プロローグ
※拙著「12年目の恋物語」の続編となります。よろしければ、そちらを読んだ後にお読み下さい。
「ハッピーバースデイ!」
「お誕生日おめでとう!」
「十六歳、おめでとう!」
パンパンッと、クラッカーの音が鳴り響き、グラスを合わせる音がする。
三月の終わり。わたし、牧村陽菜は十六歳の誕生日を迎えた。
お天気が良かったから、お庭で恒例のバーベキューパーティ。うちの家族とお隣に住むカナの家族とが勢揃い。
もちろん隣の家のおじいちゃんやおばあちゃんもいて、遠くの大学に通うお兄ちゃんまで帰ってきていた。
大人は大人同士、早速盛り上がり、五歳上のお兄ちゃんは、久しぶりに会ったカナのお兄さん、晃太くんとのおしゃべりに興じている。
わたしの隣に座るのは、カナ。広瀬叶太。同い年の幼なじみで……わたしの大切な恋人。
「ハル、おめでとう」
カナがわたしのグラスに、コツンと自分のグラスを当てた。
わたしのグラスにはオレンジジュース。カナのグラスには……、
「ねえ、カナ、これなあに?」
「ふふふ。……ビール」
とカナが嬉しそうに言った。
「え? ダメでしょ?」
思わず言うと、カナは笑って答えた。
「ハルは生真面目だなぁ~。今時、高校生ならビールくらい……」
と、そこまで言ったところで、カナはふぅと小さくため息を吐いた。
わたし、相当怖い顔をしていたみたい。
「冗談だろ」
そうして、指でコツンとわたしの頭を叩いて、
「ノンアルコールビール。……親父、うるさいんだよな、そういうとこ」
と笑った。
「ハルだって飲めるよ、これなら。……飲む?」
「……美味しいの?」
「どうだろうな?」
カナにグラスを渡されて、一口飲もうとして口に入れた飲み物の味に思わず吹き出しそうになった。
なに、これ。
「あはは。ダメだった?」
「……変な味」
顔をしかめるわたしの頭を、子どもにするみたいによしよしとなでてから、カナは言った。
「早く、本物飲みたいな」
「……わたしは、いらないかも」
そう言うと、またカナは笑った。
お酒は二十歳から。そんな言葉が、頭に思い浮かぶ。
お酒を飲める年まで、わたし、生きていられるんだろうか?
「ハル?」
ぼんやりしていると、カナに名を呼ばれた。
「なあに?」
「はい、プレゼント」
カナが嬉しそうに、深いローズピンクの包み紙に金色のリボンがかかった細長い箱を差し出す。
「ありがとう! 開けてもいい?」
「もちろん!」
そっとリボンをほどいて、破らないように丁寧に包装紙を取る。
ピンク色の細長い箱を開くと、キレイに編まれた華奢な鎖と、繊細な造りのアクアマリンのペンダントトップが現れた。
「可愛い! ありがとう、カナ」
お礼を言うと、カナは嬉しそうに笑った。
「つけてくれる?」
「うん」
わたしがそう答えると、カナはペンダントに手を伸ばした。
「悩んだんだよね。何にしようか。気に入ってくれてよかった」
カナはわたしの後ろに回り、器用にペンダントをつけてくれた。
「似合う?」
「可愛い!」
カナはとろけそうな笑顔を見せると、わたしをギュウッと抱きしめた。
「ハル、おめでとう」
「あの、あのね、……カナ、みんないるのに、恥ずかしいよ」
学校でも恥ずかしいけど、家族の前だって恥ずかしい。
顔が赤くなるのを感じる。
「そうだぞ、叶太。オレの可愛い妹にむやみに触るな」
側で飲んでいたお兄ちゃんが、コツンとカナの頭を叩いた。一緒にいた晃太くん……カナのお兄さんも隣で笑ってる。
「ダメ。いくら、明兄でもハルは渡さないよ?」
カナはわたしを抱きしめたまま言う。
それを聞いて、晃太くんがクスクス笑う。
「どうする、明仁?」
お兄ちゃんは、仕方ないなぁと言うようにふっと笑って、わたしの頭を小さい子にするみたいいくしゃっとなでた。
「弟の失態は兄貴のせいだ。晃太、おまえが飲め」
そう言うと、お兄ちゃんはワインの瓶を手に取り、晃太くんにグラスを渡してなみなみと注いだ。
空は抜けるように青くて、空気は澄んでいた。
ジュウジュウ焼けるお肉の香ばしい匂い。
楽しげな笑い声。
みんなの笑顔。
絵に描いたような、幸せな空気に満ちあふれた誕生日。
わたしは、十六歳になった。
生まれつき大きな欠陥があったわたしの心臓は、生まれた時、一歳までもたないと言われたという。
一歳を過ぎると、もって三歳まで。
それを過ぎたら、頑張れば十歳まで行けるかもしれないと言われ、その後は、命の期限を区切られないまま、今日、十六歳になった。
何度も死にかけ、何度も胸を開いての手術をした。
最近、以前よりも、身体が動かなくなっている気がする。
身体が重くて、少し動いただけでも息が切れる。
体調を崩した後、回復するまでに時間がかかるようになった気がする。
……わたしの命の期限まで、後、どれだけの時間があるのだろう?
楽しいはずの誕生日なのに、ふと、そんな言葉が頭をよぎる。
ここにいる誰よりも早くに……、多分、一番早くに、わたしはこの世を去ることになる。
その時、みんなが、あまり悲しまずにすめばいいのにな……。
きっと、そんなことはムリだと心の底で思いながらも、カナがあまり悲しまずにすむといいな……、そう願わずにはいられなかった。
わたしがいなくなった後、カナはどうやって生きていくのだろう?
笑顔の裏で、そんなことが頭をよぎった。