射撃競技
「ユージーン、ヘフナー王国の隣国であるイーカソメン王国が建国されたのはいつ? 」
「ゲハ・イーカソメンが中心となって1427年に建国、だよね! 」
「建国の際にゲハ・イーカソメンが行ったことは? 」
「自分の統治に反対するカーソン教徒の虐殺! 数千人のカーソン教徒が無実の罪で殺されたんだよね! 」
「虐殺を逃れ生き残ったけれど迫害を受け続けるカーソン教徒の保護を進めたのは誰? 」
「レノン王! ヘフナー王国の三代目国王だよね! 」
「凄いじゃない! よく覚えたわね! 」
ルカ先生はそう言うと僕の頭をまるで子供をあやすように撫でた。ふわっと先生のいい匂いがする。笑顔の時のルカ先生は本当に可愛い。ドSの時はぶん殴ってやりたいぐらい憎たらしいが笑顔の時のルカ先生は愛おしくてたまらないのだ。あぁ、このまま僕らの背後にあるベッドに先生を押し倒してしまいたい!
「じゃあ、次よ。レノン王の奥様の名前は? 」
「え!? そこまで覚えなきゃ駄目なんですか? 」
「は? 当たり前じゃない! レノン王の奥様はオーコ・ヨノよ。芸術家としても有名なの。詰めが甘いわね、ユージーン。」
さっきまでの笑顔が消えたルカ先生の表情は冷たい。僕を蔑むような視線を送ってくる。くそ〜、こういう態度がムカつくんだよな! 僕のさっきまでの愛おしい気持ちは一瞬で吹き飛ばされこの冷徹女に対する怒りの炎が心の中でメラメラと燃え上がる。それに最近ルカ先生は僕のことを呼び捨てにするようになった。なめやがって! こっちもルカって呼び捨てにしてやる! ……さすがにそれは無理か。
「まぁいいわ。またこのことは覚えておいて。あら、そういえばあなた、最近ちょっと痩せた? 」
咄嗟の質問に僕は心の中で怒りの炎が燃え盛っていたこともあってかなり無愛想に答えた。
「最近走ってるんです。」
「そうなの!? この前あたしからスポーツの話を聞いたから? 」
「……はい。」
そう答えるとルカ先生は急にまた笑顔になって言った。
「凄いじゃない! 絶対あなたはそんな努力はしないと思っていたのに! 」
普通に褒めてくれればいいのになんでそんなムカつく言い方をするんだろ? やっぱりこの女は一度泣かしてやらないと僕の気が収まらない! このままベッドに押し倒して両手両足を縛り上げてから一時間コチョコチョの刑にしてやる!
「それに腕も太くなったわね、何かトレーニングでもしてるの? 」
そう言って僕の腕に触れたルカ先生の指はとっても柔らかくて優しかった。するとそのゾクゾクするような感触のせいか不思議なことに僕の心の中の怒りの炎は一瞬で消えさってしまった。さっきまで怒っていたのが嘘のように僕はちょっとドキドキしながらルカ先生に答えた。
「はい。最近はランニングとセットで筋トレもしているんです。」
「受験に活かすか活かさないかは関係なく身体は鍛えておいた方が絶対いいわ。でもせっかくなら何かやってみたら? 」
ルカ先生はニコニコしながら僕にそう聞いてきた。表情が猫のようにコロコロと変わるルカ先生には腹が立つことも多いけどその笑顔にはどうしても引き付けられてしまう。僕はすこし照れてしまい俯きながらも逆に先生に質問をした。
「……何をやっていいのかよく分からないんです。マラソンでもしようかと思ったけど家の周囲を走るだけで今はもう精一杯ですしそれ以上の距離となるととても走れません。」
ルカ先生は黙って僕の話を聞いていた。
「先生、何かお勧めってありませんか? 」
「う〜ん、そうねぇ……。」
そう言って顔をちょっと右に傾けて顎のあたりに人差し指を当てながら天井の方を見つめて考えるルカ先生はこれまた可愛かった。でも女の人って難しい。気分の移り変わりが激し過ぎる。それに踊らされる僕も僕だけどさ。将来こんな難しい生き物を相手に恋愛なんか出来るのかな? って心配になっちゃうよ、全く。
「ねぇ、射撃は? 」
「え!? 射撃!? 」
僕は全く予期していない言葉を聞かされて思わず聞き返してしまった。その射撃という競技がどんなものかすら知らない。おそらくかなりマイナーな競技なのかな? と思った。
「ライフル銃って、知ってるわよね? 」
「は、はい。」
ライフル銃というのは細長い筒から弾丸を発射する道具だ。発射された弾丸は凄い破壊力を持っていてゴブリンの身体なんか簡単に貫通しちゃう。最近は護身用に持つ人も増えてきているらしいけど刀に比べるとはるかに値段が高いこともあって普及率はまだまだらしい。僕はお父さんが持っている小さなハンドタイプの銃を見せてもらったことがあるけどそれを撃ったことは勿論なかった。
「ライフル銃を構えて50m離れた的に向かって撃つだけの競技よ。これからは銃の時代が来るから慣れておいて損はないわ。やってみたら? 」
「え、でも僕は銃なんか持ってないし……。」
僕がそう尻込みをしているとルカ先生は笑って勉強道具なんかを入れた自分の白いショルダーバッグの中をまさぐり一枚の白黒の写真を見せてくれた。
「こ、これは……。」
「カッコいいでしょ? あたしよ。」
ルカ先生はそう言うとまたニコリと微笑んだ。その写真には左足を膝立てて座りその上に長い銃を構えて何かに狙いを定めているルカ先生が写っていたのだ。その写真のルカ先生はキリッとしていて格好良くまるでモデルのようだった。
「先生も射撃をやっているんですか? 」
「昔はしていたんだけどヘフナー王国に来てからは全然してないわ。でもあなたがしたいって言うのなら教えてあげるわよ。」
こんな格好良い写真を見せられたら誰だってやりたくなるだろう。僕はまじまじと写真を見つめながら言った。
「やってみたいです。でも銃っていくらぐらいするんですか? 」
「そうねぇ……その写真に写っているライフル銃はだいたい二十万ジオンぐらいするわね。」
二十万ジオン! ジオンというのはヘフナー王国の通貨の単位で僕のおこずかいが月に千ジオンだ。僕が今までしてきた貯金なんてせいぜい二万ジオンぐらいしかないしとても買えるような金額ではない。高すぎるよ、全く。僕は思わず叫んだ。
「そんなにするんですか!? 」
「そうよ、結構高いわね。」
僕は俯いて溜息をついた。二十万ジオンなんてそんなお金とても用意出来ない。貴族とはいえ母さんはいつも「うちは貧乏だから! 」が口癖だからとてもそんな高価なものをねだる気にもなれない。あ〜ぁ、どうしよう、僕が暗い顔をしているとルカ先生が悪戯っぽく微笑んでこう言った。
「……あたしが昔使ってたその写真のライフル銃、良かったら貸してあげようか? 」
「え!? いいんですか!? 」
僕は驚いて思わず目を見開いて先生を見つめた。僕の驚き方が滑稽だったのか先生はまたクスッと笑ってからこう言った。
「……いいわよ。でも大事に使ってね。あたしもあなたぐらいの時に射撃を始めたんだけどその時にお父さんが買ってくれたものなの。」
「ふーん、そうなんですか。」
僕はそう適当な相槌を打ったが心の中は嬉しさ一杯でルカ先生の話をあまり聞いていなかった。ルカ先生の写真に写っている格好良いライフル銃を自分が構えているところを想像して一人で勝手に盛り上がっていたのだ。
「じゃあライフル銃は貸してあげるわね。でもその前にちゃんと御両親に話をしておいてよ。ライフル銃は扱いを間違えれば人を傷つけてしまう恐ろしい道具でもあるのよ。ユージーン、分かった? 」
「はーい! 」
「じゃあ授業に戻るわよ。テキストの31ページを開いてね。」
その日は嬉しさの余りもう勉強には集中出来なかった。僕は射撃競技で的を格好良く撃ち抜き観客に手を振る自分の姿を頭の中で想像しながらルカ先生の授業をしっかり聞いている振りをしてその日の夜を過ごした。




