01
「う、うう……うう……」
木製の作業机にもたれて、嗚咽を漏らしているアキちゃん。
私は立ち尽くしたまま、それを見降ろしている。
でも、やがて。
「私が……」
そんな手持無沙汰の状態に耐えられなくなって、私はぽつぽつと喋り始めた。
「エア様を殺した犯人を考えたときに最初に悩んだのは……妹ちゃんたちの『9時間シフト』だったの」
それはまるで、推理ドラマで犯人に自分の推理を聞かせている探偵みたいだった。
「『1周目』と『2周目』にエア様が殺された時間は、夜の1時から6時までの間だよ。だって、それ以外の時間は常に私がエア様のそばにいて、彼女が生きていることを確認していたから。だから犯人は、エア様が夜の1時に部屋に戻ってしまってから、朝の6時に死体となって見つかるまでの5時間の間に、犯行に及んだんだ」
「あ、ああ……」
アキちゃんは相変わらず、机に突っ伏して泣いている。
その声も調子も全然変わらず、私の話を聞いてくれているのかもどうかもわからない。それでも私は、そのまましゃべり続けた。
「だから私は最初、犯人はその5時間の間に起きている娘の中の誰かだって思ってたんだ。毎日朝の9時に起きて夕方6時に眠ってしまうアキちゃんと、お昼の1時に起きて夜の10時に眠ってしまうけみ子ちゃんは、その犯行推定時刻にはアリバイがあるから、犯人じゃないって思ってたんだ……」
私の世界のサスペンスドラマとかだと、犯行時刻に眠っているって言うと、アリバイがないっていう意味になる。だけど、この『亜世界』ではその逆で、眠っているっていうことは逆にアリバイがあるってことになるんだ。だって、この9時間シフトは誰にも逆らうことが出来ない、絶対的なルールだから。
もちろん、そもそもこの9時間シフト自体が嘘じゃないの? 本当はみんな、好きな時間に寝起き出来るんじゃないの? ってことは、私だって考えた。でも、『3周目』に私とエア様がでみ子ちゃんの部屋に行ったときに、彼女はその可能性を完全に否定してくれた。
9時間シフトは絶対に揺るがない真理。
変えようと思っても、変えることは出来ない。
そう言ったときの彼女からは、嘘をついているような感じはしなかった。本当に、心の底から正しいことを言っているってことが、理屈じゃなく感情的な直感として伝わってきたんだ(多分それは、デフォルトで5属性の精霊を使える『異世界人』の私が、アナみたく、でみ子ちゃんの心の精霊を読み取ったってことなんだろうけど……)。
だから、この9時間シフトは嘘じゃない。
つまり犯人はそのシフトで、1時から6時に起きている4人のうちの誰かで……。
「でもその後で、9時間シフトで犯行時刻に起きていた妹ちゃんたちにも、エア様を殺すことなんて出来ないってわかった……エア様の部屋には、5属性の鍵がかかっていたから」
そう。
そこで私は、よく分からなくなってしまった。
「エア様の部屋に入るには、5つの属性の精霊の力が必要。でも、妹ちゃんたちが扱える精霊はそれぞれバラバラで、1人で5属性を持っている娘はいない。しかも9時間シフトと合わせて考えると、複数人の組み合わせでも、5属性を揃えることは出来ないんだ。だから私は、今この『亜世界』にいる6人の妹ちゃんたちは、犯人じゃないって思おうとした。それで、死んだと思った『宇宙飛行士』が本当は生きているって考えたんだけど…………でもそれも、『4周目』にでみ子ちゃんに違うって言われて……」
それで結局、残った可能性は……私が犯人……。
あのときにでみ子ちゃんに言われたそんなことを思い出して、気持ちが滅入りそうになる。
その考えを打ち消すように、私は少し調子を強めて言葉を続けた。
「あ、あと、『4周目』にアナが私にやってくれたんだけど、彼女の職能で心の精霊を活性化させると、眠気を飛ばすことが出来るでしょ? だから、犯人があれを使ったって可能性も一応考えたの。もしも、アナのあの能力が他の妹ちゃんたちにも使えるとしたら、好きな時間まで他の妹ちゃんたちを起こしておくことが出来るわけだから、9時間シフトは考えなくてよくなるでしょ? そうなれば、5属性の精霊を揃えることだって簡単に出来るってことで……」
もしもそれが可能なのだとしたら。
アナは心と風の精霊を使えるから、あと必要なのは、木水火の精霊。その中でも、木と火は同じ時間帯に起きているあーみんとでみ子ちゃんが協力すればまかなえるから、実質必要なのは水の精霊だけ。そして、水を持っているのはアキちゃんとけみ子ちゃん。つまり、その2人のどちらかを最短でも夜の1時までは起こしておけば、エア様のかけた鍵を開けることが……。
でも結局、私はその考えも間違いだったってことに気付いたんだ。
「実は『3周目』の私って、夕方の5時から深夜の2時まで、ずっとアナと一緒にいたんだよ。その時間は、彼女の9時間シフトの時間と一致する……。つまり私はその日、アナが『亜世界樹』の自分の部屋から起きてきてから、9時間たって自分の部屋に眠るまでの間、ずっと彼女の様子を監視していたってことになるんだ。もちろんその間、彼女は私以外の誰とも会っていない……」
つまりその日のアナには、私以外の誰かのおでこにキスをして心の精霊を活性化することなんて出来ないし、その誰かと力を合わせてエア様の部屋の鍵を開けるなんてのも、到底無理なんだ。
「そもそも、もしもアナの職能が、誰かを9時間以上起こしておくことが可能なんだとしたら、でみ子ちゃんは9時間シフトを『真理』なんて言わないと思う。だから実際には、その力は他の妹ちゃんたちに使うのは不可能なんだと思うけどね……」
つまり、9時間シフトは破れない。でも、それを守っている限り5属性を揃えることは出来ない。どんな方法を考えても、結局は行き詰る。まるで失敗作のパズルだ。
5属性の鍵と9時間シフトがある限り、どんなことをしても妹ちゃんたちにエア様を殺すことなんてできなくて、まして、目の前のアキちゃんになんて絶対に不可能だ。だから、エア様を殺したのは私……。
私だって、そう考えたかったよ……。
それが結末で、私が死ぬだけで全てが丸く収まるなら、どれだけよかったか……。
「でも私、気づいちゃったの……」
私は、机にうつ伏せになっている彼女の背中を見る。
その、小さくて、か弱くて、とても人殺しなんかできなそうな、1人の女の子の背中を見つめた。
「5属性の鍵と9時間シフトをくぐりぬけて、エア様を殺す方法が……もう1つだけあるってことに……」
もしも私が、「七嶋アリサ」じゃなかったなら……。
「犯人は私だ」っていう、でみ子ちゃんの推理を、迷うことなく信じることが出来ただろう。例え、それ以外の方法を思いついていたとしても、そんなの気付かない振りをして、私を断罪して、エア様を殺した罰として、自分で自分を殺すことを選んでいただろう。
でも残念ながら、私は「七嶋アリサ」だった。恥ずかしげもなく、どうしようもなく、バカみたいに絶望的に、「七嶋アリサ」でしかなかった。だから、「七嶋アリサ」がエア様を殺してないってことを、知ってしまっていたんだ。
他の人から見れば、「七嶋アリサが犯人」で全てがうまくまとまるのに……。それが真実でないことを、私だけが知ってしまっていたんだ。
「だからこれは、消去法……。決定的な証拠なんか、どこにもないよ。他のあらゆる方法が不可能な状況で、唯一エア様を殺すことが可能な方法が、アキちゃんが犯人の場合だけだったんだ……」
きっと今の私は、彼女が私の言葉を否定してくれることを願っていたんだと思う。
こうやって、自分が気付いてしまった可能性を彼女に言うことで、それがどれだけあり得ないことかを思い知らせて欲しかったんだと思う。
そんなの、全部あんたの妄想ですわっ! 私がお姉様を殺すなんてあり得ないじゃないっ! バカなこと言ってるんじゃねーですわっ!
……なんて言って、前みたいに私を罵ってくれるのを望んでいたんだ。
でも、実際の彼女はさっきからずっと、肩を揺らして泣いているまま。ときどき、かすれ声で「ああ……」とか、「お姉様……」なんて言葉をこぼすだけだ。
その様子は、私の言葉を肯定しているようにしか思えなかった。
「あーあ……」
今の自分が、彼女を傷つけていることには気付いていた。でもそれで萎縮するには、私は他人を傷つけすぎたんだと思う。自分の存在は、他人を傷つける。自分がいるだけで、誰かが悲しんでしまう……。
だから私は、そのあとの言葉を続けた。彼女を追い詰める、決定的な言葉を。
「アキちゃん……貴女は、『建築家』のアキちゃん……でも同時に、『芸術家』のあーみんでもあるんだ。1人2役……。貴女は朝の9時に起きて、夜の6時に眠りにつくまで『建築家』を演じる。そして夜の9時にもう1度、今度は『芸術家』として目覚めていたんだ。つまり、この『亜世界』にいたのは7人のエルフじゃない。エア様と5人の妹……6人のエルフしかいなかったんだよ」




