09
あれから。
コルナちゃんに服をとられて、途方に暮れていた私だったけど(もういっそ、ホントに黒い布1枚で外に出てやろうかと思ったけど……)。しばらくして、お風呂に入ろうとしてやってきたピナちゃんに事情を話して、代えの服と指輪を用意してもらえて、何とか事なきを得ることが出来た。
その後は、特にこれと言って大きなことは起きず、私は豪華なお屋敷の中の豪華な個室に案内してもらって、その豪華なベッドの上で、ぐっすりと眠りについた。
次の日は、私は朝からアカネと一緒に行動を共にして、『亜世界』の『管理者』の業務を見学させてもらうことにした。
昨日みたいに誰かの契約書を『亜世界定義』したり、何かの書類に『管理者』のサインをして、アカネはずっと忙しそうにしている。その様子に黙っていられなくなって、私は彼女に話しかけた。
「ねぇ、アカネ…」
「なぁにぃ?」
「私に、何か手伝えることない?」
「え? 何か、ってぇー?」
「別に、何でもいいんだよ。雑用でも何でも。何か、アカネの手助けになることだよ」
「えぇー…別にぃ…」
突然の私のそんな申し出に、アカネはちょっと考えてみてから、
「今は特に、ないかなぁ…うぅん」と答えた。
「そっか…」
私がいきなりこんなことを言い出したのは、昨日のお風呂での決意が原因だ。私はアカネの友達として、彼女が作ったこの『亜世界』を守りたい。この『亜世界』を完成させる、手助けがしたい。だから、ただ見てるだけじゃなくて何か出来れば、って思ったんだ。
だけど。いきなり言っても、彼女を困らせてしまうだけだったみたいだ。まあ、それもしょうがない。
でも私は、これで諦めたりしない。これからも、出来る限り『管理者』のアカネの手伝けをしていこう。それが、今の私がアカネに出来ること。彼女に対する、私の罪滅ぼしなんだから。
私がそんなことを考えていたとき、ちょうどタイミングよく、部屋のドアをノックをしてピナちゃんが現れた。
「失礼します」
彼女はアカネのそばにいた私のことに気付いて、少し気まずそうに「あ、今はお邪魔でしたか?」なんて言う。
「いやいや、全然」
「大丈夫だよぉー。どうしたのぉー?」
「はい、実は…」
私たちの許可をもらって、アカネのそばまでやってきたピナちゃん。こそこそと、アカネに何かを耳打ちする。
「例の…………の件なのですが…」
「あ、どうだったぁー?」
「はい。やはり彼女の答えは、変わらないとのことで…」
「うぅーん…そっかぁ…」
アカネとピナちゃんは、そんなことを話しながら顔をうつむかせる。何かが思い通りに行かなくって、落ち込んでいるっぽい感じだけど……でも、当然ながら私には、その何かが何なのかは分からない。
「え? え? どうしたの? なんか、あったの?」
「いえ、七嶋さんのお手を煩わせるようなことではないのですが……」
「で、でも、2人ともなんか悩んでる感じじゃん? それって、ちょっと気になるんだけど?」
「し、しかし…」
「えっとぉ…」
別に、彼女たちが私に隠し事をしている訳ではないことは、分かっているんだ。きっとそれは、『管理者』のアカネだから関係があることで、ただの異世界人に過ぎない私なんかは、知らなくてもいいことなんだろう。
でも、昨日の決意がある私にとっては、そんなことでも放って置くことは出来なかった。アカネが少しでも困っていることがあるなら、力になりたかった。
「別に、どうしても言えないことなら聞かないけどさ……そうじゃないなら、話してみてよ? 私たち、友達でしょ? 友達が悩んでるのに、放っておくことなんて出来ないよ。気休めかもしれないけど、それでも、無いよりはマシかもしんないじゃん?」
「う、うん……」
結局、そんな私に押し負ける形で。アカネとピナちゃんは、私にその話を説明してくれた。
……だけど。
「え? えーっとぉ……あ、アカネ? あんた今、なんて言ったの……?」
「だぁーかぁーらぁー……『第1回! チキチキ、ミス亜世界コンテスト』、だってばぁー!」
「は、はぁ……?」
彼女の口から飛び出してきたのは、余りにも理解不能な、そんな言葉だった。
「み、ミス……って、そ、それってつまり、いわゆるミスコン……ってこと?」
「そぉーだよぉー。『承認』を使ってお気に入りの娘に『投票』して、1番たくさんの『承認』を集めた娘を、『第1回ミス亜世界』のグランプリとして表彰しちゃうおうっていう、楽しいイベントだよぉー?」
何でもない風に、さらっと言うアカネ。でも、私にはやっぱり、彼女が言っていることがよくわからない。
……いや、言葉の意味は分かるよ。うん、言いたいことは分かる。でも、その意図が全く理解できないっていうか……。だってミスコンって……そんな、学園祭じゃないんだから……。
しかもしかも、よりによって……。
「大丈夫だよぉー! ナナちゃんだったら、きっと優勝狙えちゃうよぉー」
なんで私が、それに出ることになってんだよ……。
「つまりですね……」
余りにも予想外な展開を理解できずにいた私に、ピナちゃんが説明を補足してくれる。
「アカネ様は、ご自分が考えた魔力ネットワークをより多くの人間に普及させるために、『ミス亜世界コンテスト』というレクリエーション的なイベントを企画されたわけです。参加するのには『承認』が必要になりますから、今までネットワークに参加していなかった者たちも、きっとこの機会に参加してくれる。アカネ様のシステムが、もっとこの『亜世界』に浸透することになるだろうという、思惑があってのことなのですが……」
いや、そこまでは分かってるんだよ。問題は、そのミスコンにどうして私が……。
「しかし現在、その『ミス亜世界』候補に名乗り出てくれる人がいなくて、とても苦労している状態だったのです。なんとか3人までは立候補者を確保出来たのですが……しかし、イベントを盛り上げるためにはもう1人くらいは欲しい。私たちは、『これは』という人間に対して再三に渡ってお願いをしていたのですが、やはり、断られてしまって……」
そこでピナちゃんは一旦言葉を切る。そしてクールな彼女に珍しく、私に対してにんまりとした笑顔を向けてから、その先を続けた。
「そんなときに七嶋さんが、『手伝わせて欲しい』、『私に立候補させて欲しい』と言ってくれたというわけです。本当に、ありがとうございました」
「いや、言ってないから……」
私は、「何か手伝えることがあれば」って話をしただけであって、「何でもする」って言ったわけでもないよ? ましてや、「立候補」なんて一言も言ってないからね?
気付いたらピナちゃんだけじゃなく、アカネの方も私に対して同じような笑顔を向けていた。ニヤニヤしながらこっちを見ている2人に対して、私はなんとかして抵抗を試みる。
「え、えっとぉー……あ、あのさ。アカネは知ってると思うけど……私ってミスコンとか、そういうのあんまり好きじゃないっていうか……。今まで、そんなの1度も出たことなかったし……」
「あぁー、そぉだよねぇ? だってナナちゃんって、男の子よりも女の子ウケするタイプだもんねぇー? 私たちが元いた世界のミスコンじゃあ、ちょっと不利だったよねぇー」
「いやいやいや……」
そういう話をしてるんじゃないんだよ。単純に、私なんかにミスコンに出られるほどの実力なんかないっていうかさ。私ごときがミスコンなんか出ちゃっても、引き立て役にすらならなくって、その場の全員から鼻で笑われるのがオチだから……。
そこですかさず、いつものまじめな顔に戻ってフォローを入れるピナちゃん。
「七嶋さん、安心してください。この『亜世界』では、貧乳も立派なステータスですよ?」
……おい。そんな話もしてねーからな?
べ、別に私、胸に自信がないから出たくないとか言ってるわけじゃないからね? 勝手に決めつけないでね? ……いやもちろん、だからと言って自信があるってわけでもないんだけどさ。
ってかさ……別に、いいと思うよ? ミスコン。
うん、結構盛り上がるんじゃない? 別に私だって、見てるだけでいいんだったら、全然反対とかするつもりはないんだよ。でもさ、私もそれに立候補しろとか言われちゃうと……いや、それは違うんじゃない? って思っちゃうわけですよ、やっぱり。
だいたい、私が出るくらいだったら、アカネとかピナちゃんが出た方がはるかにいいでしょうが。2人の方が私の何百倍も華があって、みんなに好かれそうだし……。
「もちろん、アカネ様はこのミスコンには立候補出来ません。だって、『管理者』様が人気があるのは、当たり前のことでしょう? アカネ様は、現時点でこの『亜世界』の誰よりも多くの『承認』を集めている訳ですし、そんな人がミスコンに出てしまっても、結果が分かり切っていて面白くありませんからね」
じゃ、じゃあ、ピナちゃんは……。
「私は純粋に、恥ずかしいので出ません。だって私のような者がミスコンという場で大勢の人間の前に出るなんて……」
だから……それ言うなら、私だって恥ずかしいんだってば。
っていうか、明らかに私より綺麗なピナちゃんにそんなこと言われて、私が出るなんてますます言えるわけが……。
「……自己顕示欲を丸出しにして、不特定多数に媚びるような真似をするなんて、私にはとても出来ませんから」
おぉい! 立候補する人に対してひどいこと言ってるよ、この娘! ってか、私だったら自己顕示欲丸出しで他人に媚びても平気だとか思ってんのかよっ!?
何とか断る理由を探しているはずなのに、ピナちゃんがそんな風に、気持ちをかき乱すことを言い続ける。更にその上、アカネまでもが……。
「あ、いざとなったら、私の『承認』を全部ナナちゃんに投票するねぇー? そうしたら、ナナちゃんが持ってる1万5千と私の2万を合わせて、ぶっちぎりでナナちゃんが優勝だよぉー!?」
やめて……お願いだから、それだけはやめて……。
そんな悲しい出来レース、誰も見たくないよ……。他の娘を差し置いて、私みたいな「人数合わせ」がぶっちぎりで優勝なんかしちゃった日には……確実にブーイングの嵐が巻き起こるよ? 誰の目にもヤラセだってことが丸わかりすぎて、下手したら暴動が起きるレベルだよ?
ガタガタと恐怖で震えてしまう私。ピナちゃんが申し訳なさそうに言う。
「あ……アカネ様と七嶋さんが最初から持っている『異世界人ボーナス』の1万5千の魔力は、最終的な『承認』の値からは差し引かせていただきますよ? それをカウントしてしまっても、やっぱり結果が明白過ぎますので……」
「ええー、そうなのぉー? まあナナちゃんなら、私の『承認』なんかなくっても優勝できちゃうだろうから、別にいいけどさぁー……」
何故か、私が勝つことを微塵も疑っていないアカネ。あんたの自信は、いったいどこからくるのよ……。私なんか、下手したらあれだよ? 獲得票1桁とか……いや、0もあり得るぞ、これ……。
「3日後の投票日が、楽しみだよねぇー?」
「ええ。このイベントは、ぜひとも成功させたいですね」
「ナナちゃんが『ミス亜世界』になったら、また記念パレードとかしちゃおっかぁー?」
「ああ、いいですね。優勝を祝って、各地に七嶋さんの銅像などを建ててもよいかもしれませんね」
「あ、それ採用ー! もう、今のうちから手配しとこうよぉーっ!?」
「はい、かしこまりました」
「は、はは……」
地獄かよ……。
着々と逃げ道を失われ、3日後に行われるというミスコン投票の日に私が大恥をかくことは、半ば決定してしまったようだ。
感情は死んでしまって、もはや、乾いた笑いを浮かべることしかできなくなっていた。




