09'
「こんな時間にどこへいくのかな……。いけない子だね……」
アナはそう言うと、『亜世界樹』の「うろ」の中の私に優しい微笑みを向けた。
スラリとした、モデルのようにスタイルのいい体に、灰色のカーディガンのような服。髪は、木製のカチューシャで短めの金髪をオールバックにしていて、綺麗な形のおでこがあらわになっている。真っ平な胸と引き締まったお尻もあって、一見するとただの物腰の柔らかいイケメンのようにも見える。けれど、顔の形やそれぞれのパーツはやっぱりエア様や他の妹ちゃんたちと同じように整っていて、よく見ればちゃんと女の子だってことが分かった。
ただ、彼女の場合は他の娘たちと比べて大きく違っている部分もあって……それは、眼だ。他の娘たちの眼が芸能人のような大きなぱっちり二重だったのに対して、アナの眼は、ペンを滑らせて曲線を1本引いただけ。そんな、開けてるのか閉じてるのかもはっきりしないような、完全な糸目だった。
でも、そんな糸目が今のような場合にはプラスに働くのか、至近距離でアナに見つめられていても私は何だか見られてる感じがしなくて、圧迫感を感じずに落ち着いていられたのだった。
彼女はエレベーターを止めた手を、まるでダンスでも申し込むような形で私の前に差し出してから、言う。
「姉さんのおやすみを邪魔しちゃいけないよ……? さあ、こっちへおいで……」
落ち着いていて余裕のある喋り方はまるでイケメン紳士、あるいは、少女マンガの大人びた先輩キャラって感じ。他の娘たちはもちろん、エア様とも全然違う、独特な雰囲気を持った娘だ。私はそう思った。
でも、今の私はそんな彼女に引き下がる訳にもいかない。
「ち、違うの、アナっ! 私は、早く行かないといけないんだよっ! そ、そうしないと……私のせいで、エア様があーみんにっ!」
「…………ふふ」
大声で叫ぶ私に対して彼女が返してきたのは、静かな微笑みだった。
よく考えてみると。
『2周目』の私は『昨日』のうちに彼女に会っているから、当然彼女のことは知っている。でも、彼女にしてみれば私を見たのは今が初めてのはずだ。それにも拘らず、彼女は初対面の私のことを全然驚いたりはしなかった。頭がよくってなんでも推理してしまえる、でみ子ちゃんと同じように。
いや、彼女の場合は目の前にいる私のことだけじゃなく、ここにはいない「エア様」や「あーみん」というあだ名が誰のことを言っているのかということでさえ、完全にわかっているように見えた。
「少し、リラックスしようか……」彼女は、耳元で囁くような色っぽい声音で言う。「そんなに焦らなくてもいいよ……。僕は、君の味方だから……」
その言葉は、まるで鎮静剤のようだ。
エア様のことで完全に焦りきっていた私の心は、彼女のその言葉を聞き、彼女の笑顔を見ているだけで、不思議と落ち着いていってしまった。
「だから……。さあ、こっちにおいでよ……『アリサ』ちゃん……」
まただ。
彼女はまた、「本当ならば出来ないはずのこと」をした。私がまだ自己紹介をしていないのに、「アリサ」という私の名前を呼んだ。呼ぶことが、出来てしまった。
私がもしも、彼女のことを何も知らなかったなら。
こんなに落ち着いていて、こんなに色々なことを知ってるってことは、もしかしたら彼女も私と同じように、『今日』を繰り返しているんじゃあ? ……とか、誤解してしまったかもしれない。
よかった! 私はやっと、今の自分が置かれている奇妙な境遇を分かり合える人に出会えたんだ! ……なんて、無駄なぬか喜びをしてしまったかもしれない。
でも、今の私はそんな風に思ったりはしない。だって、私は知っていたから。昨日彼女に会って、彼女の口から聞いていたから。
彼女の、分析家の職能について。
気が付くと、私は彼女に手を引かれるまま、エレベーターの外に出てしまっていた。乗客がいなくなった事を感知したエレベーターは『亜世界樹』の幹に開いた穴を静かに閉じていき、やがて、元通りのただの巨体な木に戻ってしまった。
「そう……それでいいんだよ……」
「う、うん……」
アナはまた静かに細い目で弧を描いて、微笑みを浮かべる。私もそんな彼女の雰囲気にのまれて、心が穏やかになっていく。彼女に「いいんだよ」って言われて、本当に、私を取り巻く全部の問題が解決してしまったような錯覚さえ感じていた。
……でも。
それからすぐに私は自分のやるべきことを思い出して、彼女に掴みかかった。
「……じゃなくてっ! アナ、あーみんが今どこにいるか私に教えて!? アナなら、それが分かるはずよね!? お願いっ! 私、早くあの娘を見つけて止めないといけないのっ!」
アナはうっすらと右目を開いて私を見てから、それをすぐに糸目に戻す。そして、また微笑みながら呟いた。
「なるほど、ね……」
その瞬間、私が言った言葉の意味は、完全な状態で彼女へと伝わった。分析家の職能によって、誤解も過不足もなく、完全に……。
分析家の職能は2つある。
1つは、「心の精霊を使って他人の心を読むこと」。そしてもう1つは、「風の精霊を使ってこの『亜世界』の状態を読むこと」だ。
前者は単純で、まあ、言葉のままの意味だ。それでもあえて説明を付け足すなら、「あーみんの職能の逆」って感じだろう。あーみんが心の精霊を使ってみんなの心に情報を書き込むのに対して、アナはみんなの心を心の精霊で「スキャン」して、その人がそのとき考えていることや知っていることを読み取ることが出来るんだ。
それから、もう1つの後者の方も実は対象が違うだけで、やることはだいたい同じ。心の精霊で心をスキャンする代わりに、風の精霊を使って『亜世界』全体をスキャンする。そして他人の心を読むみたいな感じで、『亜世界』の現在の状態を簡単なイメージとして読み取ることが出来るんだ。それは、この『亜世界』のどこに誰がいて、それらがどう動いているのか? あるいは動いていないのか? ってぐらいのシンプルな情報でしかないんだけど……でも、確実で全然疑う余地のない、確かな情報だ。しかも彼女はその情報を、欲しいときにほとんど一瞬で知ることが出来るんだ。
1つ目の能力で、エア様や他の妹ちゃんたちの心をスキャンして、皆に何か悩みごとがないかを調べたり、それを解決する方法を提案すること。そして2つ目の能力で『亜世界』をスキャンして、この『亜世界』のどこかで何か異変が起きてないかを調べたり、異変があったときには皆に報告して、適切な娘に対処を依頼すること。それが、この『亜世界』の分析家の仕事。そういう意味では分析家っていうより、心理カウンセラーとか警備員とかの方が、私の世界の意味に近いかもしれなかった。
きっと彼女は風の精霊のスキャン能力によって、ここに私が走って来たことに気付いたのだろう。そして警備員の役割として、そんな怪しい様子の人間をエア様の部屋に行かせるわけにはいかないと考え、私の目の前に現れたんだ。私の名前とかの「本来は彼女が知らないはずの情報」は、そのとき私の心をスキャンしたから分かった、ということなんだろう。
「芸術家が、姉さんの命を狙っている……アリサちゃんはそう考えているんだね……。だから、彼女を助けるためにここまで来たんだ……」
そこまで知っておきながらも、どういうわけだかアナは、いまだに全然緊張感を持っていないようだった。私はまた焦りを取り戻して、叫び散らす。
「く、詳しい説明をしてる暇はないけど、とにかく今は芸術家をエア様に近づけないことが最優先なんだってばっ! ねえアナ、教えて! あの娘は今、一体どこにいるのっ!? もしかしたら、もうエア様の部屋の中に……」
「どこ……、と言われてもね……」
そう言って軽く微笑んでから、彼女は今度は少しだけ左目を開いた。すると次の瞬間、その開かれた瞳の奥からブワァッと強い突風が吹いたような感覚が私を襲った。
その感覚は一瞬ですぐに消えてなくなってしまったけれど、数秒遅れて周囲の木々がざわっと1回だけ葉を揺らしたお陰で、それがただの私の気のせいじゃなかったということが分かった。
それは、アナが風の精霊を使って『亜世界』をスキャンしたことを意味していた。
……そして。
「いつも通りだよ……。彼女は、いつものステージにいるよ……」
糸目に戻った彼女はやはり落ち着いた口調で、私にそう告げた。
「そ、そんな……」
その言葉を聞いて、私は最悪の事態が起きてしまったと考えた。
「それじゃあ、もう手遅れだったってこと……?」
私は、彼女の職能を信頼している。
『1周目』のときに、私は彼女が分析家の職能を使うところを見学させてもらっていた。彼女がさっきみたいに軽く片眼を開いて、現在『亜世界』のどこに誰がいるか? そしてその娘が何をやっているか? ということを、ことごとく言い当てるのを見せてもらったんだ。だから、彼女の分析家の(より正確に言うと、警備員としての)能力が本物であることは、もはや1ミリも疑っていなかった。
そのアナが、あーみんは今ステージにいるって言った。ってことはそれって…………彼女はもう、「目的」を果たしてしまったってことじゃないのだろうか? 私がボケボケしているうちに、またエア様が、殺されてしまったってことじゃないんだろうか……?
ああ……。また、私のせいで誰かが傷ついて……。
「ふふ……」
私のそんな様子を見ながら、かすかに口角を上げるアナ。
私は脱力してうつむいていて、その動作の意味を考えることが出来ない。彼女は言う。
「アリサちゃん……。君は、あの娘が犯人だっていう自分の仮説を、確信しているようだね……? でもね……」
「え……?」
彼女は、また私の心を読んだらしい。それからまだ少しも慌てた様子なく、背伸びでもするように『亜世界樹』の上の方を見て、言った。
「姉さんは今、自分の部屋で眠っているよ……。そしてもちろん、生きている……」
「え!?」
私もつられて、アナが見ている方を見上げる。もちろん、そこにあるのは夜の闇の中にそびえる超巨大な大木の影だけ。上空までいくと火の精霊の外灯もついていないため、ほとんど真っ暗で何も見えないって言ってもいいくらいだ。仕方なく、私はアナに視線を戻した。
「君が思っているようなことは、何も起きていないってことだよ……。だから、安心していい……」
嘘だ……。
アナのその言葉を聞いたとき、私は本能的にそう思った。
本当なら、これで自分の考えていた最悪の想像が否定されて、安心して胸をなでおろしても良かったところなのに……私はそうはならなかった。
「う、嘘だよっ! そんなはずがないよっ!」
だから考えるより先に、思わずそう叫んでしまった。その理由と言い訳を、後から付け足す。
「だって、だって……だって私は『1周目』に、エア様が死んでいるところを見たんだよっ!? ってことは、この『亜世界』の誰かがエア様を殺すようなひどいことをする可能性があるってことなんだよっ!」
「……」
「そうしたら、それって『アリバイ』がない娘たちの誰かが犯人ってことだしっ! あーみんか、アナか、でみ子ちゃんのうちの誰かが犯人ってことだしっ! それで……それでその中でも1番怪しいのは、あーみんで……そのあーみんが、休憩時間が終わっても戻ってこなくって……」
「……」
「あ、あとあの娘っ! 歌の歌詞でも言ってたよっ!? 『エア様の寝顔を見にいく』とか、『エア様を奪う』とか……。だ、だから、きっとあーみんが犯人なんだよっ! きっと今も、あの娘はエア様のところに……」
「アリサちゃん……」
気づけば、私はだいぶ取り乱してしまっていた。
アナの前で、アナはアリバイのない容疑者の1人であるとか言ってしまったり……。そもそも、さっき会ったばかりの彼女には通じるかどうかもわからないようなことを、つらつらとぶちまけていた。
でも分析家である彼女は、ちゃんとそんな私の言葉を読み取ってくれたようだ。
そして読み取ったうえで、相変わらずの心の休まるような喋り方で、私に言った。
「アリサちゃん……少し、落ち着いて……? ゆっくりでいいよ……。君の言いたいことは、ちゃんと伝わっているから……」
「あ、アナ……」
「でもね……。さっきも言った通り、姉さんは誰にも殺されてなんかいないんだよ……」
「で、でも、あーみんは、エア様のことを歌っていて……!」
「あれは、ただの歌の歌詞だよ……」
アナは本当になんでもないことのように、そう言った。
「あの歌に、意味なんてない……。確かにあの歌詞を考えたのは芸術家だけれど……でも、君が思うように、犯行予告なんかでもない……。ただ、彼女が自分の気持ちを歌にのせて歌っただけ……それだけのことだよ……」
確かに。
勢いに任せて歌のことを持ち出しちゃったけど、それは完全に私の間違いだった。
だって私の世界だって、いわゆる歌手が歌う歌の詞なんてフィクションとか創作物でしかなくって、それを真に受けて本当のことだって思う人なんて、普通はいない。あーみんの歌だってそれは同じことで、あの歌の歌詞を根拠にあーみんのことをどうこう言うなんて、全然意味がないことだったんだ。
でも……。
「でも、じゃあどうして、あーみんは休憩時間が過ぎてもステージに現れなかったのっ!? さっきエア様がいたときも、『昨日』の夜も、休憩時間が終ればちゃんと彼女は戻ってきて、ライブを再開したんだよっ!? それなのに、今回だけは10分過ぎても現れないなんて……そんなの、今回は何か特別なことをやってるってことじゃんっ! それで、こんなときにやる特別なことって言ったら……」
「……ふふふ」
アナはまた小さく口角を上げて、微笑みの表情を作る。さっきまではその微笑に、落ち着いた感情を受けていた私だけど……。彼女に対して反論を繰り返していた私は、だんだん別のことを思うようになってきていた。
もしかしたら、今の彼女は可笑しさや嬉しさという感情でその笑顔を作っているのではなく、意識してその形に顔の筋肉を動かしているだけなんじゃないだろうか……? 相対している相手を落ち着かせるための手段として、あくまで分析家(というより心理カウンセラー)の仕事の一環として、「心休まる笑顔」というモチーフの仮面を付けているだけなんじゃないだろうか? そんなことを、考えてしまったんだ。
そんな私の気持ちすらも彼女に読み取られてしまったのかどうかは分からなかったけど……彼女はその表情のまま、私に告げた。
「アリサちゃん……君は、とても面白い人だね……」
「え……?」
「今の君はまるで……『そうであって欲しい』と、僕に必死に訴えているようだよ……。芸術家が、姉さんに会いに行ったことになって欲しい……。姉さんを殺したのが、芸術家であって欲しい……。姉さんは、芸術家に殺されて欲しい……」
「そ、そんなわけ、ないじゃないっ!」
思いもよらない彼女の言葉に、私は強く反発する。
「何をバカなことをっ! 私が、エア様が死んでればいいなんて……そんなこと、思うはずがないよっ! そんなの絶対違う! むしろ私はその逆で、エア様を助けたいんだよっ! だから、今だってこうやって犯人を捜してて……」
「どうだろうね……」
少しも気にした様子も見せないアナ。いつの間にか私は、彼女の「落ち着く笑顔」にひどくいらだちを覚えるようになっていた。
「も、もういいよっ! アナが何て言おうとも、私はエア様を守るために自分のできることをやるからっ!」
そういい捨てると、アナに背を向けて再び『亜世界樹』の方に戻る私。
今のところ、私には彼女を疑う理由はなかったのだけれど……それでもやっぱり今の私には、あーみんが怪しいとしか思えなかった。今も彼女が、エア様のことを狙ってどこかにいるように思えて仕方がなかったんだ。
だからここに来た当初のように、またエレベーターを起動してエア様の部屋に行こうとした。
「そうかい……。でもね……」
アナが何かを言おうとするのも無視して、『亜世界樹』の幹に手をかける。そして、「エア様の部屋へ」と言おうとしたとき……。
「アリサちゃんにも……もうそろそろ聞こえるんじゃないかな……」
その言葉とともに、「その音」が聞こえてきた。
ひゅー………。
それは、まるで誰かが口笛でも吹いているような音だった。
でも、口笛にしては音が一定で、随分と遠くから聞こえてきているような……。
ひゅーぅぅぅ………。
音のする方を振り返る。それは、私がこの『亜世界樹』に来るために走ってきた方角から聞こえてくる。つまり、あーみんがライブをしていたステージの方……。
ぅーぅぅぅ………。
私は、どこかでこの音を聞いたことがあると思った。
でもそれは、この『亜世界』じゃない。1つ前の、『モンスター女の亜世界』でもない。もちろん、『人間男の亜世界』も違う。そうじゃなくって、私が『亜世界』にやってくる前の、もともとの普通の世界で聞いた音だ。しかも、それほど珍しい音でもない。友達なんかと一緒に、割と何度も聞いたことのあるような……この音は……。
その次の瞬間、真っ暗だった『亜世界樹』の木々の隙間から、無数のカラフルな色の光線が差し込んできた。
どぉーんっ!
光に1拍遅れて、爆発するような音。更にそこからは、間髪を入れずに第2弾、第3弾の爆発音と光が続いた。
どぉーんっ! どぉーんっ! ぱらぱらぱらぱら……。
『亜世界樹』の木々に遮られて、私には「その発生源」を見ることは出来なかった。でも、その音と光の原因が打ち上げ花火のようなものだったってことは、はっきりと分かった。
きっとその打ち上げ地点の中心は、さっきのあーみんのライブステージだろう。あの辺りはまるで本当のライブ会場のように『亜世界樹』の木々がドーム状に開けていたし、あーみんが歌っているときも様々な音や光が演出として使われて、ライブを盛り上げていたから。だからきっと、この花火もそういうのの延長で、あーみんが火の精霊を操作して打ち上げたものなんだろう。
その私の予想に応えるように、どこかにあるらしい『亜世界樹』を加工した特製のスピーカーを通して、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「皆、ごっめ~ん! ちょ~っと花火の準備に手間取っちゃって、休憩時間オ~バ~しちゃったよ~! でもでも~、その分、第3部はめいっぱいハジケちゃうから! 皆、応援よろしくね~っ!」
まぎれもなく、それはあーみんの声だった。
それから程なくして、もう1度最後に花火が上がる音とともに、また第1部のころのような可愛らしい曲調に戻ったあーみんのアイドルソングが聞こえてきた。
「本当に……あーみんはもうステージにいたんだ……」私は呻くようにつぶやく。「休憩時間を過ぎていたのは、花火の準備をしていたから? じゃあ本当に、エア様の部屋には行ってないってこと?」
「そうだよ……」
いつの間にか私の隣に来ていたアナが、『亜世界樹』に触れていた私の手をとって、自分の方に引き寄せる。そして、また感情をあまり感じさせない笑顔で、言った。
「実は彼女、意外と時間にルーズなんだよね……。休憩時間を過ぎても現れないことなんて、珍しいことじゃない……ちょっと大掛かりな演出を仕込んだりしてると、特にね……。アリサちゃんが見ていた『昨日』のライブでは、たまたま時間通りだっただけだよ……。だから僕が言っただろ? 彼女は初めから、あのステージから動いてなんていなかったって……」
「そ、そんな……」
そのことが本当だとしたなら、さっきまでの私の行動は全くの無意味だったってことになる。全てはアナの言う通りで、私があーみんを犯人だと推理したのは間違いだったってことだ。私はショックで言葉を失い、これから何をしていいのかわからなくなってしまった。
きゃぴきゃぴと可愛らしいあーみんのライブ音楽が流れる中、脱力して肩を落としている私。その光景は、あまりにも不釣り合いで、滑稽でさえあった。




