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1.なつかしい手紙

 春休みも、後半となったその日。

「お嬢さま、お手紙が届いてますよ」

 部屋で休憩していたら、沙代さんが、シンプルな空色の封筒を持ってきてくれた。

 沙代さんは、わたしが生まれる前からうちにいるお手伝いさん。ママよりは年上でおばあちゃんよりは若い。お料理が上手で、くるくるくるくる、いつも笑顔で何かをしている。

 わたしは優しくて明るい沙代さんが大好きだ。

 うちはママも仕事をしているから、家のことは全部、沙代さんともう一人の通いのお手伝いさんの二人がする。

「ありがとう」

 誰かしら?

 と封筒を受け取り差出人を見ると、一年ぶりくらいに見る名前が書かれていた。

 驚いて、まじまじと何度もその名を見返してしまった。

「裕也くん」

 早速、封を切って中から手紙を取り出した。



     ◆     ◆     ◆



陽菜ちゃん



 こんにちは! お久しぶりです。

 すっかり、ご無沙汰してしまったけど、身体の調子はいかがですか?

 陽菜ちゃんには、叶太がついているから、きっと、無茶はしないと信じているけど、決して、ムリをしてはいけないよ?

 さて、今日はちょっとした報告があります。この春から、牧村総合病院の小児循環器科に勤務が決まりました。随分、時間がかかってしまったけど、ようやく、戻ってくることができたよ。

 今は、前の勤務先を退職して、ささやかな休みを満喫中です。

 それでは、再開を楽しみにしています!


浅木裕也



     ◆     ◆     ◆



 便せん一枚の短い手紙。

 短いけど、何気なさを装っているけど、その文章の中からは、わたしを気遣う気持ちが、ひしひしと感じられた。

 その暖かい言葉の裏に隠された想いを考えると、少し、哀しかった。

 裕也くん、うちの病院で働くんだ。

 そこの箇所だけ、思わず、何度も読み返してしまった。

 何年か前に、国家試験を通って、研修医になった裕也くん。

 わたしの身体のせいか、おじいちゃんの経営する牧村総合病院には、普通の小児科だけじゃなく、小児循環器科という、先天性心臓病のための診療科がある。けど、まさか、うちの病院に勤務するなんて、思ってもいなかった。

 この前会ったのは、一番近くて、三年くらい前?

 その三年前に、ほんの一時間ほど会った裕也くんではなく、脳裏に浮かぶのは、まだ幼い子どもだったわたしが出逢った、高校生や大学生の裕也くんだった。

 その頃、裕也くんの隣には、いつも瑞希みずきちゃんがいた。


 バンッ!!


 手紙を手にしたまま懐かしい思い出に浸っていると、ドアが叩きつけるように開けられた。

 な、なに!?

 驚いて、ドアの方を見ると、カナがいた。

 カナ?

「ハル!」

 カナのやけに険しい、怒ったような声。

 カナはいつも、そうっと入ってくる。わたしを驚ろかせないように。もちろん、ノックだってしてくれる。

 なのに、今日のカナはノックもなければ、怒鳴るような大きな声で……。

 一体何事かと、わたしはカナを見た。

 カナはもう一度、険しい声で私を呼んだ。

「ハル!」

 ズカズカと部屋の中に入ってくるカナ。

「なあに?」

 読んでいた手紙をテーブルに置きながら、わたしは、カナを見上げた。

 カナが怒ったところ、はじめて見た気がする。ううん。怒っているところは見たことある。だけど、カナがわたしに対して怒っているところは見たことがない。

 はじめて出会った日から、間もなく丸十二年。隣の家に住む幼なじみ。そして、大好きなわたしの恋人。この春休みが終わったら、わたしたち、二人とも高校二年生になる。

 こんなに長い付き合いなのに、この十二年で始めて見るカナだった。

「ハル、どういうこと!?」

 わたしの座るロッキングチェアの前に仁王立ちになり、カナは聞いた。

 ……なにが?

 カナは当然、わたしが知ってるって前提で話してくるけど、わたしには何のことか想像もつかない。首を傾げると、カナは、はああぁと大きなため息をついた。

「どうして、ハルは、オレに何の相談もせずに、大事なことを決めちゃうんだよ」

「大事なこと?」

 カナを見上げると、目が合った。そして、カナはしげしげとわたしを見つめた後、またしても大きなため息をつく。

 カナ、ちょっとわざとらしいよ。

 でもカナは、イライラを隠そうともせず、わたしの前に立ったまま続けた。高校生になってから、カナはまた背が伸びて、今ではもう百八十センチを越えている。しっかり鍛えられた身体に、この長身。結構な威圧感だ。

「ハル、親父に、オレと別々のクラスにするように言っただろ」

 ……あ。

 そのことか、とわたしはキュッと身を縮めた。

「なんでだよ!」

 今度はカナ、かがんで、ガシッとわたしの肩をつかみ、視線を合わせた。

 カナが、地元の有力者で、わたしたちの通う杜蔵学園(もりくらがくえん)へも莫大な寄付金を出しているお父さまに、わたしと同じクラスにしてもらえるように頼んでいたと知ったのは、去年の春。

 年中さんから高校一年まで、一度も変わらず十二年間も同じクラスの腐れ縁。わたしは、それをずっと、偶然だと信じていた。もしかしたら、先生たちが、あえて世話焼きのカナを、わたしと同じクラスにしたのかもしれないと思いつつも、カナの言葉を信じて、腐れ縁だと思っていた。

 でも、その腐れ縁は、偶然なんかではなく、カナによって作られたものだった。

「……だって、やっちゃダメだし、……そんなずるっこ」

 わたしが小さな声でささやくように言うと、カナは苦虫をかみ潰したような顔になった。

 そして、また、ため息。

「そうだよな! 知ってたさ、ハルが生真面目な性格だってことは」

 カナは怒ったように言う。

 続けて、つぶやくように、だからずっと黙ってたのに……とも。

「だけどね、ハル」

「……はい」

「何も別のクラスにしろなんて、言うことないだろ!?」

「……え? 言ってないよ?」

 カナが疑わしげな顔でわたしを見る。

 こんなに怒ったカナははじめてだ。随分前に、友だちとケンカしているのは見たことがある。でも、こんなにも感情をあらわにしてはいなかった……。

 わたしがしたことが、ここまで、カナを怒らせるなんて。

「わたし、おじさまに、カナとわたしを同じクラスにしてって頼まないで、ってお願いしただけだよ」

「……オレが言ったことと、なにか、違ってた?」

 カナは不機嫌そうに言う。

 怖いよ、カナ。

 わたしは生まれつき心臓が悪くて、身体が弱いから。カナがわたしの身体を気づかって、ずっと同じクラスでいられるように、おじさまに頼んでいたことは知ってる。

 ありがたいって思うよ。

 一緒のクラスで嬉しかったよ。

 去年だって、カナに助けてもらったことは数知れない。

 体育の時間に外で見学していて熱中症を起こしかけた時も、校外学習のバスに酔って気分が悪くなった時も、朝礼で貧血を起こした時も……、何より、発作で倒れて死にかけた時も、いつだって、カナは一番に気がついて、飛んできて、わたしを助けてくれた。

 正直、助かったし、ありがたかった。

 カナがいなかったら、もしかしたら、わたし、もうこの世にいなかったかもしれないって、そう思うくらいで……。

「……でも」

 カナの視線が怖い。

 もう、何も言いたくなくなっちゃう。何を言っても、カナの気持ちを踏みにじることになるような気がして。

 でも、カナはわたしの言葉を待っていた。

「カナと違うクラスにしてなんて、……言ってないし」

 カナがじとーっとわたしを見つめる。

 ……五秒、……十秒、カナは何も言わずに、わたしを見つめ続けた。

 ねえ、カナ。沈黙が怖いよ。

「それ、どこが違うの?」

 同じクラスにしてくれって圧力をかけないでって頼むことと、違うクラスにしてくれって頼むことって、ぜんぜん違うよね?

 困ったような顔でカナを見ると、カナはまた大きなため息をついた。

「ハルは、オレと一緒にいたくないの?」

 え? 一緒にいたいよ?

 そんなの、いたいに決まってる。

 でも、わたしが答える前にカナが話し出した。

「もういいよ」

 え? カナ?

「でも、オレは自分の考え、曲げないからな!」

 憤然と言い放つと、カナはすくっと立ち上がった。

 それから、「カナ」ってわたしが声をかけたのも、聞こえないフリをして、来た時と同じようにバンってドアを開けて、出て行ってしまった。

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