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百合する亜世界召喚 ~Hello, A-World!~  作者: 紙月三角
chapter final. 曖昧であやふやな、あるがままの貴女の世界
98/110

03

「異世界人ということは……お前もミノワアカネや……七嶋アリサのように、魔力1万5千の『異世界人ボーナス』を持っているということだ……。それに最近『風の民』のところに足しげく通っていたのも、何らかの方法であやつらを騙して、『承認』を集めるためだろう……? 

そうやって、お前は大量に魔力を保有しておきながら、一時的に他の人間にそれを『承認』して、隠していたのだ……。今日のためにな……」

「何のためにてめーがそんなに魔力を集めたのかってことだって、俺らにはもう、とっくに分かってるんだからなっ!?」

「……なるほど」

 ピナコ、いや、小金井雛子は、取り囲まれた少女たちによって確実に追い詰められていた。

 しかし、彼女は慌てたり焦ったりすることはなく、むしろ、だんだん自分のそんな状態を楽しみ始めているようにさえ見えた。

「……」

 コルナはそんな彼女の様子には気付いていて、少し不審に思っていた。しかし、だからと言って追及の手を緩めることは出来なかった。


「七嶋アリサが、この『亜世界』にやってきた日……ある事件が起きたそうだ……。あやつが風呂に入っている間に……何者かが、あやつの服を、盗んだのだ……。ちょうど、ワシも同じときにその風呂に入っていたのだが……もちろん、犯人はワシではない……」

「ったりめーだろ」

 間髪入れずにコルナを擁護するビビ。

「コルナは『黒狼なんたら』のキマリで、白いもんを嫌いなんだゼ? ここに来た時のアイツの……アリサの服は白かったんだから、コルナが盗んだりするわけねーだろーが。つーか、あんなエロくて貧乏くせー服なんて、そもそも誰も欲しがらねーっつーの!」

「そう……。つまり、そのときの犯人が本当に欲しかったのは、服ではなかったのだ……。犯人の狙いは、七嶋アリサが、服とともに『肌身離さず持っていた物』……。犯人はそれを盗んだことを誤魔化すために、あえて、服ごと盗んだのだ……」

 そこで、ビビが手を伸ばして、雛子の服の中やポケットを乱暴にまさぐった。そして、手のひらサイズの「それ」を取り出した。

「そうか……それが……」

「な、な、なんかぁ……つるつるしてて綺麗ですねぇぇ……」

 「それ」は、この『人間女の亜世界』には存在しない物だったので、周囲の少女たちにとっては見るのは初めてだ。だが、その存在自体は既にアリサから聞いて、知っていたのだった。

「お、おい……これ、どうやるんだよ?」

 操作方法が分からなかったビビは、しばらく「それ」を叩いたり振ったりしていたが、やがて、諦めて雛子に返した。雛子は特に抵抗もせず、慣れた手つきで、可愛らしいケースを付けた「それ」を操作した。


 すると、やがてその「スマートフォン」から、何かの音声が聞こえてきた。

「……っと…………は……が……」

 それは、誰かが話している声を録音したもののようだった。だいぶ遠くから録音したらしく、その声はかなり小さくて、聞こえづらい。雛子がその音量を最大限まで上げて、辛うじてその声が何を言っているのか聞き取れるぐらいになった。

「……私よりも……みんなから『承認』を集めて……いろんな人から認められる……。……そういう人が……『管理者』をやった方が良いんだ……」

「っ!」

 気付いたアカネが絶句する。その声の主は、アカネ自身だった。

「ふん! 悪趣味な道具だゼ!」

 ビビは雛子からスマートフォンをまた乱暴に奪い取ると、ステージの床に叩きつけて、バラバラに壊してしまった。

「ふむ……」

 床に散らばった精密機器の破片を見て、コルナは感心したように呟く。

「その『すまほ』という機械は……お前たちの世界では、誰もが普通に持っている物らしいな……? だから、お前はこれを七嶋アリサから盗んだのだ……。ミノワアカネの、『遺言』を録音するために……」


「あーあ。それ、七嶋さんの物なのに」

 無残な姿になったスマートフォンの残骸を一瞥し、雛子は意地悪そうに微笑む。それから、急に饒舌になって、語り始めた。

「ええ、そうですよ。あなたたちの言う通りです。だってこの『亜世界』では、前の『管理者』が残した『遺言』が、次の『管理者』を決めるんですよ? だから、自分にとって都合のいい発言を録音して残しておけば、それを『遺言』にして、『管理者』になることが出来るんです。

たとえば今の私は、『異世界人ボーナス』の1万5千点と、構成員千人の『風の民』たちから巻き上げた1万点。合計2万5千の魔力を持っています。これは『管理者』であるアカネ様が持っていた2万の魔力値よりも大きいですから、さっきの、『管理者よりも多くの魔力を集めた人間が次の管理者になるべき』という発言と合わせれば、私が次の『管理者』になれるというわけです。このミスコン会場なら、私がたくさんの魔力を持っていることだって、なんとでも誤魔化すことは出来るでしょうしね。

後は、適当なタイミングでアカネ様を殺してしまえば……」

「ぴ、ピナちゃん……!?」

 殺す、という言葉にショックを受けるアカネ。だが雛子の方には、それを特に気にしている様子は全くなかった。

「はれて、さっきの録音が『遺言』として有効になり、自動的に魔力値が最大の私が、次の『管理者』になるはずだったのです。

ちなみに、私は七嶋さんと同じ世界の出身なわけですから、当然、私だってスマホは持っていますよ? ただ、私もこの『亜世界』に来てから結構経ちましたからね。とっくに充電が切れてしまって、使いたくても使えなかったのですよ。もちろん、2週間前にやってきたアカネ様の物も、同様でしょうね。こんなことになると分かっていれば、事前に充電器を持ってきたのですけど……って、そんなものがあっても、どのみちコンセントがないんですから意味ありませんでしたね」

 あはは、というわざとらしい乾いた笑いを浮かべる雛子。

「まあそういうわけで、私的には『遺言』として録音を使うという方法は、半ば諦めていたところだったんですけれど……そんな時に、七嶋さんが現れたんです。しかも話を聞いてみたら、彼女は少し前に『妖精女の亜世界』でスマホを使おうとしたことがあるって言うじゃないですか? 用心深い七嶋さんは、本当に必要なときのために、普段はスマホの電源を切っていたんでしょうね。こんなチャンスを逃すわけにはいかないということで、私は彼女がお風呂に入るときを待って、それを盗んだというわけです。しかも盗んだ直後に、アカネ様が絶好の『遺言』となる言葉を喋ってくれて……本当に、あのときは自分の幸運にちょっと鳥肌が立ちましたよ。このままとんとん拍子であっさり『管理者』にもなれちゃうんじゃないの? なんて、ガラにもなく調子に乗ってしまったのを覚えています。

……なのに、まさかあなたたちが私の正体と策略に気付いていたとはね」

 そこで雛子は、アウーシャに掴まれている自分の腕に精神を集中させ、その束縛から逃れようとした。彼女の右腕の周りに、吹き荒れる嵐のような赤い光のオーラが現れ、周囲の少女たちを圧倒する。しかし、

「はああああぁぁぁ、あったかいですぅぅぅ……。じゅんじゅんしますですぅぅぅ……」

 少女たちの中でアウーシャだけは、日向ぼっこでもするようにその赤いオーラを心地よさそうに浴びていた。雛子はそれを見て、あっさりと諦めて、右手のオーラを解除した。

「既にあなたたちは、私よりも多くの魔力値を集めてしまっていますね? アカネ様の2万と、ビビの5千、コルナの4千で2万9千? ……いや、あなたたちが元々持っていた魔力のうち、約8千は私が『異世界人ボーナス』を隠すためにあえてあなたたちに『承認』しておいたものです。ですから、本当ならあなたたちの保有している魔力の総量は、2万そこそこでなければいけないはずなんです。あとは、ミスコンの投票点も一応あるにはあるでしょうが……まあ、庶民どもの魔力なんてたかが知れてますから、そんなものは大した加点にはならない。何より、私にそんな不確定要素で勝負をかけてくるとも思えませんしね。……と、言うことは」

「七嶋……アリサだ……」

「ああ、やはりね」

「あやつは、お前と一緒に『風の民』の宿営地に旅立つ前に……ワシたちに会いにきていたのだ……。『もしもの時には、自分の魔力を使ってくれ』と言うためにな……。ワシとアウーシャは……それまでの間にあやつから魔力の『承認』を受けたことがあり、更には、それに対してあやつに魔力を『承認』で返している……。つまり、お互いがお互いの魔力の所有権を持つようになっていたのだ………。だから、ワシたちはいつでも『否認』をして、あやつの魔力をもらうことが出来るようになっていたのだ……。

今のアウーシャには……ワシとビビ、そして、ミノワアカネと七嶋アリサの『異世界人ボーナス』分も含めた、全ての魔力値を結集させている。その量は、およそ3万5千程度か……。いくらお前が狡猾だとしても、そこまでの量の魔力を集めることは、不可能だったろう……?」

「ハア……」

 雛子はコルナには答えずに、呆れたような顔を作る。

「あの人って、基本的に人の話を聞かないですよね? 私があれだけ再三にわたって、『幹部たちには気を付けろ』と言い聞かせてきたというのに……。その忠告を無視して、あなたたちに会いに行って。それどころか、あろうことか自分の魔力まで渡してしまうなんて。彼女があなたたちに協力していなければ、私の策略はこんな風に失敗していなかったはずです。全く、困った人ですよ」

「ああ……。マジでアリサって女は、不思議なヤツだよな」

 ビビが、クスリと笑う。

「だってよー。アイツは、この『亜世界』にやって来てすぐに、俺とアウーシャとビビの関係に、気付いちまいやがったんだゼ?

テロリストとして疑われていた俺らは、お互いに共同戦線を張っていることを、本当のテロリストであるお前に知られる訳にはいかなかった。だから、それがバレねーように必死こいて隠していたはずなんだ。なのにアリサのヤツには、そんな俺らの努力は全然意味なかったんだゼ。

……まあ、『先入観』や『上っ面の嘘』を無視して、自分の目で見て、自分の頭で考えたことだけを信じるアイツだからこそ、分かっちまったんだろうけどな」

「あやつは……本当に、面黒(おもくろ)いヤツだ……」

 コルナが、黒い日傘を斜めにして自分の顔を隠す。それは、照れている顔を周囲に見えなくしているようだ。

「ワシが……この屋敷の医務室で、お前とあやつに会ったときのことを、覚えているか……? お前はあのとき、『ワシが七嶋アリサを監視している』と、思っただろう……? そうとしか、思えなかっただろう……?

しかし、あやつは……七嶋アリサは、違ったのだ……。あの後に会ったときに、アリサは……ワシのことを……『友達想い』だと言ったのだからな……」

「は? 何ですか、それ?」

 意味不明な雛子は、首を傾げている。

「あやつは……あのとき医務室にいたワシを見て……考えたのだ……。ワシが、『自分と同じだった』のではないかと……。ワシがあそこにいたのは、あやつを監視するためではなく……自分と同じように……気絶していたからではないかと……」

「は、はわ……はわわわわ……」

 コルナがそこまで言ったとき、何故か、アウーシャが強く反応した。

「じゃ、じゃ、じゃあぁぁ、も、もしかしてコルナちゃんはぁぁぁ……あのとき『あたしのクッキーを食べた』たせいでえぇぇぇ……」

 体だけでなく、歯をがたがたと震わせている。

「気にするな……」

 コルナが、そんなアウーシャに優しい言葉をかける。

「お前の作る料理は、いつも……何が入っているかわからないような、危険物スレスレのものだが……同時に、その色はいつも真っ黒だった……。それはきっと、ワシのことを想ってくれたからだろう……? せっかく、お前がワシにも食べられるようにと、『黒いクッキー』を作ってくれたのだ……。だったら……食べてやるのが、友というものだろうが……」

「ご、ご、ご、ごめんなさいですぅぅ……」

「もう、いいと言っているだろうに……」

 泣き出しそうなアウーシャに、大人びた微笑みを向けるコルナ。2人の間には倍ほどの年齢差があるはずだったが、その様子では、どちらが年上か分からない。

「それに……」

 コルナは視線と話題を、雛子に戻した。

「あのクッキーのおかげで……ワシたちは、アリサのことを知ることが出来たのだ……。あやつは……ワシらの『所属する団体』や『立場』などではなく、ワシたち自身の、『中身』を見てくれた……。お前とは違って、ワシたち自身を、信じてくれたのだ……。だから、ワシたちもその信頼に対して、信頼で答えてやりたいと思えたのだ……」

「ナナ……ちゃん……」

 少女たちの成り行きをずっと見守っていたアカネ。彼女のその表情には、少し誇らしげでもありながら、少し寂しげでもあるような、複雑な感情がまじりあっていた。


「はいはい……」

 雛子が、うんざりしたように言う。

「まあ、七嶋さんみたいな人って、割とどこにいっても人気が出そうなタイプですから、あなたたちがいとも簡単に篭絡されてしまったとしても、おかしくないのかもしれませんね? 私の学校のクラスにもいましたよ、ああいう人。ああいう、友達が多いっていうか……『人たらし』って感じの人」

 「私は嫌いですけどね。ああいう人種は」と、付け足す雛子。

「いや、それでも一応、私だって彼女には警戒してたつもりだったんです。ミスコンに立候補させて、何かしらこじつけて魔力を取り上げてしまおうとか……、メルキアのところに放置して、あの人がいない内にカタをつけてしまおうとか……」その辺りから彼女は、どういうわけだか次第に顔を俯かせ、言葉もとぎれとぎれになっていった。「とにかく……出来る限りの対策はしてたつもりだったんです……。けど、まさか……既にあなたたちと繋がっていたなんてね……」

 その様子が、彼女が体調を崩したように見えたのか、アウーシャが心配そうに声をかけた。

「だ、だ、大丈夫ですかぁぁぁ……? も、もしかして、あたし、ちょっと腕をきつく掴み過ぎましたかあぁぁ?」

「おい、アウーシャ! 油断すんじゃねーゼ? ずる賢いソイツのことだ。まだ何か企んでるかもしんねーだろ。しっかり掴んでろよ!」

「で、で、でもぉぉ……」

「だいたい……さっきから私のことを、狡猾とか……ずる賢いとか……。ホント、あなたたちときたら……勝利を確信した瞬間から……言いたい放題じゃないですか……」

 俯いたまま、喋り続ける雛子。周囲の少女たちはそんな彼女に、思い思いの言葉をかける。

「てめえも、いつまでもごちゃごちゃ言ってんじゃねーゼ! 今から俺が、お前のことを縄でぐるぐる巻きにして、牢屋にぶち込んでやるからよっ! 負け惜しみなら、その後にしろや!」

「な、縄でぐるぐる巻きぃぃぃ……!? そ、そ、それはちょっと、羨ましいですぅ……」

「今更ながらに、自らの行為を後悔しているのか……? しかし、お前がやろうとしたことを考えると、全てを黒紙(こくし)に戻すことなど、不可能だ……。しばらくの間、牢で頭を冷やすがいい……」

「私だってね……本当はね……。……」

「まあ……ワシたちも、鬼ではない……。ミノワアカネがお前を許し……お前も、気持ちを入れ替えて正しい道を進むと約束するのなら……再び外に出してやることも……ないのだから」

「でも……。…………」

「分かったら、さっさと顔上げろやっ! お前が何も出来ないように、その手と体を、今からこの縄で……」

「ビビさん……も、も、もしよかったら、あたしで縄の練習してみますかぁぁ……? ぐ、ぐるぐる巻きに縛り上げて、つるし上げて、街中を引き吊り回したりしてぇぇ……。え、へへへ……あひゃひゃひゃ……」

「ん……?」

「…………。……xx」

「そ、それにピナさんも、不安になることなんて、ないんですよぉぉ? 最初はちょっと苦しいかもしれませんけど、慣れてくると、どんどん気持ちよくなってきて、もっときつく縛って欲しくなってくるんですからぁぁ……」

「……何か……おかしい」

「ほ、ホントに、アウーシャ! お前、そういうおかしいとこ、何とかしろよなっ!? そ、そういう変な趣味が、もしもアカネにうつったら、どうすんだよっ!?」

「お、おかしくなんかないですよぉぉ? 縄は一番シンプルで、その分、一番奥が深いんですよぉぉ? じ、実はあたしも今、この水着の下にぃ……え、えへへ……」

「て、て、てっめぇーっ! やめろやめろっ、見せなくていいっつーんだゼっ! その、ただでさえバカみてーにエロい服を、脱ごうとするんじゃねーよっ!」

「……お前、何をしているのだ?」

「そ、そうだゼっ! コルナも言ってやれよっ! この変態野郎に、エロいことするのをやめるように……」

「え、えへへ……えへ、えへ……。だ、だって、しょうがないじゃないですかぁぁ? さっきからずっと、観客の皆さんが、こっちの方を見てるでしょおぉぉ? だ、だからあたし、余計に興奮してきちゃって……衆人環視の中で、自分が縛られる姿を想像するだけで……あ、ああぁ……」

「違う……」

「ほ、ほら、聞けよっ! コルナだって、そう言うことするのは違うって……」

「違う! こ、こいつは今、何をしているのだ!?」

「あぁん!? こいつって…………え? そ、そういやあ、確かにこいつ……」

「……xx……xx。……xxx」

 そこでやっと、ビビも気づいた。ずっと俯いて、ぶつぶつと何かを呟いていた雛子の雰囲気が、途中から変わっていたということに。

 その呟きは小声過ぎて、元からはっきりと聞き取ることは出来なかった。しかし、今さら追い詰められた雛子が何かを出来るわけでもないので、誰も特に気にしてはいなかった。だから幹部の少女たちも、自分の正体を知られてしまった雛子が愚痴をこぼしているだけだと思っていたし、実際に、最初はその通りだったのだ。しかしそれはあくまでも最初だけだ。幹部の少女たちが聞いていた彼女の呟きは、その『響き』や『構成』が途中から変化し、『よく分からなくなった』のだ。


「や、やめろ……何か分からんが……それを、止めるのだ……」

 真っ先に危機感を感じていたのは、コルナだ。

「何か……まずい……。こ、このまま、では……あ、アウーシャ!」

「は、はいぃぃ!」

 コルナがそれを言うのと同時くらいに、アウーシャは掴んでいた雛子の腕を引っ張り、俯く彼女の顔を無理矢理引き上げた。そして、更にビビが彼女の口を押さえつけようとしたのだが……。

 その間に、雛子はもう1つ隠し持っていたナイフを取り出して、それを素早く投擲していた。ナイフは反応が遅れた3人の幹部たちを通り越し、少し離れた位置にいたアカネに向かっていく。

「し、しまっ……」

「『承認(アグリー)』!」

 そこで、一切の迷いもなく即座に次の行動を取ったのは、アウーシャだ。彼女はアカネに対して、自分の魔力を譲渡したのだ。

「きゃっ……!」

 向かってくる鋭利なナイフに対して、か細い腕で防御の姿勢をとるアカネ。普通ならば、そんなものには何の意味もなく、次の瞬間には、ナイフが突き刺さった腕から大量の血が噴き出していたことだろう。

 だが、それが3万以上の魔力を譲渡されたアカネならば、話は別だ。彼女の「ナイフを防ぎたい」という強い意志は魔力をのせた力となり、無意識の内に、彼女の周りに赤い光のシールドとなって現れた。おかげで、そのナイフはアカネの体に傷1つつけることなく、シールドに防がれてステージの床に落ちたのだった。

「よ、よし! よくやったゼ、アウーシャっ!」

 アカネの危険が去ったことを確認し、笑顔を作ろうとするビビ。

 だが、そんな暇さえも与えずに、事態は次の展開に進む。

「うぐぅっ!」

 アカネに魔力を譲渡して弱体化してしまったアウーシャのみぞおちに、雛子が強烈な膝蹴りを決める。膝から崩れ落ちるアウーシャ。雛子はその隙に彼女の拘束から逃れて、ステージの上で距離を取る。

「…………。……xxx……xxx」

 そして、また先ほどの呟きを続けた。


「だ、だめだ! そのままそれを続けさせてはいけない! 止めるのだっ!」

「お、おうっ! アカネっ、頼むゼっ!」

「……う、うん! 『承認』!」

 ビビはアカネから3万の魔力を返してもらってから、慌てて雛子に向かって駆ける。

「しゃらくさい……」

 アウーシャはすぐに復活し、足元に落ちていたナイフを拾う。そして、今までとはまるで別人のような冷酷な表情で雛子に襲いかかった。


 右からはアウーシャ。

 その、獲物を狩る獣のような身のこなしと、空気を凍らせるような圧倒的な殺意は、明らかに一宗教の巫女のものではない。ナイフの扱いにも相当慣れているようで、今まで周囲に見せていた姿が、アウーシャ・ディー・ローサという人物のほんの一部に過ぎなかったことをうかがわせた。

 左からはビビ。

 彼女はアカネから『承認』された3万という大量の魔力を使って自らの脚の筋力を向上させ、そこにかかる負担を軽減させて、移動スピードを普段の数倍にも高めていた。その、見事なまでの魔術と身体技術の融合は、生まれながらに抜群な運動センスと勘をもち、なおかつ、幼いころから上等な英才教育を施されてきた一国のプリンセスだからこそ出来る芸当だった。

「……xx……。xxxx……」

 その2人は、あと1秒の半分もかからないうちに雛子を捕捉出来ると思われた。彼女たちの前では、先ほどの雛子の行動もただの無駄な悪あがきに過ぎなかったのだと、その場の誰もが思ったのだ。

 しかし……。


「『承認(アグリー)』……」

「!?」

「ああぁっ!?」

 そこで、思ってもいなかったことが起きた。

 追い詰められていたはずの雛子が、『自分に迫ってくる2人に対して承認』をして、自分の持っていた2万5千の魔力を、全てビビとアウーシャに譲渡してしまったのだ。

「一体、何を……」

「て、てっめぇー! 血迷ったかよっ!」

 もちろん、雛子は血迷ったわけでもなかった。


 なぜならば雛子にとっては、あと一瞬さえ稼げれば、それでよかったのだ。ビビとアウーシャが、『自分に向かってくる大量の赤い光に視界をふさがれて、怯んでしまう』その一瞬さえあれば……懐から取り出した『紙切れ』に書かれた文字を、全て読み上げ終わるのだから。


「xx……xx……xxxx、…………xxxx!」

 その瞬間、雛子の体を中心に強烈な青白い閃光がほとばしる。


 その『紙切れ』に書かれていた文字は、この『人間女の亜世界』で使われている物とも、アリサや雛子がもともとやってきた世界で使っていた物とも、どちらとも違う言語だった。だから、その場の誰も、その時雛子が何と言ったのかを理解することは出来なかった。

 

 だがもしも、そのときの彼女の『呪文の詠唱』を理解できる言葉として翻訳したとしたならば……きっと、こんな風になっていただろう。


「私は否定する……

 この、耐え難く穢らわしき世界を……

 私は否定する……

 この、度し難く愚かな世界を……

 私は否定する……

 この、ことごとく煩わしき世界を……


 私が否定し、私を否定するこの世界の全てを、

 静謐な虚無へと還せ……


 『世界破壊魔法(アニヒレーション)』!」


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