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3.クラス発表1

 クラス分けの貼り紙の前には人だかりができていた。

 わたしは、ドキドキしながら、その人だかりの中に足を踏み入れる。

 隣にいるカナは、笑顔を浮かべていた。

 だから、わたしは自分が何組かは分からないけど、きっと、またカナと同じクラスなんだと分かってしまった。

 去年も、一足先にクラス分けを確認したカナから、

「ハル、1年8組だったよ、今年もまた同じクラス! 腐れ縁だな」

 なんてことを言われた。

 だから、わたしは、クラス分けの紙を見るまでもなく、カナと同じクラスだと知っていた。

 だけど、今年、カナは何も言わない。春休みにケンカして以来、何となくギクシャクしたままなんだ。寂しいけど、仕方ない。

 だって、それでも、カナを怒らせてでも、わたしは不正は止めて欲しいと思ってしまったのだから。あれから、頭を冷やしてきたらしいカナが、もう一度やってきて、「前言撤回して」って優しく言ったのにも、わたし、うんって言わなかったから。

 カナは、わたしのことを生真面目だって言う。確かに、そうかもしれない。

 でも、そんな自分が不正はイヤって思う感情の話じゃなくて、わたしには気になることがあったから……。

 もし、カナがずっと不正な手段で、わたしと同じクラスになっていたということが、他の子たちにバレたら?

 親の力を利用して、お金の力で、クラス分けを操作していたということが、発覚してしまったら?

 カナだけが知っていた今までとは違う。今では、しーちゃんも、斎藤くんも知ってる。羽鳥先輩だって。そして、田尻さん。

 田尻さんは、先生が話しているのを聞いたという。だとしたら、他にも知っている人がいないとも限らない……。

 きっと、バレたら、笑いごとじゃ、すまない。先生たちは否定するだろうけど、きっと、それだけじゃ、すまない。

 十三年間、同じクラス……偶然なんて、言えっこないから。


 1組、2組にカナと自分の名前がないのを確認した後、3組に広瀬叶太……カナの名前を発見。続けて、自分の名前も見つける。

 2年3組。予想通り、カナと同じクラス。

 十三回目の同じクラス。

 しかも、カナだけでなく、なんとしーちゃんや斉藤くんまで同じクラスだった。初等部、中等部時代に仲が良かった他の子の名前も、チラホラ見つかる。

 カナと分かれる覚悟をして、もしかしたら、クラスになじめずにツライ一年になるかもしれないって思いながらも、おじさまにお願いしたのに、なぜか、去年と同じくらい、もしかしたら去年以上に居心地のよさそうなクラスになっていた。

 今朝、カナの顔を見るまで、かなりドキドキしていたのに、なんだか、気が抜けてしまった。

 でも、正直なところホッとした。

 そうか。やっぱり、これでいいんだって、ホッとした。

「教室、行こうか」

 カナが勝ち誇ったような笑顔でわたしを促した。

 その手には、相変わらず、わたしの学生鞄。

「うん」

 カナはわたしの手を引いた。

 ねえ、カナ。知ってるよね?

 わたし、カナと同じクラスがイヤだったんじゃないよ。

 また一年、一緒にいられるってこと、本当に嬉しいんだよ。

 カナの手のぬくもりを感じながら、わたしは自分の心がほんのりあたたまるのを感じた。

 いいんだ。先生たちが、これがいいって思って、そうしてくれたのなら。

 犬猿の仲でいつもケンカしてるような二人がいたら、クラスを分けるような采配は、きっとされている。わたしみたいに手の掛かる生徒を、進んで面倒見るカナみたいな生徒と同じクラスにしようっていう考えがあったって、おかしくないと思うもの。

 実際、去年までは、わたし、カナとずっと同じクラスなのは、そういうことなのかなと思ってたもの。

 先生、ありがとう。

 そんなことを思いながら、ゆっくりゆっくり、階段を上がった。


 二年生は二階。

 三階だった、一年生の時よりも、ずっと楽だ。しかも、階段に一番近いクラスだった。

 階段も、長い距離を歩くのも苦手なわたしは、それがまた嬉しくて、きっと今年は良い年だと、ほっこりした。

 たくさん悩んだ分だけ、幸せを感じられた。


 教室に入ると、しーちゃんが駆け寄ってきた。

「陽菜! おはよう! また同じクラスだね~!」

 カナの存在など気にもせず、しーちゃんはわたしに抱きついてきた。

「おはよう、しーちゃん」

 カナは、

「よかったな、同じクラスで」

 とにっこり笑うと、わたしの背中をトントンと優しく叩いて、そのまま斉藤くんの方へと向かった。

 しーちゃん……寺本志穂てらもとしほちゃんとは、去年、カナとの仲がおかしくなった時に助けてもらって以来、急激に仲良くなった。

 初等部から一緒だったから、それまでも、普通に仲良く話せる友だちではあった。でも、今では、家に泊まりに来てくれるまでの友だち。

 大好きな、大好きな、大切な友だち。

 ……わたしの親友。

 少し前、親友って言ってもいいのかなって言ったら、傷ついたような顔したしーちゃんに、

「わたしは、もうとっくに、そうだと思ってたよ」

 って言われちゃった。

 今年も一年、同じクラスでいられる。

 たまらなく、幸せだった。


 半日で学校が終わって家に帰る。

 カナが遊びに来て、一緒にお昼ご飯を食べて、二人で、庭へ散歩に出た。

 春は真っ盛りで、正に百花繚乱。

 わたしの家の方は、洋風の作りで、庭も洋風。だから花壇に並ぶ花も色とりどりの洋花ばかり。青い空と緑の木々の下、カラフルに咲き誇るのは、チューリップやクレマチス、スズラン、ビオラ、パンジー、それから遅咲きの水仙……。原種に近い薔薇がアーチを作り、つぼみをつける。

 今はまだ、葉が茂るだけだけど、もう少ししたら、大輪の薔薇の花が咲くんだ。

 敷地内に立つ、おじいちゃんちの方まで行くと、一気に和風になって、椿、ツツジ、ボタン、花みずき、それから、まだ少し早くて、咲いていない藤。

 ちょうど、茶室の隣にある桜が見頃で、とても綺麗に咲いていて、カナと二人で桜の木の下に立つと、ハラハラと薄ピンクの花びらが、そよ風に飛ばされ舞い降りてきた。

 散り初めの桜は、地面にピンクの絨毯を作っていた。

「ハル」

 と、カナが桜に見とれるわたしを呼ぶ。

「なあに?」

 桜の枝に手を伸ばして、カナが花を摘む。

 それをわたしの髪に挿して、

「可愛い」

 と一言。

 カナがあんまりストレートに言うから、わたし、恥ずかしくて、頬がカッと熱くなる。

 つきあい始めて、十ヶ月近く経つのに、わたしは相変わらず、この状況に慣れることができずにいた。

 未だに、照れてしまうんだ。

 カナと腕を組むことも、肩を抱かれることも、ましてや抱きしめられることなんて……。

 そんなわたしを見て、カナはまた、

「ハル、可愛い」

 と言って、わたしをそっと抱き寄せた。ゆっくりとカナの顔が近づいてくる。慌てて目を瞑ると、カナの唇が優しくおでこに触れた。

 そのまま、頬にも。そうして、頬を寄せた後に、そっと唇にも触れた。

「ハル」

 カナはわたしを抱きしめて、言う。

「大好きだよ」



 幸せだった。

 とっても、幸せだった。

 こんな毎日が、ずっと続けば良いなって、そう思ったのに。

 夜、パパが家に帰ってきて、わたしにかけた一言で、わたしの世界は大きく揺れた。



「ただいま!」

 夕飯を食べている時、パパが帰ってきた。

 パパは忙しい人で、早寝のわたしが寝てからしか帰ってこない日も多い。だけど、ママの帰りが遅い日は、できるだけ、早く帰ってこようと頑張ってくれる。

 ママは今日、夜勤でいない。お医者さんのママは、週に一、二回は夜勤に入る。

 元々、家事はぜんぶ、お手伝いさんたちがするから、ママがいなくても家はちゃんと回っていく。

 寂しいな……と、たまに思うけど、仕方ないよね。わたしだって、入院中は夜勤のお医者さんや看護師さんたちにお世話になるのだから。

「パパ、おかえりなさい」

 スーツ姿のまま、ダイニングに入ってきたパパ。

 立ち上がってパパの元へ向かった。背が高くてハンサムで、仕事では厳しいらしいと聞くのに、ママに頭が上がらないパパ。お兄ちゃんには、厳しいところもあるのに、わたしにはどんな時にも劇甘なパパ。

 パパは、ギュッとわたしを抱きしめて、頭をぐりぐりとなで回した。

「陽菜、元気そうで良かった!」

 海外暮らしが長かったパパは、愛情表現もとってもオープン。ギュッと抱きしめてのハグも、頬にキスも、パパは普通にする。小さい時からこんな風だったから、わたしも自然と、パパの背に手を回す。

 パパには平気なのに、カナにできないのは、なんでだろう?

 昼間、抱きしめられたことを思い出して、ふとそんなことを考えてしまう。

 と、パパの口からカナの名前が出た。

「クラス、どうだった? ちゃんと叶太くんと同じクラスだったかい?」

 わたしの肩を抱き、食卓へとエスコートしつつ、何気なく、本当に何気なく、パパの口から出た言葉。

 爆弾発言……ってのは、こんな風に突然落とされる。

「……え?」

「ん?」

 わたしの身体が硬直したのを感じて、パパは怪訝そうにわたしを見た。

「なんだい? もしかして、別のクラスだったとか?」

 パパの眉間にしわが寄っている。

 わたしに聞き返したはずなのに、目はわたしを見ていない。遠くの誰かを見ている目。

「……パパ?」

「ちゃんと頼んでおいたのに、小暮くんは、何を考えてるんだ?」

 つぶやくように口から出た、その言葉。

 だけど、そこにはかすかに苛立ちが含まれていて。

 ……小暮くん。

 …………小暮……学園長。

 直接には話したこともない、遠い存在。

 ……聞きたくない言葉を聞いた気がした。

 無意識なのか、ポケットに手を入れて、電話を探るパパ。

 パパは忙しい人で、思い立ったら、すぐに行動に移すというのが信条。思い立った時にできない行動なら、いつまで経ってもできないからね、とそんな話を笑いながらしてくれたことがある。

 だから、今も……。今すぐに、学園長に電話しかねない勢いで。

 言わなきゃ、って思った。事がこれ以上、変な方向に動かないように、言わなきゃって。

 パパは大きな会社を経営していて、小さな会社も幾つも経営していて、いわゆる実業家って呼ばれるような人で、多分、カナのお父さまと同じように、学園には多額の寄付をしているはずで……。

 だから、カナのお父さまと同じように、きっと、学園には無理を言える立場で……。

 そんなことが、一瞬で分かってしまって、わたしは身体中から血の気が引いた気がした。

「……パパ、同じクラスだったわよ」

 自分で話しているはずなのに、まるで自分のものではないかのような遠い声。

 遠い遠いところで、別の誰かが話しているように聞こえる、わたしの声。

「ん?」

 わたしの声を聞くと、パパは急に優しい目になって、わたしを見る。

 わたしを心から大切に思って、愛してくれているパパ。

 優しいパパ。

「カナと……同じクラス、だったよ」

 そう言うと、パパはニッコリと優しく笑った。

「なんだ。焦ったじゃないか」

 そのまま、また歩き出して、わたしのイスを引いて座らせてくれた。

 嫌な予感がして、胃の辺りがムカムカする。

 聞いてはいけないって思うのに、だけど、聞かずにはいられなかった。

 だって、今まで一度だって、パパはこんなことを言ったことはないんだもの。

 パパが何にもなしに、こんなことをするなんて、思えないんだもの。

 いくら、わたしのためだからって、そんなムチャを通そうとする人じゃないのに……。


「でも、オレは自分の考え、曲げないからな!」


 カナの言葉が脳裏に浮かぶ。

 あの日、こんな捨て台詞を残して、わたしの部屋を出ていったカナ。あれから、もう一度やってきて、今度は優しい声で、わたしに前言撤回を頼んだ。

 わたしはそれを断った。

 はじめてのケンカだと思って心を痛めていたのに、数日後には、カナは何事もなかったかのような顔で、うちに遊びに来た。

 何となく、お互いにぎこちなかったけど……。それは、ケンカの後だからだと思っていた。

 カナはそれ以上、わたしに何も言わなかったから、あきらめたのかと思っていた。

 あきらめたんだと思ったのに。

 きっとパパは、わたしがそれを望んだのだと、望んでいたのだと、疑ってもいない。

 だから、努めて笑顔で聞いてみた。

「ねえ、パパ?」

「ん? なんだい?」

「カナが頼んだのよね?」

「ああ」

 パパは、わたしの動揺にはみじんも気づかずに、ニコリと笑った。

「優しい彼氏だな、陽菜」

 ……その後の食事は、もう一口も喉を通らなかった。



 その晩、夢を見た。

 わたしは、いつもの特別室のベッドの上。

 定期検診の後に、病室にお見舞いに来てくれた瑞希ちゃん。その隣には、笑顔の裕也くん。

 瑞希ちゃんが、一冊の本を差し出した。

「これ、わたしが子どもの頃に読んでた本。読んだこと、ある?」

「ううん」

「よかった! じゃあ、これ、陽菜ちゃんにあげる。読んでみて」

「まだ、陽菜ちゃんには難しくない?」

 裕也くんが横から口を挟んだ。

 瑞希ちゃんがくれた本は少し文字が小さくて、挿し絵も少なくて、確かに七歳のわたしには、まだ難しかった。

「すぐに読めるようになるわ。ね?」

「そうかぁ?」

 裕也くんは怪訝そうだったけど、瑞希ちゃんは笑顔。

 わたしは、大きな子の本を読めるって言ってもらえたことが、なんだか、すごく嬉しくて、

「ありがとう!」

 って、その本を受け取った。

 中学生の瑞希ちゃんや、高校生の裕也くんとの懐かしい会話。

 どこか現実離れした感覚を覚えながらも、何かおかしいって感じながらも、夢の中で、わたしは小学生に戻っていた。



 ……目が覚めたら、まだ夜中だった。

 さっきまで手に持っていた本を探して、薄明かりの中、自分の両手をぼんやりと見た。

 夢の中と比べて、わたしの手のひらは随分と大きかった。

 最初は理解できなかった、あの本。三回目を読む頃には、意味も取れるようになっていた。とても、おもしろかった。今でも、わたしの本棚に並んでいる。

 わたしは、壁際の本棚に目を移した。

 そこには、瑞希ちゃんからもらった本が、他にも何冊も並んでいた。

 あの頃からずっと、本が好きだった。

 ぼんやりと本棚を見ながら、子どもの頃の夢を見るなんて、何年ぶりだろうって思った。

 日々の生活で手一杯で、子どもの頃のことを思い出すことなんて、もう何年もなかったのに……。

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