攻防
「……フフッ。」
静まり返った法廷の中に微かに笑い声が響いた。誰だ? こんな時に笑う奴は? 僕は笑い声の主を探そうと目だけををきょろきょろと動かした。するとそこへイースティンの怒声が響く。
「被告人! 何がおかしい? 」
笑ったのは父さんだったらしい。僕は慌てて父さんの方を見た。すると父さんはやや顔を俯けてはいるが確かに顔に笑みを浮かべている。一瞬の間を置いてから父さんは顔を上げてイースティンにこう答えた。
「申し訳ないが彼の話は全て嘘だ。思わず笑ってしまったよ。」
父さんは不敵な笑みを浮かべながら話を続けた。
「サガラー、お前とは一度取引をしかけたことがあったよな? 忘れもしない四年前の夏だ。あの時お前は俺に注文したよな? 護身用の刀を十本欲しいと。」
父さんがそこまで言ったところでイースティンが突然大きな声を出した。
「異議あり! 被告の話は本件には関係がありません! 」
「認めます。被告人は発言を控えなさい。」
裁判長がそう続いた。こうなると父さんはもう発言が出来ない。父さんの顔から笑みが消えた。だが次の瞬間予期せぬ言葉が法廷に響いた。
「続けなさい。」
皆が声の主を見た。それはシンシアだった。彼女は幼いとはいえ王族でありその命令は絶対だ。裁判長は不服そうな顔をしたが逆らうことは出来ない。裁判長は父さんに発言を促すような素振りをした。父さんはそれを受けて真剣な表情のまま話を再開した。
「では続けさせてもらいます。私は護身用の刀の注文を受けて早速その製作に取り掛かかりましたが私はその仕事を途中でやめました。それは彼の刀の使用目的が借金の取り立ての時に人を脅すことだと知ったからです。私はそのことを彼に告げて受け取った前金を全て彼に返しました。ですが彼は激怒して私の家に殴り込んできたのです。家屋が一部壊され私が雇う職人が何人か怪我を負わされました。その為私は彼を訴えました。その後彼は半年ほど牢屋に入っていたのです。それは警察の記録を調べればすぐに分かるでしょう。それ以来彼と私は一度も顔すら会わしていません。そんな関係ですから私がどんなに落ちぶれようとも彼からお金を借りることはありません、絶対に。」
そう言われてサガラーは何も言い返せず黙ってしまった。一瞬法廷内は静まり返る。だがすぐにシンシアがその静寂を打ち破った。
「刑務官! すぐに警察の記録を調べなさい! 」
「ハッ! 」
サガラーはすごすごと自分の座っていた席に戻っていった。サガラーに対するシンシアの印象は極めて悪いものになったであろう。それを感じているのかサガラーの後ろ姿を見つめるイースティンの顔は怒りのあまり頬の筋肉がプルプルと震えている。その様子はイースティンの心のうちの動揺がはっきりと顔に表れてしまっていることをも物語っていた。ビル(イースティンからみればミック)が打ち合わせと真逆のことをするのでイースティンはどう対処していいのか分からないのだろう。それに比べてビルは落ち着いている。ビルは法廷の中をゆっくり歩いて今度は父さんの前で足を止めてこう言った。
「さて刑務官の調査結果が出る前にだが、マイヤーさん。あなたは先ほどのイースティンさんの話の通り麻雀がお好きなのですか? 」
ビルにそう聞かれて父さんは答えた。
「ええ、好きですよ。」
「『マヨコ』という麻雀荘にはよく通われていたのですか? 」
「はい、よく通っていましたね。」
そこでビルはふっと小さく息を吐いた後こう質問を続けた。
「あなたの麻雀の腕前はどうでしたか? 」
「自分で言うのもなんですが私はそこそこ出来る方です。一晩に何百万ジオンも負けたことなど一度もありません。」
するとイースティンがまた血相を変えて叫んだ。
「裁判長、ここで証人を呼んでも宜しいでしょうか? 」
「宜しい、呼び給え。」
裁判長がそう告げると僕の左横にある原告側の証人席に座っていた男の一人が立ち上がり証人台に立った。裁判長はその男にこう続けた。
「あなたは良心に誓って真実を述べ、また何事も隠さず嘘偽りを述べないことを誓いますか? 」
「はい、誓うっス。」
そう答えたその男は先ほど法廷に列をなして入ってきた四人の男のうちの先頭にいた男だ。薄汚れた青いスタジアムジャンバーを着た二十歳ぐらいの痩せた若い男で頭が少し禿げかかっており前歯が突き出た不細工な男だ。その男に裁判長が質問をした。
「あなたの名前は? 」
「ケンジーっス。ケンジー・ウエストっス。」
するとイースティンがそこへ口を挟んだ。
「彼も『マヨコ』に通っていたのです。彼は麻雀で生活費を稼いでおり『マヨコ』にもしょっちゅう出入りしていましたから被告人とも顔見知りでした。ウエストさん、被告人と麻雀で対戦したことを覚えていますか? 」
するとそのケンジー・ウエストという男が喋り始めた。
「俺は何度かマイヤーさんと対戦したことがあるっスけどマイヤーさんはいつも負けてたっスよ。一晩で何十万ジオンも負けたことが何度もあったっスね。」
また傍聴席がざわついた。イースティンはこの証言で父さんをギャンブル狂に仕立てあげようとしているようだ。だがこの証言は本当だろうか? 僕も父さんに教えてもらって麻雀をしたことが何度かあるが僕と対戦した父さんはいつも滅茶苦茶強かった。その時は僕が弱かっただけかもしれないが父さんがそんなにしょっちゅう負けていたなんて僕には信じられない。すると今度は父さんが静かに反論した。
「私がケンジー君に負けるだって? これはまた面白いことを言うものだ。ただの一度でさえ私は彼に負けたことなどないのだが……。 」
父さんがそこまで言うと大きな木槌の音が二度響いた。裁判長が父さんに強い口調でこう言った。
「今は原告側証人が話しています! 被告人は黙りなさい! 」
裁判長は父さんを不利な状況に追い込もうと必死のようだった。法廷はまた静まりかえった。




