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百合する亜世界召喚 ~Hello, A-World!~  作者: 紙月三角
chapter05. Alisa in A-priori World
59/110

08

「うう……」


 気が付くと、周囲はさっきよりいくらか静かになっていた。

 最後に覚えているのは、うっすらと聞こえたエア様の声。美しい小鳥の囀りにたとえるのがぴったりな、ヒーリングミュージックのように落ち着く声だった。

 でも、今私の耳に聞こえてくるのは、それよりもずっと不躾で品がなくて、ある意味、耳障りって言っちゃってもいいくらいな、本当の鳥の鳴き声になっていた。


 私はゆっくりと、自分の体を起こす。

 全身の気だるさは、起きたばかりだから仕方ないだろう。それに比べると、脳内はかなりすっきりしている。まるで、容量がいっぱいになっちゃったパソコンをフォーマットして中身を空っぽにしたときみたいだ。自然と、私の頭は考え事を始めていた。


 ……さっきでみ子ちゃんと話してたとき、途中で意識が朦朧としてきたこと。あれって、『3周目』にアナがかけてくれた心の精霊魔法の効果が切れたってことだったんだろう。確かアナは「明日の朝まで」は眠気を誤魔化せるって言ってたし、そのタイミングが、ちょうどでみ子ちゃんの話を聞いた直後にやって来たってことだったんだ。

 とすると…………どうやら『4周目』のループで、私は死ななかったようだ。あのときのめまいが意識を失った訳じゃなく、ただ単に眠くなってしまっただけで。私があの後ものうのうと『4周目』を眠って過ごしてしまったんだとすると、そういうことになる。

 まあ、でみ子ちゃんは多分、眠っているうちに私を始末しちゃおうとか考えたかもしれないけど…………それも、エア様が来ちゃった後じゃあ無理だ。あの人なら、たとえ来たそばから眠り呆けている異世界人のことだって、丁重に扱ってくれる。でみ子ちゃんが手出し出来ないくらいに付きっきりで、私のことを守ってくれたはずだから。


「はあ……」

 そのとき私の口から漏れたのは、安堵じゃなく、退屈な気持ちを込めたため息だった。

 だって、『4周目』のループで私が生きてたってことは、逆に言えばエア様の方は死んでしまったってことだもん。

 でみ子ちゃんに散々言われたからってだけじゃないけど、さすがに私も、もう観念した。この『亜世界』で起こってる悲劇は、多分私がいなくならないかぎり止まらない。そうしない限り、私の存在は確実に周囲に迷惑をかける。私がいるだけで、この『亜世界』の人たちは傷付いてしまうことになるんだから。

 ……結局、最初に聞いてた通りの話になっちゃうのかもね。


 この『亜世界』では、『亜世界樹』が、起こり得る中で最良のルートを選択する。だから、正しいものしか残らない。


 エア様が言ってたそんな感じの言葉通り、間違っているものは自動的に排除されてしまう。罪を犯した人は、どんなに他人が守ってくれても、死ななくてはいけない。それが、この『亜世界』のルールなんだ。だったら私がどれだけ足掻いたところで、何の意味もない。他人を傷つけることしか出来ない私は死ぬしかないし、私が守ろうとしたあの人も、きっと最後には……。

 そんなことを考えているうちに、森の中からエア様が現れた。


「よかった。時間ぴったりでしたね? お待ちしておりましたよ。わたくしは……」

「……この『亜世界』の『管理者』様、ですよね?」

「え? は、はい」

 自分の台詞を先回りされて、少し驚いた様子のエア様。でも、すぐに落ち着きを取り戻して微笑んだ。

「うふふ。わたくしのことをもうご存じなのですね? うれしいです。ありがとうございます」

「ふっ……」

「?」

 何も知らない彼女に、思わず嘲るように鼻を鳴らしてしまった。

 どうしてだろう。別に、この人のこと嫌いになったとかそういうわけじゃないのに……。

 その理由に気付いてしまうのがなんか嫌で。私は、さっさと話を先に進めた。

「私の名前は七嶋アリサです。……名前っていうのは、固有識別子のことです。『建築家』とか『研究者』とかと、同じようなものだと思ってください。私のことは、アリサって呼んでくれればいいです」

「え? あ、はい……」

「エア様は……いや……私は、貴女のことをエア様って呼びますから。いいですよね?」

「え、え、えっとぉ……」

「じゃあ、行きましょうか?」

 そして私はそう言うと、彼女が来た方に向かってさっさと歩きだしてしまった。

「あ、あの……行く、というのは、一体どちらに……?」

 後ろの方から彼女の間の抜けた声が聞こえてくる。

 私は立ち止まらずに、 

「何してるんですか? 『亜世界樹』のこととか、説明してくれるんでしょう? 置いていきますよ」

 なんて返した。

「は……はいっ! そ、そうですね、ご案内しますっ!」

 彼女も慌てて、私のあとをついてきた。



 それから起こったことは、『1周目』と大体同じだった。

 っていうか、私があえてそうなるように働きかけたっていう方が正確かも。『今日』を4回も経験してきた私にとって、どこでどんなタイミングで何をしたら、どんなことが起こるのかってことは、もうほとんど分かっていた。言ってみれば、散々遊び尽くしたアドベンチャーゲームみたいなものだ。どの選択肢を選べば、どのルートに入るのか。『1周目』と同じことをするためには、どこで何をして、誰に何を言えばいいのか。それを、何も考えなくても間違えることなく選べるようになっていたんだ。

 今までだったら、どうやってこれまでと違うことをしようかってことばかりを考えていた。今までと違うことをして、今までみたいな悲しい結末を変えてみせる……なんて、必死になっていた。でも結局、私がどれだけ頑張っても何も変えることなんて出来はしなかった。

 ところがそれとは反対に、『1周目』と全く同じになるように行動してみようとしてしたら、これが驚くほどうまくいったんだ。変えようとしていたのが馬鹿らしく思えるほど簡単に、私は『1周目』をなぞることが出来たんだ。

 何が起こるのか分かっている1日。全てがもう決定していて、自分はその決められたルートを歩くだけでいい世界は、何も考えなくてよくてすごく楽だった。


 『1周目』と同じように、エア様から『亜世界樹』と『亜世界』の説明を聞いた。

 『1周目』と同じように、アキちゃんに会って、アグリちゃんとけみ子ちゃんに会った。

 『1周目』と同じように、アナに紹介されて、あーみんの歌を聞いて、でみ子ちゃんと話した。

 みんなとの挨拶を終えたあとも。『1周目』と同じように、エア様と別れて『亜世界樹』の中に作られた自分の部屋にいって、眠りについた。


 そして次の日の朝、エア様の部屋に行って、彼女が『1周目』と同じように口から血をたらして死んでいるところを発見した。






 いろんな『日』を経験してきた私にとって、その光景はもう、あまり心を動かされるものではなかった。

 悲しいというより、むなしい。

 辛いというより、つまらない。

 悲劇というより、日常。

「あーあ……」

 やりすぎたゲームみたいに、「また死んじゃった。最初っからやり直しか」なんて、退屈そうな声を出してしまいそうなくらい。私は、その死体に何も感じなかった。

 だから、そのままエア様の部屋を出ると、自分の部屋のベッドまで帰って。気持ちのいい眠りの世界に戻ってしまったのだった。


 それから、3時間くらいあと。

 さすがに『昨日』ほとんど1日眠っていたこともあって、私ももう完全に目が覚めた。


 時間的にはまだ朝にあたるはずだけど、部屋の窓から射し込む光は若干薄暗い。今日の空は、どんよりと曇っているようだ。

 今の私の心とも、『亜世界』の状況とも、どれにもたとえることが出来そうだったけど……でも、そのどれにたとえても、死にたくなるほど陳腐になりそうだったので、私は特に何も感想も持たずに部屋を出た。

 そして、いつものように『亜世界樹エレベーター』を動かして、『彼女』の部屋を訪れた。

 部屋に私が入ると、『彼女』は机に向かって何かの仕事をしているところだったらしく、私に気付くと、いつもみたくぎゃあぎゃあと非難を浴びせてきた。私はそんな『彼女』にも、特に関心も興味も湧かない。特に何をするでもなく、ただ無気力に、『彼女』の目を見つめ続けているだけだった。

 そもそも、どうしてここに来てしまったのだろう。そんなつもりなかったはずなのに。私は、何も気づいていない。何も分かっていない、はずだったのに……。


 でも、気付いたときには私は、その言葉を口に出してしまっていた。



「どうして、エア様を殺したの?」



 その言葉を聞いた瞬間、彼女は絶句した。

 そしてそれから、机に突っ伏して、静かに泣き始めた。


 あーあ……。

 私は、また退屈なため息のようなものを漏らす。

 貴女がそんなことをしても、今更しょうがないのに……。私がこんなことをしても、今更しょうがないのに……。

 だって、今はこの『亜世界』にやってきて2日目の9時。『2周目』でもなく、『5周目』でもなく、2日目の『1周目』。つまり、1日目はもう、決定された過去で。貴女がどれだけ泣いても、私が『真相』にたどり着いたとしても、何にもならないんだから。

 それでも彼女は泣き止まず、私も、何もせずに立ち尽くすだけ。


 『亜世界樹』内部の、全てが木でできた小ぎれいな室内には、アキちゃんの泣き声だけがずっと響いていた。

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