13
「ルール説明するゼっ」
私はまだ、そのゲームをやるって了解していないのに……。ビビちゃんはそんな風にノリノリに、話しを先に進めてしまった。
「まず、これから俺はテーブルの上で1個のサイコロを振る。あたりめーだけど、サイコロの目は1から6までのどれかの数字で、出る目の確率も、全部同じだ」
そう言ってビビちゃんが懐から取り出したのは、6つのそれぞれの面に何かよくわからない模様のようなものが書かれた、小さな立方体だった。どうやらこれが、この『亜世界』のサイコロのようだ。
「サイコロの目が決まったら、俺たちはお互いに、『その目に対して自分の魔力値の賭けをする』んだ。サイコロの目は、1が1000、2が2000って感じで、それぞれ1000倍の魔力値に相当する。その魔力値を手に入れるための『賭け金』を、お互いにいくら賭けたかは教えずに、『ディーラー』に『承認』をするんだゼ。
そんで、てめえと俺の両方が賭け終わった時点で、『より多く賭けていた方』がそのターンの勝者ってことで、『ディーラー』から配当として、サイコロの目の魔力値をもらえるってわけだ」
「え? あ、あの……」
「ちなみに、賭けに使った魔力値は、勝っても負けても返ってこねーゼ? 1ターンが終わった時点でプラス収支になれるのは、あくまでも、サイコロの分の配当を受け取った勝者だけってわけだ。んで、そうやってターンを繰り返していって、最終的にどちらかの魔力値が0になるか、2人の間に1万の点差がついた時点でゲームは終了。魔力値が少なねー方、つまりお前が最終敗者として、この屋敷から出て行くことになるっつーことだゼ。……な、簡単だろ?」
「は、はあ……」
何故か私が負けることが前提に話されているのは、百歩譲ってまあいいとして……。
つまり、これからビビちゃんが私とやろうとしているゲームは、ある種のオークションのようなものだと思えばいいらしい。入札に使うのはお金じゃなく自分の魔力値で、その賞品も、サイコロの目の1000倍の魔力値。魔力値を払って魔力を買うための、オークション。まあ、そういう感じだ。
そのことについては、私でも何とか理解できたのだけど……でも。
ビビちゃんの説明に対する私のリアクションは、ちょっと歯切れの悪い物になってしまった。
「えーっと、き、基本的なルールは大体、分かった……かな……多分」
「っんだよ? 何か、文句でもあんのかよ?」
そんな私の態度に、ケンカ腰になるビビちゃん。
だ、だって、さ……。今のビビちゃんの話には、気になることがあって……。
「えと……ビビちゃんの説明によると、このゲームには、『ディーラー』が必要ってことなの? でも、この部屋には私とビビちゃんしかいないよね? じゃあ、これから他の人を、誰か連れてくるってこと?」
それに今の説明を聞く限りだと、せっかく持ってきたグラスは、結局使わないみたいだし……。
「ああん?」
そんな私の2つの疑問に対して、呆れるような態度で、ビビちゃんは答えてくれた。
「ったく、何言ってんだよ……『ディーラー』なら、さっきっから俺たちの前にいるじゃねーか」
「え?」
「ほら、ここによ」
言いながらビビちゃんが、テーブルの上にひっくり返してあった、直径5cmほどのグラスを持ち上げる。するとその中には……。
キキっ……。
茶色い毛に包まれた、小さな生き物が現れた。クンクンと周囲の匂いを嗅ぎまわるように小刻みに鼻を動かし続けているその生き物は、手乗りサイズの、小さなハムスターだった。
「どうだ、可愛いだろ? こいつは俺のペットの亜瑠邪乃音だ。もともとは俺が故郷で飼ってたやつなんだけどよ、俺がここにくるときに、こっそり荷物に紛れてついてきやがったんだゼ」
「え? アルジャーノン?」
「あぁ? なんだそりゃ? 違う違う。そんな間抜けな名前じゃねーよ。こいつは亜瑠邪乃音だ」
「あ、亜る邪のおん……? やっぱり、アルジャーノンじゃあ……?」
「かー! ちげーっつってんだろがっ! 聞き分けのね―やつだな! まあ異世界人のてめえには、俺の故郷の名前は、ちっと発音しづれーところもあるのかもしんねーけどよー」
「い、いや、発音っていうか……もっと別のところで引っかかっているような気がするんだけど……」
「こいつはな、こう見えて寂しがり屋なとことかが、最高に可愛くてな……って、お、おい亜瑠邪乃音! 変なところ舐めるんじゃねーゼ! ちょ、こ、こいつぅ!」
私と話しながら、グラスの中から現れた小動物と戯れ始めるビビちゃん。それは、普段の彼女からは想像も出来ないような無邪気な姿で、ハムスターなんかに負けないくらいに可愛らしい……とか言ったら怒られそうなので、口には出さない。ただ、ニヤニヤと見つめているだけだ。ぷぷ……。
私が生暖かい視線を向けていることに気づいた彼女は、わざとらしくせき込んで照れくささを誤魔化してから、「じ、じゃあ、アル君でいいゼ。それなら言えるだろが!?」と言って、そのハムスターをまたグラスの中に戻した。
「う、うん、分かった。アル君ね……ぷふ」
そして、顔を赤らめているビビちゃんのおかしさを必死に隠そうとする私を睨みつけながらも。彼女は、止まってしまった説明をまた再開した。
「このアル君は、ただの動物じゃねーゼ? なんとなんと、『人間じゃねーのに承認ネットワークの契約書にサインをした』っつー、世にも珍しい生き物なんだぜっ!」
「え? け、契約書にサインって……マジ?」
「ああ、マジだぜっ! すげーんだよ、こいつは!」自分のことのように自慢げに胸を張るビビちゃん。やっぱり、ちょっと可愛い……。
「実を言うと俺も、最初は冗談半分だったんだけどな。このアル君が書いた契約書をアカネに頼んで『亜世界定義』してもらったら……意外なことに、ちゃあーんと『承認』ネットワークに参加できちまったんだ。だから俺たちは、こいつに自分に魔力を預けることが出来ちまうんだゼ?」
そう言ってビビちゃんは、アル君の入っているグラスに手を添えると、『承認』とつぶやいた。
すると、彼女がしていたピンク色の首輪からすぅーっと色が消えていって、代わりに、アル君が首もとにつけていた水色の細い首輪が、ピンク色に変わっていた。
「な? 俺の魔力が、今こいつに移っただろ?」
な、なるほど……。
確かに今起きた現象は、私が知ってる魔力のやり取りそのものだ。ということは、今のビビちゃんの話は本当のことらしい。へ、へー……。このネットワークって、動物もアリなんだー。結構、緩いシステムなんだね……。
「で、でも、さっきビビちゃんは、ゲームの『ディーラー』がいる、って言ったよね? いくら『承認』が出来るからって、さすがにハムスターには……」
「ハムスターじゃなくって、アル君な?」
「あ、う、うん……その、アル君には、ゲームの『ディーラー』なんて、出来ないと思うんだけど?」
「何言ってんだよ。そんなの余裕だゼ? このアル君は謙虚だし、そこら辺の下手な人間より、よっぽど頭がいいからな。そうだろ、アル君?」
その言葉に応えるように、グラスから飛び出してビビちゃんの体を伝って、彼女の首元まで登っていったアル君。それから、そっと彼女の首輪にキスをした。
「ほらな。こいつは今みたいに、自分に魔力をくれた人間のことはちゃんと分かるし、そいつに対する恩を忘れたりしねーんだよ。だから、言えばちゃんと魔力を返してくれるし、俺がさっき言ったくらいのルールだったら、何の問題もなく理解出来ちまうんだよっ! 全く、スゲーヤツだよ、お前は!」
またしても、アル君に対してデレ気味になるビビちゃん。もうしばらく、そんな彼女の可愛い部分を堪能したかったところだけど……。
「つーわけで、もう説明はいーな? まあ、とりあえず、やってみよーゼ?」
という彼女の言葉で、私は現実に戻された。そうだった。私は今、自分の進退を賭けて、ビビちゃんと勝負をしようとしていたところだったんだ……。
それから私とビビちゃんは、テーブルを挟んで向かい合った。そのテーブルの真ん中には、また最初みたいに逆さにしたグラスが置いてある。そのグラスの中には、アル君がいる。
私とビビちゃんは今、ゲームが公平になるようにお互いの魔力値をそろえている。私の1万5千のうち約5千をビビちゃんに『承認』して、端数はアル君に『承認』して、2人ともぴったり1万にしていたんだ。
「じゃあ、いくゼ?」
サイコロを転がすビビちゃん。
出た目は……5だ。(サイコロの模様の読み方は、あらかじめ教えてもらっていた)
「よし、じゃあ俺からだ」
そう言って、ビビちゃんはアル君を隠しているグラスに手を置く。そして、また小さな声で、『承認』と呟いた。それから彼女は手をどけて、私に視線を送ってくる。
「次は……私だね」
私もそれにこたえて、グラスの上に手を置いた。
この不透明なグラスは、私たちがつけていたアトモス試験石の指輪と同じような素材で出来ていて、私たちの『承認』をそのままグラスの中のアル君にまで透過してくれるらしい。そのせいか、さっきビビちゃんが『承認』したときには、いつもみたいな赤い光は発生しなかった。
その上、今は私たち自身も指輪も首輪を外しているので、私たちがどれだけ『承認』したかは、『ディーラー』であるアル君にしか分からないようになっていたんだ。
さっきビビちゃんがやったみたいに、今度は私が、アル君に向かって『承認』をする番だ。それが終われば、2人のうち『承認』した値が大きかった方に対して、アル君が5000点の魔力を返してくれるってわけなんだけど……。
さて、何点『承認』したらいいんだろう?
私がビビちゃんに勝つには、ビビちゃんがさっき『承認』した値よりも、1点でも多くの『承認』をすればいい。言葉にするのは簡単だけど、ビビちゃんがさっき『承認』した値が分からない以上、それは文字通りの「賭け」になる。
賭けの商品が5000点ってことを考えると、さすがに5000点以上を賭けても意味ないことくらいは分かるけど……でも、それ以外は完全に未知数だ。ビビちゃんがどれだけギャンブラーな性格かとかも分からないし。とりあえず、最初の1回目は様子見で、2000とか3000点くらいかな。
……いや。私はそこで、自分が甘い考えをしてしまっていることを認識した。
もしもこの勝負に負けたら、私は、このお屋敷を出て行かなくちゃいけないんだ。もしもそんなことになったら、アカネを守ることが出来なくなってしまう。それはだめだ。私は、どうしたってこの勝負には、勝たなくちゃいけないんだ。
それに、それはビビちゃんだって同じことだ。彼女がゲームに負けてしまった場合、彼女は、私の知りたいことに何でも答えなくてはいけない。そんなことを言うということは、裏を返せば、彼女には、「どうしても言うわけにはいかない秘密」があるということだろう。だったらビビちゃんだって、絶対に勝つつもりでこのゲームをしているはずだ。
だから。とりあえず……とか、様子見で……とか、そんな甘いことを言っていいような状況じゃないんだ。やるなら、1回目から本気で行かなくちゃ。
私は覚悟を決めて、ビビちゃんと同じように『承認』とつぶやいた。私がこのターンで賭けたのは……4001点だ。
5000点より少ない値で、なるべく大きな切りのいい数字である4000点。でも、それだとビビちゃんも同じ値を賭けてくるかもしれないから、そこから更にプラス1点して、保険をかけておいたわけだ。ちょっとセコいかもしれないけど……でも、この勝負に勝つためなら、なりふり構ってられない。
「よし、賭けは終わったな」
私がグラスから手を離すとビビちゃんはそう言って、またグラスをゆっくりと持ち上げて、その中にいたアル君を外に出した。
「さあ、亜瑠邪乃音……教えてくれ。俺とあいつ、どっちの方が多く『承認』をした? 多かった方に、5000点の『承認』を返してやれ……」
キキ……。
アル君は返事をするようにそう鳴くと、ビビちゃんと私を交互にキョロキョロと見る。それから……。
真っすぐにビビちゃんに向かって、走っていった。
「え……」
ビビちゃんの手の上にちょこんと乗っかると、自分の首輪を彼女に押し付けるアル君。その瞬間、その首輪から赤い光が飛び立って、ビビちゃんの体に沈みこんでいくように見えた。
「ふふん……」ビビちゃんは勝ち誇った顔を向ける。「このターンは、俺の勝ちだったみてーだな? 残念だったな?」
「そ、そんな……」
私が、負けた……? 4001点も賭けたのに?
一瞬、イカサマを疑ってしまった。
だってアル君は、ビビちゃんのペットだし……。4001点なら、ビビちゃんがいくら賭けててもさすがに勝てるだろうって思ってたし……。でもすぐに、それは違うと分かった。これは単純に、ルール通りの結果だ。ビビちゃんが、私よりも大きな数を賭けていたってだけだったんだ。
この『亜世界』に2日暮らして、いろんな人に『承認』をしたり、されたりしてきたせいで。指輪の赤さを見るだけで、私もそれなりに魔力値の大きさを見極められるようになっていた。さっきグラスから現れたときのアル君の魔力値は、多分……1万くらいはあった。
つまりビビちゃんはさっき、6000点近くを賭けていたってことだ。だから私の4001点に勝てるのは当然だったんだ。勝っても5000点しかもらえないのに、それよりも1000点も多く賭けていたってことだ。
どうして?
そんな疑問を声に出すまでもなく、その理由は、今の結果を見れば明白だ。
このターンで、私は単純に4001点を失っただけ。だけどビビちゃんの方は、6000点を失って5000点を得たから、結果はマイナス1000点で済んでいる。マイナスの量は私の方が多いし、既に私たちの間には、3000点の差がついてしまったんだ。
「お前が賭けたのは、4000……より微妙に多いくれーの魔力か? ふん。思ったよりは勝負してきやがったな」私と同じように、ビビちゃんにも私が賭けた値が分かっているらしい。「まあ、今回は残念だったけど、次は勝てるかもしれねーよな? じゃあ、次のターンに移るぜ」
そんなことを言ってニヤリと笑うと、ビビちゃんはまた、グラスをアル君の上にかぶせた。
なるほど……。
私はさっき、私たちが賭ける点数は、勝ってもらえる点数よりは低くすべきだって思った。けど。このゲームはそう単純な物でもないらしい。そのターンで勝ちさえすれば、負けるよりもマイナスを抑えられる可能性は高い。だから、勝ってマイナスになると分かっていても、サイコロの点数よりも多く賭ける事も有効な戦法の1つなんだ。
私はいきなり、最初から躓いてしまったわけだけど……でも、早いうちからそのことに気が付けたのはよかった。まだ、点差だって3000点だし。これから挽回していけばいいんだ。そんな風に、心の中で自分を励ます私。
でも、そんな自分の考えがまだまだ甘すぎるということを、私はそれから思い知らされることになった。
次のターンでのサイコロの目は、2だった。つまり、このターンで勝った方には2000点がもらえるわけだ。さっきのこともあるので、私にはもう、賭け点を2000点未満にしようという気はなかった。そんなことを言っていたら、いつまでたっても勝つことは出来ないから。
それで私は、3100点を賭けることにした。勝った時の商品よりも1000点も多く。更に、ビビちゃんが3001とか3010とかを賭けていても勝てるように、プラス100点。さすがにこれなら、負けることはないだろう。あとは、ビビちゃんがどれだけ自分の魔力値を賭けてくれているかだ。
一番私にとって都合のいい展開は、ビビちゃんが3000点くらいを賭けていて、私の勝ちになるパターンだ。そうなれば、このターンの私の収支はマイナス1100点に対して、ビビちゃんは3000点をまるまる失うことになるから、かなり2人の点差を縮めることが出来る……なんて、思ってたのに。
「わりーな。このターンも、俺の勝ちみてーだな」
またしても、グラスを持ち上げた後のアル君はビビちゃんの方へと向かっていった。私は2連続で、負けてしまったんだ。今回ビビちゃんが賭けたのは、4000点……。相当思い切ったつもりの私の3100点でも届かなかったようだ。
「じゃあ次のターン……。ふっ。そろそろ、結果が見えてきたんじゃねーか?」
その言葉通り、たった2ターンを終えて、私たちの魔力値は相当差がついてしまっていた。
今の私の魔力は、1万引く4001引く3100で……2899点。
一方のビビちゃんは、1万引く1000、引く2000で、7000点だ。
点差だけでも、4000点近く。その上、もっと致命的なことには……。
「おっと。ここにきて、いい目が出やがったゼ」
次にビビちゃんが振ったサイコロは、6の面を上にして止まっていた。
つまり、このターンの賞金は6000点ってわけだ。
まずい……。最高に、まずい流れだ……。
私とビビちゃんの間に4000点の点差がついてしまっていることは、確かに看過できない事態だ。でも、それ以上に重大なことは、私がもはや3000点未満しか魔力を持っていないってことだった。
だって。この状況だと、ビビちゃんは3000点を賭ければ、確実にそのターンの勝負に勝つことが出来ることになる。つまりサイコロの目が4以上ならば、駆け引きや予想なんか関係なく、確実にプラス収支になれるってことなんだ。そんなことになったら、2人の点差はどんどん開いていってしまって、点差が1万点になってしまうのも時間の問題だ。
そしてその読みは、最悪な形に結実することになった。
このターン、私は一応賭ける振りだけはしたけど、結局1点も賭けなかった。それに引き替え、ビビちゃんの賭け点は……やっぱり3000点だった。結局、私たちの点差が3000点広がるだけだった。
そして、次のターン。
サイコロはまた、6の目を出した。
「決まったな……」
つぶやくビビちゃん。
本当だ。確かにこれでもう、私の勝ちは完全になくなった。
このターンもさっきと同じことをすれば、ビビちゃんの魔力がプラス3000点になって、私たちには1万点の点差がつくことになる。つまり、最初にビビちゃんが説明したときに言ったのと同じ展開で、私の負けってことだ。
完全に、詰みだ。
思い返してみれば、最初のターンの負け……あれが痛かった。
最初に3000点もの差がついてしまったことで、私は精神的にもルール的にも、出来ることがかなり狭められてしまった。反対にビビちゃんの方は、魔力値が私よりも多いということの安心感からか、ちょっと無理をしてでも、そのあとのターンの勝ちを重ねることが出来た。
実際には、勝ったビビちゃんも負けた私も、少しずつ魔力値を減らしていったわけだけど……でも、先に追い詰められてしまったのは、最初に大きな点差をつけられていた私の方だったんだ。
そう考えてみるとこのゲーム、最初のターンに勝つことこそが定石。私は何が何でも、1ターン目で勝ちを取りに行かなくちゃいけなかったんだ。
自分では、絶対に勝ちたいと思っていたつもりだったけど……それでも、まだまだ甘かったんだ。
初見殺し。そんな言葉が、頭の中に浮かんだ。
1ターン目の重要性を知っていたら、もっと別の行動をとれたかもしれない。もう少し、賭け点を大目にしていたかもしれない。このゲームを提案してきたビビちゃんは当然それを知っていただろう。ずるい。フェアじゃない……なんて。
でも。
ううん、それは違う。これはあくまでも、論理的な推論によって導き出せることが出来たはずの結果だ。つまり、私の考えが甘すぎただけ。自分の力不足。それだけのことだ。
そして、もはやどうやっても勝つ可能性がなくなった私は、真摯に自分の負けを受け止め、このお屋敷を出て行く決意を固める……。
とは、ならなかった。そんなことは、出来るはずがなかった。
さっきも考えた通り、私はこのゲームで負けるわけにはいかない。自分以外の人のために、最後まで出来ることを尽くさなくてはいけない。諦めるわけには、いけないんだ。
そう、今の私にはまだ出来ることがある。それは……。
「ね、ねえ……ビビちゃん?」
なるべく、わざとらしくならないように……。むしろ、ちょっと馬鹿っぽく……。
「こんなに点差が開いちゃってさー、ちょっと、あれじゃない? これじゃあもう、勝負続けても面白くなくない?」
「あ?」
ビビちゃんに、私の本心が気付かれないように……。
「んだよ? もう、諦めて負けを認めるってことかよ?」
「い、いやいやー! まだまだ、もしかしたら奇跡が起こるんじゃないかなー、とは思ってるんだけどねー? でも、折角だから、ゲームを盛り上げるためにちょーっとハンデが欲しいなーってさー……」
私の思惑を、彼女にねじ込むんだ……。
「ああん? ハンデだぁー? てめえぇいい加減なこと言って、これまでの勝負をなかったことにしようって魂胆じゃあ……」
「違うよー。そうじゃなくってさー。私が欲しいハンデは、そういう、何でもアリなやつじゃなくってさー……」
今の私に、出来ることっていうのは……。
「次の勝負さー……もしも賭け点が引き分けになったら、私の勝ちってことにしてくんなーい?」
これが、今の私が出来ること。一発逆転の方法。
確かに私にはもう、勝つ可能性は1ミリも残されていなかった。
けど、確実に「引き分けになる方法」なら、まだあったんだから……。




