焦燥
「えっ、ええと……。」
ウエストはそれまでの調子の良さが影を潜め狼狽えて答えに窮している。
「確か……二千点っスね。」
「では親の三翻四十符ロン上がりは? 」
矢継ぎ早にビルがまた質問をした。ウエストの目は完全に宙を泳いでいる。
「え、えっと……確か三千九百点っスよ。」
「なるほど。」
ビルはそう言うと顔を父さんの方に向けて今度はこう言った。
「ではマイヤーさん、同じ質問をします。子の二翻四十符ロン上がりと親の三翻四十符ロン上がりはそれぞれ何点ですか? 」
すると父さんは俯いていた顔を上げ平然と答えた。
「二千六百点と七千七百点だ。」
「そうですよね! 私も麻雀は嗜みますので証人の回答は間違っているのではないかと思っていたのです。ちなみにウエストさんのような麻雀歴も長くまた強い人にとって点数計算というのは難しいことなのですか? 」
ビルは父さんにそう質問した。すると父さんはかぶりを振ってこう答えた。
「そんなもの初歩の初歩だ! 点数計算も出来ずに麻雀荘に来て勝負をして勝てる訳がない! まぐれの一回や二回は勝てるかもしれないがな。」
「なるほど、ありがとうございます。ではこれで私の質問を終わらせて頂きます。」
傍聴席が騒つく中、ビルはそう言うと涼しい顔をして席に戻り座った。だがその一方でウエストは真っ青な顔をして立ち尽くしている。どうやらウエストは父さんから麻雀でしょっちゅう金を巻き上げているチンピラを装うようにイースティン辺りに金でも積まれて頼まれたのだろう。それが完全に化けの皮を剥がされてしまったのだ。
「証人は戻りなさい。」
裁判長の怒ったような声が法廷に響きウエストは席にトボトボと戻っていった。
「ウエストめ、何やっとんじゃ! 下手くそやのう、後でしばきまわしたる! 」
僕の背後からそんな言葉が聞こえてきた。影のボス、タンケーダが怒っているのだ。そこへタンケーダのデブ嫁が声を掛けている。
「ちょっとアンタ! 大丈夫? しっかりさせなさいよ! 」
「あのミックのボケ! 全然打ち合わせとちゃうやないかい! あいつは後でマジで殺したる! 」
タンケーダの憤慨は聞いていてこの上なく気持ち良かった。そこへ息子の糞コイチが重ねて心配そうに声を掛けている。
「パパ! 大丈夫? 僕、刑務所なんか入るの嫌だからね! 」
「分かっとるわい! 」
もっと喚け! この人の皮を被った悪魔どもめ! 僕は笑みを浮かべたいのを必死で堪え平静を装いつつも心の中ではそう叫んでいた。僕にとってタンケーダ一家の動揺する様を見ることはこの上なき痛快に感じられるからだ。だがそれと同時に本当の勝負はこれからということも僕自身は気がついていた。仮に父さんの無実が証明出来たとしてももしそこで裁判が終わってしまうようなことがあればタンケーダ一家の横暴はこれからも続くことになってしまう。父さんの無実を証明するのは勿論だがその上で僕は奴らをもっと徹底的に追い詰めなければならないのだ。
「さて裁判長。」
するとここでビルが改めて裁判長を呼んだ。裁判長は突然呼ばれて身体を一瞬ビクッとさせた後少し嫌そうに返事をした。
「……何かね? 」
「私は被告人への訴えがでっち上げだということを証明したいと冒頭で述べました。ここで決定的な証人を呼びたいのですが宜しいでしょうか? 」
ビルはそう裁判長に言うとチラッと僕の方を見てウインクをした。どうやらそろそろ僕の出番らしい。先ほどまでは傍観者の様に裁判の推移を見ていたが今からは僕が自分の言葉を使って父さんの無実を勝ち取らねばならないのだ。そう思うと僕の足の震えは緊張で更に激しくなった。
「……いいでしょう。呼びなさい。」
裁判長がそう力なく言った。するとビルは僕に手振りでその場に立つように促した。僕は震える太腿をピシャッと掌で叩いた後大きく深呼吸をしてから立ち上がった。
「あなたの名前は? 」
裁判長が僕にそう聞いてきた。だが僕は思わず口を噤む。今ここで僕の名前を言って良いものかどうか分からなかったからだ。すると裁判長はもう一度僕に聞いてきた。
「……聞こえなかったかね? あなたの名前は? 」
僕はどうしていいのか分からずチラッとビルを見た。ビルは僕ににこりと微笑んで無言で頷いた。僕は意を決してこう言った。
「ユージーンです。ユージーン・ハロルド・マイヤーといいます。」
裁判長とイースティン、そしてマッケンジーがビクッとして僕の方を一斉に見た。彼ら三人は一様に目と口を大きく見開いて僕を見つめている。その驚きの様子はちょっと滑稽に思えるぐらい大袈裟なものだった。
「ユージーン? 」
父さんまでもがそう呟くと訝しげに僕を見つめている。僕が変装していることを知らないので不審に思っているのだろう。僕は父さんの方をちらっと見た後改めて裁判長、イースティン、マッケンジーの方へ向き直った。
「まずは父さんの無実を証明する。それが出来れば次はタンケーダの追求だ。見てろよ、この悪人どもめ! 」
僕は心の中でまたそう叫んでいた。




