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16.退院と不安1

「特に異常もないし、今日、退院していいわよ」

「よっしゃ!」

 オレがグッと拳を握ると、ハルの母さん……オレの主治医の先生はクスッと笑った。

「念のため、二、三週後に診せに来てね」

「え? なんで?」

「出血があるといけないから」

「今、ないのに?」

「遅発性の出血……頭を打って、一ヶ月とか経ってから症状が出る事があるからね」

「へえ」

 とオレが軽く答えると、おばさんはオレじゃなく、オレのお袋の方を見た。

「絶対とは言えないけどね、まず問題ないから大丈夫。それに遅発性の出血は、症状が出てからの処置でも間に合うくらいだから」

 ……医者だ。

 おばさんの白衣は見慣れていたし、医者だってのは、もちろん知っていた。けど、実際に自分が診察してもらうのと、白衣着てるのを見るだけとはぜんぜん違う。

「おばさん、医者だったんだね~」

 思わず言うと、おばさんは不思議そうにオレの顔を見た。

「何を今さら?」

「いや、診察してもらったの始めてだったからさ」

 横から見てるのと、自分が診察してもらうのとでは大違い……と続けようとしたら、お袋がたしなめるように、「叶太」とオレの名を呼んだ。看護師さんも面白そうにオレを見ていた。

「大丈夫。患者さんとも普通に、おしゃべりすることあるし」

 笑いながら、おばさんがお袋に言った。

「そう?」

「ま、でも、叶太くんと、何もここで雑談することはないわよね」

 そう言うと、おばさんはオレの方に視線を戻した。

「おしゃべりは、家でしましょうか?」

「……おばさん。オレ、しょっちゅう行ってるけど、おばさんに会えることって、ほとんどないんだけど」

 放課後にもハルに会いに行くし、土日にも結構お邪魔するけど、おばさんを見かけることはほとんどない。

「そう? 叶太くん、陽菜しか見てないから、わたしの存在が目に入ってないだけじゃない?」

 ニヤニヤ笑いながら言われて、オレはため息を吐く。

 いくら何でも、そんなはずなはいだろ?

 どうしてか、オレの親父も、ハルの母さんも、オレをからかうのが好きらしい。

「……まあ、ハルしか目に入ってないのは、確かかもね」

 諦めて、ため息交じりにそう言うと、おばさんと看護師さんは吹き出し、お袋は「もう」と小さくため息を吐いた。



 そうして、月曜日の午前中、オレの初の入院生活は、無事終了した。

 二日ぶりの自宅だったけど、二日ばかり家を空けたからって、別に懐かしくも何ともない。

 だけど、あの日、オレが放り出してきた自転車と荷物なんかが、ちゃんと家に戻っているのを確認して、ちょっとホッとした。

 帰宅後、ハルには早速メールで、無事退院したよと送ったけど、返事は返って来なかった。

 ハルはメールが好きじゃない。だから、自分からメールを打ってくることは、ほとんどない。でも、いつもなら返事くらいは返してくれる。

 もしかして具合でも悪い?

 土日も忙しかったし、体調悪そうだったし……。

 心配になって、志穂と斎藤にメールしたら、二人からハルは普通に元気だと返ってきた。でも、その「普通に元気」が分からない。

 ハルは、オレが止めなきゃ割と限界までムリをする。

 ……迎え、行くか。

 三時前、家を出ようと一階に降たところで、お袋に呼び止められた。

「あら、なんで制服なんて着てるの?」

「学校行ってくる」

「え? もう、授業終わりの時間よね? って言うか、今日、お休みするって連絡してあるわよ?」

「ハル、迎えに行ってくる」

「……陽菜ちゃん、車でしょう?」

 お袋が怪訝そうな顔をして、オレを見た。

 大丈夫だよ。頭打って、おかしくなった訳じゃないって。

 ……ま、そんなこと心配してないだろうけど。

「ハルんち行って、車に乗せてもらってくから」

 お袋は呆れたように、オレを見た。

「やーね。たった一日休んだだけで。陽菜ちゃんが帰ってくるの、待てないの?」

 隣の家だ。お袋が言うのも、ある意味もっとも。だけど、

「待てないから、行くんだろ」

 と、オレが言うと、お袋は「もう」とクスクス笑った。

「ホント、あなたは感情表現がストレートね。晃太とは大違い」

「違うかな?」

 兄貴の方が、オレなんかよりずっと深い付き合いしてそうだし、ストレートに感情表現してそうだけど。

「ぜんぜん違うわよ」

「ふーん。そうかな?」

 靴を履きながら、兄貴が彼女の腰を抱き親しげに歩いているところを思い浮かべる。さすがに、あれは、オレ、できないよな。

 大学四年の兄貴。今の彼女は何人目だったっけ? 親父が催促するからって、兄貴、律儀に家に連れてくるんだもんな。

「……じゃ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい。陽菜ちゃんによろしくね」

 お袋は面白そうに笑いながら、玄関を飛び出すオレに手を振った。



「え? 叶太?」

 ホームルームが終わって、いち早く教室をから出て来たヤツが驚いた顔でオレを見た。

「なに、おまえ、休みじゃなかったの?」

 後ろから、「おい、止まるなよ」と声をかけてくるヤツも、オレを見て、目を丸くする。

 次の瞬間、そいつが、ニヤニヤ笑って、教室を振り返って声を上げた。

「ハルちゃん、お迎え!!」

「え? わたし?」

 戸惑ったような、ハルの声が聞こえた。

「あー。コッソリ来たのに」

 ハルを呼んだヤツに言うと、ニヤニヤ笑われた。

「教室に来た時点で、そりゃムリだろ。……ってか、もう大丈夫なの? 入院してたって聞いたけど」

「大丈夫、大丈夫」

 答えながら中に入り、ハルの方を見ると目が合った。

 ハルの顔を見ると、思わず、頬が緩む。

「ハル!」

 足早にハルの席に向かう。

 ハルが不思議そうにオレを見た。

「迎えって、カナ? ……なんで?」

 ……って言うか、ハル、オレ以外の誰を想像したの?

「なんでって、ハルを迎えに来ちゃダメ?」

「……わざわざ? 学校、お休みしたのに?」

 だけど、オレの気持ちをよそにハルは無邪気に言った。

「家で待ってればいいのに」

 オレはハルの顔を見られて、こんなに嬉しいのに。

「……しょうがないじゃん。少しでも早く、会いたかったんだから」

「……ん」

 オレがハルの鞄に手を伸ばすと、ハルの表情がまた曇った。

 ああ、これか。

 と、オレはハルの頭に、そっと手を置いた。

「ハルの迎えの車に乗ってきた。だから、帰りも一緒」

「そっか」

 ハルは、少しだけホッとしたように笑った。

 ハルは多分、オレが教室から裏口までハルの荷物を運ぶためだけに、わざわざ学校に来たんじゃないかと心配してたんだ。だから、少なくとも廊下だけじゃなく、車でも一緒だと聞いてホッとしたと思う。

 けど、仮にそうだとしても、自分にべた惚れの彼氏なんだから、ふんぞり返って「ご苦労」くらい言ってもいいと思うんだけど……。

 あり得ないな。……そんなハル、想像もつかない。

 オレが含み笑いをすると、ハルは不思議そうに、

「どうしたの?」

 と言った。

 オレを見上げる黒目がちな大きな目。

 長いまつげ。抜けるように白い肌。赤い唇。ふわふわ柔らかい髪の毛。

「カナ?」

 ダメだ、可愛すぎる。我慢できない。

 思わず抱きしめると、教室中に、冷やかしのヤジが飛び交った。

 腕の中のハルが、オレの腕から逃れようともがきながら、

「……恥ずかしいから、こういうのやめてって、言ってるのに」

 と、困ったように、つぶやいた。



 ゆっくりと、二人並んで廊下を歩く。

 事故の前の金曜日までは、二人の間に流れていたのは妙に重苦しい空気。

 今は以前のように、つないだ手のひらからは、暖かい思いが流れている気がする。

 不幸中の幸いだった。

 ハルを散々心配させたけど、たんこぶ一つでハルとの仲が元に戻ったのは、本当にラッキーだった。

「そうだ、ハル。オレ、何かあったかって心配したんだぞ。ハル、メールの返事くれないんだもんな」

「え? したよ?」

「え? ホント?」

 オレはスマホを取り出して、改めて新着確認をした。

 けど、やっぱり届いていない。

「ほら」

 と見せると、ハルは立ち止まった。

 自分の携帯を取り出し開いて、「あっ」と小さい声を上げた。

「ごめんね。送れてなかった」

 上から覗き込むと、メールの画面に、未送信のオレへのメールが表示されていた。


『よかった! おめでとう☆』


 何とも短い、ハルのメール。

 スクロールの必要がないどころか、一瞬で読めるし……。

「貸して」

 と、オレはハルの手から携帯を取ると、ポチッと送信ボタンを押した。

「え? もう読んだのに?」

 ハルが不思議そうな顔で、首を傾げた。

 ……やっぱり消すつもりだったんだよな。

「寂しいからちょうだい。返事くれなかったの、ハルだけだぞ」

 拗ねたように言うと、

「……ご、ごめんね」

 と、ハルは申し訳なさそうに身体を小さくした。


 手をつないで歩き、車の後部座席に並んで座る。

 学校帰り、同じ車で下校するのなんて、十二年と一ヶ月、同じ学校に通って始めてだった。

「不思議だな」

「うん。変な感じだね」

 付き合いの長さ故か、そんな単語で十分に気持ちは通じる。

 並んで車の後部座席に乗ることは、もちろんある。でも、いつもは私服。今日は、二人とも制服。

 それが、妙にこそばゆい。

「大丈夫だった?」

 ハルがオレの目を見てそう聞きながら、つないだ手にキュッと力を入れた。

「ん? 病院? 大丈夫。じゃなきゃ、退院できないよ?」

「そうだよね」

 安心したように笑うハル。

「あ。二、三週間後に再診だって」

 オレが付け加えると、ハルの顔が強ばった。

「え?」

「もう一回、CT撮って、出血とかないか確認するんだって」

「出血……って、脳のだよね?」

 表情が一気に曇り、目が潤み始めた。

「ハル!? 大丈夫だって! 念のための検査なんだから! 後から、出血が見つかるケースがあって……って!」

 もう、すっかり安定したと思っていたハルの気持ちは、まだ、ぜんぜん安定していないみたいで、オレを見つめる大きな目からは、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。

「どうした? なんか土曜日から、ハル、ものすごく泣き虫だぞ?」

「……だ、だってっ」

「ハル、オレの顔、見て? 元気そうだろ? 普通に笑ってるだろ? 頭痛がなきゃ、明日から学校も行っていいって」

「頭痛?」

「頭が痛かったり気持ち悪かったりしたら、絶対休めって言われた」

「痛くない?」

「ああ。……たんこぶは、まだ痛いけどね」

 オレが後頭部を指さしながら笑うと、ハルはまだ不安そうな表情を浮かべながらも、ようやく涙を止めてくれた。

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