6.横恋慕
「陽菜ちゃん、おはよう!」
入学式の日に出会った一ヶ谷くんは、あれから毎日、わたしのクラスに顔を見せる。
もう、三日目。
二年のクラスなのに、気にならないのかな?
当然のように、クラスメイトの視線は集中しているし、学校内は一ヶ谷くんの噂で持ちきりみたいなのに。
「陽菜ちゃん、元気?」
「元気じゃなきゃ、学校来ないよ」
元気じゃなきゃ、学校に来ない。
うん。確かにそう。
だけど、カナ、そんな身も蓋もない言い方しなくても……。
「陽菜ちゃん、部活なに?」
「残念だな、ハルは帰宅部だ」
わたしが答える前に、カナが口を挟む。
「陽菜ちゃん、家どこ?」
「オレの家の隣だ」
言外に、カナが「来るなよ」と牽制する。
「陽菜ちゃん、今度、デートしよう!」
「するか、バカ!」
「あんたに言ってないだろ?」
「あんた言うな、先輩に向かって!」
呼び出されたのも話しかけられていたのも、わたしのはずなのに、わたしは一言も話さないままに、会話は終わる。
昨日は、好きなものは何かとか、嫌いなものは何かとか聞いていて、その前は、休みの日は何をしているの……だったかな?
いずれにしても、どれも答えるのはカナばかりで、わたしが答えることは、まったくなかった。
「ハルちゃん、モテるね~」
「一年は去年の世紀の大告白を知らないからね~」
「叶太、負けるな!」
そんなヤジが飛ばされる。
カナは、教室の中に向き直って、
「負けるか、バカ」
とムッとした顔で答えて、
「そりゃ、失礼」
なんて、かえってニヤニヤ笑われていた。
休み時間に、好奇心旺盛な女子たちから、
「ハルちゃん、どう? あんだけ想われたら、悪い気しない?」
と聞かれて、首を横に振る。
正直、戸惑うだけだ。
だって、一目惚れだよ?
たった一目見ただけで、話したこともない人を好きになるなんて、わたしには理解できない。
ううん。もしかしたら、そういうこともあるのかもしれないって思う。
もしも、どちらにも想う相手がいなくて、お互いに、いいなって思ったのなら、それをきっかけにつきあい始めてもいいのかもしれない。
でも、わたしにはカナがいる。
今、ちょっとぎこちなくなっているけど、カナっていう恋人がいる。
カナ以外の人なんて、わたしには、考えられないから。
だから、悪い気がしないとかいう以前に、戸惑いしかないし、わたしのことは忘れて、建設的に次の恋に目をむけて欲しい。
そうとしか、思えなかった。
「陽菜、ちゃんと断った方がいいよ?」
お昼休み、お弁当を食べながら、しーちゃんが言った。
「言おうとしてるんだけど……」
「うーん。……口を挟む隙、ないもんねぇ」
まるで漫才みたいだもんね、あの二人、としーちゃんが笑った。
本当に、テンポが速すぎて、口を挟もうにも挟む間がなかった。
一ヶ谷くんが教室に来るようになって、四日目。
ようやく口を挟むカナを制して、一ヶ谷くんに言うことができた。
「あのね。どれだけ来てもらっても、わたし、一ヶ谷くんとはつきあえない」
「何で?」
入学式の次の日に、カナが恋人だっていうのは伝えた。だけど、ちゃんと「つきあえない」って答えていなかったかもしれないと思って、言ったのだけど……、
その返事が「何で?」だった。
……何でって。
「もう、つきあっている人がいるから」
「別れるの待ってるよ」
一ヶ谷くんは笑顔で言う。
……待たれても困るよ。
わたし、カナが好きなの。
「……別れないよ」
「どうして?」
カナが好きだからに決まってる。
でも……口にするのは恥ずかしくて、思わず、そっとカナの手を握った。
カナはきゅっとわたしの手を握り返すと、つないだその手を、一ヶ谷くんに見せつけるように持ち上げた。
「ふふん。分かったか? もう、おまえ、来るな。馬に蹴られて死んじまうぞ」
「くっそー。諦められっかよ、こんな野郎相手に!」
本人を目の前に……っていうか、本人に向けて暴言を吐く一ヶ谷くん。
だけど、カナはわたしがはっきりと断ったからか、いたってご機嫌で、一ヶ谷くんの言葉には何も言い返さなかった。
そうして、ふふんって鼻で笑うと、わたしの肩を抱いて教室へ入った。
背中越しに、
「オレ、諦めないからね!」
って、一ヶ谷くんの声が聞こえてきて、クラスメイトのクスクス笑いと、
「がんばれ、一年坊主!」
「叶太、有段者だぜ。殺されんなよ~」
「叶太、敵は手強いぞっ」
ってような、野次があちこちで飛び交った。
毎朝、一ヶ谷くんがやって来て、お昼休みも二日に一回はやって来て……。毎日がやたらと慌ただしく、バタバタと過ぎていく。
カナとは、相変わらず何となくしっくりいかない。
ことの発端はクラス分け。今さら何をどうやっても、変わりようがないもの。
だから、そんなこと、もう、どうでもいいじゃないって思う日もある。
だけど、どうにも気になって仕方ない日もあって……。
わたしには自分の気持ちが、自分が何をどうしたいのかが、まるで分からなかった。
悶々とするわたしを気にして、カナは、
「何でも話して」
って言うけど、何を話したらいいのかすら分からない。
自分が何にこだわっているのかが、分からないから、当然、どうすれば、このモヤモヤした何かがなくなるのかなんて、分かりようがなくて……。
スッキリしない気持ちのままに、気がつくと、淡々と時間だけが過ぎていった。