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百合する亜世界召喚 ~Hello, A-World!~  作者: 紙月三角
chapter07. 茜色の世界
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11

 とりあえず……アウーシャちゃんには、ちゃんといつものメイド服に着替えてもらってから、私は彼女の部屋に入った。(次もおんなじことやったら、アカネに頼んでこのお屋敷から出ていかせるって言ったら、しぶしぶ彼女も言うことをきいてくれた。いや、何でしぶしぶだよ……)


「ひゃうぅぅ……そ、そこに座ってて下さいぃぃ。今、お、お、お茶を淹れますねぇぇ……」

 彼女に薦められるまま、私は室内のテーブルの席に腰かける。そして、

「あ、別に気にしなくていいよ。どうせ、すぐに帰るから」

 と言いながら、何気なしに周囲を見回した。

 その室内は、キャラの濃い彼女にしては、驚くほど質素だった。2人掛けのテーブルとシンプルなベッドとクローゼット、それから、小さな備え付けのキッチンがある以外は、他には何もない。目一杯気を遣って言うなら、よく片付いた部屋ってことになるのかもしれないけど。

 例えば、空き巣に入られて、金目の物を根こそぎとられちゃったとか。あるいは、借金のカタに必要最低限の物以外は差し押さえられちゃったとか。そうでも言われた方がよっぽど納得いくくらいに、その部屋は、物が不足していた。

 つまり、アウーシャちゃんは見かけによらずに断捨離好きの、いわゆるミニマリストってこと……?

 そんなことを考えていたら、アウーシャちゃんが悲しそうに震えながら(まあ、それはいつものことだけど)、こう言ってきた。

「えっ? な、何でですかぁぁ……? 何で、すぐ帰っちゃうんですかぁぁ……? 何で、お茶いらないんですかぁぁ……? べ、べ、別に、変な物とか入れませんよぉぉ……?」

「いやいや、別にアウーシャちゃんがそんなことするとか……お、思ってないよ」

 「思ってない」の台詞の前に、彼女には聞き取れないくらいに小さな声で、「ちょっとしか」という言葉をつける。(前科があるからね)

「それよりもさ、私はちょっと話を聞きたかっただけで……」

「え? え? え? ど、どういう事ですか……? むしろ七嶋アリサ様は、変な物をいれて欲しいってことですかぁぁ……? 私の体から抽出された『アレ』や『コレ』の体液を、入れた方が良かったっていうぅぅ……?」

「いや、そんなわけないでしょうが……」

 放っておくとそんなことばっかり言って全然まともに話せなそうだったので、私は勝手に言葉を続けることにした。

 まずは、さっき気になったことを聞いてみる。


「ってかさ、どうしてアウーシャちゃん、私の下着を持ってたの? もしかして、お風呂から私の服を持っていったのって、コルナちゃんじゃなくて貴女だったの?」

「ぴひゃあっ!?」

 相変わらず、よく分からない奇声をあげる彼女。

「は、はうぅぅぅ……そ、そんな事、恐れ多すぎて……するわけないですぅぅぅ……。さ、さ、さっきの下着は、今朝、部屋の前に置いてあったんですぅぅぅ……」

「え? アウーシャちゃんの、部屋の前に?」

「は、はひぃぃ、そうですぅぅ……。だから私、これはきっと、どなたかが私にプレゼントしてくれたのだと思って……ありがたい戴き物として、大事に部屋に飾っていたんですけどぉ……」

 私の下着を……部屋に飾る? この、物が少ない部屋の唯一の装飾品として、私の下着が……? 勘弁してよ……。

「さ、さっきは七嶋アリサ様にお恥ずかしい姿をお見せしてしまって、うっかり、気が動転してしまってぇ……お、思わず、近くに有ったあの下着を身につけてしまってぇ……」

 へー、気が動転してたわりには、部屋に招き入れるときの声はかなり落ち着いた感じだったけどなー……とは思ったけど、深くは追求しない。

「す、すひゃああぁぁ……す、すいませんでしたぁぁ。お、お、お陰で、もっとお恥ずかしい姿をお見せすることにぃぃ、なってしまってぇぇ……。だってあの下着が、あんなに胸のサイズが小さいなんて、思わなくってぇぇ……」

 ……うるさいよ。

 無自覚に私の心をえぐる彼女に、軽く殺意を覚える。でも、取り敢えずはそんな気分を落ち着けて、彼女の答えを受け止めることにした。


 とりあえず、彼女の言うことを信じるならば、私の下着を盗んだのは彼女ではないってことになるわけだ。ということは、やっぱり犯人は普通にコルナちゃん……?

 真相は相変わらず分からないままだったけど、私は、彼女のことを疑ってしまったことを謝る。

「え、えと、そうだったんだね。ご、ごめん、私てっきり……」

「い、いえぇぇ私は別に……」

 そこで彼女の顔が、恍惚とした表情(これも、いつものことだけど……)に変わっていく。

「む、むしろ、むしろ、むしろ……こんな風に濡れ衣で叱られるなんて、快感で、ご褒美で…………」

 ああ……。

 そして、謝ろうとしていた私の気持ちは、あっという間に萎えていくわけだ。

「ぴひゃああぁぁ……。お、お願いですぅぅ。もっと……もっとキツク責めて下さいぃぃ……。言葉で……体で……道具を使って……私の事を、メチャクチャにして下さいですぅぅ……」

「うわあ……」

 河原にある大きな石をひっくり返したら、その下に虫がうじゃうじゃいるのを見つけてしまったときのような気分だ。だけど、私のそんな冷たい態度すらも、いわゆる「ご褒美」らしくって、彼女は更に奇声をあげて、だらしなく開けた口からヨダレなんか垂らしている。

「えへへ……へへ、うへひゃひゃ……」

 う、うう……気持ち悪い。

 本性と本能と欲望丸出しの彼女に、最早隠しようもない率直な意見が、私の頭を駆け巡る。やっぱり、くるんじゃなかったかな……。彼女に対する嫌悪感で、私は自分の役割を忘れてしまいそうだった。



 昨日ピナちゃんから聞いた通り、アウーシャちゃんはこのお屋敷に来るまでは、トリヴァルア教という宗教の巫女をしていたらしい。あのあと、その宗教についても詳しい説明を聞いたんだけど。

 今から2000年近く前に誕生したその宗教は、無数に宗派が枝分かれして信者の数を増やし続けて、今では、この『亜世界』で1番って言っても過言じゃないくらいに規模が大きいものになっているんだそうだ。

 「宗派のバリエーションが豊富過ぎる分、どんな人にもピッタリはまる教えが見つかる」なんてことさえも言われていて、極端な人だと、その日の気分で自分にとって1番都合のいい宗派を選ぶ、なんてことすらもあったりするくらいだそうだ。そういう意味だと、もはや宗教というよりは、それは習慣とかライフスタイルに近いような、ユルーい存在なのかもしれない。

 でも。そんな信じられないくらいにユルユルなトリヴァルア教にも、無数に分岐した支流が共通で受け継いでいる思想っていう物があって。それが、「自分が利益を得るために他人を欺くことは禁止」ってことなんだそうだ。

 他人を欺いてはいけない、ってことは、嘘をつけないってこと。だから、その宗教の信者の話すことは全てが真実ってことになる。つまり、巫女としてトリヴァルアの重要なポストにいたアウーシャちゃんも、真実しか言うことが出来ない…………なんて言うことが出来たら、話は簡単なんだけどね。


 アウーシャちゃんの宗教を説明するとき、ピナちゃんはこうも言っていた。

「そもそも、彼女が私たちが探している『嘘つき』だとしたら、彼女のトリヴァルア教に対する信仰心も怪しいものです。それすらも嘘だとすれば、『他人を欺いてはいけない』という教義は、彼女にとって何の制約にもならないことになる」


 確かに。

 例えば誰かが「私は嘘をつきません」って言ったとして。そもそもその言葉自体が嘘だってことも充分にありえるわけだ。『他人を欺いてはいけない』っていう教義の宗教を信じている人がいたとしても、それ自体が嘘だとしたら(なんだかややこしいけど……)、その人は何の躊躇もなく嘘をつくことが出来るわけだ。

 だとしたら、これから私がアウーシャちゃんに何かを聞いたとしても、それってあんまり意味がないのかもしれない。本当に幹部として選ばれた彼女が、真実を口にしているのか。それとも、『嘘つき』が嘘をついているのか。それらはどちらも50パーセントずつで、どれだけ私が彼女に歩み寄っても、そのどちらが本当のことなのかは、分からないかもしれないんだから……。


 でも。

 それはあくまでも、「論理的」な解釈だ。

 彼女が『嘘つき』かどうか? という命題に対して、私が今出すことの出来る、論理的解答の1つ。

 もちろん、それを完全に無視していいとは言わない。その考え方が完全に間違っているとは、思えない。それでも。

 私にはまだ、他にも出来ることがあるようにも、思えるんだ。


 さっきアウーシャちゃんが、「私の下着を盗んでいない」と言ったとき、その言葉を、私は嘘だとは思えなかった。慌てて否定した様子、雰囲気、彼女から受けるもろもろのイメージからは、彼女の言っている事が本当であるように思えた。例えばそんな風に、彼女を目の前にしているからこそ、分かることだってあるんじゃないだろうか?

 そんな曖昧な感情は、何の根拠にもならないかもしれない……。こんなあやふやな物を信じていたら、私はそのうち、何か大きな間違いをしてしまうかもしれない……。だけど。

 それでも、それを信じてみたいと思ったから、私は今、ここにいるんだ。彼女の話をちゃんと聞いて、彼女と話して、何かを感じてみようと思ったから、私はアウーシャちゃんに会いにきたんだ。


「ねえ、アウーシャちゃん」

 今の私には、とにかく、彼女と話す事がとても大事なことに思えた。だから、今度は私が聞きたかった本当の質問を、彼女に尋ねることにした。

「ちょっと、聞きたい事があるんだけど……」

「ひ、ひゃいぃぃ!? な、七嶋アリサ様が、私に、聞きたいことですかぁぁ!? そ、それって、な、何ですかぁぁー?」

 ビクッと、彼女の体が痙攣するように飛び上がる。ちょうど、淹れてくれたお茶をこちらに持ってくるところだったらしく、お盆の上のグラスが、ガチャッと音をたてて倒れてしまう。

「も、も、もしかして、スリーサイズですかぁぁ? 下着のカップ数ですかぁぁ? そ、それとも、私が好きな体位……」

「アウーシャちゃんは、『前の管理者』さんから手紙をもらってこのお屋敷に来ているんだよね? それってさあ……」

「……はいぃぃ」

 その瞬間、彼女の雰囲気に少し変化があった。これまで常に、生まれたての子ジカのように不安そうに震えながら、目と口をだらしなく緩ませていたアウーシャちゃんが……震えをピタリと止めて、獣のような鋭い目付きで私を見つめていたんだ。

 こ、これって、もしかして……。

 その雰囲気に押されないように、私は勢いをつけて言葉を続けようとする。

「そ、その『前の管理者』さんからの手紙ってさ……!」

 でも、その次の瞬間。

「きゃー。足と手と、その他もろもろの、体を構成する部位が滑りましたー」

 あまりにもハッキリとしていてわざとらしい言葉と共に、アウーシャちゃんの体が、突然私に向かって飛び込んできた。


 彼女に押し倒される私。ちょうど、倒れる方向にベッドがあったおかげで、頭や体が床に叩きつけられることはなくて済んだ。でもその代わり、私の上半身はベッドに仰向けに押し付けられて、アウーシャちゃんがそんな私の両腕を押さえつけてマウントポジションのような体勢をとることになった。

「う、うう……あ、アウーシャ、ちゃん? いったい、何を……」

「うふゅ、うふゅふゅぅ……私が好きな体位……聞きたいんですよねぇ……? いいですょぉ……実際に、体で教えてあげますですよぉぉ……?」

「い、いや、そんなこと、言ってないから……」

「えぇー、そうなんですかぁ……? 本当ですかぁぁ? じゃあ、なんて言ったんですかぁぁ……?」

 顔を近付けて、生暖かい息を浴びせてくる彼女。その妖しい目付きは、さっきまでとは別人だ。

 やっぱり彼女、何かを隠している……。

 私は思いきって、さっきの続きをぶつけてみた。


「あ、アウーシャちゃん! あ、貴女は本当に、『前の管理者』さんからの手紙を受け取ったの!?」

「…………」

 さっきと同じような、鋭い睨み付ける顔。でも、それが一瞬だけ寂しそうな顔になって、それから、その感情を打ち消すように無表情になる。

 少しの沈黙。

 それから、彼女は小さく息を吐くと、ハッキリと言った。


「いいえ」


「え……?」

 私は、一瞬自分の耳を疑った。彼女が何て言ったのか、すぐには理解出来なかった。だって、彼女がそんなこと言うなんて、思ってなかったから。


 私が想像していた言葉は、「はい」。つまり、彼女は「自分は手紙を受け取っている」って言うと思っていた。

 だって、彼女がもしも『嘘つき』だった場合を考えてみると、彼女が言った「私は嘘をついている」っていう台詞は嘘ってことになるから、つまり本当は「私は嘘をついていない」っていう意味になる。でも、それだとアウーシャちゃんがそもそも『嘘つき』じゃないってことになるから、前提が矛盾してしまう。じゃあ、彼女は『嘘つき』じゃなくって本当のことを言っているってことになるけど、すると「私が嘘をついている」って言葉も本当の言葉になるわけだから、彼女は『嘘つき』ってことになって、やっぱり辻褄が合わなくって……。考えれば考えるほど、意味が分からない。

「ど、どうして……」

 当然の言葉が、口からこぼれる。

 どうして、そんなことを言うの? どうして、嘘をついていたの? そして、どうしてそれを私に言ってしまったの?

「……」

 彼女はそこで、静かに目を閉じる。それから、呟くように「初めは、自分達を守るため……。でも今は、それよりも大事なものを、守るためです……」と言った。

 それは、私が今まで見てきたどんなアウーシャちゃんよりも誠実で、心のこもった態度。さっきのように、私の主観で彼女の言葉の真偽を計るならば……そのときの彼女の言葉は、100パーセント偽りのない、心の底からの言葉であるように思えた。


 それからすぐに、彼女はまたいつものようなドMな態度に戻ってしまった。

「あっひぃゃあぁぁぁ……い、いまのことは、他の人には、だ、黙っていてくれませんかぁぁ? 私と七嶋アリサ様の、2人だけの秘密にしておいてくれませんかぁぁ……。貴女の命令を、何でも聞きますからぁぁー。ど、ど、どんなところでも、舐めますからぁぁ……」

「い、いや、そんなこと、しなくてもいいよ……」

 さっきの彼女と、今の彼女。一体、どっちの彼女が本当の彼女なんだろう。私は彼女と話して、余計に、彼女のことが分からなくなった気がした。


 それからも、私はその気になれば、彼女に対していろいろと尋ねることは出来たはずだった。建前かもしれないけど、「他人を欺いてはいけない」はずのアウーシャちゃんに対して質問を重ねて、彼女の答えを聞き出す事が。

 でも、私はいつの間にか、そんな気にはなれなくなっていた。

 彼女はきっと、何かを隠している。彼女の言葉を信じるなら、「自分よりも大事なもの」を守るために、嘘をついている。

 だとしたら、これ以上の質問はきっと彼女を追い詰めることになる。彼女がどんな人なのか、それは、未だによく分からない。でもさっきの彼女は、私を誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化せたのに、それをしなかった。私に怪しまれると分かっていたはずなのに、自分の不利になることを答えてくれた。それは、少なからず彼女が私を尊重してくれたからじゃないだろうか。

 だから私も、彼女のことを尊重したいって思ったんだ。

 これ以上の質問を重ねて、彼女を不利にしないでおこうって、思ったんだ。


「あびゃあぁぁ……お、お願いですぅぅ。七嶋アリサ様の体の、どんなところでも舐めますからぁぁ! それか、七嶋アリサ様の方が、私の体を舐めまわしてもらってもぉぉ……」

「いや、だからそういうのいいから……」

 そうして、私はドMに戻った彼女としばらく適当な会話を交わしてから、その部屋を後にした。


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