04
「『承認』。それが、魔力を譲渡するときの合図。その言葉をきっかけにして、魔力ネットワークの端点はコネクションを確立し、自らの魔力を、他人へと譲渡出来るようになります」
ピナちゃんはそう言うと、一緒に部屋に入ってきた他の娘たちのうち、胸元の開いたメイド風の服を着た女の子をこっちに呼んだ。
「は、はいぃぃぃ……」
びくびくしながら彼女がここまでやってくると、ピナちゃんは自分の左手を出して、薬指のピンク色のリングを私によく見えるようにする。それから、そのメイド風の彼女の左手も、同じように私の前に出させた。よく見るとそこには、ピナちゃんと同じように薬指に例のリングがはめられている。ただ、彼女のリングの場合は、その色はテーブルの上に置いてあるのとほとんど変わらないような水色をしていた。
「実際に、やってみますね?」ピナちゃんは隣のメイド風の娘を一瞥してから、宣言するように言った。
「『承認』!」
次の瞬間、ピナちゃんの指にはめられていた指輪から勢いよく赤い光が飛び出す。そして、吸い込まれるように、隣の女の子の水色のリングへと集まっていった。それはまるで、ピンクの指輪に宿っていた赤い色素が突然意志を持って、隣の水色の指輪に向かって一目散に飛び立ったようだ。だってその光が収まったとき、ピナちゃんの指輪は水色に、メイド風の女の子の方の指輪はピンク色になってしまってたんだから。
ピナちゃんは、特に感慨もなさそうに言う。
「はい。というわけで、たった今見てもらったのが魔力の譲渡です。私のリングからこちらの彼女のリングへ。私から彼女へと、魔力の譲渡が行われたわけです」
「な、なるほど……ね」
確かに、さっきの光の様子を見る限り、ピナちゃんから隣の娘へと何かが移動していったことは間違いないだろう。そして、彼女たちがつけている指輪が魔力の高さを表すっていうなら、その移動した物の正体が魔力ってことになる。
「は、はうぅぅぅ……こんなにいっぱいの魔力、もらえないですぅぅぅぅ……」
メイド風の女の子が、ピンクに輝く指輪がはまった自分の薬指をぶるぶると揺らしながら、怯えたような声をだす。その目には、ウルウルとした涙さえ溜まっている。
「ふ……」ピナちゃんは、そんな彼女の様子に微笑むと、「そうですか……では、返してもらうことにしましょう」と言って、もう一度私の前に左手を出した。それから……。
「『否認』!」
と言った。すると、さっきと同じことが、今度は逆方向に対して起こった。
つまり、さっきはピナちゃんからメイド服の娘に向かっていった赤い光が、今度はメイド服の娘の指輪からピナちゃんの指輪へと飛んで行ったんだ。そして2つの指輪の色は、元の通りに戻ってしまった。
「あ……あげるだけじゃなく、返してもらうことも……?」
「そうです」ピナちゃんはうなづく。「魔力の譲渡は『承認』。そして、その譲渡した魔力を返してもらうには、『否認』という合言葉を言えばいい。もちろん、さきほどは結果が分かりやすいように、私が持っている魔力全てを移動させましたが……一部だけをやりとりするということも可能です。自分の持っている魔力を好きなだけ切り分けて、好きな相手に譲渡することが出来る。そして、もしもそれを取り消したいと思ったときには、好きなタイミングで自分が渡した魔力を取り返すこともできる。それが、『方舟物質』が形成する魔力ネットワークなのです」
「は、はは……」
まるでゲームみたいなシステムの説明に、気持ちがちょっと置いていかれ気味の私。思わず、そんな乾いた笑い声をこぼしてしまった。
ソファからアカネが、更に補足を加える。
「それにねぇー、魔力をやりとりするだけじゃ、ないんだよぉー?」
「え? やりとりだけじゃない?」
「うぅん、そぉだよぉー。誰かから魔力をもらった人が、幸せを感じたりぃー、気持ちいいぃって思うことがあるとぉー、その幸せな気持ちは『方舟物質』を逆流して、魔力をあげた人にもちょっとだけ還元されるんだよぉー」
「幸せの、還元……」
「そうなのです。それこそが、アカネ様が作り上げたこのシステムの骨子。このシステムが、全ての人間を幸福に出来るという所以です。つまり……このネットワークに参加した者には、2つの選択肢が提示されるわけです」
ピナちゃんは、もう用が済んだメイド服の娘を元の場所に戻してから、説明を続ける。
「1つめの選択肢は、多くの者から魔力を集めて、自分自身が強力な魔法使いとなること。これは、ある意味とても分かりやすい『勝ち組』の姿です。だって高い魔力を持っている者は、それだけでこの『亜世界』にとってはとても重要な存在ですから。どんな国からも、どんな人からも、大きな敬意を持って受け入れられるでしょうし、重要な職に就いて、高い賃金を受け取ることも出来るでしょう。いや、望むならば自身が君主として、新しい国を興すことだって出来る。なんにせよ、幸福な人生が約束されることは間違いありません」
「そうかもね……」
「でも、そんなことが出来るのは、ごく限られた数の人間だけでしょう。誰もが出来ることではない。そもそも、限られた人間しか持っていない力を持っているからこそ『勝ち組』になれているわけですから、その方法では、そうなるのは原理上仕方がないのです。そして、そのような『勝ち組』になれなかった者たちは『負け組』として、『勝ち組』の者たちから搾取されるだけの、辛い人生を歩んでいかなくてはいけない……それが、今までのこの『亜世界』でした。しかし、『方舟物質』の魔力ネットワークが出来たことによって、そこにもう1つの選択肢が出来たのです」
「えへへぇ……」
アカネがまた照れ笑いする。そのころには私にも、彼女が作った世界の全貌がなんとなく見えてきた。
「自らは魔力を集める力のない者も、『誰かに魔力を譲渡』することによって、その譲渡した相手の幸福感の何%かを還元してもらうことが出来るようになった。自分で幸福を手に入れる力がなかったとしても、自分が魔力を与えた相手が幸福になれば、幸福感を感じれるようになったのです。……アカネ様が作り出したこのシステムは、本当にすごいですよ? だって、魔力を集めて幸福になる者。その者を幸福にするために、自分の魔力を捧げて幸福感の還元を受ける者。その両者はどちらもが幸せになれて、そこには損をする人間がいないのですから。今までのように、誰かが幸福になるためには他の誰かを不幸にしなければいけない世界では、格差や、それに伴う争いを避けては通れない。しかし、誰も損をしない世界では、誰かが誰かの邪魔をするということがないわけですから、そういった心配は無くなります。つまり、このシステムは原理上、破たんすることがないのです。だから、このシステムによって作られている世界も、完璧で、最高の世界だと言い切れるわけなのです」
あくまでも口調だけは淡々としている、ピナちゃんの説明。でも、輝く彼女の瞳からは、その心に隠した高ぶる気持ちが押さえきれずにあふれてしまっている。まるで、「これって、すごいでしょう?」、「あなたもそう思うでしょう?」って、声に出さずに目で訴えかけているようだった。
……だけど。
完璧で、最高な世界……。
アカネが望んだ世界……か。
彼女とは対照的に、私の方は、どこか冷めた気持ちになってしまっているのを感じていた。
もしも今、このシステムについて何か感想を求められてしまったら、どうしよう……。今の私には、この世界について何て言っていいのか、分からない。何て言ったら、波風をたてずにこの場をやり過ごすことが出来るのか……。
でも……。だけどこれって……。何も考えずに口を開いたら、そんな風に、空気の読めないことを言ってしまいそうで……。
「へ、へーっ! 何かすごいねーっ!?」そんな気持ちになっていることを、ピナちゃんやアカネにばれたくなくて。私はそこで、あえて高めのテンションでリアクションを返した。
「おっもしろそーっ! 私も、ちょっとやってみていいー?」
「ええ、もちろんです。七嶋さんにも、ぜひともこのシステムに参加してもらいたいと思っていたのです」
「ナナちゃんならぁ、すぅーぐみんなから承認集めちゃえるよぉー」
「えー、それはちょっとわかんないけどー……。ま、まあ、とにかく、この指輪っつうのを、指にはめてみりゃあいんでしょ? そんじゃ、さっそくぅー……」
とにかく、今は話の流れに流されるままにしておくことにする。下手に流れに逆らっても、いいことなんて何もないんだから……。私は、ピナちゃんが言っていた「魔力のやりとり」っていうのを自分でも試してみようと、テーブルの上の指輪を掴んだ。
「あ、ちょっと待ってください」
でもそこで、何故かピナちゃんからストップが入る。
「え? な、何?」驚いて落としそうになった指輪を、またテーブルの上に置く。「まだなんか、説明の続きがあるの?」
「いえ。この『亜世界』の『方舟物質』ネットワークのシステムの説明は、おおよそ終わりました。が……実はその前に、七嶋さんには契約をしてもらわなくてはいけないんです」
「あ、そうなんだ? そういや、さっきもそんなこと言ってたもんね?」
私が契約という言葉を聞いて、一番に思い出すのは……『人間男の亜世界』のバカ王子に騙されて結ばされている、例の『亜世界』同士の結合の契約だ。あの、『亜世界』の『管理者』と私がキスをするっていうバカみたいな話……。
でも、ピナちゃんが言っているのは、それとは全然別物だろう。
「実は、各人の魔力をネットワークに乗せるには、それ専用の亜世界定義が必要になるんです。つまり、『あなたの体の中にある魔力は、方舟物質ネットワークに乗せるのにちょうどいい形式だったのでした』という定義を、アカネ様にしてもらわなければいけないわけです。だからそのために……」
そう言いながらピナちゃんは、さっきリングと一緒に置いたA4の紙を私の前に出した。
「ネットワークへの参加希望者には、こちらの契約書に記入をお願いしているんです」
「ふーん……」
そもそもピナちゃんが私の契約のことを知っているはずがないし、ここで例の契約の話が出てくるはずがない。頭の中の雑念をどこかに追いやって、私はピナちゃんからその契約書を受けとった。
「契約ねー? はいはい。了解だよ。これに、サインすればいいんでしょー?」
そしてそこに、自分の名前をサインした。
(1つ前の『亜世界』では、エルフのエア様の書いた文字を読むことが出来た私だったけど、どういうわけか、この『亜世界』の契約書の文字は読むことが出来なかった。だから、余裕こいてスラスラとサインを書いたわりには、名前記入欄と間違えて住所記入欄に名前を書いてしまうなんていう恥ずかしいミスをしてしまったんだけど……。でも、元からこの『亜世界』に住所なんかない私だったから、そのままでもいいよってことになって、契約書を作り直すまでには至らなかった)
「ありがとうございます。これで契約は、『ほぼ』完了です」
記入済みの契約書をピナちゃんに渡すと、彼女はそれを持ってアカネのところに行く。
そして、「それでは……お願いできますでしょうか?」と言って、彼女にその紙を渡した。
「はぁーい」
紙を受け取って、元気よく返事をするアカネ。それから、一変して真剣な表情になって姿勢を正すと、目を閉じてゆっくりと息を吐き出し始めた。一瞬にしてその場の空気が張りつめて、緊張感が生まれる。何かすごいことが始まりそうな予感に、私はアカネから目が離せなくなる。やがて、彼女は囁くような声で言った。
「亜世界定義……『この契約を、亜世界に適用します』……」
すると、彼女が持っている契約書に自然に切れ目が入り始めて、みるみるうちにバラバラに千切れてしまった。もちろん、それはアカネが力を入れて引きちぎっているわけじゃなく、『亜世界』の『管理者』の能力だ。その証拠に、その千切れた破片は、地面に落ちる前に空気に溶けるみたいに消えてなくなってしまった。
はは……。
なんか、これまでにいろんなことがありすぎて、もうあんまり驚けないよ……。
「ありがとうございました」
アカネに頭を下げるピナちゃん。それで、さっきの『ほぼ』は取れて、契約の全てが完了したらしいことが分かった。つまり、さっき説明を受けたようなこの『亜世界』のシステムに、私が参加するための準備が整ったんだ。
「これで……私も……」
あとはもう、私が指輪をはめるだけだ。
もう一度、恐る恐るテーブルの上の青いリングへと、手を伸ばす。でもそこで……何故かピナちゃんがまた、「少し、お待ちください」と言って私を制止した。
意味が分からない私は、彼女の方に顔を向ける。でも、どういうわけか今度の彼女は、何も答えずに薄笑いを浮かべながら一歩後ろへ下がってしまった。そしてその代わりに、ソファに座っていたはずのアカネが、ゆっくりと私のところへやってきていた。
「え?」
私がつかもうとしていたテーブルの上の指輪を、アカネが拾う。そして少し俯き気味に、私を見つめた。
え……こ、これって……まさか……。
だ、だって、さっき……こういうのに、特別な意味なんかないって……。
「まあ、せっかくですから」
そんなピナちゃんの声は、もうあまり私の耳には届かなくなっていた。だって今は、それよりもずっと大きく、私の胸の鼓動が高鳴り始めていたから。
「ナナ……ちゃん……」
少し恥ずかしそうに、こちらに向かってはにかむアカネ。前から分かり切っていたことだけど、改めて、そんな仕草をする彼女がとてつもなく可愛いらしいということを、私は思い知らされる。
その可愛いさにつられるかのように、自然と、私の左手は前に伸びていった。彼女の方へと、自分の手を差し出してしまっていた。
「アカネ……」
私の左手に、そっと手を添える彼女。柔らかくて、温かい手の感触が、私の手を通して全身へと伝わってくる。それは、少しでも傷つけられたら全てが壊れてしまいそうなほど繊細な感触でもある……。
そして彼女は、その水色の指輪を私の薬指にはめた。
※
10分後。私はピナちゃんと一緒に、お屋敷の廊下を歩いていた。
「全く……。いつの間にかいなくなってしまうなんて、無礼な人たちですよね? すいません。本当なら、あの人たちの方から、七嶋さんに挨拶させるべきだったのに。こんな風に七嶋さんにご足労をかけてしまうことになってしまって……」
「いやいや、そんなの全然気にしてないよ。私だって、ピナちゃんの説明に夢中で、他のみんなが部屋からいなくなってたことに気付かなかったくらいだし」
「ありがとうございます。やっぱりアカネ様のご友人だけあって、七嶋さんはお優しいですね」
「いや、そんな……」
ピナちゃんがアカネに呼ばれて部屋に入ってきたときに、一緒に入ってきた3人。
目つきが悪いドレスの娘と、胸元の開いたエロメイド風の娘。あと、そもそも人間なのか何なのかよくわからない黒い布……。彼女たちは、私がアカネから指輪をつけてもらったころには、いつの間にか部屋からいなくなってしまっていた。
ピナちゃんが言うには、彼女たちは3人とも、この『管理者』の屋敷に住み込みで暮らしているアカネの幹部みたいなポジションの人らしい。私とも、これからは何かと関わることが多くなるだろうから、早めに紹介しておきたい、ってことで。今の私たちは、彼女たちが居そうな場所に向かっているところだったんだ。
ちなみに、今私の周りにいるのは、前を歩くピナちゃんだけで、アカネは一緒じゃない。
彼女は、さっき私に指輪をはめた直後に急に熱が出たらしくて、明日以降の『管理者』の仕事とかに差し支えが出ないように、部屋で休んでいるんだそうだ。
まあ、それ言うなら私の方だって……あれからずっと熱っぽくて、頭がぼうっとしてるんだけどね……。
「……それにしても、やっぱりすごいですね」
そこで、ピナちゃんが振り返って、ため息をこぼすように言った。
「え、別にそんなことはないと思うけど……」
「謙遜は無駄ですよ? 七嶋さんがどれだけ否定したくても、これは、本当にすごいことなんですから。だって、1万5千ですよ? 単純に、私の5倍くらいはありますからね」
「ま、まあ……」
彼女の目線は、私本体というより、私の左手の薬指に向けられている。実はさっきから、ずっとこんな感じだ。私がアカネに指輪をつけてから、ずっと……。
さすがに、私としてはこんな状態がちょっと恥ずかしくて、否定をしてはいたんだけれど……。でも、どうしたってそれは説得力に欠けるものだった。だって今の彼女が言ったみたいに、「私がすごい」っていうことは、ある意味じゃあ明白な事実だったんだから。
今の私の左手薬指には、さっきアカネにはめてもらった指輪がある。それも、最初のときのような薄い青じゃなく、燃えるような赤に染まった状態で。
アカネが私の指にはめた途端、この指輪は、今みたいな真っ赤な色に染まってしまった。それが意味することは、つまり、この『亜世界』での私の魔力は、相当な物だったってことだ。
実際、そのあとにピナちゃんが、正確に魔力を計ることが出来る機械とかを使って調べたところによると、私の魔力はちょうど「1万5千」っていう値になるらしかった。『管理者』の秘書っていう、結構重要なポジションのピナちゃんでさえ、魔力は3千ちょっと。普通の人だと、10とかそのくらいが妥当らしいから、1万5千っていう私の魔力値の大きさが「すごいこと」であることは、いくら私が謙遜したところで誤魔化せない事実だったわけだ。
まあ、でも実はそれは、何も私自身がすごいってわけじゃなく、単純に、私が異世界人だったから。つまり、いつものズルが原因なんだけどね。
『モンスター女の亜世界』では、私は最初から、無理矢理レベルを上げることが出来る百合魔法を持っていた。それに、『妖精女の亜世界』では、全ての精霊を操れる力を持っていた。それらは、異世界人という存在が、分割されて出来た『亜世界』よりも確かな物だったから、『亜世界』の方が優遇してくれて、えこひいきしてくれていたからだって話だった。
だから、ここでも私が他の人より強力な力を持っていたって、それは当然。私の高い魔力は私の実力なんかじゃなく、そういうズルで手に入れた力だったんだ。
「て、てかさぁ……」
かといって、はっきりと数字が出ている以上は、ピナちゃんが私を褒める言葉を完全に否定することも出来なくて。もちろん、開き直ってそれを自慢するほど嫌味にもなれなくて……。テストで偶然友達よりもいい点を取ってしまったときのようなジレンマを抱えていた私は、何とかして話題をずらそうと必死だった。
「あ、アカネは、もっとすごいんでしょ? だってアカネだって異世界人なわけだから、私と同じように『異世界人ボーナス』で、最初から1万5千くらいの魔力は持っていたわけじゃん? その上、アカネの場合は『管理者』でもあるわけだし。当然、その分この『亜世界』のみんなから『承認』を集めてる分があるはずだから、私なんかよりも、もっとたくさん魔力値を持ってるってことなんでしょ?」
言いながら、ピナちゃんの背中を押して無理矢理前を向かせて、さっさと先に進ませようとする。
「え? ええ……」
唐突に話を変えたことに、ピナちゃんは少し戸惑ってる風だ。でも、すぐに私の押しに負けて、私に背を向けて前に進みだした。
「そうですね。現在のアカネ様の魔力は……2万です。それは、私たちのようにアカネ様に仕える者たちと比較しても、文字通り桁違いの魔力値です。恐らく、現在のこの『亜世界』内にも、それを上回るような高い魔力を保有している者は、存在しないでしょう」
「ほ、ほらっ、やっぱり! 私より、全然アカネの方がすごいじゃん!」
私はまた、自分のことのようにピナちゃんに勝ち誇る。
「まあそれは、そういうことになると思いますが……」
「でしょ、でしょー? だから、私なんか大したことないんだよーっ」
「ただ……来たばかりの七嶋さんとアカネ様では、比較の対象が……」
「あ、そういえばさ……」
また流れが戻りそうになったところで、また、別の話題を振る。
「アカネに仕える人たちって言えばさー……あの、黒い布の人って何だったの? あの人も、一応アカネの幹部なの?」
「ああ、あの人のことですか? そうですよね、やっぱり気になりますよね?」
「そりゃ、気になるよー! だってあんなの、普通じゃないもん!」
「まあ一応、幹部といえば幹部ではあるのですが、見てもらった通り、ちょっと問題がある人なんですよね……」そこでピナちゃんは、ちょっと考えるように顔を俯かせて、「……うーん。というか、あの人もそうですけど、そもそも他の2人にしても、まともな人間とは言えなくてですね……」
何か重大なことを言うように、口ぶりが慎重になった。でも、未だに歩みは止めずに、彼女は前を向いたままだ。
「そうですね……。七嶋さんには、事前に話しておいた方がよいでしょうね。さっきはアカネ様の手前、お伝えすることが出来ませんでしたが、実は……これから挨拶させようと思っているあの3人なのですが…………」
それから、彼女はやっと後ろを振り返る。そして、その続きを言おうとした……でも。
「正直言って、あまり信用出来な…………あ、あれ? ……七嶋さん?」
そこでやっと、ピナちゃんは気づいた。既に私が、彼女の後ろを歩いていなかったってことを。
だってそのときの私は、声を出せないように口を押さえつけられて、近くにあった無人の小部屋に連れ込まれていたんだから。
あの、目つきの悪いドレスの娘によって。




