あの日の出来事
「シンシア様、私は父が逮捕された日の昼間は外出しておりました。その日の夕方に外出先から戻ってきて初めて私は我が家に何か異変が起こっていることに気がついたのです。家に近づくと出入り口周辺には憲兵の方々が大勢いらっしゃるのが見えました。何が起こっているのだろうと不思議に思った私は少し離れた場所からその様子を伺っていました。」
僕は背後のタンケーダ一家からの視線を感じつつシンシアを見据えてそう話し始めた。シンシアも僕の目を鋭い眼光で見つめ返しながら話を聞いてくれている。僕は話を続けた。
「私はそのまま暫く物陰に潜んでいました。屈強な憲兵の方々の姿を見ていると出ていくのが恐ろしく感じたからです。ですが私はその場で突然憲兵ではないある人間に取り押さえられ殴る蹴るの暴行を受けました。遠のいていく意識の中でそのまま私は馬車に乗せられ拉致されたのです。」
ここまで言って僕は一旦呼吸を落ち着けた。緊張しているせいか早口になってしまっているかもしれないと思ったからだ。だがその一瞬の間隙を突いてシンシアは質問を浴びせてきた。
「ユージーン・マイヤー、その時あなたは一体誰から暴力を振るわれたのですか? 」
「コイチ・モトキタ・タンケーダ、私の背後の傍聴席に座っているタンケーダ家の一人息子です。」
僕がはっきりとそう言った瞬間背後から気が狂ったような叫び声が上がった。
「嘘だ! 出鱈目だ! 僕はそんなことしていない! いい加減なことを言うな! この貧乏人め! 」
そう半狂乱になって泣き叫ぶコイチの姿はみっともないものだった。まるで駄々をこねる子供のようでそういう態度を取れば取るほど周囲のコイチに対する目は冷たくなっていっているように僕には感じられた。僕はコイチに何も言い返すようなことはしなかったがシンシアもコイチを無視して僕にこう質問を投げかけてきた。
「ユージーン、間違いないのですか? 」
「はい、彼の顔をはっきりと見ましたし、その時私はコイチ君と会話までしているのです。私は彼の部下のような大男に取り押さえられコイチ君本人から直接嫌という程殴られました。」
僕がそう続けるとコイチも叫ぶのをやめなかった。
「嘘だ! 証拠は何かあるのか!? 僕がそんなことをしたという証拠は!? 」
ここまでは想定通りだ。だがこれからが本当の勝負なのだ。シンシアに僕の話を信じさせなければならない。僕は一度咳払いをした後こう続けた。
「確かにコイチ君の言う通り今の私の話には客観的な証拠はありませんし第三者の証人もおりません。ですが私が拉致されたという証拠はあります。」
僕がそう言った瞬間背後のタンケーダ一家がそれぞれ一斉に叫んだ。
「何やて!? 」
「出鱈目でございますわ! 」
「嘘だ! 」
傍聴席で騒ぐタンケーダ一家をシンシアは一切無視していた。今までであれば傍聴席が騒つけばシンシアは一言注意したり目配せぐらいしていたのだがタンケーダ一家の騒音に対してはそういうことを一切しない。富と権力を持つタンケーダに対しては王族であるシンシアでさえも露骨に彼らを抑え付けるような態度を取ることは出来ないのかもしれないと僕はふと思った。シンシアは僕に質問を続けた。
「ユージーン、証拠とは何です? 」
「シンシア様、私はつい先日の七月三十一日にそこのコイチ君によって拉致されました。そして気が付くと私は見知らぬ地下牢に入れられていたのです。そこは脱出してから分かったのですがタンケーダ一族が自らに刃向かう邪魔者を密かに捕え命を奪う為の収容所のようなものでした。」
周囲の人間が静まり返る中、僕は淡々と事実を述べた。傍聴席ではただタンケーダ一家の人間のみが「嘘だ! 」とか「出鱈目だ! 」と大騒ぎをしていた。
「あなたはそこに捕らえられたのですね? 」
「はい、地下牢には門番がいて死臭が漂っていました。私は門番の僅かな隙をついて逃げ出すことが出来たのです。」
「何故その地下牢がタンケーダ一族のものだと思ったのです? 」
「脱出してみてその地下牢がタンケーダ一族の敷地内にあることを知ったからです。」
僕がそこまで言うとシンシアはフゥと小さく息をついた。こんな子供が大人に紛れて裁判を主導しているのだ。その疲労は凄まじいものだろう。僕がふとそんな気遣いを心の中でしているとシンシアはまるで僕の心配など杞憂だと言わんばかりにこう口を開いた。
「ユージーン、今の話もあなたが言っているだけで証拠ではありませんね。それはあなた自作の物語かもしれません。」
そこまで言うとシンシアは突然厳しい口調になりこう続けた。
「ユージーン! 証拠とは何なのです!? ここではっきり示しなさい! いい加減な推測や作り話は許しませんよ! 」
僕はようやくここで気がついた、勝利はもうすぐそこにあると思っていたが実は違うということに。気を抜けばシンシアの僕らに対する心象などすぐ悪くなってしまう。そうなればタンケーダに何時形勢逆転されてしまってもおかしくないのだ。僕は勝つか負けるか、言い換えれば生きるか死ぬかの駆引きの渦中に自分がいるということをこの時改めて思い知らされた。




