スナイパー・ルカ
「先生、今日は宜しくお願い致します! 」
射撃練習の初日、母さんは緑のワンピースに白いカーディガンを羽織った姿でチャーターした馬車から降りると待ち合わせ場所に待っていたルカ先生を見つけてそう言いながら深々とお辞儀をした。「母さん、いい歳してその可愛い服は似合わないよ! 」と僕は家を出る時言いかけたけど辞めた。母さんにそういうことを言うと本気で怒るからだ。
「お母様、こちらこそ今日は宜しくお願い致します。さぁどうぞ、こちらです。」
ルカ先生は白いズボンにピンクのポロシャツを着ていていつものタイトスカートではなかった。でもズボン姿もとっても可愛くて日曜日の午後の日差しにもの凄く映えている。長い足に白いズボンがよく似合っていてドSな性格さえなければこの女は最高にイカしていると僕はつくづく思った。
「あら、気合入ってるわね、ユージーン君! 」
ユージーン君だって!? 普段は君なんかつけて呼ばないくせに! 母さんがいるからって気を遣っていやがるな。やっぱりこの女は裏表のあるドSだ! 上下迷彩の服に身を包んだ僕をちょっと小馬鹿にしたようなルカ先生の態度を見て僕はそう思った。すると母さんが言った。
「そうなんですよ!あたしは辞めておきなさいって言ったんですけどね、 この子ったらこの服が着たいって聞かなくて。オホホホ。」
確かにこの服が着たいとは言ったけどさ、母さんだって「今日はこれがいいわね! 」とか言ってこの迷彩服を出してきたじゃねーか! 女ってのは嘘を平気でつくんだよな、全く。
「さぁ、こちらが受付ですよ。」
ルカ先生にそう言われて僕ら三人は白い小さな小屋に入っていった。小屋に入るとカウンターがあってその向こう側にニコニコと人の良さそうな微笑みを浮かべた一人のおじいちゃんが座っている。この射撃場の経営者の人かな? 僕がそう思っているとそのおじいちゃんがルカ先生に声を掛けた。
「おお! ルカちゃん! 久しぶりじゃのう! 元気にしとったんかい? 」
「おじさん、お久しぶり! あたしは元気よ! ちょっと家に帰ってたりしてなかなか来れなかったの。おじさんも相変わらず元気そうね。」
「わしゃあ元気じゃよ! まだまだ若い者には負けん! 」
ヨレヨレの白と黒の縦縞のシャツを羽織り頭にはニット帽を被ったその小柄な老人はルカ先生と知り合いらしい。二人は暫く世間話をしていたがルカ先生が本題を切り出した。
「ところでおじさん、預けておいたあたしのライフル、出してくれない? 」
「おお、いいとも。ここにあるよ。前に一度分解して手入れをしておいたから問題は無いじゃろう。どうぞ。」
そう言うとそのおじいちゃんはカウンターの下から長いケースを取り出してそれを開けた。僕はその中を見て思わず「あっ! 」と声をあげていた。その様子を見ながらルカ先生は笑顔でこう言った。
「これがあたしがつい最近まで使っていたライフル銃よ。名付けて『ルカスペシャル』! 」
チョー格好良い! 銃身の金属の部分は銀色で薔薇やらライオンやらの様々な装飾がしてある。おまけにピカピカに磨いてあって遠くから見ればまるで新品のようだ。銃床の木の部分には僕が理解出来ない外国語が彫り込んであるけれどもこれもまた格好良い! おそらくプルーディンス語なのだろう。
「先生、これ、かなり高級なものじゃありません? こんな高価そうな物をうちのユージーンなんかが使わしてもらっても宜しいのですか? 」
母さんが心配そうに聞いたが僕も全く同感だった。ライフルのことを殆ど知らない僕ですらこれがかなり高いものだって分かる。僕もこのライフルを本当に自分が使って良いものかどうか困って思わずルカ先生の方を見た。だがルカ先生は笑って答えた。
「見た目が凝っているだけでそんなに高いものではありませんよ。それに私はもうおそらく使いませんし。ユージーン君に使ってもらった方がこのライフルも喜びます。大事にしてあげてね、ユージーン君。」
そう言って僕にウインクするルカ先生はこれまたとんでもなく可愛かった。でもその表情の裏にはどこか淋しげな感じがした。そういえば何でルカ先生はもうこのライフル銃を使わないのだろう? 射撃競技はもうしないってことなのかな?
「ありがとうございます、先生。」
母さんはそう言うと深々とルカ先生に頭を下げた。僕も慌てて母さんに倣った。
「弾も五十発ぐらいはありますから。申し訳ないですけど無くなったらそれは買って下さいね。」
「せ、先生! 勿論ですとも! そこまで私共は厚かましくありませんわよ! オホホホ! 」
母さんはそう作り笑いをしながらチラチラとカウンターの前に張っている入場料とライフルの弾丸の値段表を見ているようだった。僕もその表をチラッと見たが思わず驚いて飛び上がりそうになった! なんとこの射撃場の利用料は一人一回5000ジオンもするのだ! おまけにライフルの弾丸も種類がいろいろあるようだけれど安いものでも一発100ジオン、高いものだと300ジオンぐらいしている! 50発撃てば少なくとも5000ジオンはするのだ! これじゃあ僕の貯めたお小遣いなんかあっという間に無くなっちゃう! 子供が気軽に出来るスポーツではないんだな〜と僕が思っていると母さんは僕に小声でこう言ってきた。
「一発一発大事に撃つのよ! 」
その通りです! こんなお金の掛かる競技を始めることを認めてくれてありがとう! 母さん、そして父さん!
その後僕らは小屋の中の間仕切された別の部屋へと移動した。その部屋がいよいよ待ち望んだ射撃場となっていて入って正面は外に通じており何十mか先に丸い的が置いてある。どうやらその丸い的の中心を狙うようだ。僕はワクワクしてかなりの興奮状態だった。そこへルカ先生がルカスペシャルを抱えて僕にライフルの構え方から教えてくれた。
「じゃあ最初は立ったまま撃ってみましょうか? さあ、ライフルを持って。」
「は、はい。」
僕はルカ先生からライフル銃を受け取った。先生の身体と僕の身体の距離がいつも以上に近くなってもの凄くいい匂いが僕を刺激する。僕はまた違った意味で興奮してしまった。
「顔が赤いわよ、緊張してるの? 」
「は、はい! 物凄く緊張してます! 」
ルカ先生に聞かれて僕は思わず大嘘を答えた。先生はクスッと笑いながら僕の後ろに回り込み背後からライフルの構え方を指導し始めた。
「足の幅は肩幅ぐらいでいいわ、身体はちょっと後ろに反らすの。ライフル銃とのバランスを保つような感じね。首はまっすぐよ、平衡感覚がくずれちゃうから。そうそう! そんな感じよ! 」
まさに手取り足取り! 先生の手が僕の身体のあちこちに触れるだけでなく胸が背中にちょくちょく当たってるし! 先生の無茶苦茶いい匂いに包まれて僕は半ば天国に行きかけていた。
「あ、弾丸の装填の仕方を言うの忘れてたわ! ちょっと待ってて! 」
先生が背後から離れて暫くすると僕はようやく冷静さを取り戻した。けれど次の瞬間自分がとんでもなく情けない男に思えた。普段はクソムカつく女なのにちょっと身体が触れ合っただけでその女にメロメロになってしまう自分を情けない男だと思ったのだ。あ〜あ、この調子じゃ将来何回か女に騙されることがあるだろうな、全く。
その後弾丸の装填の仕方を教えて貰いいよいよ射撃するということになった時だった。後ろで見ていた母さんが急に口を開いた。
「ねぇ先生、最初にお手本を見せて頂けませんか? 」
僕とルカ先生は同時に母さんの方を振り返った。なんだよ! 母さん余計な口を挟むなよ! と僕は思ったが母さんの表情を見て一瞬驚いた。笑顔で取り繕っているが母さんの目は鋭く全く笑っていないのだ! 僕はその表情の奥にルカ先生がライフル銃の教官としての十分な能力を持っているのかを確かめようとする母さんの意思を感じた。ルカ先生も自分を試そうとする母さんの気持ちに気付いてムッとしたのかもしれない。その場は一瞬沈黙となった。
「勿論です! お見せしますよ! 」
ワンテンポ置いてルカ先生はニッコリとした笑顔を浮かべてそう返事をした。そのやりとりを見て僕は「女という生き物って実はとんでもなく恐ろしい生き物かもしれない……」と思った。
「では見ていて下さいね。凄い音がしますから両耳は押さえておいて下さい。」
そう言ってルカ先生は僕からライフル銃を受け取り的に向かって構えた。スラッと伸びた手足、均整の取れたプロポーション、的を睨みつける端正な顔立ち。その姿はとてつもなく綺麗で写真でも撮ってポスターにしたいぐらいだった。だが次の瞬間!
「ドン! 」
大きな音がして僕は一瞬目を瞑ってしまった。耳を押さえていても突き刺さる程の音量に驚いてしまったのだ。だが次の瞬間目を開けると的のど真ん中に穴が空いていた。ルカ先生は僕と母さんを見るとニッコリと微笑んだ。
「こんな感じです。如何ですか? 」
そう勝ち誇ったように言うルカ先生に母さんはもう何も言えなかった。僕はルカ先生の見事な腕前に只々拍手を送るばかりだった。




