マイヤー家
「遅い! お前は何回同じことを言わすんだ! 早く席につけ! 」
あぁ、やっぱり時計は七時を回っていた。僕はお父さんに怒鳴られながら食事の並べられたテーブルの前の椅子に座った。テーブルは円になっていてお父さんが座っている正面に僕が座り僕の左にお母さん、右に兄さんが座っている。お父さんは厳しいし怖い。背は160cmぐらいで低いけど身体はガッチリしていて腕なんかはとっても太い。以前ちょこっと腕相撲をしたことがあるけど僕は瞬殺されちゃった。それなのにすごく頭が良くて王国の中で一番頭のいい学校を卒業したっていつも自慢している。白いワイシャツに黒いズボンを履いて四角い顔をしたお父さんは僕を鋭い眼光で暫く睨みつけていた。ちょっとぐらい遅れたっていいじゃないか、厳しすぎるよ、全く。
「よし、全員揃ったな。ではお祈りをするぞ。天におられる私達の父よ、皆が聖とされますように……」
お父さんがいつもの食事前のお祈りの言葉を口にする。これを待つ間が長いのでこんなことを言うと怒られるだろうけど僕はお祈りの言葉は嫌いだ。お祈りの言葉は省略して早く御飯を食べたいよう! といつも思う。まぁでも時間にしたら数十秒なんだけどさ。そんなことを考えているとようやくお祈りの言葉が終わってお父さんが続けて言った。
「では頂きます! 」
「頂きます! 」
家族全員の斉唱が終わるとようやく夕食が始まる。今日は僕の大好きなステーキだ。でもその横に大嫌いなほうれん草も皿に一杯盛られている。あ〜ぁ、このほうれん草がなければ最高なのにな。でも好きなお肉は最後に食べたいからほうれん草から食べようっと。
「ユーちゃん、ちゃんと噛んで食べなさいよ。」
「はーい。」
お母さんは僕が嫌いなほうれん草を噛まずに呑み込んでいることを知っていていつもブチブチと僕に文句を言ってくる。緑のワンピースを着たお母さんはお父さんと違ってちょっと抜けているところがあるし優しいところもあるけど気になったことは絶対に口に出さないと収まらない性格だ。僕は噛む振りだけをしてほうれん草の殆どを呑み込んだ。丸みを帯びた眼鏡を掛けたお母さんはまた僕への口撃をせっせこと加えてくる。
「ユーちゃん、緑の野菜は身体に良いのよ。ちゃんと噛んで食べなきゃ駄目よ。」
「うん、噛んでるよ。」
もうほっといてくれればいいのになぁ。僕のお母さんは名前をヒトミといってあのワカバさんに輪をかけるほどのおせっかいだ。背は150cmぐらいでお父さんより更に低いけど顔はそれなりに愛嬌のある顔をしている。本人曰く若い頃は結構モテたらしくてたまに酔っ払ったりするとそのことを自慢したりする。そんな面白い一面もあるお母さんだけど今は僕の野菜嫌いを直そうと必死で毎日食卓にほうれん草を出してくる。おそらくワカバさんの作るクソ不味い野菜入りのお菓子もお母さんの差し金だろう。でもこんなにしょっちゅう出されたら逆効果で僕はほうれん草をますます嫌いになっちゃうって。お母さんはしつこいよ、全く。
「ユージーン、ところで勉強はどうだ。この前学校でテストがあったんだろう? まだ結果は分からないのか? 」
お父さんが急に僕にそう聞いてきた。お父さんは厳しい上に最近は僕の顔を見ると勉強の話しかしてこないからつまんないんだよな。僕の家はマイヤー家という貴族で昔は裕福だったらしいけど曾お爺ちゃんの代の時に没落してそれからは貧乏になったとお父さんはよく言っている。でも今はお父さんが若い頃に始めた刀剣の販売の仕事が軌道に乗ってかなりマシになっているらしいけど。それでお父さんは自分がマイヤー家を立て直したという自負があるからかいつも自信満々で威張っている。お父さんがそんな風だから僕は逆にちょっと内気な子供になっちゃったんだよ、全く。
「まだ返ってきてないよ。」
僕がそう言うとお父さんは僕を睨むように見つめてからまた言った。
「そうか、では返ってきたら必ず見せなさい。」
まずい、この前のテストは全然出来なかったんだ。多分百点満点で五十点もないだろう。見せたらまた怒られるだろうな。そう思うと急に大好きなお肉も美味しくなくなってきた気がする。
「ユージーン、お前勉強は大丈夫なのか? 」
今度は兄さんが口を挟んできた。僕の兄さんは僕の三つ上で頭がいい。二年前に競争率五十倍という難関校に入学してお父さんを凄く喜ばせていた。でも兄さんは頭がいい分高慢でいつも僕のことを馬鹿にしてくる。それで昔はしょっちゅう喧嘩をしていたけれど弟の僕が兄さんに勝てる筈もない。最近は口論になると僕は歯向いもせずにハイハイと聞き流すようになった。そうすれば自分の気分が害されるのが最小限で済むからだ。
「うん、大丈夫だよ。」
「ユージーン、お前もお兄ちゃんと同じカゲミ貴族院大学に行かないと駄目だぞ。母さん、受験資格はいつからだ? 」
「十五歳ですから来年ね。あと一年しかないわ! 大丈夫!? ユーちゃん! 」
最近は毎晩この会話のパターンだ。僕の住むこの土地では貴族の子はだいたい六歳から十二歳まで小学校に通いその後また三年間中学校に通う。そして十五歳になると勉強を続けて大学に行くかそれとも働くかという選択をすることになる。お父さんは「これからの時代は頭が良くなければ駄目だ! 」っていつも言ってて僕にも大学に行くことを強く勧めてくる。でも僕は勉強が嫌いだしもともと頭もそんなに良くないから正直なところあんまり大学になんか興味が無いんだよな。勿論父さんには内緒だけど。
「うん、頑張るよ。あ、それでさ、今度ヤコーさんのお仕事ちょっと手伝ってみていい? 一度やってみたいんだ。」
「何事も経験するのはいいことだ。いいぞ、やってみろ。だが気を付けるんだぞ。ぼんやりしてると大火傷するからな。」
やった、嫌な話を変えれたしこれで刀も作れる。僕は嬉しくなって笑って言った。
「やった、楽しみだな。」
「だけど勉強もきちんとしてね、ユーちゃん、分かった? 」
「はーい! 」
いつもは僕の勉強の話が延々続いて晩御飯の時間なんてちっとも面白くないんだけど今日は違った。僕はにこにこしながら御馳走様と言って自分の部屋に戻るとどんな形の刀を作るかいろいろ想像して紙に書いたりしてワクワクしていた。おそらく一、二時間はそうやってニヤニヤしていたかな、その後嫌な宿題に手を付けた。僕は四十分程頑張って宿題を何とか片付けた。
「やっと終わった! 」
僕がそう叫んでちょっとほっとした時、不思議なことが起こった。目の前に青白い炎のようなものがボワッと広がったかと思うとその炎の向こう側から何かが僕を見ている。
「えっ!? 何だろう? 」
僕は凄く怖くなってワカバさんを呼ぼうと思ったけど恐怖の為か声が出ない。どういう訳か身体も動かすことが出来ないので仕方なくその炎の奥を恐る恐る見つめていた。するとその炎の中に長い首があってその先に頭がついている怪獣、ドラゴンが浮かび上がってきた。
「うわぁ! ドラゴンだ! 」
思わず僕はそう大声を上げると目を覚ました。あれ? 気が付くと僕は机の上でペンを片手に寝てしまっていたらしくノートに涎を垂らしていた。するとちょうどその時ワカバさんの声が聞こえた。
「ユージーン坊っちゃま! 歯は磨かれましたか? そのまま寝てしまうと虫歯になりますよ! 」
「は、はーい。」
僕はそう返事をすると洗面所へ歩き出した。実はドラゴンの夢を僕は物心ついた時から何回か見たことがある。現れ方はその都度違うけれど最終的にはドラゴンの長い首と頭がぼんやりと見えるのだ。ドラゴンは僕に何をする訳でもないけれどその姿は恐ろしくて見る度に僕は汗びっしょりになるのだ。僕は洗面所で歯を磨き終えると部屋に戻ってベッドに入った。でも今日は怖いから真っ暗にはしないで部屋の電気は付けたまま寝ようっと。