01''
「もおーうっ! 何が、『鍵がかかってる』だよーっ! 全然ダメじゃーんっ!」
家具のない狭い部屋に、そんな叫び声が響き渡る。
今は『3周目』。私は目覚めてすぐに、説明もおざなりな感じでエア様を連れて、でみ子ちゃんの部屋へとやって来ていた。
結局私は、『2周目』でもエア様を助けることは出来なかった。
「も、申し訳ございません……」
私が叫んでいるのを自分が責められていると思ったらしく、頭を下げて謝るエア様。もちろんそんなつもりがあるはずもなく、私は大声でそれを否定する。
「いやいやいやっ! エア様が悪いわけじゃないっすから! 悪いのは、エア様にひどいことする犯人ですよっ! そうに決まってます! 何も悪いことしてないエア様をあんな風にしちゃうなんて……ホント、許せないですよっ!」
「は、はい……」
それでもまだエア様は調子を取り戻さず、元気がなさそうに俯いたままだった。もしかしたら、私がさっきから激しく声を荒げていることで、彼女を怖がらせて萎縮させてしまったのだろうか? ……まあ、そうだとしても無理はないことだと思う。
だって。
考えてみたら、『今日』の朝6時をまわった時点で『亜世界樹』の計算はリセットされて、私以外の皆の記憶は全部元に戻ってしまっているんだ。だから今のエア様にとって、私は初対面で、その上、『何故か会ったときからずっと意味不明なことでキレてる女』でしかないわけなんだ。私だって、そんなやつ見かけたら絶対怖いと思うし、今のエア様の比じゃないくらいに引いちゃうと思う。
だから、一刻も早くエア様を安心させてあげるためにも、私はもっと落ち着いて冷静に話をするべきだって分かってるつもりなんだけど……。でも、なかなかそうは出来ずにいた。だって今、叫び散らすのをやめて落ち着いてしまうと、いろいろと思い出したくないことまで思い出しちゃいそうだったから……。
でも。
「では、改めて確認させていただきます。貴女が姉様の部屋に入ったとき、姉様の体は確かにバラバラの状態だったのですね? 首と胴体が切断されていただけとか、切断が不完全で、ただ単に深い切り傷があっただけなどではなく。間違いなく、体全体が修復不可能なレベルで細かなパーツに分割されていた、ということでよいのですね?」
この部屋の主であるでみ子ちゃんは、そういう「私が思い出したくないこと」を、何の躊躇もなく聞いてくるわけだ。
ったく……でみ子ちゃんらしいと言えばらしいけどさあ……。
「あ、あのねえ……」
「それから、『バラバラ』というのは具体的に何分割にされていた状態なのでしょうか? 分割されたパーツの最大のサイズと最小のサイズは、それぞれどの程度の大きさでしたでしょうか? 分割されたパーツとそこから流れ出た血は、室内で一体どのように分布していたでしょうか?」
「ちょ、ちょっと……」
「あと、私としてはこれが1番興味のあることなのですが……バラバラになったパーツは貴女が室内に入った時点で不足なく全て揃っていたでしょうか? どこかのパーツの行方が不明になっているということなどはありませんでしたでしょうか? それはつまり……」
「んー……もおうっ!」さすがにこのあたりで、私も見過ごすことができなくなって、「でみ子ちゃん、その辺でストップっ! ストーップだよーっ!」と、大声で制止した。
「なんでしょうか? 私の言葉に、何か意味の不明な部分がありましたか?」
何故自分が止められたか分かってない様子のでみ子ちゃん。私は、直接の表現を避けつつ彼女に説明しようとする。
「いや、そうじゃなくってさ……ほら、分かるでしょ? そ、その……エア様本人がいる前で、そういう話するのは……ねえ? ……アレでしょ?」
「…………?」
でも、でみ子ちゃんは全く動じない。
「分かりませんね。全く分かりません。私が今話しているのは、『現在の我々が最も興味を持っている話題』である、姉様殺害の犯人を特定するための議論です。その話をここで私が持ち出すことの、何が間違っているというのでしょうか? だって、もしもバラバラになった姉様のどこかのパーツが、犯人によって持ち出されていたとすれば、それは犯人像を探るとても重要な手がかりとなります。例えば貴女のように自分の胸が不甲斐なくて、コンプレックスを持っている人物が犯人だった場合、その裏返しとしてバラバラになった姉様の胸部を持ち帰るかもしれません。あるいはもしも私が犯人だったとしたら、姉様の頭部、および下半身を持ち出すでしょうね。だってとりあえずそれらがあれば、あと数百年は自らの慰みのネタに困らないということで……」
「ああ、もおう!」
不謹慎とかとは無縁の、完全なマイペースなでみ子ちゃん。私はそんな彼女に呆れてしまって、説明をする気が失せてしまった。
私が彼女の部屋に来た時、でみ子ちゃんは『2周目』と同じように自分の推理力だけを頼りに、今の私の状況をすぐに把握してくれた。その点については、話が早くて非常に助かったんだけど……。でも、そこまで頭がいいんだったら、もうちょっとだけ気づかいとかが出来ないものだろうか……。エア様本人がいる前で、バラバラ死体の状況を聞いたり、自分が犯人だったらどのパーツが欲しいとか言ったりして……。エア様の立場になってみたら、そんなの聞かされるのはたまったもんじゃないだろう。
全く……。もうこの際、私がディスられてるのなんか気にならないよ。私は、さっきの話にショックを受けているだろうエア様に、フォローを入れる。
「え、エア様……、気を悪くしないで下さいね? エア様がその……バラバラ……とかになっちゃったのは……あくまでも『亜世界樹』が計算する1パターンでしかなくってですね……? まさか本当に現実の世界でエア様がそうなっちゃうわけじゃないし……っていうか、私がそんなことさせませんからね?」
「ええ……。そ、そう……ですわね……」
……うーん。
でも、当のエア様は配慮のないでみ子ちゃんの言葉よりも、むしろ私の方に気を悪くしてる感じなんだよなあ。なんだよお、もう。
「で? 私のさっきの質問については、どうなんですか? 覚えている範囲で構いませんので教えて下さい。犯人を特定するために必要なことなのです」
「う……」
部屋の真ん中の椅子に腰かけたまま、さっきと変わらずに聞いてくるでみ子ちゃん。「犯人を特定するため」とか言われちゃうと、さすがに私としても答えないわけにはいかないような気はするんだけど……でも、私は言葉を詰まらせてしまった。もちろん、それにはさっき言ったようにエア様に気を使ってるってことあるんだけど………実はそれがなくっても、私にはでみ子ちゃんの質問に答えられない理由があったんだ。
「ご、ごめん……それなんだけどさ。実は私、あの時エア様の……『ひどい事』になっている姿を見ちゃったのが、すごいショックで……。すぐに、気を失っちゃったんだよね……。だから、でみ子ちゃんが聞いてるようなことは全然覚えてなくって……。あのときはただ、部屋に入ってすぐにエア様の姿が目に入ってきて……体がバラバラになってるってことだけは、はっきりと分かったんだけど……。それ以外のことは全然で……」
「…………そうですか」
「い、一応、エア様の顔は見たよ!? あと、バラバラにされた手とか足も、有ったと思う……。でも、ちゃんと2つずつ有ったかって言われるとちょっと自信ないし……、そもそも見間違いって可能性も、ゼロじゃないし…………」
「はい、分かりました」
その言葉を言ったとき、でみ子ちゃんは一瞬だけ私に呆れるような表情になった。そしてその後は一切質問もしてこなくなり、それどころか私への興味自体をなくしてしまったみたいだった。
ああ……。
私も、そんなでみ子ちゃんに負けないくらいに、自分に呆れてしまった。
だって。今の私って、この『亜世界』で唯一次のループへと記憶を持ち越せる、特別な存在なんだ。もちろん、その記憶を使ってそもそも犯行が起こらないように未然に防げるのがベストではあったんだけど、もしもそれが出来なかったのなら、なるべく犯人に繋がりそうな情報を手に入れて次のループに行かなくちゃいけない。それが私のするべきこと、指命だったはずなんだ。
それなのに、最も情報が手に入れられるはずの犯行現場で気を失ってしまって、ほとんど何も見てないなんて……。これじゃあ、特別な能力を持っていても何の意味もない。私がこの『亜世界』にいる必要がないってことじゃん……。こんな私じゃあ、でみ子ちゃんに軽蔑されても当然だし、いっそここにいない方が…………。
そんな風に、私はどこまでも自己嫌悪に落ちていってしまった。
…………でも、あれ?
「まあ! そうだったんですね!? わたくしのバラバラ死体を見てしまうなんて、なんてお可哀想なアリサ様! さぞ、気持ち悪い思いをしましたでしょう? 本当に申し訳ありませんでしたね!」
なぜか、さっきまで萎縮してびくびくしてたエア様の方が、急にハイになっているという……。
ど、どういうこと? この人、壊れちゃったのかな?
「えと……え、エア様?」
「ああ、そうだわっ! こんなときは農業家に美味しいものでも作ってもらうのがいいですわっ! あの娘のつくる料理を食べれば、嫌な気持ちなんて忘れてしまうくらいに幸せな気分になれますからね!? それから、夜になったら芸術家に何か楽しい歌を聞かせてもらうのもいいかもしれないわね! ああもう、今日は忙しくなりそうだわ! うふふ」
「あのー……ど、どうしちゃったんですか……?」
おろおろしている私をよそに、エア様はそれからもハイテンションではしゃぎ続けていたのだった。……なんか、可愛いな。
そして、しばらくして。
「……では、この議論は終了でよいですね?」
ひとりで張り切ってこれからの予定をたてているエア様をよそに、この場を取りまとめるように、でみ子ちゃんがそう切り出してきた。
「え、ええ、そうですわね! 『2周目』のことについて、アリサ様から充分お話も聞けましたし、アリサ様と研究者の挨拶も出来ましたことですしね! もう、これ以上の議論は不要でしょう!」
不自然なくらいにさっさと話を終わらせようとするエア様。私は思わず口ごもる。
「あ、え、えと……」
「終わりでよいのでしたら、私としてはもう貴女に用はないです。気が散るだけですので、さっさと私の部屋から出て行ってもらえますか?」
「そうですか? ではアリサ様、参りましょうか!?」
「ああ、姉様は残って下さっても構いませんよ? 姉様がおそばにいて下さることで、私には特に不満な点などありません、あり得ません。でも『エイリアン』、貴女は仕事の邪魔です」
「う……」
相変わらず手厳しいでみ子ちゃんだ。
「あら? それはごめんなさいね、研究者。わたくしはこれから、アリサ様をこの『亜世界』のいろんなところへお連れしなければなりませんのよ? アリサ様は妹たちのことをご存じかもしれませんが、妹たちはまだ、アリサ様のことを知りませんからね! さあ! アリサ様、さっそくそれでは農業家のところへ……」
そう言って、私を引いて部屋の外に出ていこうとするエア様に圧倒されつつも、私は彼女の手から逃れた。
「ちょ、ちょっと待ってもらえますか、エア様?」
「え?」
「え、えっと、あの、私……でみ子ちゃんにまだ聞かなくちゃいけないことがあるんです」
そうだ。私にはまだ、ここでやらなくちゃいけないことがあったんだ。
「…………」
既に私たちから視線を外して、研究者の仕事に戻ろうとしていたでみ子ちゃんに、私はまた話しかけた。
「『2周目』にアナから聞いたんだけどさ、エア様の部屋って、いつも『鍵』がかかってるんだってね? で、その『鍵』はでみ子ちゃんが仕組みを考えたって聞いたんだけどさ、それって本当?」
「…………」
「なんか、精霊を使って部屋を『固定』してる的なことを聞いたんだけどさ、その辺のことが、アナに説明されただけだといまいち理解できなくて……」
「…………」
「アナが言うには、でみ子ちゃんに聞いたらいいって話だったから、私……あ、あれ?」
「…………」
「おーい、でみ子ちゃーん?」
「…………」
お、おお……。
さてはこれは、無視するパターンだな……?
『2周目』のときにあったみたいに、でみ子ちゃんは私が話しかけても反応してくれなかった。でも、さすがに2回目ともなると、私だってそんなにショックを受けたりはしない。きっとこんな状態でも私の声は彼女に届いていると信じて、質問を続けた。
「わ、私、『2周目』の夜に実際にアナと一緒にエア様のところに行こうとしたことがあったんだよ。でもその時はエレベーターが途中で止まっちゃって、エア様の部屋にはいけなかったの。あれが、エア様の部屋にかかってる『鍵』ってことでいいんだよね?」
「あ、アリサ様……?」
さっきのハイテンションはどこへやら、エア様はまたおどおどとし始めている。『3周目』の彼女は、なんだかこれまでよりも感情豊かだ。
「あれって、どういう仕組みになってるの? 鍵って言ってるけど、1度閉まったら開けることが出来ないものなの? だって、精霊で鍵をかけるって言うけど、それいったらこの『亜世界』の皆って、いろんな精霊のエキスパートな訳じゃん? だったら、皆が職能使うみたいな感じでちょちょいっと操作したら、精霊の鍵なんか簡単に開いちゃうんじゃあ……?」
「……あれは」
しばらくして、でみ子ちゃんはやっぱり話を聞いてくれていたみたいで、ゆっくりと間をとりながら答え始めた。
「木水火風心の5属性の精霊全てを操って、『アガスティア』の中の精霊を『固定』しているのです。本来ならば『アガスティア』の中には無数の精霊たちが、超高速で自由に動き回っているわけなのですが、そんな精霊たちに『動くな』と命令することで、その命令をした領域に精霊の作用が一切働かなくしているのです」
「『固定』って、つまり精霊を固定することだったんだね?」
「ええ、そうです」
「…………」
「でも、精霊を固定すると、それでエレベーターが部屋に行けなくなるもんなの? なんか、いまいちピンとこないなあ……」
「そうですか? 別に貴女がピンとこようがこまいが、私には全く持って興味がありませんが……」そんな失礼な前置きをしてから、「例えば、『アガスティア』という大樹の中が、全て水で満たされているとイメージすると、いくらか分かりやすいかもしれませんね」と、説明は続けてくれるでみ子ちゃんだ。
「木が、水? うーん、余計混乱しそうだけど……」
「『アガスティア』の中が水だとした場合、その中を動くエレベーターは水の底から水面へと浮かんでいく気泡です。何も抵抗がなければ、気泡は水面へ向かって水中を自由に進んでいくことができるでしょう? ちょうど、エレベーターが『アガスティア』の中を自由に進んでいき、目的地へと到達できるように」
白衣の袖を揺らしながら、気泡を表現するでみ子ちゃん。
「ですが、もしも水面が『固定』されていたら? 水面が水ではなく、氷になっていたらどうでしょうか? 水底から浮かび上がった気泡は、水面に到達する前に氷に衝突し、進路を遮られてしまってそこから動くことが出来なくなってしまうでしょう? それが、精霊を『固定する』ということのイメージです。貴女が言っている『姉様の部屋の鍵』としてそれを使う場合は、1つの部屋が『水面』。そして、その部屋の周囲の精霊たちを、氷のように『固定』するという意味だと捉えてもらえれば問題はないでしょう」
「ふーん……」
なんだかんだで、そんなでみ子ちゃんの説明のお陰で、私が分からなかった部分は解消されてきていた。
「ってか、5属性全部? その鍵をかけるには、5属性の精霊が全部必要なの?」
「ええ。『アガスティア』の中を動くエレベーターは木の精霊で動いていますから、一見すると木の精霊だけ固定すれば、それで鍵の役割を果たせそうな気もしますが……実際には5属性を操作できなければそれは不可能なのです。木の精霊だけを固定しても、他の精霊が自由に動けるなら、結局『気泡』は『氷』を押しのけて『水面』に出ることが出来てしまいますからね」
「へー……ってことは、その鍵をかけられるのは、錬金術師のけみ子ちゃんだけってことになるね? だってあの娘って……あれ? いや、違うな……。あの娘が使えるのって、たしか木水火風の精霊だよね? それじゃあ、心の精霊が足りないや……」
「そうですね。鍵をかけるのもそうですが、実は開けるのも同じことですよ。1度固定されてしまった精霊は、簡単には解放することは出来ませんからね。つまり、その鍵を開閉するためには、『同時』に、『5属性全て』の精霊を操作しなければいけないということなのです。そして、今までそれぞれの役職に特化して精霊の操作方法を習得してきた『私たち』には、そんなことは不可能です。『アルケミスト』では心の精霊を操作できませんし、『アカデミック』である私は木の精霊しか扱えませんから。だからこそ、それが姉様の部屋の鍵として成り立つわけです……」
何か含みを持たせたように、でみ子ちゃんはそう言った。
そして私は、あることに気付いた。
「あ、そうか。そういえば『昨日』のアナも確か、『エア様』が出入りするときに部屋に鍵をかけてる、って言ってたんだっけ。ってことは……」
そう言って、後ろの方に視線を動かす。でみ子ちゃんも、私と話している時からとっくにその方向を向いていたようだ。
その、2人の視線が向けられている先には……。
「そ、その話……もう、やめませんか?」
可愛らしく首をかしげて泣き笑いのような表情をした、エア様がいたのだった。
「エア様は、5属性の精霊全部を扱えるってこと……?」




