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百合する亜世界召喚 ~Hello, A-World!~  作者: 紙月三角
chapter01. Hello, Absolute World!
8/110

07

 その魔法の効果は、すぐに現れた。


「うにゃー!あ、熱いぃー!焼けるぅぅー!や、焼け死ぬぅぅぅぅぅー……ぅ、うにゃ?」

 ドラゴンの炎に焼かれて絶叫していたティオの様子に、突然の変化が起こったんだ。

「あ、熱…?熱い…?……別に、熱くないにゃ」

 さっきまでの苦痛に満ちた顔が嘘みたいに、いたって普通ののんきな表情でそう言うティオ。彼女のしっぽ全体まで燃え広がっていた炎もみるみるうちに小さくなっていって、まるで、ティオに触れている部分からどんどん消えていってるみたいに見えた。彼女の体毛が焦げる音も、もう全然聞こえない。

 そうこうしているうちに、しっぽの先端にライターくらいの小さな火を残して、炎はほとんど鎮火しまった。

「うん、熱くないにゃ。全然平気だにゃっ!」

 結局それだって、ティオが元気よくしっぽを一回振っただけで完全に消えてちゃったんだけど。


 依然として、私たちの周りはドラゴンの吐いた炎が取り囲んでいて、私にはそれは灼熱の熱さに感じる。でも、今のティオにとってはそれさえも全然何でもないことになってしまったみたい。まるで、草原に心地いいそよ風でも吹いているみたいに、立ち上る熱気を気持ち良さそうに受けて、三色の体毛をさらさらとなびかせていた。

 変化が大き過ぎて、あんまり理解が追いついてないんだけど、こ、これってつまり…。


 ボォッ!

 え…?

 事態を把握しかけていた私の隣を、そのとき突然、物凄い熱気が通り過ぎて行った。

 それはドラゴンがいた方からやってきて、ティオがいる方に向かって飛んでいく、炎の塊。火の球の魔法だ。ドラゴンの。

「ティオっ!」

 私は思わず声を上げる。

 直径2mの火の球は、今回は少しもずれたり寄り道したりすることなく、一切の躊躇もなく、前に向かってまっすぐに飛んで行く。そして、炎から解放されたばかりで完全に油断しきっていたティオの体に、クリーンヒットした。

「そ、そんな…」

 その一瞬で、全身火だるまになるティオ。

 しっぽしか焼かれてなかったさっきはまだ幸せだった、なんて思ってしまうくらいに、その光景は凄惨で、ショッキングだった。

 そんな、せっかく助かったと思ったのに…。無事でいられたと、思ったのに…。

 目の前で、友達の体がメラメラと燃えていく。なすすべもなく、炎に蝕まれていく。辛すぎて、私はその光景を直視できない。やがて炎の中からはさっきよりも悲痛なティオの叫び声が…………ん?あ、あれ?


「ふぁーあ…」

 その炎の塊の中から聞こえてきたのは、緊張感のないのんきなあくびだった。

「やっぱり、ぜーんぜん熱くないにゃー」

 と同時に、その炎の塊はみるみるうちにしぼんでいく。そして、ヒットしてから2秒もたたないうちに、何事もなかったみたいに完全に消え失せてしまった。炎の中から現れたティオの体は、私が魔法をかける前に焼かれていたしっぽ以外は、全くの無傷だ。

「ティオ!だ、大丈夫なの!?」

「うにゃう!」

 彼女はニッコリと微笑む。それだけで、私の質問に対する十分な答えになっていた。

「アリサには、さっき言ったはずにゃ?レベルが1つでも低いヤツは、高いヤツには絶対に勝てにゃい、って!」

「じゃ、じゃあやっぱり…そういうこと、なんだね?」

 ほっ…。私は、安堵のため息を漏らした。


 ティオの台詞と、今の彼女の状況が意味すること。それは、私の魔法が成功したってことだ。

 その魔法の効果によって、ティオはレベルが1.5倍になったのと同じ状態になった。元々のレベルが確か32だったから、今の彼女はレベル48だ。

 つまり、目の前にいるレベル45のドラゴンよりも今ではティオのレベルの方が上ってことで、「レベルが全てを支配する」っていうこの『亜世界』のルールにのっとれば、「ドラゴンはティオには絶対に勝てなく」なった。だからもう、ドラゴンの攻撃じゃあティオを倒すことは出来ない。ドラゴンの炎に、ティオが焼かれることはない。

 ティオがこれ以上傷つくことは、なくなったんだ。


「アリサ」

 おもむろに、ティオが私の方へとトコトコと歩き始めた。

 彼女が少しそばに寄るだけで、辺りの木々を燃え上がらせていた火は勝手に消えていく。彼女はもう炎の壁なんて何も気にすることなく、最短距離で私のもとまでやってきた。

「アリサが、やってくれたのかにゃ…?」

 事態がやっと飲み込めたばかりの私は、つっかえてうまく言葉を返せない。

「あ、あの…え…えと…」

 と思ってたら突然、私の右手が柔らかいクッションに吸い込まれたような感触になった。何事かと思って確認してみたらそれは、ティオが強引に私の手をとって、自分の胸に押し当てていたからで…。

「ちょ、ちょっとティオっ!?い、一体何を…」

 突然の彼女の行動に、慌てふためく。

 だ、だってそうでしょ!こ、こ、こんなかわいい子に、いきなりそんなことされたら、誰だってビックリするしっ!そ、そりゃ私、さっきは寝ているティオの胸を触ろうとしちゃったけど…。だ、だからって別に、そういう()があるとかじゃないんだからねっ!?お、女同士でこんなことして、ティオったら、一体どういうつもりで…。

 間もなくして彼女の顔に、うっすらと黒い模様が浮かんできた。見覚えのあるその光景、ついさっき見たばかりの文字と数字の羅列は…。

 あ、ああ…。ステータスを見せたかったのね…。


ティオナナ

種族  :ウェア・キャット亜種

年齢  :10才

レベル : 32(+16)

攻撃力 : 33(+16)

守備力 : 20(+10)

精神力 :  5(+2)

素早さ : 50(+25)

運の良さ: 52(+26)

スキル :ひっかき、かみつき、体当たり


 そのときの彼女のステータスには、さっき見たときにはなかった()付きの追記があった。私にはすぐにそれが、魔法の効果でティオのステータスが1.5倍になっていることを意味しているんだって分かった。

「これ、アリサがやってくれたのかにゃ…?」

 目を潤ませて、うっとりとしたような表情で、ティオがもう一度尋ねる。彼女の顔は、まるで好きな相手に愛の告白をする女の子みたいに純粋で、恍惚の色を浮かべている。無駄にどぎまぎしてしまう私。

「あ、あ、え?えと…あの、ま、まあ…そ、そうかも、なあーんて…」

「アリサ…」

 ティオの手に、ぎゅっと力が入る。彼女に抱き抱えられている状態の私の右手は、湯気が上がるかと思うほどホカホカと暖かくなる。今まで感じたことのないような、気持ちいいクッションの弾力。初めて見たときから思ってたけど、ティオって結構、胸大き……。そこでハッと理性を取り戻す私。

 って、てか!単に自分のステータス見せたいだけなら、握手するだけでいいじゃんっ!何も胸に押し当てることなんてないでしょうーがっ!な、なんなのよ、この子っ!まさか、ほんとに痴女なんじゃないの!?


 私の心の葛藤も知らずに、ティオは私に優しく微笑んで、続けた。

「お陰で、助かったにゃ…。ありがとにゃん…」

「え……」

 その瞬間、熱帯雨林が急に花畑にでもなってしまったみたいに、周囲がパッと明るくなったように感じた。私は彼女の顔から目が離せなくなる。彼女もずっと優しい表情で、私のことを見ている。

 そのときの彼女は、さっきの私の下手な物真似なんか比べ物にならないくらいに自然で、最高にかわいくって、そこでやっと私は、自分のとった行動が間違ってなかったってことを確信できた。

「いいんだよ。ティオが無事なら…」

 よかった…。

 さっきの魔法を使って、よかった。ティオの命を救うことができて、本当に、よかった…。


 すごく、誇らしい気分だった。

 自分の魔法で、自分の力で、ティオを助けることが出来た。友達を、悲しませないで済んだ。そのことが、とても嬉しかった。これでもう、ティオは傷ついたりしない。私のせいで、誰かが涙を流すことなんてないんだ。


 ……わかってる。

 こんなことで、私が『あのとき』やってしまったことが消えるわけじゃない。『あの子への罪滅ぼし』になるだなんて、思ってない。

 でも、私はもう2度と友達を傷つけたりしないって決めたんだから。『あんなこと』は、もう絶対にごめんなんだから…。

 私も、ティオに微笑みを返した。

「アリサ……」

 ティオと私の体が、徐々に近づいていく。2人とも自然と、口をつき出すような体勢になっていって……。


「っ!?危にゃいっ!」

 そこで突然ティオが、覆いかぶさるように私の体を抱きしめてきた。

 その次の瞬間、ティオの背中でボンッ!という破裂音と、まばゆい閃光が炸裂。一瞬むわっと熱気を感じたかと思ったけどそれはすぐに消えて、火薬みたいな匂いを少しだけ残して、辺りはすぐに何でもない風に戻った。

「え、え?えと…」

 ティオに抱きしめられていた私は、何が起こったのか分からずに混乱する。

 さっきのは、何かの爆発?

 ドラゴンが使った火の球の魔法に似てたような気もするけど…あれ?そう言えばさっきから、そのドラゴンが静か過ぎじゃない?あいつは今、何してるんだろう…。

「む…」

 息がかかるほどすぐ近くにある、ティオの可愛らしい顔。

 周囲を見回したその顔が、眉をひそめてちょっとだけ怪訝な表情になる。

 つられるように、私も自分の周りを見てみる。

「ぬあっ!?」

 そして、「その光景」に絶句してしまった。


 抱き合うように密着していたそのときの私たちの周りには、さっきまでメラメラと炎が燃え盛っていたのと、ドラゴンがやって来たときに盛大に木をなぎ倒したせいで、フットサルコートくらいの開けた空間が出来上がっていた。私たちが今いるのがそのコートの片方のゴールだとしたなら、ドラゴンは反対側のゴール前を守ってる。ざっくり例えるなら、今の私たちってそういう感じの立ち位置。

 それで、さっき私が驚いたことは何かって言うと……。

 ちょうど私たち側のペナルティーエリアを取り囲むような感じで、空中に、無数の「火の鳥」が浮かんでいたんだ。


「ティオ…こ、これって…」

 そ、そう言えば…。そこで私は思い出した。

 私の「百合魔法」には「▽」がついていて、実は3つの魔法が使えるってことがさっき分かったわけだけど…それ言ったらドラゴンの「火属性魔法」にも、確かついてたよね…「▽」。ってことはあいつも、火の球を飛ばす以外の他の魔法が使えるってことで…。


「うにゃー。また囲まれちったにゃーん」

 その火の鳥の大群は、私たちを追い詰めるようにじわじわと空中に散らばっていって、気付いたときには、既に前後左右360度……いや、それどころか上空まで。ドーム状に私たちを取り囲んで、完全に逃げ道を塞いでいた。数にしたら、余裕で100匹以上はいるかも……。

 さっきの爆発もどうやらこの火の鳥の仕業で、あの中の1匹が、私たちめがけて突撃してきたってことらしい。つまり、この火の鳥もあのドラゴンの「火属性魔法」のうちの1つで、しかもただの火じゃなくて、触ると爆発する「火の鳥型の爆弾」なんだ。しかもしかも、最初の火の球が直線的な攻撃なのに対して、この火の鳥爆弾はもっと自律的で、トリッキーな動きも出来ちゃう。たくさん出して敵を取り囲んでみたり、何かの合図で一斉に突撃してみたり…。

 そ、それにしたって、いつの間にこんなに、たくさん…。

「あーあ。アリサがいつまでもティオのおっぱいまさぐってるからー。その隙にあいつに、こーんな大技使われちゃったにゃーん」

「は、はあぁーっ!?な、何言ってんのよっ!」こんなときに、いきなり変なことを言いだすティオ。恥ずかしくなって、私は慌てて密着していた彼女の体を引きはがした。「ま、ま、ま、まさぐるって!?さ、さっきのは、あんたが自分で触らせてきたんでしょーがっ!だいたい女の私が、ティオの胸に興味なんかあるわけ…」

「でも普通、他人のステータス見るだけなのに、あんなにじっくりねっとり触ったりはしないにゃ?やっぱりアリサが『ティオのことを愛して』て、『ティオがいないとダメ』だから…」

 さっきの魔法の「告白」、聞こえてたんだぁぁ…。私の顔は、一瞬でゆでダコみたいに真っ赤に染まった。

「じ、じっくりねっとり触ったりなんか、してないしっ!変なこと言うなーっ!って、てゆーかさっきの告白も本気にしないでよねっ!あ、あれは言葉のアヤって言うか…ああしないと魔法使えなかったんだから、仕方なかったのよっ!」

「あんなに熱い愛の告白を受けたのは初めてにゃったけど……ティオは、アリサの気持ちをしっかり受け取ったにゃ…」

 ポッと頬を赤らめるティオ。

「だ、だから、本気じゃないって言ってるでしょっ!受け取っちゃだめだからーっ!」

 冗談なのか天然なのか読み取れないティオのボケにツッコんで、その場の空気がなごんだ。私も自分が置かれている状況を忘れて、そのときだけは恐怖で緊張していた体をリラックスすることができたんだ。

「も、もう、ティオったら…。今は、そういうこと言ってる場合じゃあないんだから…」

 まあ、だからといってピンチな状況まで解決した訳じゃないんだけどね。私は気を取り直して、改めてこの状況をどうすべきかを考え始めた。


 さて…。

 この状況がかなりヤバいことについては、どう考えても疑いようがない。それは事実だ。けど、その具体的なヤバさについて、1つはっきりさせとかなくちゃいけないことがある。それは、今私たちを取り囲んでいる火の鳥爆弾のターゲットが、多分私だってことだ。

 だってティオは私の魔法でレベルが上がってるんだから、火の球だろうが火の鳥だろうが、ドラゴンの攻撃じゃあダメージを与えることは出来ない。そのことは、さっき私をかばって火の鳥の爆発を受け止めてくれたティオが全然無傷なことからも、既に証明されている。そしてもちろんそんなことは、この『亜世界』の住人であるドラゴンだったらとっくに分かってるハズなんだ。

 にも関わらず、あいつは私たちが「ティオのステータス確認」をしている隙をついて、時間をかけて、わざわざこんなにたくさんの火の鳥を生み出した。その理由は、レベル1の私を始末すること以外にはあり得ない。

 つまりあいつは、「私がティオのレベルを上げた張本人」だってことに気付いているんだ。そして私を始末すれば、きっと「ティオのレベルがもとに戻って」、自分の攻撃がまたティオに通るようになるってことも。だってさっきの私の「告白シーン」とか見てたら、急にティオが強くなったのと私の行動を結びつけるのは簡単だし。それが私が使った魔法の効果だとしたら、私が倒された後もその効果が残るなんてのは考えづらいしね。

 そしてその目的を果たすためには、一度に1人しか攻撃できない火の球の魔法じゃなく、取り囲んで2人いっぺんに攻撃できる火の鳥の魔法はすごく都合が良かったんだ。

 単発でしか使えない火の球で私を攻撃しても、どうせ無敵状態のティオが私をかばってしまうから意味がない。だけど、今みたいにあらかじめたくさん作って待機させておける火の鳥の魔法なら?例えティオが片側の攻撃から私をかばってくれたとしても、その反対側からの攻撃で私を仕留めることが出来る。いくらレベルが高くなったティオと言えども、360度全方位の攻撃から私を守りきることなんて、きっと出来ないだろうし。

 …頭いいな。あんな、トカゲが大きくなっただけみたいな容姿のくせに。

 うっかり感心してしまったことが悔しくて、雑な中傷を言って誤魔化す私。もちろん、そんな負け惜しみをどれだけ言ったところで、事態が好転したりはしない。


 状況把握はこのくらいにして。

 次に私が考えるべきなのは、じゃあ一体どうすればこの状況を切り抜けられるの?今の私が、取るべき対策は?ってことなんだけど…。

 例えば、ティオにかけているレベルアップの魔法を、私にもかけてみたら…?

 いや、ダメだ。そんなことしたって意味ない。

 例えあの魔法が使用者本人に使えるんだとしても、レベル1の1.5倍はレベル1.5だし、多分、少数以下は切り捨てされて私はレベル1のまま。何も変わらない。

 第一、あの魔法は一度に1人にしかかけられないんだから、他の人にかけようと思ったらティオにかけているのを一旦解除しなくちゃいけない。そんなことをしてしまったら、それこそ本末転倒。その時点で、すぐにでもドラゴンはティオを始末しにかかるにきまってる。

 じゃあそのティオに、火の鳥たちを全部壊してもらうのは…?

 いや、火の鳥と私との距離が十分に離れてるなら、それでいいんだけど…。今のあいつらって、せいぜい2~3mくらいの至近距離で私たちを取り囲んでるんだ。多分、下手に1匹を爆発させちゃったら、その周りのやつらが芋づる式にどんどん誘爆していって、それこそ全方位からの爆風に襲われることになる。ティオだったらそれでもきっと無傷でいられるだろうけど、私じゃあそんなの、ひとたまりもない。

 何か他にいい案は?私はこれから、どうすればいいの?どうすれば…。

 与えられている条件を使って、この状況を切り抜ける方法を必死に考える私。そうだよ。さっきレベルアップの魔法を見つけたときみたいに、きっとまだどこかに、何か画期的な選択肢が残されていて…。


 でも、今回は何も思いつかなかった。


 さっきのときに言った、「考えればとりあえず答えは必ず出る」っていうのからすると、今回の答えは……どうすることも出来ない、だ。

 もう使える百合魔法は残っていないし、相変わらず、「たたかう」も「にげる」も無意味。囲まれた火の鳥爆弾には死角なんかなくって、どの選択肢を選んでも私が助かる道はありそうにない。つまり、詰みってことだ。

 ティオのレベルを上げることが出来れば、後はなんとかなるって思ってたけど…。それは、あくまでも私が無事だったときの話だった。ターゲットを私に切り替えて、今の状況を作りあげたドラゴンの方が、私よりも1枚上手だったってことかな…。

 一度はひっくり返ったはずの戦いの形勢は、最後の最後で、ドラゴンの秘策によってまたもとの状態に戻ってしまった。ドラゴンとの知恵比べに負けた私は……いや、私たちは、ここで倒されるしかないんだ。

 せめて、ティオだけでも守ってあげられればよかったんだけど……。私がドラゴンに倒されてしまったら、ティオのレベルも戻ってしまう。そうしたら、あいつは次にティオを狙ってくるだろう。結局、私は誰も守ることが出来なかった。

 友達を傷つけずに済むだなんて、そんなのは幻想だった。


「ギャァァァースッ!」

 少し離れた場所から、ドラゴンの雄たけびが聞こえる。どうやらそれが、「全員突撃」の合図だったらしい。

 空中に浮かんでいた無数の火の鳥たちが一斉に、規則正しく、一切の隙間も逃げ道も作らずに、私たちに向かって飛びかかってきた。



 それから、その火の鳥のどれかが私の体にぶつかるまでの、きっと実際には1秒もないくらいの刹那。私はまだ、考えごとを続けていた。

 人は死を覚悟したとき、生まれたときまで遡って、これまでに経験してきたいろいろなことを走馬灯のように思い出すって言うよね?でも、そのときの私が見えていた景色は、そんな綺麗な物じゃなかった。

 まあ、ただでさえ『亜世界』に巻き込まれちゃうなんていうインパクトある経験したせいで、私の頭からは昔の記憶なんて吹っ飛んでたってのはあるんだけど。でもそうでなくても私、『亜世界』に来る直前に「ちょっと友達とケンカ」しちゃって、頭の中がそのときの記憶でいっぱいだったんだ。忘れたくても忘れられなくって、この『亜世界』にきてからもずっと、そのことばっかり考えてたくらいなんだ。

 だから死ぬ直前だって、私が考えるのはやっぱり、「あの子」のことしかないんだ……。


 私が死んだって聞いたら、私が悲しませてしまった「あの子」は、喜んでくれるかな?

 ううん、そんなわけない。きっと、死ぬほど悲しんじゃうんだろうな。

 だってそんな優しい子だったからこそ、私の行動に、あんなに傷ついちゃったんだもんね…。


 私の目からは、1粒の涙がこぼれた。

 それは、自分が死ぬのが辛いからじゃない。

 1度傷つけた「あの子」を、更に悲しませてしまう自分がふがいないから。申し訳ないから。もう2度と友達を傷つけないなんて誓っておきながら、友達を守ることの出来なかった自分が、悔し過ぎるから。


 でも、しょうがないよ。

 だって、どう頑張ったって、こんな風にしか出来ないのが私なんだから。私は結局、こうやって誰かを傷つけることしか出来ないような人間なんだから…。

「さよなら……だね」

 それを最後に、私は考えるのをやめて、いよいよ死を覚悟した。

 止まった時は動き始め、まもなくして、火の鳥たちの爆発音が辺りに響き渡った。

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