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12.再会1

「ハルちゃん、やっぱり、そっちに寝かせた方がよくない?」

 来客が帰り、ようやく静かになった病室。羽鳥先輩がハルを心配そうに覗き込みながら、そう言った。

「……ですよね?」

 ベッドから降りてハルの後ろに回ると、先輩が言った。

「ボクがやろうか?」

「え!? いいですよ」

「でも、広瀬、ケガ人だろ?」

「やめてくださいよ。たんこぶくらいで」

「いや。それも」

 と、先輩はオレの手の甲を指さした。

「ああ。すり傷ですよ、ただの」

 ガーゼは当ててもらってるし、すり傷という程には軽くないけど、これくらいなら、子どもの頃、転んですりむいた膝小僧のケガとそう変わらない。

 オレは笑いながらハルの靴を脱がせて、そっと抱き上げた。

 ふにゃふにゃして抱きにくくて、ハルはみじろぎもしなかった。

 完全に寝てる。寝ているというより、昏倒していると言った方がいいくらいだ。

 疲れてるんだよな。……オレのせいか。

「顔色、悪くない? 大丈夫?」

 志穂が心配そうにハルを覗き込む。

 オレもハルに布団をかけてやりながら、ハルの様子を見た。

「これくらいなら」

「ホント?」

「後で、ハルの母さんかじいちゃんに診てもらうよ。絶対覗きに来るから」

「うん」

 それで、ようやく納得したように、志穂は頷いた。

「ところで、頼みって何?」

 ハルを寝かして、部屋の奥にあるソファに志穂と先輩を誘導した。

 お茶を用意して戻ると、志穂が不意に聞いてきた。

「あー、それね……」

 なんて言おうか、思わず言葉に詰まっていると、先輩が助け船を出してくれた。

「もしかして、一ヶ谷のこと?」

「えーっと。……はい」

 先輩の苦笑いを見て、オレは頭をかいた。

「寺本」

「はい」

「広瀬はキミに、一ヶ谷の魔の手からハルちゃんを守ってあげて欲しいんだって」

「は? ……ああ! あの朝と昼の!?」

「そう、あれ」

 オレが頷くと、志穂は目を見開いた。

「ちょっと待って。って、ことは……ええ!? わたしが叶太くんの代わりに、一ヶ谷くんと漫才やるってこと!?」

 その言葉に、先輩が吹き出した。

「漫才って、なに!?」

「……おい、志穂」

「ごめんごめん」

 言うに事欠いて、漫才はないだろ? 漫才は……。

 と思ったけど、クラスメイトから、オレと一ヶ谷の会話が面白がられているのは確かだ。

「まあいいや。……そう。志穂、漫才やってきて」

「本気!?」

「だって、他に頼めるヤツ、いないし」

「ええ~、でもさ~」

 ためらう志穂に追い打ちをかける。

「志穂、ハルの親友だろ?」

 志穂が口をとがらせてオレを睨んだ。

 だけど、オレがいない間、一ヶ谷を放置したら大変なことになるだろ?

 言わなくても、志穂にも分かっている。ふくれっつらはきっとポーズで、すぐに笑顔に変わった。

「しょうがないなぁ~。高いよ?」

「うん。何でもやるから言って!」

「やだなぁ。もう。冗談に決まってるじゃん」

 呆れたように言う志穂に、先輩が問いかける。

「そんなにスゴイの? 一ヶ谷って」

「割とスゴイですよ。押しの強さが尋常じゃないって言うか……。叶太くんがどんなに牽制しても、逃げるどころか立ち向かって来ますからね。諦める気配もないし」

「へえ」

「気になります?」

「ああ。なるね。寺本、ハルちゃんのこと、しっかり守ってあげてね」

「はいはい」

 先輩がニッコリ笑っていう言葉に、志穂も笑いながら返事をした。

 この二人が付き合っていると聞いてから、数ヶ月。だけど、志穂は相変わらず敬語で「先輩」だし、羽鳥先輩も「寺本」。

 まるで付き合っているようには、見えない。だけど、二人の間にある見えない絆のようなものが、何となく感じられた。

 先輩からハルへの好意が減った気がしないのが、不思議ではあったけど。


 昼ご飯が来たのを機に、志穂と先輩は帰っていった。

 配膳してくれた人が、トレーを受け取るオレが病院服なのに、ベッドには私服の女の子が眠っているのを不思議そうに見ていった。

「ハル。……ハル。起きて。ご飯食べて、薬飲もう」

 ハルの身体を揺さぶって起こそうとしたけど、ハルは起きなかった。

 ちょうど良いから、病院食を食べさせて、薬を飲ませて……と思っていたけど、きっと、こんな調子じゃろくにご飯は食べられない。

 売店でゼリーでも買ってきておくか。

 何となく売店と呼んでるけど、いわゆるコンビニが入っていて、品揃えは充実している。

「ハル、ちょっと売店行ってくるね」

 聞こえていないと分かっていたけど、ハルにそっと声をかけ、オレは病室を後にした。


 ハルにゼリーと野菜ジュース、自分にせんべい一袋。

 売店のビニール袋を手に病室を開けると、

「おかえり」

 ベッドサイドに白衣の先生がいた。

「わっ! すみませんっ!!」

 患者のはずのオレが不在で、別の子が寝てる……って、やっぱ、まずいよな!? 慌てて言ったのに、その先生は笑いながら言った。

「慌てなくていいよ。別にとがめやしないから。……って言うか、寝かせてあげてくれて、ありがとう」

「え?」

「久しぶり」

「……え?」

 オレは慌てて先生の名札を見た。

 浅木裕也。

 ……浅木、裕也?

「え!? 裕也さん!?」

 思わず、マジマジと顔を見る。

「ははは。久しぶり。昨日も会ったんだけどね、ごめんね、急いでたからあいさつもできなかったね」

 そう言えば、昨日、意識が戻った時、ここにいたのは確かにこの人だ。

 懐かしさに思わず頬がゆるむ。

「いつから、ここに!? 前はいなかったよね?」

「先週からだよ。小児循環器の勉強をしにね」

「……そっか」

「叶太、でかくなったな」

 裕也さんは、確かめるようにオレの頭に手を伸ばした。

 子どもの頃、見上げるくらい大きかった裕也さん。

 身長は多分、百七十センチ後半。去年のオレなら、ちょうど同じくらいだった。でも、今のオレは既に裕也さんの身長を抜いている。

「裕也さんは小さくなったね?」

「なってない、なってない」

 手をパタパタ振りながら、裕也さんは朗らかに笑った。

「すごいね、裕也さん」

「ん? なにが?」

「あの頃、やるって言ってたこと全部やってる」

「ああ。医者になるとか?」

「この病院で、心臓を診る医者やるってのも言ってたよね」

「……そんなこと話したっけ?」

「うん。オレ、すごく考えたから、よく覚えてる」

「何を?」

「裕也さんが……」

 裕也さんが、瑞希ちゃんのために医者になるって言ったこと。



   ☆   ☆   ☆



「なんで医者になりたいの?」

 まだ子どもだったオレの、一見無邪気な質問。

 小学三年生がする、こんな質問。無邪気に聞こえるって分かって聞いたけど、本当は無邪気じゃない質問。

 その頃、オレは、自分がハルのために何をできるか、ずっと考えていた。

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