02''
思い返してみると、確かにそうだ。
『1周目』に私と初めて会ったときのエア様は、デモンストレーション的な感じで、私の目の前でいろんな精霊を操って見せてくれた。風の精霊で空に飛んだのはもちろんとして、空気中に突然火をつけたり、小さな雨を降らせたりとか。
いや、それだけじゃなく。あのときのエア様は、何も言ってないのに私のことをとてもよく知っていたみたいだった。私の顔を見るなり、「今までさぞかし辛い思いをしてきたんだろう」とか言って、私がティオたちを死なせてしまったことや、アシュタリアを奴隷のような立場におとしめて傷付けてしまったことを、まるで「心を読んで」知っているみたいな態度だったんだ。つまりそれは、エア様がアナみたいに心の精霊を使えるっていう証拠だし、5属性の精霊だって使えて当然と言える。
何より、6人のすごい職能を持った妹ちゃんたちから、「お姉さん」として慕われているくらいなんだから、エア様が彼女たちよりすごいってことは、はじめから分かりきっていたことだったんだ。
え? じゃあもしかしてエア様って、他の妹ちゃんたちが使えるような能力を、1人で全部使えちゃったりとか……?
「そ、そんな、滅相もありません! わたくしのような者が、妹たちのような偉大な事が出来るはずがありませんよ!」
「えー? ホントですかー? だってだってー、1人で5属性全部の精霊が使えるんですよねー?」
「え、ええ……。それは、まあ……」
「やっぱりー! じゃあ、使えてもおかしくないじゃないですかー! アナみたいに私の心を読んだりー、アキちゃんみたいに木を使って家を建築したりー。あ、もしかして、あーみんみたいに歌を歌ったりとかもー?」
「止めてください! 本当に、わたくしにはそんなこと出来ませんからっ! わ、わたくしは、妹たちとは違って何の役にも立たない、世界にとって不必要な存在で……」
「わー、そこまで謙遜しちゃうのが逆に怪しいー!」
「も、もう! ですから……」
別に、エア様がすごい能力をたくさん使えたからと言って、それで何か悪いことがあるわけでもないんだけど……。必死になって否定するエア様の姿が面白くって、ついついそんな風にイジめてしまう私だった。
「不遜なお遊びは、そのくらいにして下さい」
そんな私を、無表情なでみ子ちゃんがたしなめる。
「姉様の言っていることは、本当です。まあ、姉様が何も出来ない役立たずなんてはずはもちろんありえませんが……『姉様には他の妹たちの職能を使うことは出来ない』という発言には、嘘偽りはありません」
「そうなの?」
「ええ、そうなのです」
「ほ、ほら、アリサ様!? わたくしが申し上げた通りでしょう!?」
有力な味方が現れたことで、急に得意気になるエア様。でみ子ちゃんは続ける。
「姉様には、私たちのような職能を使いこなすことはできません。だって姉様は、こう見えて壊滅的に不器用なのですから」
「へ……?」
そして、すぐにエア様のその得意顔は崩れてしまった。
「精霊とか関係なく、この方は普通に料理も歌もド下手なのです。前に、姉様が私たちを労ってクッキーを作ってくれた事があるのですが……あれは本当にひどかったです」
「ちょ、ちょっと……研究者……?」
「もう、不慣れとか不得手とかそういう次元を軽く超えて、ある種の才能と言ってもよかったでしょうね。クッキーとは言いましたが、あのときの『アレ』をクッキーだと知ることが出来たのは、姉様が自分でそう言ったから、というだけに過ぎません。実際に食べた訳ではないので分からないのですが……あれはもはや、私たちの知らない新種の精霊と言ってもいいくらいに不体裁で不気味な存在で……」
「い、いきなり何を言い出すのですか、研究者!? あのときのことは、今は関係ないでしょう!?」
「あまりにも分類不可能な危険物質に見えたもので、『アルケミスト』の職能によって無害になるまで分解しなければいけなかったほどで……」
「だ、だから! 今はその話は止めてくださいと……」
「そうですか? それでは料理の話はこのへんにしておいて、次は、姉様がどれだけ音痴かという話を……」
「もうー! その話もいいですからーっ!」
私だけじゃ飽きたらず、その毒舌をエア様にまで展開してくるでみ子ちゃん(ったく、どっちが「不遜なお遊び」だよ……)。そして、ここに来てドジっ娘属性を極めようとしてくるエア様も、なかなかたまんないぜ……って、それは置いといて。
「って、ってゆうか、さっきの話に戻るけどさ!」私は脱線してしまった話を、元に戻した。「エア様が不器用だってことはよくわかったんだけどさ、でも結局、エア様が5属性を自在に操れるってことには、変わりないんだよね? だったらやっぱり、妹ちゃんたちの職能だって……」
「まあ、それについては……程度の問題と言えばよいでしょうね」
そう言って、それからあとはでみ子ちゃんもちゃんとした説明に戻ってくれた。そんで、そのとき聞いた話を私なりに要約してみると……要するに5属性の精霊を扱う技術には、それぞれに習熟度みたいなものがあるってことらしい。
習熟度0%が、その精霊について何も知らない状態。100%が、その精霊を完璧に使える状態だとして。エア様の習熟度は、文句なしの全属性100%。でも、100%だけじゃあ本当にただ単にその精霊を「使える」ってだけで、その詳しい仕組みも知らないし、それを応用することもできない。6人の妹ちゃんたちみたく職能になるくらいに精霊を使いこなせるようになるには、100%の更に上のレベルまでいかないと出来ないことだったんだ。
つまり、エア様は5属性の精霊それぞれの習熟度については100%あるから、5属性の精霊を自由に操ることが出来るし、それを『固定』して部屋に鍵をかけることも出来る。でも、そうやってバランスよく全属性を習熟している分、特化して得意なものとかはない。逆に妹ちゃんたちの方は、5属性の中の自分が得意とする何個かの属性はすごい極めていて、200%とか1000%とかくらいの習熟度があるんだけど、それ以外の属性は10%にも満たないくらいしかない(いわゆる、「ステータス極振り」ってやつ?)。だから、そんな状態じゃあ精霊の鍵をかけることも、かかった鍵を開けることも出来ないってことになるんだそうだ。
特定の精霊については、妹ちゃんたちの方がお姉さんのはずのエア様よりも慣れているっていうのは、少し納得いかない気もするけど……。でも、エア様の役割が『亜世界』の『管理者』ってことを考えると、そういうこともあり得なくはない気もする。
例えばサッカーで言うと、妹ちゃんたちが実際にピッチに立って戦う選手で、エア様はその選手が所属してるチームの監督って感じ? 1人1人の選手は、自分のポジションのことについて他の誰よりも極めていれば、それ以外のポジションの技術とかまでは知らなくてもいい。けど、監督はチーム全体のことを考えなきゃだから、全ポジションの知識とか技術を持っていなくちゃいけない。でも、実際に試合をする訳じゃないから技術は選手の方が上、みたいな。
「そう、そうなのです! そういうわけで、わたくしには妹たちのようなことは出来ないのですよ!」
でみ子ちゃんの説明が終わると、エア様はそうやって、また私に自分の無力さを強調してきた。
「妹たちの能力は、長い期間をかけて培ってきた努力の結晶、彼女たちの偉大さを証明するものです! ですから、私のように何もせずに彼女たちの力を利用してきただけの者には、そんな大それたことは不可能なのです!」
「そ、そうなんすか? でも、確か『1周目』のエア様は、アナみたく私の心を読んでいたような……」
「そんなことあり得ません! 私には、分析家のように他人の心に抱えた悩みを知る力はありませんよ! ……まあ、相手の心の精霊が活発に動いている状態ならば、おのずとその考えがにじみこんでくるということもあるかもしれませんから……きっと、アリサ様がおっしゃられている『1周目』のときは、そのような状態だったのでしょう。わたくしが心の精霊を扱ってアリサ様の心を読んだのではなく、アリサ様があまりにも深く落ち込んでおいでだったもので、その感情を司る心の精霊が、わたくしの心の中にまで影響を及ぼしてきた、ということなのでしょう」
「ふーん……。そうなのかなあ……」
「はい! そうなんですっ! わたくしにはそんな能力はないのですから、それ以外にはありえないのですっ!」
「わ、分かりました。分かりましたよお……。もおう、何なんすかー……。何も、そんなに必死に否定しなくても……」
やけに押しの強いエア様に、私はもうタジタジになってしまっていた。
「これは、妹たちの尊厳に関わる大事な事です! 妹たちの行っている仕事がわたくし程度にも出来てしまうということになれば、それは妹たちの存在を否定することになります! わたくしには、そんなことは許容できません! ですから、例えアリサ様といえども認識が間違っている部分は訂正させて頂きます! それが、『管理者』であり、姉であるわたくしのつとめなのです!」
「は、はあ……。そうなんですね……」
顔を赤くして、必死に私に訴えかけるエア様。今の彼女の態度はどうであれ、とにかく、私が聞きたかった話は聞けた。
だから私はエア様の相手をそれなりに続けながら、心の中で1人で考えを巡らせ始めていた。今の、私たちがおかれている状況について。
いつも温厚なエア様があんなになってしまうくらいだから、これまでに聞いたことは嘘じゃないのだろう。つまり、『2周目』のときエア様の部屋には、『エア様にしか開閉できない鍵』がかけられていた。そのことは、2時に私とアナがエア様の部屋に行こうとしたときにもちゃんと確認している。でも、それから私があーみんの監視に戻って、5時半くらいにもう1度エア様の部屋に行った時には、その鍵は開いていた。そして、部屋の中でエア様はバラバラにされて殺されてしまっていたんだ。
犯人は、一体どうやって犯行をしたんだろうか?
エア様の部屋に鍵がかかっていた以上、犯人はその部屋の鍵を開けなければ犯行に及ぶことはできない。でも、エア様の妹ちゃんたちじゃあ『精霊の属性』が足りないから、エア様の部屋を開けられない……。
それは、1人で5属性全部を持っている娘がいない、ってことももちろんなんだけど。実は複数の妹ちゃんたちが協力したとしても、同じことだった。
『1周目』と『2周目』、どちらの時でもそうなんだけど、エア様は1時までは確かに生きていたのに、それから5時半くらいに私が部屋に行ったときには死んでしまっていた。だから、犯人の犯行推定時刻はその1時から5時半までの4時間半だ。そして、その間に起きていた妹ちゃんたちは……心と風の精霊使いのアナ、心と火の精霊使いのあーみん、木の精霊使いのでみ子ちゃんの3人だけ。でも、その全部を足しても、水の精霊が足りないから5属性にはならないんだ(ちなみに、5時に起きる木と火の精霊使いのアグリちゃんを足したとしてもその結果は変わらない)。
一応、犯行時刻以外の時間も考えてみたけど、妹ちゃんたちだけで5属性がそろうのは……木水火風のけみ子ちゃんと、心と風のアナが両方起きている、午後5時から午後10時の間だけだ。『1周目』も『2周目』も、その時間帯にエア様が生きていたことは間違いなく確認しているから、2人が手を組んでエア様を襲ったということも考えられない。そもそも、その時間はまだエア様は部屋に行ってなかったし……。
あ。
そこで私はひらめいた。
確かに鍵を開けるのに5属性が必要なのかもしれないけれど、何も鍵を開けたときと犯行のタイミングが同じだとは限らない。もしも、10時に部屋に帰ったと思ったけみ子ちゃんが、実はこっそりアナと合流していて、アナをエア様の部屋の中に隠れさせていたとしたら……? 2人がそろえば、エア様がかけた鍵を開けることが出来る。そしてそのまま部屋に隠れて午後1時まで待っていれば、眠るためにエア様が部屋に帰ってくるわけだから、そのときにアナは犯行に及ぶことが可能。まあ、そこから先はアナしかいないわけだから、鍵をかけて部屋を出ることは出来ないけれど……それについては私が朝に部屋に行ったときに鍵が開いていたということと一致するから、特に問題ない。
そうか、これなら犯行時刻に5属性が揃っていなくても、犯行が出来る…………とそこまで考えて、私はその可能性もあり得ないということに気付いた。
だって、アナは2時の時点でエア様の部屋の外で私と出会っていて、そのときに私と一緒に、エア様の部屋の鍵が閉まっていることを確認しているんだ。もしもあのときのアナが、10時からエア様の部屋に隠れていて、午後1時に部屋に帰ってきたエア様を襲った後なのだとしたら……私とエレベーターに乗ってエア様の部屋に行ったときには、既に鍵は開いてなければいけなかったはずだ。鍵が閉まっていたということは、そこには無事な状態のエア様か殺人の実行犯(あるいはその両方?)が、まだ中にいたということ。だから、部屋の外にいたアナが隠れていたっていう可能性はあり得ないんだ。
じゃあ2人の共犯じゃなくって、3人による共犯だったなら……? つまり、夜の10時にけみ子ちゃんとアナが合流して、もう1人の第3者をエア様の部屋に隠したんだとしたら……ってのも、やっぱりあり得なそうだ。
だって夜の10時の時点で起きてた娘は、けみ子ちゃんとアナを除けば、あーみんだけ。そして、あーみんがエア様の部屋に隠れてなかったということは、私自身が証人になっているのだから。
やっぱり、今の時点では私には真相は分かりそうにない。普通に考えたら、どうやったって犯行は不可能だ。
あとに残った、たった1つの可能性を除いては。
実はここまでの議論には、ある1つの仮定を大前提としている。それは……「妹ちゃんたちは、1日のうちの自分に割り振られた9時間しか起きられない」ってことだ。
もしも、その仮定が崩れるとしたら? 妹ちゃんたちが本当は9時間以上起きていられたり、私の知ってる時刻と別のタイミングで寝起きが出来るとしたら……話はもっと単純になる。だってそうなれば、
「……眠っているはずの娘たちの中の誰かが、実は夜10時まで起きていた……。そして、アナたちと合流してエア様の部屋に隠れて、エア様のことを殺した。うん……。それなら、何の矛盾もなくて……」
そこで、私は考え事を続けられなくなってしまった。というより、既に私は考え事をしていた訳じゃなかったんだ。
「あ、アリサ……様……?」
私は、またしてもやってしまった。アナのときのように、無意識にやらかしてしまった。考え事をしているつもりで、思っていることを声に出して言ってしまっていたんだ。
わなわなと、ショックを受けたように震えているエア様。
「あ、貴女は……わたくしの妹たちの中に、そんな恐ろしいことをする者がいると思っておいでなのですか……?」
「あ、いや、その……」
「そんな……わたくしの妹のことを、殺人者などと……」
彼女のその様子も、無理もないことだった。
私はこれまで2回も『今日』を繰り返してきて、その間ずっと、エア様を殺してしまう犯人のことを考え続けてきた。だから、私にとっては犯人の存在は疑いようがなくって、しかもそれが妹ちゃんのうちの誰かであることも、ほとんど自明と言ってもいいようなものだった。
でも、目の前の『3周目』のエア様にとっては、まだそんなところまで理解が進んでいないんだ。ついさっき私という『異世界人』と初めて出会って、そいつから「自分が誰かに殺されるかもしれない」なんて話を聞いたばっかりの彼女にしてみれば、その話が本当のことかどうかさえ、まだ分からないことだったんだ。
そんなときに、その犯人が自分を慕ってくれている妹の中の誰かだなんて言われても、そんなの完全に寝耳に水、青天の霹靂。私の知ってる優しい彼女にしてみれば、今までそんなこと1度も考えたことのないことだったろう。だから、平気でいろって言う方が無理があるってものだったんだ。
そういえば、『2周目』でも彼女は途中まで、私たちが犯人を推理していたのを冗談だと思っていたようだったし……。
「え、えっと、あの……ですね……」
でも周回を繰り返している私としては、そんなエア様に一刻も早く今の状況を教えてあげて、自分の身に迫っている危険を理解させる責任がある。なんとかショックを与えないような言葉を選びながら、私は自分が知っていることを彼女に説明しようとした。でも。
「ああ、本当にひどい濡れ衣を着せられたものです。会って間もない私たちを、姉様殺害の犯人呼ばわりするだなんて。『エイリアン』の世界では、このようなひどいことが普通のことなのでしょうか? 姉様と同じように、私も今、非常に悲しい気持ちです」
でみ子ちゃんが、ここぞとばかりに私を責め立ててきた。
自分だって、さっきまで犯人が妹ちゃんたちの誰かっていう前提で私と話しをしてたくせに……。この娘、結構性格悪いな……。
「ほ、本当に、ひどいですよ……アリサ様……。わたくしの妹たちが、そんなひどいことをするはずが……ないではないですか……」
「ちょ、ちょっとでみ子ちゃん! エア様に印象悪くなること言わないでよ! え、エア様、違うんですよ? 私は、ただエア様を助けたいだけで……」
「ああ、私たちが姉様のことを傷付けるはずなんてないのに! 私たちは、姉様のことが大好きなのに! そんな私たちに殺人の容疑をかけるなんて、そんなひどいことがどうして思い付くのでしょうか!? 『エイリアン』の倫理観とは! 道徳心とは!」
わざとらしく、まるで舞台俳優のような台詞を大声で言うでみ子ちゃん。ただ、顔がいつも通りの無表情な上に、その口調も完全な棒読みで、どう考えても私を困らせるための冗談だってことが分かるものだった。
「だ、だから! 変なこと言わないでってば! え、エア様、ちゃんと私の話を聞いて……」
でも、そんなあからさまな冗談でも真に受けてしまうのが……。
「もう結構です! これ以上、何も聞きたくありませんっ!」
……エア様なんだよね。
次の瞬間、彼女はそんな台詞を叫んで、部屋の壁に向かって駆け出していた。
それから壁に手をかけると、「地上へっ!」と、乱暴に行先を告げる。すると、私の時とは違ってエレベーターの口が素早く開き、瞬きをする間もなく、エア様は1人でそのまま部屋を出ていってしまった。
初めて見る素早い動きの彼女に呆気に取られてしまった私は、彼女を止めることは出来なかった。
「あーあ」
でみ子ちゃんが、席に座ったまま無表情に呟く。
「貴女のせいで、姉様を怒せてしまったじゃないですか? 全く、『エイリアン』というのはろくなことをしませんね?」
「いや……今のは完全にでみ子ちゃんのせいでしょうが……」
「そうなのですか? 私にはそうは思えませんけど?」
エア様のことを全然心配してなさそうな、ふてぶてしい態度。
さすがにちょっとイラっときた気持ちと、でも、ここは大人になって引いてあげようという気持ちがせめぎ合っていたけれど、私はなんとか前者を抑えつけた。
「私、もう行くよ。エア様を追いかけて、ちゃんと説明しなきゃ……」
そうして、私もでみ子ちゃんの部屋の壁に手をかける。(この『亜世界樹エレベーター』のいいところは、木の中を1つの「箱」が上下しているわけじゃないから、誰かが起動した直後でもすぐに別の人が使えるってところだ)
「地じょ……」
で、行先を言おうとしたところで……。
「ちなみに……」
でみ子ちゃんが何か言ってきた。この娘は、いつもこんなタイミングで話しかけてくるな……。
「貴女がそれを疑っているようなので補足しておきますが……私たちの『9時間シフト』は、絶対に揺るがない『真理』ですよ。それは、私たちが変えようと思っても絶対に変えることの出来ない『ルール』といってもよいのです」
「え? ああ、さっきの……」
彼女はこんな時に、さっき私が口に出してしまっていた疑問に答えようとしているみたいだった。
「だって私たちは、1000年近く同じ『シフト』で動いているのですから。それが10年や100年程度だったなら、私たちだって努力や意思の力で抗うこともできましょう。所詮、いつ起きて寝るかということに過ぎませんからね? しかし、同じことを1000年も続けていれば、それは不可能というものです。それだけ長い間同じ時間に寝起きしていたとすれば、もはやそれは習慣さえも超えて、完全なる……」
「あ、今はとりあえずいいや。後で聞かせて。私、早くエア様追いかけたいから」
やっぱり、少し頭にきていたみたいだ。
私はそうやってでみ子ちゃんの言葉を遮ると、彼女に背中を向けて、さっさとエレベーターを起動してしまった。
「地上へ」
木のうろが、ゆっくりと開いていく。やっぱり全属性の精霊を使いこなせるエア様のようにはいかず、私のときはちょっと時間がかかってしまうようだ。十分に開いたのを確認して、私はその中に入った。うろはまたゆっくりと閉じていく。
途中で、私はちらりとでみ子ちゃんの方を見てみた。さっきの私の素っ気ない態度に腹をたてて、少しは怒ったり悔しがったりしてるかなって思ったけど……やっぱりそんなことはなく。彼女は相変わらず、無表情なままだった。私も特に興味をなくして、彼女から視線を外す。
と、そこでまた、彼女が私に何かを話しかけてきた。
「最後に、1つだけ」
だから、もっとタイミングを考えろって……。
「姉様の件については……今回のループが勝負だと思ってください。もし、今回のループでも姉様が死んでしまうようならば……私もそろそろ手を打たなければいけないでしょう。貴女に話さなければいけないこともあるので、次のループが始まったら、すぐにここに来てください。出来るだけ早く。……姉様に会うよりも、早く」
「ちょっ、え……」
そしてエレベーターの扉は完全に閉じて、私は地上へと降下していった。
特に根拠があったわけじゃないんだけど。
私にはまるで、その最後の言葉を言いたかったから、でみ子ちゃんがわざとエア様の怒らせて、私と2人きりの時間を作ったように思えた。




