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25.他力本願1

「なるほど、そりゃ災難だったな」

 一通り、俺の報告を聞き終えた親父は面白そうに、そう言った。

「オレじゃなくて、ハルがね」

「ああ。陽菜ちゃんには本当に申し訳ないことをしたな。……うちのバカ息子のせいで」

「……悪いの、オレかよ」

 ハルには何の落ち度もない。

 だけど、じゃあ、オレが悪かったのかって言ったら、それも違うだろ? オレはただ親切心から、人助けをしただけだったのに。

 親父も当然承知していて、オレの苦虫を噛み潰したような顔を見て、面白そうに笑った。

 笑いごとじゃないだろって言おうかと思っていると、親父はふいに真顔になってオレを見た。

「いや、笑ってる場合じゃないな。……一歩間違えるとストーカーだ」

「あ、そう。正にそんな感じ」

「どうやって学校に入ったのかは分かってるのか?」

「いや、まだ。オレ、ハルに付き添って病院行ったから」

 そこも、ちゃんと確認しておかなきゃと思っている。けど、一番は当然、ハルのことで、そっちが落ち着いてからじゃなきゃ確認もできやしない。

 あの場に一ヶ谷がいたことから、あいつに聞けば何か分かるのは分かっている。週明け早々には、一ヶ谷をしめに行く予定だ。

 親父は顎に手を当て、遠くを見るような顔をした。

「陽菜ちゃんの具合は?」

「よくない。熱が高くて……」

 幸い不整脈は点滴で落ち着いた。だけど、意識はない。

 それに、一歩間違えば大惨事だったんだ。

 ハルが機転を利かせて、早くにオレを呼んでくれて、本当に良かったとしみじみ思う。

「一つ、釘を差しておくか。なかなか良い感じに出鼻をくじいたとは思うが、悪あがきも仕返しも怖いからな」

 どこから来るのか不思議だけど、自分に自信があったらしい篠塚のプライドは、オレの冷たい態度で砕け散ったと思う。オレへの好意はすっかり消え失せただろう。

 だけど、逆恨みされないとは限らない。

「できる?」

「やってやれないことはないだろう。この上、また何かあったんじゃ、牧村さんに申し訳が立たんしな」

 そう言ってから、親父はオレの方を見てニヤリと笑った。

「大体、そうして欲しくて、わざわざ報告しに来たんだろう?」

「あ、バレてた?」

「ああ。私が言い出さなきゃ、おねだりしただろ?」

「ははは。……してたかな」

 笑って言うと、親父は機嫌良くオレの肩にポンと手を置いた。

「また何かあったら、忘れず話に来い」

「了解っ!」

 自分でももう少し探ってはみるけど、オレだけの力じゃ、できることは限られている。親父に頼んでおけば、安心だ。やれる目算がなければ、ああは言わない。

 少しだけ肩の荷が下りた気がした。


 親父の書斎を出て肩を回し、力いっぱいのびをしながら歩いていると、ちょうど階段を上がってきた兄貴が声をかけてきた。

「親父と何の話?」

「ああ、例の女」

「ん? 例の?」

「オレが助けた女……の子」

 相手の年を考えて、かろうじて後ろに「子」をつけた。じゃないと、兄貴に話が通じない気がして。

「え? もう、何かしてきたの?」

 ……だよな? 普通、「もう」って思うよな?

 オレが助けたのが先週の土曜日で、あれからまだ一週間経ってない。

「何かしてきたも何も……」

 オレの苦々しい表情を見て、兄貴は手招きをした。

 誘われるままに兄貴の部屋に入り、聞かれるままに今日の出来事を洗いざらいぶちまけた。

「なるほどね。……で、おまえ、親父に後始末を頼んできたわけだ」

「後始末、じゃないけどね」

「いや、後始末だろ? 釘を刺すって言ったら、親父のこったから、そりゃ徹底的にやるだろ」

「そうかな?」

 親父のことだから徹底的に……って、兄貴、親父のこと、どんなヤツだと思ってんの? まあ、オレから見ても、イマイチ読めない人だけど。

「牧村さんに申し訳ないって言ってたくらいなら、そりゃやるだろ?

 ……そうだな。例えば、おまえの学校から、相手の女の子の学校に対して、不法侵入のことを抗議させるとか」

「なるほど! その手があったか!」

 思わずポンと手を打つと、兄貴は呆れたように笑った。

「おまえ、ホント、自分では頭働かせないな」

「……ひでー、兄貴。オレのことバカにしてる?」

 と抗議はしてみたものの、自分でろくに考えていないのは確かで、兄貴の言った案なんて、思いつきもしなかった。

「いや、バカにしてるって言うか、……おまえ、本当に上手く人を使うよなと思って」

 兄貴はなぜか感心したようにオレを見た。

「オレには真似できないよ」

「え? 何が?」

「おまえのそういうとこ」

「だから、そういうとこって、どんなとこ?」

「自分にはできないと思ったら、無駄な努力に時間をかけたりなんかしてないで、さっさと誰かしらに頼むとこ」

「……え? オレ、そんなことしてる?」

「してるしてる。でもって、ちゃんと自分の望みを叶えてるよな」

 自分で努力しないで、人にさっさと頼って望みを叶えるなんて、……なんか、かなりイヤなヤツじゃない?

 ってか、兄貴、そんなじと目で見るなよ。

「やっぱり、自覚なしか」

「自覚ってか、オレ、努力して何とかなることなら、ちゃんと努力してる……つもりだけど」

「確かに、してるよな。できることは、ちゃんとやってるから、頼んだ相手に協力してもらえてるんだろうな」

「そう? ならいいけど」

 一息ついてから、思わず兄貴に言い訳する。

「……だってさ、オレ一人の力なんてたかだか知れてるし、できないことは、できる人に頼むしかないじゃんね?」

 よく分からないけど、責められてる訳じゃなさそうだし、まあいっか……と思っていると、兄貴は小さくため息を吐いてオレを見た。

「その、できないことはサッサと諦めて、できる人に頼むところとか、まずは外堀を埋めていくところとか、……親父は気に入ってるんだろうな」

「…………は?」

 話の流れがまるで読めない。

 オレよりずっと頭が良くて、思慮深く、いつも色々考えている兄貴。いつもはもっと分かりやすく話をしてくれる。

 けど、今日は何かにつけて抽象的だ。

 親父がオレを気に入ってる? ……まあ、親子仲は悪くないよな? しょっちゅう、からかわれるのは勘弁してって思うけど。

「おまえ、経営者向きだよ」

「…………何のこと?」

 既に会話になっていないんじゃないだろうか、とオレが怪訝な顔をしていると、兄貴はふうとため息を吐いた。

「オレには真似できない」

「……や、だから、何の話?」

「おまえ、大学はどこ受けるの?」

「どこって、杜蔵にそのまま上がるけど」

「だから学部」

「まだ決めてないよ」

 オレはそう即答したのに、兄貴は聞いてないかのように更に突っ込んできた。

「経営学?」

「……知らないって」

「考えもしないの?」

 ……ってか、兄貴、どうしたの?

「オレ、ハルが行くところに行くから」

 仕方なくそう言うと、オレの答えを聞いた兄貴はぷっと吹き出した。

「やっぱ、それか!」

「……それしかないでしょ」

 笑われたって、呆れられたって、オレにはそれしかないから。

 正直、ハルに言ったらイヤがられるんじゃないかって気がして、未だに言えてないんだけど……。イヤがられるって言うか、「そんなことで進路を決めちゃダメでしょう」って叱られる気がする。

 オレにとっては、「そんなこと」じゃなくて、「それこそが一番」なんだけど。

 誰が何と言おうと、オレはハルの側にいる。例え、言うのがハルだとしても、ゆずる気はない。それだけは、決めているんだ。

「高二だろ? そろそろ進路も考えろ」

「……じゃあ、ハルに聞いてみる」

 そう言うと、兄貴は今度は腹を抱えて笑い出した。



 土曜日、ハルの熱は下がらず、意識も戻らなかった。

 朝一でハルの元に行き、夜まで病室にいた。

 土曜に通うことが多い空手は、先週の交通事故でぶつけた頭の再検査でOKが出るまで、しばらく休み。だから何の気兼ねなく、思う存分、ハルの側にいられる。

 それにしても、先週の今日、このベッドに寝ていたのがオレだったなんて、ウソみたいだ。もう、はるか昔のことに感じる。

「ハル」

 ハルがしてくれたみたいに、オレもハルの手を握り、名を呼んでみた。

 熱が高くて苦しいんだろう。寝苦しそうに身じろぎはする。でも、目は覚まさなかった。意識があっても、ただ苦しいだけなら、今のまま眠っている方が楽なのかも知れないとも思う。

 オレができるのは、ハルの汗を拭いたり、氷まくらを替えてみたり、点滴が終わる頃に看護師さんを呼んだり、それくらい。それでも、側にいたかった。

 ハルが目を覚ました時、できるなら、側にいてあげたかった。

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