け足で大通りを進んでいった。すると恐ろしい光景が目の前に広がっていた。
「あっ! 」
僕は思わず大きな声を出していた。さっき僕の横を走り去っていったコイチの馬車が横倒しになっていていつも偉そうにしている御者が真っ青な顔でそこから走り去ろうとしている。そしてその横倒しになった馬車の上には怪物が立っていた。身長が五m程ある毛むくじゃらの一つ目の怪物ーー巨人である!
「逃げろ! 」
「警察か自警団を呼べ! 」
周囲の人々はいろんなことを叫びつつ巨人から逃れようとしている。すると走り回る人間達を見て興奮したのか巨人は倒れた馬車の車輪を引きちぎってそれを逃げ惑う群衆のど真ん中に投げつけた。
「ぎゃぁ〜! 」
悲鳴が重なり多くの人がバタバタと倒れた。それを見て巨人は不気味な笑みを浮かべている。あの怪物は人を傷つけて楽しんでいるのだ! 馬車の車輪の下敷きとなった人は二〜三人いて皆血まみれになっている。それにピクリとも動かない。
「くそっ! 」
僕はそう叫ぶと背中に背負ったケースに手を掛けた。だがそこで僕の動きは止まった。この前のゴブリンとの戦いの恐怖が身体中に甦ってきたからだ。だが目の前で何の罪もない人が傷つけられている。こんなことが許されていい筈がない。
「やるしかない! 」
僕はライフル銃をケースから取り出した。




