06
エア様の部屋に入って、まず真っ先に目に入ってきたのは……やっぱり彼女の遺体だった。
知ってたはずだったし、覚悟はしていたつもりだった。けど、でも、もしかしたら、なんて…………。どこかで抱いてしまっていた私の甘い考えは、簡単に壊されてしまった。
20畳くらいの、広々として薄暗い室内。部屋に入った私たちがいるところの反対側の、木目調の壁にもたれて、エア様は口から血を流して死んでいた。今日の朝、私が見たときと何も変わらずに。
「ぁ、あ……」
アキちゃんが声にならない呻きのようなものを上げて、その場に崩れ落ちる。
そうか、彼女がエア様が死んでいるところを見るのは、これが初めてなんだ……。
「ああ……ああ……」
「アキ、ちゃん……」
でみ子ちゃんたちから逃げのびて、やっと少し元気を取り戻せたと思っていたのに。引いてきたはずの彼女の涙は、そこでまた、あっけなく決壊した。いや、むしろさっきまでなんて比較じゃないくらいに、彼女の瞳からは大粒の涙が流れていた。
「お……お姉様…………そんな……そんな……」
膝を落として床に座り込んでしまっている彼女は、それでも、這うようにしてエア様のところに行こうとする。手を伸ばして、エア様の肌に触れようとする。
きっと、「もしかしたら」って思っていたのは、アキちゃんも同じだったんだろう
でも彼女の震える手が、エア様の白くて冷たい頬に微かに振れた瞬間…………彼女ははっきりとエア様の死を悟って、ガクッと全身の力を失ってしまった。まるで、精巧なロボットがエネルギーを絶たれて止まってしまったみたいに。エア様の遺体に生気を吸い取られて、アキちゃんまで死んでしまったみたいに……。
「お……ね……」
もう、エア様を呼ぶ元気さえもない。口の奥からかすかに風が抜けるだけ。
ただ、涙だけはいつまでも枯れずに、流れ続けていた。
「……」
抜け殻のようになってしまったアキちゃんに、何もしてあげることのできない自分が、歯がゆい。
こんなとき、私が元の世界で見ていたハッピーエンドの物語なら……かわいい女の子の流した涙が奇跡を起こして、死んでしまった人さえも生き返ったりするんだけど……。
そんな都合のいいことは、現実には起こらない。現実はもっと残酷だ。
1度死んでしまった人は、生き返ったりしない。
失われたものは、もう2度と戻らない。
傷つけられたものは、ずっと傷つけられたままなんだ。
だからこそ、せめて……。
「失われたもの」は助けられなくても、「残されたもの」に少しでも救いがあるように……私は、私たちは、前に進まなくちゃいけないんだ。
そう自分を奮い立たせて、改めて、アキちゃんとエア様の遺体から目を外して、部屋の中を見回した。
エア様の部屋は、『管理者』っていう、この『亜世界』で1番えらい地位の人の部屋と思えないくらいに、シンプルで質素だった。家具と呼べるのは、私たちが入ったところから見て右の隅にあるベッドと、その脇の小さな机くらい。あとは、左の壁にバスルームに続いているらしいドアがある以外は、他には何もない。私の部屋だってチェストとかクローゼットくらいは有ったことを考えると、多分、エア様自身が望んでこんな風にしているのだろう。
一瞬、家具が椅子しかなかったでみ子ちゃんの部屋に少し似ていると思ったけど、すぐに、それは違うと気付いた。
彼女の場合、あの部屋は完全に仕事部屋っていう扱いで、『研究者』の仕事に集中するために部屋に物を置いてないだけだろう。彼女は『錬金術士』でもあるわけだから、きっとメインの部屋はそっちで、くつろぎたいときとかはそっちを使っているんだ(多分、『4周目』に彼女がトイレに行ったのも『錬金術士』の部屋だったんだろう)。
でもエア様の場合は1人2役なんてしてないから、部屋もここだけのはずだ。もしも部屋が2つあるなら、『建築家』のアキちゃんがそれを把握していないわけがないし。
エア様は、物を持たない主義だったんだろうか? いや……というよりは、余計な物なんて要らないって思ってるんだろう。妹ちゃんたちといるときや、『3周目』に一緒に森の中を歩いたときのあの人は、本当に、すごく楽しそうだった。きっと、今現在この『亜世界』にあるすべての物が、あの人にとっては何より大事なんだ。それさえあれば、他に欲しいものなんてないくらいに。
それなのに……。
気付くと、彼女はやっぱり自殺したんじゃないかと思ってしまっている自分がいた。アキちゃんに偉そうなことを言っておいて、すぐに安易な結論を下そうとする自分が……。
そんな考えを打ち消すために、首を振る。
違う! そうじゃないでしょ!? 私は、そんな風に自分勝手に結論を出したくなかったから、ここに来たんでしょうが! 本当のエア様を知るために……。自分の知らない、エア様だけが知っている真実を知るために……。
エア様の『世界』を知るために、ここにいるんでしょうが……。
なくしかけた決意をもう一度固め直して、私は自分のやるべきことに取りかかった。まずは、バスルームへの扉を開けてみる。中の構造は私の部屋と同じで、特に変わったものはない。
それから今度は、ベッドの方に行ってみる。でもそこも、草を編んで作られた布団が綺麗に畳まれているだけで、気になるところはない。脇の机も私の部屋に有ったのと同じ。引き出しや収納も無いようなシンプルな作りのものだ。
ただ、テーブルの上に木の皮を薄く剥がして作ったらしい1冊のノートが置いてあるのに気付いて、私は動けなくなった。
「これ、は……」
もちろん、ここは私の知ってる世界とは何もかもが違う世界なんだから、形がそう見えたからといって、本当は、全然違う用途の物だって可能性もあるかもしれない。でも、よく見てみると近くにペンの代わりになりそうな木の枝と、インクのような黒い液体の入った小さな容器もある。だから、これが何かを書くための道具であることは間違いなさそうだ。少し躊躇しつつも覚悟を決めて、私はそのノートのページをめくった。
「エア様、ごめんなさい……」
ノートの文字は日本語とも英語のアルファベットとも違う、まるで見たこともないような独特の形をしていた。けど私は特に難なく、そこに書いてあることの意味を理解することが出来た。きっとそれは、前にでみ子ちゃんが言っていた「私が『異世界人』だから『亜世界』が優遇してくれている」っていうののお陰だろうけど、詳しいことはよく分からなかった(今更、そんなこと気にするつもりもなかったけど)。
そこに書いてあったのは、エア様の日記みたいだった。それも、主に妹ちゃんたちのことが中心に書いてある、「妹ちゃん成長記録」って感じの物だ。パラパラとめくってみると、どのページにも端から端までびっしりと、それぞれの妹ちゃんごとに、その日にどんなことがあったのかという事が記録されていた。例えば、「今日は『建築家』が何を作った」とか、「『研究者』がどんな発見をした」とか。それから、「それらの事がどれだけ素晴らしいことか」とか、「それによってこの『亜世界』がどれだけ良くなっているか」、とかまで書いてあって、エア様が本当に妹ちゃんたちのことをよく見ていて、彼女たちの事が大好きだったんだということが伝わって来るような、愛に満ちた日記になっていた。
それに……、
「やっぱり、ね」
読んでみてすぐに分かったけど、その日記の妹ちゃんたちの記述はどれも、『建築家』と『芸術家』、『研究者』と『錬金術士』、『農業家』と『分析家』が、それぞれ一緒に書かれていた。まるで、それらを分けて書くことに意味が無いってことを、知ってたみたいに。
つまりエア様は、妹ちゃんたちの1人2役のことなんて、とっくに気付いていたんだ。
当たり前だよ。
だってあんなに優しくて妹ちゃんたち想いで、日記にびっしりと妹ちゃんたちのことを書いているようなエア様が、彼女たちが1人2役してることを気付かないはずがないもん。妹ちゃんたちがどんなに顔が似てたって、どんなにそっくりに物真似したって、きっとエア様はすぐに気付いてしまったんだと思う。気付いた上で、それが『管理者』の自分を落ち込ませないようにするためだってことも理解して、あえて気付かない振りをしてあげてたんだと思う。私の知ってる、私がこれまでずっと見てきた彼女なら、絶対にそうするはずだから……。
それから、どれだけ私が日記のページをめくっていっても、分かったのは、妹ちゃんたちがどれだけエア様に愛されていたか、っていうことだけだった。エア様が誰よりも妹ちゃんたちのことを想っていて、妹ちゃんたちを残して勝手に死んでしまったりしないってことしか、見えてこなかった。
それは、私が知らなかったエア様の姿じゃない。今まで私が思っていた優しいエア様のイメージを、改めて裏付けただけだ。
でも……私はそれでもやっぱり、ここに来てよかったと思った。エア様の優しさを、改めて確認できてよかったって思った。これまでのエア様と一緒に過ごした1000年近くの間、妹ちゃんたちは本当に幸せだったんだろう。最良で、嫌なことなんて1つも無いような毎日だったんだろう……。そのことが知れただけでも、私は嬉しかった。気付いたら、私の目にもじんわりと涙が浮かんでいた。
そこでふと私は、いつかでみ子ちゃんが言っていた、『亜世界樹』の計算ノートの話を思い出した。毎日書いては消し、書いては消しを繰り返して、結果的に、全部のページに最良のパターンの日記だけが書いてあるノート。もちろんあれは、ただの喩えでしかないから、実在するわけじゃない。でも、今私の目の前にあるこのエア様の日記は、あれとよく似ていると思う。どのページにも幸せな毎日だけが書いてあって、まるで、『亜世界樹』が何度も書き直したみたいで。
だって普通の日記なら、少しは妹ちゃんたちの失敗とか、何か悲しい思いをしたことが書いてあってもいいはずで……………………。
…………え。
そこで私の頭の奥の方で、一瞬だけ何かが閃いた気がした。
その輝きはすぐに姿を消してしまったけど、代わりに、モヤモヤとして曖昧なわだかまりのようなものとして残った。
え……? あれ……これって、もしかして……。
そのモヤモヤは、どんどんどんどん体積を大きくしていって、頭の中を埋めつくそうとしてくる。自分で考えようとしなくても、勝手に頭脳がその「閃き」を先へ進めようとしてくる。
違う……違う、よね? うん、違うでしょ……。そんなわけ、無いって……だ、だって……。
なんとか別のことを考えようとしても、その「閃き」に敵う考えを思い付けなくて、考えたそばから自分で否定しまう。
そ、そんなの……ダメだよ……。だってそれじゃ、悲しすぎるから……。
モヤモヤは、次第に形を持ち始める。「閃き」が「推論」へと変わっていき、エア様が死んでしまった、「理由」になろうとする。
考えがまとまってしまうのから逃げ出すように、私は強引に頭を切り替えた。
そ、そうだ! そういえばこの部屋には、エア様が死んでしまったときに使われたはずの、凶器がどこにもなくない? まずはそれを見つけるのが先でしょ!? そうだよ! それを見つけてないのに、何か結論を出そうとするなんて……そ、そんなのおかしいでしょ!?
焦りと冷静さが同居しているような、奇妙な感覚。
もうほとんど答えは出てるのに、無理矢理別の答えを探そうとしている。そんなことをしても結局何も見つからなくて、最初の「閃き」を証明してしまうだけなのに。
凶器が隠されている場所は、探すまでもなくすぐに思い当たった。ベッドの下。そこには、少しだけど床との間に隙間がある。物がほとんど無いエア様の部屋では、何かを隠そうと思ったら可能性はそこくらいしかない。
しゃがみこんで、ベッドと床の間を覗きこむ。
「!」
そこにあったのは、ナイフのように鋭く尖った木の枝や、丈夫そうなロープ。『3周目』に使われたらしい、太くて先端が尖った丸太の棒や、何かの液体が入っていたような小さな容器も転がっている。きっとその容器の中身は、昨日エア様が飲んだ毒だろう。他にもたくさん、下手に触れば怪我じゃすまなそうな物騒な物が、ベッドの下を埋め尽くすように置かれていた。それらも多分、全部凶器だ。
ふと、そんな物の中に、机にあったのとは別のノートを見つける。恐る恐る手を伸ばして、私はそれを開いてみる。すると、そこに書かれていたのは……。
風の精霊で室内に竜巻を起こして、体をバラバラに切り刻む方法……。毒を作るために必要な植物と、その配合の割合……。体のどこを火の精霊で燃やせば、死んでしまうのか……。そんなことが、さっきの日記と同じ筆跡でびっしりと書かれていた。
私が何も気付いていなかったなら、きっとそれらを見て、「怖い」と思っただろう。虫も殺せないような優しいエア様に、こんな裏の顔が……って。
でも今の私はもう、そうは思わなかった。だってさっきの「閃き」と合わせたら、その「凶器」たちがどんな目的で用意されたものなのかは分かってしまうから。それらが、私の知ってる優しいエア様が、みんなのことを想って用意したものだって知ってしまったから……。
「もう出ましょうよ……」
気付くと、後ろにアキちゃんが立っていた。涙は引いたみたいだけど、目は真っ赤に腫れている。
「これ以上、お姉様のお休みを邪魔したくないわ……」
さっきまでは露になっていたエア様の遺体は、今は何層にも折り重なるように伸びた枝によって隠されていた。きっと、棺の代りにアキちゃんが『建築』した物だろう。エア様の遺体を保護するために。そして、これ以上その痛々しい姿を見なくてすむように。
「……」
彼女に、私が気付いたことを言うべきなんだろうか……。言ったって、余計に悲しい思いをするだけなんじゃないだろうか……。残された人を救うために真実を知りたかったのに、その真実が、こんなことだったなんて……。
でも結局私は、それを彼女に言うことにした。
それがどんなに辛いことでも、アキちゃんたちには、エア様の本当の想いを知るべきだと思ったから……。
「アキちゃん……実は、エア様は……」
「!? どきなさいっ!」
そのとき、アキちゃんが突然駆け寄ってきて、私の体を突き飛ばした。
次の瞬間、さっきまで私がいたところの床が激しく燃え上がって、アキちゃんの体が炎に包まれた。
「あ、アキちゃんっ!?」
「……っ!」
アキちゃんは体にまとわりつく炎を払うために激しく体を振りながら、エア様の部屋の外に出ていく。私もそれを追いかける。
そして私たちが部屋の外に出ると、そこには、でみ子ちゃんとアナがいた。
「随分と、なめた真似をしてくれましたね……」
怒りに体を震わせているようなでみ子ちゃん。さっきの炎は、やっぱり彼女の職能の力だったんだ。
私は炎に包まれたアキちゃんを抱きしめて、またさっきみたいに火の精霊を押さえつけながら、でみ子ちゃんに言った。
「でみ子ちゃん! 違うんだよっ! エア様は、アキちゃんが殺したんじゃなかったんだよっ!」
「言い訳は不要。反論も不可能です。間違いなく、疑う余地のなく、姉様はそいつが殺したのですよ」
「ち、違うよ! エア様は……エア様は……」
もはや迷っている場合じゃない。
私は、さっきエア様の部屋を見て知ってしまった真実を、叫んだ。
「エア様は、誰かに殺されたんじゃない! 罪悪感や何かから逃げるために、自殺したんでもないっ! エア様は、みんなに幸せにするために……みんなと一緒に生きていくために、自ら命を絶ったんだ! 今までずっと、何回も何回も……エア様は、『みんなが幸せじゃなかったパターンを捨てる』ために、あえて『自分で自分を殺して』来たんだよっ!」
「……くっ」
「…………」
でみ子ちゃんの怒りの表情が少しだけ崩れる。アナも、辛そうに顔を俯かせた。もしかしたら2人はもう、その悲しい真実に気付いていたのかもしれない。
でもそのときの私には、一度始めてしまった告白を止めることは出来なかった。
「この『亜世界』の『亜世界樹』は、1日のうちに起こり得る全てのパターンをシミュレートして、その中の最良のパターンを採用する。だから、エア様が死んでしまうパターンは絶対に採用されない……私もでみ子ちゃんも、そう思ってきたよね? だってエア様はこの『亜世界』にとって他に替えのきかない、唯一無二の『管理者』なんだもん。そんなエア様が死んでしまうってことは、他のどんなことよりも大きな損害なはず……。そんな大損害を受けたパターンを『亜世界樹』が選ぶはずはないから、確実に別のパターンが採用される……そのはず、だったよね? でも、そう考えたのは私たちだけじゃなく、エア様自身も同じだったんだよ」
そうだ……。
彼女も、自分が死ぬようなパターンは採用されないということを、知っていたんだ。たとえ妹ちゃんたちがどれだけ辛い思いをしても、たとえ命を落としてしまったとしても。『亜世界樹』が選ぶパターンでは、自分だけは確実に生き残れるということを知っていたんだ。自分がこの『亜世界』で1番重要な存在で、『亜世界樹』が自分を1番に優先するということを、知っていた。
だから彼女は、「あえて自分が1番不幸になる」ことで、その順位を逆転させようと考えたんだ。
「もしも、妹ちゃんの誰かが傷ついたり悲しい思いをしたら……エア様はその度に、その責任をとって自分で自分を殺してきたんだ。彼女が死ねば、そのパターンは必ず『捨てパターン』になる。エア様が生きている他のパターンが残るから、エア様が死んでしまったそのパターンは、無かったことになる。つまり、誰も傷付かなかったことに出来るんだ。そうやってエア様は、『亜世界樹』が完成してから今までの800年間、妹ちゃんたちが悲しい思いをするたびにそのパターンを捨てて、幸せになるパターンだけを残してきた。自分の命を使って、『亜世界樹』の選択を操作してきたんだ。妹ちゃんたちが、毎日楽しく最良の日を過ごせてこれたのは、『亜世界樹』のお陰なんかじゃない。エア様が、何百回も何千回も……いや、そんなもんじゃ済まないくらいにたくさん、みんなを守ってきたからだ。みんなが苦しんだ数だけ、彼女が自分を殺してきたからだったんだよ……」
エア様の部屋には、彼女がどんな時でも死ねるように、たくさんの凶器が用意されていた。たとえ、『農業家』が毒殺の可能性を排除してしまったとしても、体をバラバラにして死ねるように。でみ子ちゃんに言われた私がバラバラ殺人から何かを調べてしまいそうになったら、今度は別の方法で死ねるように。
エア様は、どんな時でも確実に自分を殺せる必要があったんだ。だって自分を確実に殺すことが、妹ちゃんたちを確実に助けられることにつながるから。
「……今までは、それでうまくいっていた。それで、最良のパターンだけを残すことが出来ていた。でも、そんなのたまたまうまくいってただけだったんだ……。『昨日』、私がこの『亜世界』にやって来たせいで、アキちゃんに嫌な思いをさせてしまった。そしてそのことでアキちゃんを追い込んでしまって、彼女はエア様に自分の想いを伝えに行ってしまったんだ。それも1回や2回じゃなく、『亜世界樹』がシミュレートする全てのパターンで、アキちゃんはエア様のところへ行ったんだ……。想いを伝えたアキちゃんに、エア様が何て言ったのかは分からないけど……その事で、エア様はアキちゃんを傷つけてしまったと思った。そして、そのパターンを捨てパターンにしようとしてしまったんだ……。全てのパターンでアキちゃんがエア様に会いに行ったから、エア様も、全てのパターンで自分を殺してしまったんだ……」
1つでもエア様が生き残るパターンがあれば、『亜世界樹』は絶対にそれを選んでいたはずだ。でも、全部のパターンでエア様が死んでしまったのなら……どれを選んでも、結果は変わらない。
この『亜世界』には、エア様を殺したりする娘なんてどこにもいなかったんだ。エア様自身だって、捨てパターンの自分を殺すことで、別のパターンの自分が妹ちゃんたちと幸せに暮らせることを願っていただけだったんだ……。
それなのに……それなのに、こんな結末になっちゃうなんて……そんなの、悲しすぎるよ……。




