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アカシニアの新世界帝国建国記 その2

 炎の魔法を使用したランタンの薄暗い明りが、室内を照らしている。十数列並んだ長椅子。奥には祭壇があり、ところどころ色彩の剥がれ落ちた壁画がある。そこは、かつては聖堂として使用されていた場所のようだ。

 アカシア城の中枢に、地下へと続く長い階段があり、そこを延々と下り続けると現れる巨大な金属製の扉を抜けた先にあるのが、その聖堂だ。入口には、魔法による強固な封印と屈強な衛兵による24時間体制の監視がついており、その中に入ることが出来るのは、神聖アカシア帝国の中のごく少数の人間のみに限られていた。

 今、アカシニアはその聖堂の中の椅子に座り、1冊の本のようなものを読んでいた。ただでさえ、そこに書かれているのは既に数百年以上前に失われてしまった古代文字であり、その上、長い時代を経てその本の印字自体が薄まってしまっているので、それを読むことはかなり難解だったのだが……彼の頭の中にはその本の内容がすっかり入っていたので、それが問題になることはなかった。

 それは、彼がいる『亜世界』の成り立ちを記した叙事詩。1つの異世界が壊滅し、『亜世界』として分断されるまでの経緯を記した物語。代々アカシニアの血筋の者が後世へと引き継いできた、門外不出の家宝のような存在だった。

「……………」

 彼は時折、その本の一節を口に出して読み上げる。するとそのたびに、彼の周囲を淡い光のようなものが包み込み、蜃気楼のように空気が揺らいだ。その現象は、その書物に込められた力がどれだけすさまじいかということを物語っているようだ。

 しかし、そんな力を前にしたアカシニアの表情は何故か冴えず、まるで、その力が何かの呪いであるかのように、彼はその淡い光に包まれるたびに表情に陰を落とすのだった。



「失礼いたします」

 聖堂の扉の外から、しわがれた男の声が聞こえる。

 アカシニアは本に目を落としたまま、返事をする。

「何ですか?」

「陛下、爺やにございます。例の、モンスターの『管理者』についてご報告させていただきたいことがございまして……」

「入って下さい」

「え?」

「扉を開けて、こちらに来て下さいと言っています。話はこちらで聞きます」

「し、しかし……」

「いいから、入りなさい」

 最初は渋っていたが、アカシニアの強い言葉に最後には負けてしまったようだ。ゆっくりと扉を開き、その声の主の、アカシニアの側近の老人の男が聖堂の中に入ってきた。


「陛下……。このような、王族のみが立ち入れる神聖な場所にわたくしめをお呼びいただけたこと、光栄の極みなのですが……し、しかし、これでは先代まで続いてきた伝統を汚してしまうことに……」

「どうしましたか?」

「へ、陛下……」

 部屋に入ってきたものの、自分の立場を気にしているのか、その老人は部屋の入口に入ってすぐのところからで立ち止まっている。それを特に気にした様子もなく、アカシニアは話を続ける。

「下らない伝統を気にする必要はありません。それより、あのモンスターについての報告とは何ですか? まさか、あいつを取り逃がしたとでも言うのですか?」

「あ、いえ……それは、その……そうなのですが……」

「本当に逃がしたのですか? ……はあ、なんてだらしない。何のために、契約を結んでヤツラを弱体化していると思っているのですか? これでは、我が国は他国のいい笑い者だ」

「それが……今回の逃亡劇には、どうやらアヴァロニアの者が一枚噛んでいたようでして……」

「何……?」そこでやっと書物から目を離し、アカシニアは老人の方を見た。「そうか、アウグストが……」

「はい。あの『管理者』モンスターを監視していた衛兵の中に何者かが潜り込んでいて、逃亡を後押ししたということはすぐに分かりました。しかし、それも所詮はモンスターの仲間の連中か、アーク・エルあたりのモンスター擁護派の仕業とタカを括って、甘く見てしまっていたのです。追手もそのつもりで、いつでもこちらで始末出来るような下級の者を派遣していたのですが……。相手がアヴァロニアとなると、あやつらには荷が重過ぎるでしょう。恐らく、モンスターはかの国の手に渡ってしまったと考えて、間違いないかと……」

「そう、ですか……」

「申し訳ありません…………。つきましては、早急に騎士団の中から少数精鋭の奪還部隊を編成し、かの国に忍び込ませようかと思いますが、その許可をいただきたく……」

「必要ありませんね」

 しかし、アカシニアは即答する。

「は、はい?」

「アウグストが欲しいのであれば、くれてやればいいでしょう。どうせモンスターなど、赤子以下の力しかない隷属生物に過ぎないのです。奪われても特に問題はありません」

「し、しかしですね……」

 老人はなおも食い下がる。

「陛下もご存知かとは思いますが、アウグスト殿はまことに油断のならない方です。一体何を考えてこのようなことをしたのかは分かりませぬが、この行動には、必ず何か裏があると考えるべきです。かつてこの帝国の貴族階級だったのを剥奪されたことで、我らには並々ならぬ怒りの感情を持っているようですし……。このまま放置しておけば、必ずや我らの脅威となって……」

「は、ははは……」

 そこで突然、アカシニアが笑い出した。

「下らない……」

「へ、陛下……?」

「下らない……下らない……下らない下らない下らない下らない、本当に、下らないですよ……ははは」

 地下室の聖堂の中で、その笑い声が反響して不気味に響く。

 その突然の豹変ぶりに老人は驚き、言葉を失ってしまっていた。アカシニアは続ける。

「何をいまさら、そんな下らない争いをしなければいけないのですか? 今はもう、そんな時ではないことがどうしてわからないのですか? 僕たちは、新世界に行くのです。行かなければならないのですよ? それなのに、そんな風に人間同士で争っている場合ではない……。ああ、下らない、下らない、下らない……」

「陛下? 少し落ち着いて下さい……一体、貴方は何をおっしゃっているのですか?」

「はははは……どうして分からないんだ? どうして、僕の作る世界を受け入れないんだ? こんなことしている場合じゃないのに、どうして気づけないんだ? あー、下らない……馬鹿馬鹿しい……は、はは、はははは…………あーはっはっはっは!」

「へ、陛下……貴方は一体、何をそんなに焦っていらっしゃるのですか? 爺やには、これまでずっと、貴方がお1人で何かを抱えて苦悩していらっしゃっるように見えておりました。今もそうです。貴方は今も、何か我らの分からないことを見て、そんなことをおっしゃっているのではないのですか? それは、一体…………」

 何とかアカシニアの気を落ち着けようと、聖堂の入口から歩み寄ってくる老人。その彼の前に、アカシニアはさっきまで自分が呼んでいた本を乱暴に投げつけた。

「な、何を……?」

「読んでみてください」

「あの、これは……」

「読みなさい!」

 アカシニアに言われ、老人はその本に手を伸ばす。深い教養を身に付けている彼にしても、その本に書かれている古代文字は滅多に見ることのないものだったのだが、彼はなんとかそれを読み進めることができた

「この本は……一体?」

 そして、そのページをめくるうちに……。

「ま、まさか……。そんな……」

 彼の顔は、見る見るうちに青ざめていったのだった。


「へ、陛下っ!? これは、ここに書かれていることは、真実なのでございますか!? ま、まさか、これが陛下のお家に代々伝わる、『亜世界』誕生のときを記したといわれる禁書……。それでは、かつて存在した1つの世界を、『亜世界』に分断したその原因とは……」


 腰を抜かしてしまったのか、その老人は女の子のようにその場にペタリと座り込んでしまった。

 アカシニアはその聖堂の席に座ったまま、苛立たしそうに呟く。

「これで分かったでしょう? 『我ら』は、既に追い詰められているのです。同じ種族同士で争っている場合などではない……。『我ら』が生き残るためには、手段を選んでいられないのですよ。他の種族を蹴落としてでも、『我ら』は、『我ら』の生きていける新世界を作らなくてはならないのですから……」


 薄暗い聖堂内で、揺らめく炎に照らされたそのときのアカシニアの顔は、静かに怒っているようにも、今にも泣きだしそうなようにも見えた。

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