05
「てっめぇ、どういうつもりなんだよ! っざけてんじゃねえぞっ!?」
カーテンを閉め切った薄暗い室内に、ドスのきいた女の子の声が響く。
「んぐ……んん……」
「アカネの知り合いだかなんだか知らねえけど、調子ぶっこきやがってっ!」
私の周りにいるのは3人。1人は、後ろから私を羽交い絞めに。もう1人は、両手を使って私の口をふさいでいる。
そして残りの1人は、私の前に仁王立ちして、さっきから「メンチをきっている」。服装は、丈が足首まであるようなエレガントな白いワンピースのドレスに、空色のレースのショールを重ねている。どこかからかすかに差し込んでいる光にキラキラと輝く、緑色のロングヘアと緑の瞳。相変わらず目つきは悪いけど、その格好もスタイルも、もちろん顔も、女の私が見とれてしまいそうなほどに綺麗だ。見ようによっては、大人の女性向けのファッション雑誌とかにのってる、おしゃれなモデルさんが不機嫌そうな顔でポーズを決めているような感じにも見えなくもなくて……。
「そんなに俺にぶっとばされてぇのかよぉーっ、ああーっ!?」
いやもちろん、こういう言葉遣いさえなければ、っていう条件付きなんだけどね……。
「……んんー! ……んんー!?」
口を押さえつけられたまま、どうしてこんなことをするのかと、彼女たちに問い続ける。でも、私がどんなに必死に叫んでも、それがまともな言葉になることはない。
「あんだ、こらぁっ!? 何か言いたいことがあるってのかよぉっ!?」
「んんぅーっ! んんんーっ!」
「何言ってんのか、わっかんねぇーんだよっ!」
いや、だったら口押さえるのやめさせてよ……。
「ビビ様、こんなやつ、さっさとやっつけちゃってくださいな!」
「ビビ様なら、こんなやつ、一発でノしちゃえますわよ!」
頭のすぐ後ろから、私を押さえつけている娘たちのそんな声が聞こえてくる。
まさに、絵にかいたような下っ端台詞だ。どうやら、「ビビ様」と呼ばれている緑髪の目つきの悪い娘が、このチームのリーダーらしい。この、ヤンキーチームの……。
「あぁーん! さっきからこいつの息が私の手にかかってきて、超絶気持ち悪いですわ! 一刻も早く仕留めちゃってくださいな、ビビ様!」
「やだー! こいつってば、信じられないくらいに胸が貧相だわ! もしかして、まだ幼い子供なのかしら!? でも、容赦なんてしないで下さいねビビ様!」
……おい。
「いいえ、ちょっと待ってっ! もしかしたらこいつ、何かおかしな病気でもかかってるんじゃないの!? ああ、汚らわしいわっ! こいつの貧乳病が、私たちに伝染ったらどうしましょう!? 一刻も早くやっちゃってくださいな、ビビ様!」
お、ま、え、らぁ……。押さえつけてるからって、私に言いたい放題言いやがって……。動けるようになったら、覚えてろよ?
正直言って今の私、頭のすぐそばでそんな風にめちゃくちゃなことを言ってる下っ端の2人については、それほど脅威には感じていなかった。
口ばっかり達者で、実際には完全に他人任せなところが実力の無さを物語っていたから……ってのもあるけど。それ以上に、なんかもっと感覚的な部分で、「私は多分、この2人には負けないんだろうな」って言えちゃうような、不思議な予感を感じてしまっていたんだ。
実は、この感覚によく似たものを私は以前に感じたことがある。それは、『モンスター女の亜世界』の……。
「こんな奴がアカネのツレだなんて、何かの間違いに決まってるゼっ!」
そこで、目の前の「ビビ様」がまた凄みをきかせてしゃべりだして、私の考えを中断した。
「こんな変態クソ女が、アカネのツレだなんてよぉーっ!」
「んんっ!? んんんーっ!? んんんんーっ!」
へ、変態っ!? そんなわけないでしょーがっ!
突然のいわれのない中傷に、私は特に強く否定する。
「いくら俺だって、分かってんだからなっ!? お前が、とんでもねえ変態だってことぐれぇーなぁーっ!」
「はぶぅっ!」
女の子が私の口を押さえつけている手を払いのけて、「ビビ様」は、私の両方の頬を右手でガシィッと掴んだ。おかげで呼吸はしやくすなったけれど、相変わらず言葉はろくにしゃべれない。しかも、頬っぺたをへこまされて口を突き出すような形になったせいで、私の顔はまるで、ひょっとこみたいな間抜けな感じになってしまっていた。
「へ、へふたいって……そ、そんなこほは……」
「ああんっ!? 違うっていうのかよぉーっ! ふざけんじゃねーぞっ!」
口ごたえする私の声を、彼女の怒号がかき消す。
「お前は、ど、どっからどう見たって変態じゃねぇーかよぉっ! だ、だって、だってよぉ……な、なんだよ、その、ひらひらした恰好はっ! そんなんじゃあ、すぐに、し、し、し、下着が見えちまうだろぉーがよぉーっ!」
「ほ、ほへ……?」
ちょっと顔を赤らめる彼女。そのときばかりは、さっきの凄みのきいたメンチ切りがちょっとだけ緩んだ。
え? 私の、恰好?
い、いや、これは、制服って言いましてですね……。私の世界だと、女子高生はだいたいこういう感じの、ひらひらしたスカートをはいているものでして……。
「そんなエロい恰好してるやつが、変態じゃねーわけねぇーだろぉーがよぉーっ! ああ!? 文句があるならなんか言ってみろや、コラァっ!」
改めて言われると、割とその通りな気もして……。ぐうの音も出なくなってしまった私。特に、言葉遣いに似合わないカッチリしたドレスを身に着けてる彼女にしてみれば、今みたいな普通のJKの恰好でも、スカートが短すぎてエロく見えてしまうのかもしれない。……まあ、それ言うなら、さっき貴女の隣にいたメイド服の人の方がよっぽど変態ちっくだと思うんですけど……なんてことは、怒られそうなので言わない。
っていうか、口を押さえられてるからどのみち何も言えないんだけどっ!
「し、し、しかも、恰好だけじゃなく、言葉でも、エロいこと言いやがって……いい加減にしろよっ!? てめぇっ!」
え?
い、いやいやいや!? それについては、完全に身に覚えがないよっ! 私、エロいことなんか一言も言ってないでしょーがっ!?
「とぼけてんじゃねぇーぞっ!? てめぇは、さっきアカネの前で言ったじゃねーかよっ! あ、あんな……、信じられねえような、エロいことを……」
だからっ! 言ってないってばっ! ただでさえ、私そういう話題そんなに得意じゃないのに、久しぶりに会ったアカネの前で、そんなこと言うわけないでしょーがっ!
目の前の緑髪の女の子は、口をぶるぶると震わせている。それは、私に対するとてつもないほどの怒りと、私が言ったという「エロい言葉」を思い出して少し恥ずかしがっているからのように思えた。……もちろん、完全に濡れ衣ですけど!
「てっめぇ、言ったよなっ!? よ、よりにもよってアカネの前で……」
「ふごっ! ふが……!」
だ、だから、そんなこと言ってないって……。
「な、『生脚の愛』がどうのとか……『フットでする』とか……そういう、クソエロい言葉を、言ったよなぁっ!?」
え? 言ってませんけど?
「そ、そんなに、自分の脚に自信があんのかよっ!? エロい恰好して見せつけるだけじゃ物足りなくて、アカネと……そ、そんなマニアックなプレイをしようとしやがってぇ!」
ちょ、ちょっと待って……?
そ、それってもしかして……。『七嶋アリサ』と『フットサル部』のことじゃ、ないですよね……? 私がさっき、みんなの前で大きな声で自己紹介したときの『七嶋アリサ』と『フットサル部』が……『生脚愛』と『フットでする』に聞こえたとかじゃあ……。
「お、お、俺だってなっ! アカネがやりたいって言うなら、脚でマニアックなプレイぐれえ……出来るんだからなっ!? なめてんじゃねぇーぞっ」
あ、脚だけに?
って、そんなこと言ってる場合じゃないしっ! ちょ、ちょっとこの人! 何、とんでもない勘違いしちゃってくれてんのよっ!?
「ひがっ、ひ、ひがうっ! ひがうからっ!」
私が、いきなりみんなの前で『生脚愛』とかそんな、自分のヤバい性癖をカミングアウトするやつなわけないでしょーがっ!? もしもそんなやつがいたら、まごうことなくド変態だよっ!
「てっめえ! ぜってぇ許さねえからなぁっ!?」
「ふごぉっ! ふごごっ!」
だ、だいたい私、どっちかって言うと脚よりも胸派で……って、そういうことでもなくってっ! とにかく、ちゃんと説明させてよっ! この口を押さえてる手を、外してよぉーっ!
「はぶごぉっ! ふごがごっ!」
でも、私がフゴフゴ言ってる弁明が届くわけもなく……。リーダーの彼女はそこで、下っ端の2人に合図を送った。
「おい! お前らっ!」
「はい、ビビ様! どうぞ、この気色悪い変態の息の根を止めちゃってくださいな!」
「はい、ビビ様! こんな悪質な変態からアカネ様をお守り出来るのは、貴女だけですわ!」
それから彼女たちは声を揃えて、言った。
「『承認』!」
「!?」
その瞬間、下っ端の2人の手の薬指から赤い光が飛び出して、目の前の「ビビ様」に向かっていった。その様子は、さっきピナちゃんがレクチャーしてくれた時と全く同じだ。どうやら彼女たちも、すでに例の契約を済ませているらしい。
それからその赤い光は「ビビ様」がはめている指輪……じゃなくって。彼女が首に着けていた、飼い犬の首輪みたいなピンクのリングにすうっと取り込まれていった。その首輪はすぐに、さっきのピナちゃんよりもずっと濃い赤色に染まってしまった。
「さあ、鋼の鎧さえ貫くという、その圧倒的な破壊力を見せて下さいませ、ビビ様!」
「さあ、この貧乳変態生脚フェチ女の、息の根を止めちゃってくださいな、ビビ様!」
「おうっ!」
緑髪の娘は、ドレスを翻して勢いよく腰を落とす。そして、空手の正拳突きをする直前みたいに、グーの形にした左手を引いた。
あ、あれ……? これってもしかして、やばくない? っていうか、さっき息の根止めるとか言ってなかった? あれ? あれれ? 私、あんなバカみたいな勘違いで、命落としそうになってないっ!?
「はああぁぁぁ……」
まるで、バトル漫画の主人公が必殺技でも繰り出すみたいなうなり声をあげる彼女。するとその左手が、赤いオーラのようなものに包まれる。
「……ああぁぁぁ……」
ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと……!
「…………ぁぁぁああああーっ!」
こ、こ、こ、これって、マジで、や、ヤバいんじゃないの? ちょ、ちょっとぉー!?
彼女の左手を包むオーラは、既に大きな炎の渦を描き始めている。
気付いたときには、私の後ろにいた2人は既にその持ち場を離れて、「ビビ様」のそばまで移動していた。お陰で体は自由になったけど、そもそも押さえ付けられる前から私は、この小さな部屋の隅に追いやられていたらしく、目の前に緑髪の娘が立ちはだかっている今の状況じゃあどのみち逃げることは出来ない。むしろ、2人の下っ端が退避したという事実が、これから私の身に起こることの凄まじさを表しているように思えて、その絶望感で、抵抗する気力をなくしてしまっていた。
だって、パンチで鋼の鎧を貫いちゃうって……。そんなの、人間越えちゃってるでしょーがっ!
「ちょ、ちょっと!? ま、待って……待ってってば!」
「いいや、待てねぇなっ!」
「う、嘘っ、嘘でしょっ!? ち、違うんだよっ! 貴女が言っているのは、全部勘違いで……」
「死ねぇぇぇーっ!」
「し、し、し、死ぬぅぅぅううーっ!」
そして彼女は、私のボディ目掛けて、そのオーラに包まれた拳を繰り出してきた。
……と思ったんだけど?
あれ?
その、「鋼の鎧も貫く」っていうパンチが私のボディをとらえて、お腹にぽっかりと風穴が開くはずだったのに。そのパンチはどういうわけか、ヒットする直前で寸止めされていて、私は無傷だったんだ。
「え、どうして……?」
私と同じ疑問を、下っ端2人も持ったようだ。
「ど、どうしてこの貧乳を殺っちまわないんですのっ、ビビ様!?」
「ど、どうしてこの変態を生かしておいたんですのっ、ビビ様!?」
「まさか、貧乳のこいつに同情をっ!?」
「まさか、こいつの貧乳に親近感を持ってっ!?」
「そ、そんな!? いくらビビ様が、こいつと同じくらいに胸が残念だからって、同情なんかかける必要はありませんわっ!」
「そ、そんな!? いくらビビ様が、このお屋敷内貧乳ランキングでいつもトップなのがお嫌だからって、こいつを生かしておいて2位になろうだなんて、そんなのずるいですわっ!」
……こいつら、うるせえな(特に後者の方)。
自分のことじゃないとは分かっていても、下っ端2人に無性に腹がたってくる私。
「あ? そんなんじゃねえよ……」
でも「ビビ様」の方は、そんな2人の言葉をあんまり気にした様子はなく、この部屋に来た最初の状態に戻ったみたいに、仁王立ちして私のことを睨んでいるだけだ。
ええ? 手下の人にあれだけひどいこと言われたのに、怒らないの? 許してあげちゃうの? 実際、私と変わらないくらいにアレが……フラットな感じなのに?
菩薩? 実は、ヤンキーじゃなくって菩薩なの?
「こいつのリング、見てみろよ」
リーダーにそう言われて、下っ端2人が私の指輪に目を落とす。それからすぐに、口をあんぐり開けてアワアワ言い始めた。
「な、なにこいつ……こんな、リングが真っ赤に……」
「う、うそでしょ……こんなやつに、これほどの魔力が……」
そんな反応が面白くて、彼女たちによく見えるように、左手を自分の顔の位置くらいまで持ち上げる。
「あ、なんか……そうなんすよね、これが。……へへ」
ちょっと気まずい感じはあったけど、さすがにさっきボロクソ言われた分、嫌味になるのもそれほど気にならない。
「1万と、5千くらいか……」
チラッと見ただけで、「ビビ様」は私の魔力の見当をつけるように言った。いや、見当どころか完全にビンゴだ。驚きつつも、私はそれを肯定する。
「あ、はい」
「俺の魔力値は、5千ちょい……。さっきこいつらからもらったのを合わせても、お前の半分もいかねえ。ハナから俺らじゃあ、お前に敵うわけなかったっつうことだ……」
怒っているわけでも、驚いているわけでもなく。もちろん下っ端2人のように恐れている様子なんか微塵もなく。あくまで冷静に、他人事のように落ち着いて分析してみせる彼女。どうやら、彼女は私が最初に思ったよりもずっと頭のいい娘のようだ。……失礼な話だけど。
少し場が落ち着いて、心の余裕が出てきたせいか。私は、ちょっと気になっていたことを、この機会に聞いてみた。
「じゃあ……やっぱりこれって、魔力が小さい人は、自分よりも魔力が大きい人には絶対に勝てないルールなんだ?」
「あ? ああ……。まあ、大体そんな感じだな」
「なるほどね……」
やっぱり、この『亜世界』の魔力っていうのは、『モンスター女の亜世界』で言うところの、レベルみたいな物らしい。つまり、魔力が弱い人はどんなことをしても、自分よりも魔力が強い人を倒すことは出来ない。それどころか、傷1つつけることが出来ない。魔力が強い人が全てにおいて強くて、魔力が弱い人は、それに逆らうことは出来ないんだ。
実は私、さっきピナちゃんから説明を受けていたときも、このことは考えていた。でも、『モンスター女の亜世界』で、「レベルがあることによる悲劇」を見てしまった私としては、そのことを話して、アカネが考えたこの『亜世界』にシステムにケチをつけたことになってしまうのが怖くて、黙っていたんだ。
まあもちろん、魔力の譲渡とか幸福感のフィードバックっていうこの『亜世界』独自のルールがあるから、『モンスター女の亜世界』とは全く同じにはならないのかもしれないけど……。
そんなことを、私が考えていると……。
「い、い、い、1万5千とか……やってられませんわーっ!」
「そ、そ、そ、そんなの……反則ですわーっ!」
そんな遠吠えを叫びながら、下っ端2人が部屋の出口に向かって走り出してしまった。「ビビ様」の方は、相変わらず落ち着いて私の前に仁王立ちしているっていうのに、手下の彼女たちの方が、リーダーを置いて逃げ出してしまったんだ。どうやら彼女たちのチームとしての結束力は、あまり固い感じではないようだ。
その証拠とでも言うように、去り際の彼女たちはあろうことか、「『否認』」という言葉まで叫んでいった。つまり、さっき譲渡した自分たちの魔力を取り返してしまって、リーダーの「ビビ様」のパワーアップを解除しちゃったんだ。いくら自分たちの魔力を足しても私の1万5千には届かないって分かったからって……ちょっとそれ、薄情なんじゃないの?
「はは……行っちゃったね?」
手下の2人に半ば裏切られた形の「ビビ様」に同情してしまって、私は彼女に笑いかけた。でも、彼女は……。
「っんだよ? 笑ってんじゃねえよ」
……なんて、私のことを1ミリも信用した様子もなく、睨みつけてきた。
あ、あれ……? さっきの攻撃を寸止めしてくれたってことは、私のこと、許してくれたんじゃないの? 勘違いが解消されて、後に残ったのは、拳と拳で語り合って出来た友情……的な?
「あ、あの……」
でも。
それは完全に私の妄想でしかなかったようだ。彼女の方では、もう私に興味を失くしてしまったようにくるりと背中を見せてから、部屋の出口に歩いて行ってしまった。
そして、部屋の出口のところまで来たところで立ち止まると、こちらを振り返らずに言った。
「お前がこの『亜世界』に来てから、アカネはなんか、無理してるみてえだった……。だから俺は、お前のことを調べるために、ここに連れてきたんだ」
「え……」
「だっつうのに……さっきのお前は、俺が攻撃したっつうのに、反撃してこなかった。俺にビビるだけで、何の抵抗もしなかったよな? ってことはつまり……お前はただの腰抜けだ」
「ちょ、ちょっと待って……アカネが、無理してるって……?」
「たとえお前が、どれだけ脚フェチのド変態だったとしても……」
いや、だからそれは、勘違いですってば……。
「たとえ魔力を1万5千持ってて、何かを企んでアカネに近づいてるんだとしても……。腰抜けのお前なんか、俺はちっとも怖くねえ。お前なんかに、アカネは手を出させねえからな……」
その言葉を最後に、彼女は部屋を出て行ってしまった。
私は、去りゆく彼女に何も返すことが出来なかった。追いかけることも、反論することが出来なかった。
だって、彼女の言ったことは全部、嘘ではないと思えてしまったから。
確かに私は、何も出来ない腰抜けだ。
でも、アカネの作った世界を壊す力だけは持っている。しかもアカネ以外には誰にも私のことを邪魔できないくらいの、圧倒的な魔力さえも……。
お前は、企みを持ってアカネに近づいているんだ。アカネの作った世界を、壊すためにこの『亜世界』にやってきたんだ。
彼女にそう言われてしまったような気がして……私はしばらくの間、彼女が出て行った部屋の出口を見ていることしかできなかった。




