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百合する亜世界召喚 ~Hello, A-World!~  作者: 紙月三角
chapter final. 曖昧であやふやな、あるがままの貴女の世界
96/110

01

「さぁーてっ! それでは皆さまお待ちかねのぉ、結果はっぴょぉーいってみまっしょー! はえある、第一回ミス『亜世界』にィー、選ばれたのはぁー……」

 司会の女性の明るい声を受けて、どこからともなくドラムロールが鳴り響く。周囲は一斉に明かりが消え、代わりに、スポットライトのような光の魔法の光線が、ステージの上を縦横無尽に移動していた。


 『人間女の亜世界』の、『管理者』の屋敷。

 よく整備された西洋風の庭園の中心に、演劇でもするような木組みのステージが作られていて、その周囲にたくさんの人が集まっている。そこは、『ミス亜世界コンテスト』の会場だった。

 コンテストの3人の立候補者たち(結局七嶋アリサはコンテストの開始時間には間に合わず、参加出来たのは、『管理者』の3幹部だけだった)は、先程までステージの上で思い思いの方法で自己PRをしたり、奇抜な服装を披露していたのだが、現在はそれらの選考過程は全て終了し、いよいよ結果発表を残すのみとなっていたのだった。


「発表しまあーっす! グランプリに、輝いたのはぁー……」

 スポットライトもドラムロールも消えて、会場は完全に静寂と暗闇に支配される。

 観客たちは司会者の宣告を待って、真っ暗で何も見えないステージを固唾を飲んで見守っている。そのステージの舞台裏には数人の魔導師が待機していて、光の魔法で照明を再点灯させるための合図を待ち構えている。

 その場にいる誰もが期待に胸に、「そのとき」がやってくるのを待っていたのだ。

「その、女性の名前はぁー……」

 目一杯に期待を煽ってから、ようやく司会者が、本当にそれを告げようとしたとき……。

 暗闇の中で、行動を起こし始めた者がいた。


 暗くなる直前の光景は記憶しているから、ターゲットのだいたいの位置は分かっている……。それに、こんな暗闇の中を動きまわる者がいるとも思えないから、予期せぬ障害物の心配もないだろう……。

 ただ、一撃で確実に決めるためには、仕掛ける前に正確な位置を確認する必要がある。それも自分の存在が露呈しないような、光の使用を最低限に抑えた方法が望ましい。だから……。

 「彼女」は冷静に自分の作戦を振り返って、そこに少しの不安要素もないことを再確認する。そして、小さく呟いた。

「『否認(ディス・アグリー)』……」

 その瞬間、暗闇の中から仄かな赤い光が出現して、「彼女」に向かって飛んできた。


 この『亜世界』では、『承認』によって他人に自分の魔力を与えたり、『否認』によって与えた魔力を取り戻すことが出来る。そして、そのようにしてやり取りされた魔力は、その魔力の大きさに応じた赤い光となって目で見る事が出来るのだ。「彼女」はこのときのために、事前にターゲットに対してわずかばかりの魔力を『承認』しておいたのだった。

 その薄赤い光は、「彼女」にターゲットがいる正確な位置を教え、更に、おぼろげながらもそのターゲットのシルエットも浮かび上がらせた。「彼女」はその浮かび上がった人影の心臓の位置を確認すると、そこに目掛けて、隠し持っていたナイフを思いっきり投げつけた。


 それで、「彼女」の目的は果たされるはずだった。

 暗闇が明けたとき、『管理者』は何者かによって殺害されて発見される。そして、「自分が次の『管理者』となる」のだ。

 これは何度もシミュレートした、完璧な計画だ。失敗するはずがない。

 だが……。


 キィーンッ!

 『管理者』に突き刺さるはずのナイフは、その直前に何かに弾かれて、ステージの床に落ちてしまった。

 バカなっ!?

 何が起こったのか分からない「彼女」だったが、とりあえずこの場から身を隠そうとする。しかしそんな「彼女」の手を、暗闇の中で何者かがしっかりと掴んだ。しかも、「彼女」がどれだけ逃げようと抵抗しても、その手は離れない。

 どうして!? 今の私より、強い力を持っているヤツがいるわけが……。


 その瞬間、一斉に会場の照明が点灯した。


 周囲の状況が、はっきりと見通せるようになる。

 威勢の良かった司会者は、打ち合わせと違う進行に驚いて、近くのスタッフを問い詰める。照明役の魔導師たちも、突然何が起こったのかと、慌てふためいている。ミスコンの結果発表を待っていた観客たちだけは、これもイベントの演出の一環なのかと思って、呑気にステージの様子を眺めている。

 そしてステージ上では、3人の少女たちが別の1人の少女を取り囲んでいた。



「へっへー、残念だったなー!」

 取り囲んでいる内の1人、きらびやかなドレスに身を包んだビビが、両手を頭の後ろに回して挑発するような態度で言った。

「お前の計画は、失敗したんだゼ! そんなもん、俺らはとっくに気付いてたんだからなっ!」

「……」

 「彼女」は何も答えない。迂闊なことを喋って、自分を追い込まないように様子をうかがっているのだ。

 しかし、

「観念……するのだな……」

 そんな「彼女」に釘をさすように呟いたのは、漆黒のドレスに黒い日傘を差したコルナだ。

「ワシは、夜目が利く……。闇夜に紛れたお前の悪事など、既に明黒(めいこく)なのだから……」

 更に、

「す、す、すひゃあぁぁぁあー! ご、ごめんなさいですぅー!」

 スクール水着のような格好をしたアウーシャも、いつものような気持ちの悪い奇声をあげた。

「ほ、ほ、ほ、本当は、私が刺されてあげられれば良かったんですけどぉ……、刺されたかったんですけどぉ……。で、でも、他のみなさんに止められちゃってぇー……。ご期待に応えられなくて、す、す、すいませぇえーん!」

 さっき「彼女」が投げたナイフを叩き落としたのは、このアウーシャだったようだ。今はそのか細い手で、「彼女」の腕を掴んで拘束している。

「ふん……」

 既に自分が相当追い詰められているらしいことに気づいた「彼女」は、開き直ったように鼻を鳴らした。


「アカネを危ねー目に合わせやがって! てっめぇー、絶対許さねーかんな! ボコボコにしてやるゼ!」

「さっさと……自らの罪を黒状(こくじょう)することだな……。もはやお前に、逃げ道などないのだから……」

「えへ、えへ、えへ……。前々からずっと思ってたんですけどぉ……。お肌が、すっごくスベスベですよねぇー……? いいなぁ……舐めたいなぁ……」

 3人の少女たちが口々にそんなことを言う中、彼女たちの後ろから、三ノ輪アカネが震える声を出した。

「どうして……? どうして、こんなことをしたの……?」

「……」

「ねえ、どうしてなの? ……ピナちゃん」


 「ピナコ」はその質問には答えず、無表情に俯いていた。




   ※


 時間は少し戻って。

 『風の民』の集落に取り残された私は、メルキアさんと話していた。


「……この書類は、どうしたんですか?」

 さっき見せてもらった「事務書類」を手に、恐る恐る尋ねた。

 いや。

 尋ねているというより……これはもう、確認をしているだけだ。だって私にはもう、ほとんど分かっていたんだから。ピナちゃんが、この『亜世界』でやろうとしていることが……。

 案の定、メルキアさんは私が想定していた通りのことを答えてくれた。

「え、どうしたって? 貴女、変なことを聞くね。それはもちろん、さっきまで貴女と一緒にいた……あのー、ええっと……あの娘、名前なんて言ったっけ? ま、いいや。

あの、なんだか仕事のできそうな彼女が、前にここに来たときに置いていったんだよ。これが『専用の用紙』だから、『契約に参加しない人の名前を書いてくれ』って言ってさ」

「やっぱり……」

 私は、思わず声に出して呟く。

「ふふーん……やっぱり、ね」

 すると何故かメルキアさんも、同じ言葉を呟いた。

「え?」

「……やっぱりあの娘、何か企んでたんだねー? 一目見たときから私も、『あー、こいつは一筋縄じゃいかないぞー』って思ってたんだよねー。私の占い的にも、滅多にお目にかかれないような邪悪なオーラを漂わせてたしねー」

「そ、そうなんですか……」

 どうやら、彼女も薄々は気付いていたようだ。彼女の悪意と……この書類に隠された秘密に。

「はは、『風の民』的には、自分以外の他人が何を企んでようと、別に気にしないのがポリシーのはずなんだけどさ。うーん……でも私個人としては、やっぱ気になっちゃうってのも事実なんだよねー。

良かったら教えてくれない? あの娘が、一体何をしようとしてんのかを」

「はい。それは……」



   ※



「そもそも俺らは最初(はな)っから、お前の作戦なんてお見通しだったんだゼ!」

 無言を貫いている「ピナコ」に業を煮やしたように、ビビが責め立てる。

「だってそうだろーよっ!? 俺ら3人は2週間前に前『管理者』からの手紙をもらって、この屋敷にやってきただけなんだゼ? それなのに、いつの間にかどういうわけだか、『俺らの中に管理者の命を狙うテロリストがいる』、なんつー噂がたってやがる。しかもその理由が、俺らが持ってきた『手紙の記述』だと!? そんなわけねーだろーがよっ! ばっかじゃねーのっ!? 意味わかんねーッつーんだゼ!」

「意味が分からないのは、お前だ……ビビ」

 まとまりのないビビの言葉を補足するように、コルナが続ける。

「ワシらが受け取った手紙には……そのいずれにも、『3人の幹部』という記述があった……。しかし、実際に手紙を受け取った人間は4人……。だから、ワシらが疑われることになった……ということだったが……。ふ……バカバカしい。それは、実際には全くの逆だ……。むしろその状態こそが、『ワシらの潔黒(けっこく)』と、『屋敷の中に悪しき考えを持つ者がいる』ことを証明する、疑いようのない証拠なのだからな……」

「わ、分かってるゼっ! お、俺だって今、そう言おうとしてたんだゼ、コルナっ!?」

「ふ……」

 頬を赤くして慌てているビビに軽く微笑みを向けてから、コルナはすぐに「ピナコ」の追及に戻る。もとから大きな彼女の黒目が、更に大きくなっていく。

「もし……ワシらがテロリストで……何らかの方法で、『管理者』が出した手紙の存在を知ったとして、だ……。そこに『3人』という言葉が入っているのに、偽造した手紙を持って屋敷に現れるヤツがいると思うか……? そんなことをしたら、『人数』が合わなくなるのは当然……。どれだけ本物そっくりに手紙を偽造しても意味などないし……むしろ、その手紙そのものの存在から疑われてしまうだろう……。本当のテロリストならば……そんなことを、するはずがない……」

「は、は、はひいいぃぃ……」

 アウーシャは、掴んでいる「ピナコ」の手をしきりに自分の頬に擦り付けて恍惚の表情を浮かべている。

「ほ、ほ、ほ、本当に、悪い人が屋敷に入り込もうと思ったのならぁ……手紙は偽造するんじゃなく、誰かから盗むか、譲ってもらうことを考えますぅぅ……。だ、だ、だって手紙を完璧に偽造出来るってことは、それを受け取った人だって分かるでしょうし、そっちの方が簡単だと思うんですぅぅぅ……。そうすれば、『3人』っていう数字はズレないですしぃぃ……。

で、でも、これを仕組んだ『犯人』はそうではなく、あえて、手紙を増やして数字をズラす方法を選んだ……。そ、それってぇ……」

 そこで彼女は体の震えを止めて、真剣な表情になる。

「『犯人』は私たちを、『わざと疑わせたかった』ってことです…………よね?」

「……」

 「ピナコ」はまだ、何も喋らない。ただ、俯くのはもうやめたようで、顔を上げて、ふてぶてしい表情で周囲の3人を見つめていた。

「ピナちゃん……」

 アカネが、そんな彼女を心配するように呟く。ステージの周囲の観客も、次第にこの状況の異常さに気付き、ざわざわと騒ぎ始めていた。


「つまり偽物の手紙を持ってるからって、俺らの中にテロリストがいるなんて言い切れねーんだゼ! むしろ俺たちは、その『犯人』に利用されてるって考えられるんだゼ!」

「そうだ……。そして、その手紙については……確実に言えることがもう1つある……。そもそも『管理者』の名前をかたってワシらにあの手紙を出すこと自体……誰にでも出来ることでは、ないのだ……」

「ああ。この屋敷の人間が、俺らが持ってきた手紙をちゃんと受け入れてくれたってことを考えると、あの手紙にはそれなりに説得力があったってことになる。つまり書かれていたサインとか、使ってる紙とかが、『管理者』が普段使ってる物とおんなじだったってことだ。4通全部が偽物だったのか、それともそのうちの1つが偽物だったのかはわかんねーけどよ。どっちにしろ、『管理者』に相当近いヤツじゃなきゃ、そんな手紙を書くなんて出来るわけねーよな? 何も知らねーヤツが『管理者』の名前で手紙を書いたって、そんなのすぐに偽物だってバレちまうゼ!

っつーわけで俺らは、この屋敷ん中にろくでもねー考えのヤツがいるってことは、すぐに気づいたんだ。俺らをハメて、それを隠れ蓑にして、何かをやらかそうとしてるヤツがいるってことがなっ!」

「ぴぎゃあっ! は、ハメるぅっ!?」

「だから……ワシらは協力することにしたのだ……。元々、自分たちが所属する団体を発展させる為にやって来ただけの……何の共通点もなかった3人だったが……そこで目的が重なり合い……一体となって、共同戦線を張ることを約束したのだ……」

「か、重なり合って、一体となるぅぅ!? う、うひゅっ、うひゅひゅ……」

 とっくに元の気持ち悪い様子に戻ったアウーシャが関係ない部分で過剰に反応しているが、周囲の人間はそれをことごとく無視していた。

「しかし、そこまでしてもまだ……ワシらは安心は出来なかった……。この屋敷の中に悪しき者がいるのは分かっても……それが実際に誰なのかは……まだ分かっていなかったのだからな……。もしもワシらが先走って、本当の『犯人』とは違う者を告発してしまったとしたら……その失敗を、お前は見逃さなかっただろう……。それをきっかけにして、ワシらはここから追い出されていただろうし……この屋敷に潜む悪意を阻止することは出来なくなっていた……。手紙の件で疑われていたワシらには、下手な行動は出来なかったのだ……」

「ま、そう言う意味じゃあお前は、結構いいとこまではいってたんだゼ? もし俺らが、今日の時点でまだ『犯人』がお前だってことに気付けていなかったなら、さっきのお前の襲撃(クーデター)は、成功していたかもしんねーんだからよ!」

「ほわわわわぁ……せ、せ、せ、性こぉ……」


「なぜ……」

 そこで、今までずっと口を閉ざしていた「ピナコ」が、やっと言葉を発した。

「……なぜ、その偽物の手紙を送ったのが、私だと思ったのですか? あの手紙に、何か証拠でもあったというのでしょうか?」

 彼女はまるで獲物を狩る獣のような、今まで誰にも見せたことのない冷酷な目つきで幹部たちを睨みつけている。


「おいおいーっ!」

 しかしビビたちも、今更それに怯んだりするはずはなかった。

「あんまり笑えること言ってくれてんじゃねーゼ!? お前が『犯人』だって言える証拠なんか、あるに決まってんだろっ! それがあるから俺らは今、お前を捕まえられてんだからなっ!」

「ピナコよ……お前はミスを犯したのだ……。手紙などではなくお前本人の口から、ワシたちの目の前ではっきりと、自黒(じこく)しているのだ……。お前がとある『嘘』をついていて……『管理者』に害なす者であるということをな……」

「そ、そ、そういう意味だと、ピナさんこそが本当のミスグランプリですねぇー……なぁーんてぇ……。

ひ、ひぃぃぃーっ! く、く、下らないこと言ってすいませぇぇぇぇーんっ! ど、どうぞ殴って下さぁーいっ! 蹴って下さぁーいっ! 罵って下さぁーいっ! 物理的に、精神的に、徹底的に好きなだけ痛めつけて下さぁーいっ!」

「私が、ミス……?」

「ああ、そうだゼっ!」

「これから……お前の犯した愚かなミスを、黒日(こくじつ)の下に晒してやろう……」

「そ、そ、それから、て、徹底的に痛めつけた後で……そっと頭をナデナデして下さぁい……。優しくおでこにキスして下さぁい……。うひゅ、うひゅ、うへへ……」


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