後日談 1.夜中の電話
夜十一時。
風呂上がり、部屋でやりたくもない宿題を片付けているとスマホが鳴った。
『着信 牧村明仁』
思いもかけない名前に、一瞬出るのを躊躇う。
「……明兄?」
明兄は恋人ハルの五つ上の兄貴。
そもそもハルとは隣同士の家に住む幼なじみで、オレの兄貴と明兄は同い年で仲が良い。だから、明兄もオレにとっては兄貴みたいなもんだ。
……けど、遠方の大学に行ってからは、年数度の帰省の時にしか会わない仲でもある。
メールや電話はたまに来るけど。
「はい」
「叶太?」
「うん、どうしたの。珍しいね」
と言いつつ、多分、ハルに関する話だとは当たりをつける。
明兄は、溺愛している妹ハルに直接聞けないことがあると、オレに電話をかけてくる。
「週末、帰るから、空けといて」
「え? 週末こっち来るの!?」
電話の向こうの明兄の言葉に、思わず大きな声を出すと、
「声でかい」
と少し遠くなった声で、冷静に文句が返ってきた。
って言われても、ハルじゃなくてオレに予定を空けておけって言う段階で、穏やかじゃない。声だってでかくなるってもんだ。
「あ、ごめん。えっと、だけど学校は?」
「週末まであるかよ」
そうですよね。
相変わらずの明兄に、こっそり内心ため息を吐く。
ハルには激甘、ハルの前では他の人間にも少し優しい口調になる明兄も、夜、絶対にオレしかいないと分かっている電話では本性丸出しだ。
「えーと。で、土日の何時を空けておけばいい?」
「陽菜との約束は?」
他の予定は気にしないけど、ハルとの予定だけは考慮する、その一本筋の通った姿勢には恐れ入る。ってか、ある意味、オレのお手本。
「土曜の朝、通院に付き合う約束してる」
「じゃあ、金曜日の昼と土曜の夕方以降と日曜日、空けといて」
「え? 金曜日の昼!?」
それって平日だと思うんだけど。
「たまたま空いた。お前は昼休みだけ付き合え」
昼休みはハルと弁当食べるんだけど、明兄、知ってて言ってるよな?
じゃ、きっと拒否権はなしだ。
「了解〜」
「場所は追って連絡する」
「分かった。……けど、本当に金土日、三日もいるの?」
「相手がある話だからな。金曜日は確定。土日はどっかで一〜三時間。余った時間はリリースしてやるから安心しろ」
「てか、一体何やんの?」
と至極もっともな質問をしたら、いかにも不機嫌な声が帰って来た。
「……お前、それ本気で言ってる?」
「え!? えーっと……」
待て待て待て待て。
オレが知ってる用事で、明兄に関係するもの?
いや、明兄がわざわざ数時間かけてまで帰省して何かするってのは、間違いなくハル関係だ。となると……。
二週間前にハルが保健室から救急搬送されて、そのまま入院する羽目になった、あの事件しかないだろう。
「一ヶ谷と篠塚?」
「良かったな、思い出せて」
明兄、声が怖いって。
「間に合った?」
「ギリギリでセーフだな」
「ってかさ、一体何やるつもり?」
ハルに何もしないで欲しいって言われてたよな?
「何、ちょっと反省してもらうだけだ」
……反省って。
具体的に何をやるとか、締めてやるとか言わない分、逆にやばい方面の人っぽくて怖いし。
「叶太にも、陽菜に勘付かれない程度には動いてもらうから」
「了解」
ハルがあんな目に合わされたのには、オレもはらわた煮えくり返ってるんだ。ハルが何もしないでって言うから、大人しくしてたけど。
「でも、オレ、ハルが嫌がるようなことはしないよ」
「分かってるよ。オレだって、そこまではしない」
心なしか、電話の向こうの明兄の声が優しく聞こえた。
「ちょっとケジメを付けさせてもらうだけだ」
前言撤回。
明兄の冷たい笑顔が目に浮かんだ。
やっぱり、明兄は相当怒っていて、やる気満々だ。




