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百合する亜世界召喚 ~Hello, A-World!~  作者: 紙月三角
chapter06. Alisa in A-posteriori World
65/110

04

「自殺……。貴女の世界の言葉で、それがどういう意味を持つのかは知りませんわ。でもお姉様がご自分の手で、ご自分の命を終わらせてしまったのは事実ですわ。そして、そんな風にお姉様を追い詰めてしまったのは私……。だから、お姉様を殺した犯人も……私……」

「……う……」

「ああ! こんなことになるのなら、お姉様のご寵愛をいただけないと知ったときに、さっさと私だけが死ねばよかったのですわっ! 自分勝手にお姉様に自分の気持ちを伝えようとなんてしなければ、お姉様はあんなことには……」

「違う…………」

 私の頭の中を、ぐるぐると思考が巡っている。

 今まで見てきたもの、聞いてきたものがフラッシュバックされて、脳内に映し出されては消えていく。きっと、これはさっきアキちゃんの姿に重なって見えたものと同じだ。主観的な記憶の再現。つまり、ただの回想。

「違うよ……」

 そして、主観的で自分勝手な意見だからこそ、私の中では絶対的な意味を持つ考えでもある。私は特にアキちゃんに言うつもりもなく、独り言のようにそんな言葉を漏らしていた。

「エア様は、自殺したんじゃない……」

「……はあ?」

 静かで、でも、はっきりとした私の断言に、アキちゃんはため息のような呆れた声で返す。

「貴女、何を言ってますの? それも、さっきからずっと……」

「エア様は、自殺したんじゃない。それだけは、絶対に間違いないんだ。じゃあ、一体これって……」

「ちょっと、いい加減にしなさいよね……」

「私たちは、何かを見落としている……? それとも、まだ私が知らない情報が……」

「あ、貴女ねっ!」

 ぶつぶつと私が呟く言葉に耐えられなくなったアキちゃんが、大声を上げる。

「何度言わせれば気が済むのよっ! そんなに私を責めるのが楽しいんですのっ!? お姉様はご自分で毒を飲んで、体を切り裂いて、心臓を突き刺したのよっ! 私のせいで真実を知ってしまったから! 私の……私のせいで……!」

 そして彼女は、ペタリとその場にしゃがみこんでしまった。

「ああ……そんなの、分かってますわ……。私が全部悪いんですわ……。私が、お姉様を殺したから……」


 そんなアキちゃんが見ていられず、私は彼女の肩に手をかけて寄り添ってあげようとする。でも、そんなのは余計なお世話だったらしく、彼女は乱暴に私の手を払ってしまった。

 しかたないので、声をかけるだけにする。

「違うよ、アキちゃん。エア様は自殺したんじゃないよ。エア様が死んでしまったのには、何か別の理由があるんだよ」

「っ!」

 その瞬間、アキちゃんは恐ろしい形相で私をにらみつけた。今度のそれは、明らかに私に向けられている敵意……いや、むしろ殺意だ。

「適当なこと言うんじゃねーですわっ!」

 その言葉と同時に、周囲の地面や木々が、一斉に私に向けて枝を伸ばしてくる。そして私の首と、手首と、足首に纏わりついて、私を空中に吊し上げてしまった。それは、『建築家』の職能によるアキちゃんの攻撃だった。

 空中で磔のような体勢になって身動きの取れない私。アキちゃんは涙を流しながら、怒りの表情で叫ぶ。

「これ以上お姉様のことを侮辱するようなら、容赦しませんわよっ! どうせ私は、これからお姉様の後を追って自分の命を絶つのですわ! だから貴女ごときを殺すことなんて、何でもないんですわよっ!」

「あ、アキ、ちゃ……ん」

 私に纏わりついている枝の力が増していく。首を絞め上げられて、上手く言葉が出せない。でも、それでもなんとか彼女に自分の考えを伝えようとする。

「え、エア様は……自殺じゃない……よ」

「まだ言いますのっ!? もう勘弁なりませんわっ!」

「エア様は、自殺なんか……しない……絶対に。だって……」

「か、覚悟なさいっ! こうなったら、今すぐにでも……」

「だって、そんなことをしたら……皆が悲しむって知ってるはずだから……」

「……!?」

 アキちゃんが操る『亜世界樹』の枝の力が、少しだけ弱まった。その隙に私は両手を動かして枝を掴んで、そこに宿る木の精霊に「動きを止めて!」というメッセージを送った。何回かこういうことをやってきたお陰で、まだ少しだけだけど、精霊を使うコツみたいなものが掴みかけてきたみたいだ。私の働きかけに答えて、枝はその動きを更に弱めてくれた。

 私はそれから、首を絞める枝を引っ張って少し隙間を作って、アキちゃんにはっきりと言った。

「エア様は、誰よりもみんなのことを愛していたんだよっ! いつもいつも『亜世界』のみんなのことを考えていて、自分を犠牲にしてでも、みんなのために尽くしてくれていたんだよっ! ……こんな私でも、この『亜世界』にとって必要だって思わせてくれるような、本当に優しい人なんだよっ!」

「そ、そんなの……」

 一瞬ひるむアキちゃん。でも、すぐに私に反論する。

「そんなの、私だってとっくに知ってますわっ! でも、お姉様はそんな風にお優しいからこそ、自分が知らないところで妹が3人も死んでいたということに……ショックを受けて……」

「違うっ! 全然違うよっ!」

 でも、そんな反論は私には届かなかった。

 もう今の私には、迷いはなかった。ある意味じゃあ、確信すらあったって言ってもいい。


 だって私は、今まで何度も見てきたんだもん。4回も『昨日』をループして、誰よりも優しいエア様に、何度も会ってきたんだもん。

「エア様は優しいんだっ! みんなことを1番に考えてくれてたんだっ! だから、今自分が死んでしまったらアキちゃんが……他の妹ちゃんたちが、ものすごく悲しい思いをするって知ってたはずなんだ! そんなことを、あの優しいエア様がするわけないじゃないっ!」

「そ、そんなこと……言ったって……」

 そしてこんなことは、アキちゃんだって知っているはずなんだ。たった『4周』しか一緒にいなかった私なんかよりも、1000年近くの間ずっとエア様のことを見てきたアキちゃんの方が、エア様のことをもっとよく分かってるはずなんだ。

「だって……だって、それじゃあ……どうして……」


 いつだったか、『研究者』のでみ子ちゃんが言っていた。

 暴力とは、心の弱い者が強い者を排除しようとしたときに発生する。

 その言葉が真実なら、やっぱりエア様は自殺なんかしない。あの人は、たとえ自分相手にだって暴力をふるったりはしない。だってエア様は、誰よりも心の強い人なんだから。

 いつだってみんなのことを考えていて、もしも妹ちゃんの誰かが自分を憎んでいるのなら、自分はその娘に殺されてもいいなんて言ってたエア様。そんなエア様だからこそ、自分で自分を殺すなんていう短絡的で幼稚なことはしない。

 ……そういうのは、短絡的で幼稚で、心の弱い私が考えてきたことだもん。あのエア様がそんな私みたいなこと、するわけがないんだ。


「わ、私だって……本当は信じられませんわ。信じたくなんか、ないわ……。でもそれ以外に、あり得ないじゃない……」

 アキちゃんの全身から力が抜けて、怒りの形相が収まってくる。

 それに従って、私を縛り付けていた『亜世界樹』の枝がもとに戻っていく。空中に持ち上げられていた私の体も、だんだんと地上へと降りていく。

「私が部屋を出るときには、確かにお姉様は生きていたのよ。そして私が部屋を出たあと、お姉様はまた部屋に鍵をかけていた。それなのに、朝になったときには…………。これでお姉様がご自分で命を絶ったのでないとしたら、一体、どういうことなの? 分からない……分からないわ。どうして……? お姉様は一体、どうして……?」


 そう……。やっぱり、そうなんだよ。

 でみ子ちゃん、やっぱり今の私たちに必要なのは復讐じゃない。自分の許せないものを排除することじゃない。理解できないものに対して「どうして?」って、「問う」ことなんだよ。

 エア様は、どうして死ななければいけなかったのか? アキちゃんと会ったとき、そして彼女と別れた後のエア様は、一体どんなことを考えたのか?

 私たちは、エア様のことを知らな過ぎたんだ。だから、知らなくちゃいけないんだ。


 本当は、もっと早くそれに気付いていれば……。生きているうちにエア様のことをもっとよく知ることが出来たなら……。こんな風にならずにすんだのかもしれない。こんな悲しい結末を、避けられたのかもしれない。今更それを知ったところで、何も変わらないのかもしれない。

 でも、それでも……、

「どうしてエア様が死んでしまったのか? 全ては、その『答え』を見つけてから始まるんだ……」





 それから。


 エア様が死んでしまった理由を解き明かすために、私はもう1度、今までにあったエア様との思い出を思い返してみることにした。『1周目』の初対面のときから、『4周目』に眠る直前に声を聞いたこと。そして、『亜世界樹』のシミュレートが終了して、実際にエア様が死んでしまった昨日のことを。

 何か、私の知らないエア様を知るきっかけはないか? どこかにそのヒントはないか? それを考え続けた。


 そして、ふと気付いた。

 そういえば1度だけ、エア様の様子がおかしかったことがあったな、って……。


 あれは確か、『3周目』の朝。目が覚めた私が、エア様と一緒にでみ子ちゃんの部屋に行ったときのことだ。『2周目』にあったことについて、私がでみ子ちゃんと話していたとき。あのときのエア様は、なんだかちょっと挙動不審だった。

 いや、挙動不審って言っちゃうと、ちょっと失礼かもだけど……なんか、最初はびくびく何かに怯えていたみたいだったのに、途中から、今度はその反対に突然テンションが高くなってしまったんだ。まるで、何かすごく恐れていたことがあって、それが途中で解消されたみたいに……。

 まあ、あのときはちょうど、「エア様の部屋には鍵がかかっている」、「エア様が5属性の精霊が使える」っていうのが分かったときだったし。多分あの挙動不審な感じも、5属性の精霊を使えるっていうことにエア様が謙遜していただけだとは思うけど……………あれ? いや、違うでしょ……。

 エア様の部屋の鍵の話が出たのは、エア様が「怯えていた」のが「ハイになった」、更にその後だ。その挙動の変化に、鍵のことは関係ない。

 じゃあ、一体何? エア様はあの時、何に怯えていたの? 私は更に慎重に、あのときのことを思いだしてみることにした。


 確か。

 あのときはでみ子ちゃんが、バラバラにされたエア様について、私に質問をしていたんだっけ。バラバラのサイズとか、何かなくなっているパーツはないか、とか。そのときのエア様はまだ、何かに「怯えていた」……っていうか、なんか私に怯えているみたいだった。でもそれから、私がでみ子ちゃんに「気を失って何も見てない」って言ったあと、エア様は何故か「ハイ」になっちゃったんだ。

 あのときのエア様がずっと「落ち込んでいた」っていうのなら、何もおかしなことはない。あるいは、最初は「ハイ」だったのが、私が犯人につながる情報を何も見ていないって言って、がっかりして「落ち込む」っていうのなら、まだ理解できないこともない。でもあのときのエア様は、その逆だった。

 まるで、「自分が死んでいるところに出くわした目撃者が、何も見てない」のがうれしい、安心した、とでも言うみたいに……。

 自分の死体を見られたくなかった? いや、違う。私はあのとき、「エア様の死体を見たショックで」気を失って何も見てないって言ったんだ。だから、死体を見られなくて安心したってわけじゃない。実際エア様自身その後に、「気持ち悪い思いをさせて申し訳ありません」なんて言っていたわけだし。

 ってことは、もしかして……。

 あのときあの場所には、死体以外に「エア様が私に見てほしくないもの」があった……?



「……部屋だ」

 うずくまってずっと考え込んでいた私は、突然立ち上がってそう言った。

「アキちゃん! 分かったよ、エア様の部屋だよっ!」

 隣にいたアキちゃんは、そんな私に驚いて、数歩後ろに退く。

「は、はあ? い、いきなり、何を言い出しますの!?」

 気味悪がって、警戒している様子の彼女。眉をひそめてこちらを伺うその表情は、まるで私に「とうとう頭がおかしくなったの?」とでも言っているみたいだった。

「やっぱり貴女、頭がおかしかったのね!」

 ……実際言ってた。しかも、決めつけ口調で。


 ま、まあ、彼女の毒舌は今に始まったことじゃないし。

 彼女のそんな言葉にはめげずに、私は続ける。

「エア様は、自分の部屋に何かを隠している……。それはきっと、私たちがまだ知らない『本当の彼女』につながるものだよ。だから、今の私たちはそれを見なくちゃいけない。昨日のエア様に何があったのかを知るために、それを知らなくちゃいけないんだよっ!」

 当然のように、アキちゃんは反発する。

「ば、バカじゃないの! なんでそんなことしなくちゃいけないのよ! 勝手にお姉様の部屋に入るなんて、そ、そんなの、お姉様のプライバシーの侵害じゃない! 野蛮だわ!」

 確かに、それは普通に考えたら、アキちゃんの言う通りだ。本来なら、私たちはちゃんとエア様と話し合って、お互いのことを知り合って、信頼の証として「本当の彼女」を教えてもらうべきだった。断りもなく勝手に部屋を見るなんて、エア様に対してすごく失礼な行為だろう。……でも。

 残念ながら、もうこの『亜世界』にはエア様はいないんだ。彼女が死んでしまった以上、残された妹ちゃんと私がエア様のことを知るには、もう、こんな方法しか残されてないんだ。


「そうだね……」私はアキちゃんに微笑む。「こんな野蛮な方法、きっとエア様が知ったら、怒るよね。嫌われちゃうよね……。だから、アキちゃんはここにいていいよ。エア様の部屋には、私1人で行くから……」

 これは、私の勝手な考え。私の主観に基づいた、根拠のない行動。そんなものに、他の人を巻き込むわけにはいかない。だから私は彼女に背中を向けて、『亜世界樹』の方に向かって歩き出した。




「さて……と」

 とはいえ、これから私がやろうとしていることは、口で言うほど簡単じゃないだろう。なんたって、まだあの『亜世界樹』の中には、アナとでみ子ちゃんがいるんだから。

 世界をスキャンして、誰がどこにいてもたちどころに分かってしまう『分析家』のアナと、あらゆる物を別のあらゆる物に変換できる最強の職能を持つ、『錬金術師』のでみ子ちゃんが。

 さっきアキちゃんと一緒に逃げ出したときは、2人も私があんなことをするなんて思ってなかっただろうから、なんとか出し抜くことが出来た。けど今回は、さすがにそうはいかない。きっと2人とも、アキちゃんを逃がした私のことをすごく怒ってるだろうし、2人が本気でかかってきたら、いくら私が5属性の精霊を使えるからと言って、相手になるとは思えない。出来れば2人に会わないうちにエア様の部屋に行けるのがベストだけど……でも、アナがいる以上はそうもいかないだろうし……。

 そんな風に、どうやってエア様の部屋に行こうかと考えを巡らせていたとき。突然、背後から誰かに抱きつかれた。


「!?」


 少しの焦げ臭さと、それをすぐに忘れさせてくれるような、フローラルないい匂い。私の腰を取り囲む、華奢な両腕。背中にダイレクトに伝わってくる、可愛らしい細身の体の感触。胸の柔らかさは……あんまりないけど。でも、この感触は間違いなく女の子のものだ。

 つまり、さっきまで後ろにいたアキちゃんが、いきなり私に抱きついてきたってことで……。ちょ、ちょっと、こ、これって……。

「あ、あ、あ、あ、あ、あのののの……」

 ど、ど、ど、どういうこと……? ど、ど、ど、どういう状態?

 だ、だ、だって、アキちゃんは、私のことが嫌いだったんじゃないの? でも、今のこれってその……「行かないで」的な……? 「離さないわ」的な……?

「え、え、えと……えぇっとぉ……あ、アキちゃん……? そ、その、もしかしてこれって、わ、私のこと……」

 そ、そうなの? で、で、でも、アキちゃんはエア様のことが、アレだったわけで……。それを、いきなり私に抱きつくって……。そ、そりゃ、さっきは私、彼女の命を救う的なことをしちゃったわけだし、それキッカケで、私のことを……アレになっちゃったとしても、それはまあ、無理もないのかもしれないけどさ……。

 で、でも、いきなりこんなことになるなんて……そんなの私、想像もしたことなかったから……。

 え? も、もしかして、「いきなり」じゃなかったりして……? 本当はアキちゃんは、ずっと私のことを……密かにアレしてて……。でも、それが恥ずかしかったから、今まで悪口いったり意地悪しちゃってたっていう……。ツ、ツンデレ? ツンデレだったの……? そんでその想いが、とうとう爆発しちゃったっていう……。


 私の腰に回されているアキちゃんの両腕が、まさぐるようにもぞもぞと動く。くすぐったいような気持ちいいような、不思議な気分になって、ゾクゾクっと体が震える。

 やがて彼女のその手は、私の腰から、更に下の部分へとスライドしていって……。

「ちょ、ちょーっ! さ、さすがに朝っぱらからこういうのは、良くないってばっ! い、いくら、アキちゃんが私のことを……」

 焦りまくった私が、そんな彼女の両手をつかんで後ろを振り向く。すると……、

「……あ、あれ?」

 そこにあったのは、心の底からドン引きしているアキちゃんの表情だった。


「……貴女、一体何言ってやがりますの? 超絶気持ち悪いですわ……」

「え? い、いや、だって今……」

「もしかして、『私が貴女のことを好き』だとか言うつもりだったんですの……? はっ……。そんなことあるわけないじゃない。馬鹿も休み休み……いいえ、もう2度と言わないで欲しいですわね。不愉快過ぎて、ゲロ吐きそうですもの」

「な、な、な、何それぇーっ! だ、だってアキちゃんが、さっき私に抱きついてきたから、私てっきり……」

「私が貴女に、抱きつく……? 私がいつ、貴女みたいな汚物に抱き付いたって言うの? ひどい名誉棄損ですわ。それ以上言うと、木の葉で包んで川に流しますわよ?」

「え? だ、だって……じゃあ、さっきのは?」

「さっきのは、抱きついたんじゃないですわ……」

 そういいながら、アキちゃんは私から離れて、森の木々が開けた場所まで歩いて行く。そして、その真ん中で静かに深呼吸を始めた。

「え……」

 その瞬間、周囲の空気が変わって、彼女が不思議なオーラに包まれたような雰囲気になった。それは、私が『1周目』に初めて見た『建築家』の職能……私のために犬小屋を作ってくれたときの、『建築』風景によく似ていた。

 それから彼女は深く吸い込んだ息をふぅーっと吐いてから、こう言った。

「抱きついたのではなく……寸法を計っていたのよ、貴女の」

 ダイヤモンドダストのような吐息が、周囲の地面に降り注いでいく。そして……。

「え? 私の寸法………って? え? え? ……えぇっ!?」


 彼女の吐息が落ちた地面が粘土のように動いて、形作ったもの。それは、家やテーブルのような家具じゃなく、人の形だ。それも、コピー&ペーストされたように完全に瓜二つな、「私」にそっくりな形の木の人形だった。

「こ、これって……私?」

 やがて、うごめいていた木々が動きを止めると、アキちゃんの周囲には、私の形をした人形が5体くらい作られていた。

 で、でも……何のために?


「向こうには、最強の索敵能力をもつ『分析家』がいるのよ? 彼女の職能にかかれば、貴女なんかお姉様の部屋に行く前に、あっさり見つかってしまうに決まってますわ。……だけどそれは、逆に言うと『分析家』さえ出し抜ければ、誰にも見つからずにお姉様の部屋に行けるかもしれないということ。あの娘の職能は、風の精霊を使って世界をスキャンする能力。つまり、空気に触れる面積が貴女と同じものがあれば、それを貴女だと勘違いしてくれるかもしれないわ……。だから貴女の体の寸法を調べて、貴女にそっくりの形をした人形を作ったのよ。ちょっとおぞましい光景ですけど……これで少しは、時間稼ぎ出来るかもしれませんわね」

 ふてくされたような顔で、私と目を合わせずに彼女はそう言った。

「あ、アキちゃん……」

 そ、そんな……。つ、つまりアキちゃんは、私のためにやってくれたってこと? エア様の部屋に行こうとする私を、手伝ってくれたってこと……?

「勘違いしないで下さる? 私、貴女に借りを作りたくないだけですの。一応、さっきは貴女のおかげで命が助かったようなものですしね」

「う、うん……ありがとう。ありがとうね……アキちゃん……」

 嬉しくって、ぷるぷると体が震えてしまう私。やっぱりこの娘、すっごくいい娘じゃん……。よかった。私がしたことは、何も間違ってなかったんだ……。

 彼女のその行動によって、そのときの私は、更に自分の決意を固めることが出来たのだった。




「じゃあ私はこれから、この『亜世界』中にこれと同じ人形を作りますわ。だから、その間に貴女はお姉様の部屋を目指して……」

「うん……」

「な、何よ? まだ、何か不満なの……?」

 アキちゃんが作ってくれた私の形の塑像。それは、本当に申し分のない出来だった。私の世界のどんな業者に依頼したとしても、こんなにそっくりな形に作るのは多分無理だろう。あえて不満をあげるなら、全体的に木で出来てるから色味が茶色っぽいっていうことと、もう少し胸が大きい方が立体としてのバランスがいい気がするけど……まあ、それがなくても充分私の可愛さが表現できてるから、良しとするか……なんて、そんな自虐っぽいことを言ってる場合じゃなくて。

 考え事をしている私のことを、怖気づいてしまったとでも思ったのか、アキちゃんが言う。

「確かに……たとえ『分析家』の目を一時的に誤魔化すことが出来たとしても、貴女がお姉様の部屋に行ける可能性は、良くて5分5分ってところでしょうね。そして、もしも失敗して発見されてしまえば、その時は『錬金術士』が貴女を生かして置かないでしょう……。どう? お姉様の部屋に行くのを、やめたくなったかしら?」

「い、いや……」

 アキちゃんの言葉については、私も否定するつもりはない。

 多分、これだけアキちゃんに助けてもらえても、まだエア様の部屋に行ける確証にはならない。……というか、多分行くのは無理だろう。でも……。

「アキちゃん……1つ、聞いていい?」

 実は私には、ちょっと考えていたことがあった。だからそれが本当に実現可能なのかどうか、アキちゃんに聞いてみることにしたんだ。

「何ですのよ?」

「アキちゃんのさっきの力は、『建築家』の職能だよね? じゃあさ、あれと『芸術家』の職能を、同時に使うことってできるの?」

「はあ?」

 突然変なことを聞いてきた私を、バカにするような顔になるアキちゃん。でも、私の真剣な表情を見ているうちにそれが冗談ではないと分かってくれたらしく、渋々それに答えてくれた。

「……確かに私たちは、1人で2つの職業を兼任していますわ。だから、1日のうちのその2つの職業に割り当てられた18時間内であれば、2つの職能のどちらでも自由に使うことが出来る。でも、その2つの職業の職能を同時に使うのは、不可能なのよ。なんて言うかそれは……それぞれチャンネルが違うのよね。1つの職業にはその職業特有の価値観や、独自のお約束みたいなものがあって、それを意識的に切り替えないと、その職業の職能を使うなんて出来ないんですわ」

「それって、でみ子ちゃんやアナ……つまり、『錬金術師』や『分析家』でも、知ってることだよね?」

「もちろんそうですわ。1人で2つの職業を担っていても、1度に使えるのは1つの職業の職能だけ。そのことは、『錬金術師』と『研究者』、『分析家』と『農業家』についても同じことですし、私以外の2人も当然知っていますわ」

「そっか……なるほど……」


 どうやら、これで何とかなりそうだ。

 アキちゃんが手伝ってくれるおかげでエア様の部屋に行くことが出来そうだと分かって、私はそこで、満足気に小さく1回頷いた。


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