04
「うにゃあー…お」
さっき私に凄んで見せたのなんかすっかり忘れて、大きく体を伸ばしてストレッチしているティオ…さん。
さっきのあの子の顔にビビり過ぎて、敬語でも使わないといけないような気になってきちゃったよ、私…。
「と、とにかく…」
でも、いちいちこんなことでビビってたら、この『亜世界』じゃ何も出来ないよね?だから私、そんな臆病な気持ちをかき消して、のんきな顔してるティオに話しかけた。
「私はこれから、この『亜世界』のことを知らなくちゃいけないんだっ!だ、だからティオ!あなたが知ってることを何でもいいから、私に教えてくれないかな!?」
「うにゃ?」
必死に詰め寄った私に対して、相変わらずティオはのんき顔。
「いいにゃよ」
えっとそれは、「いいよ」って意味でいいんだよね?つまり、私に協力してくれるってことで…。
「にゃっと!」
ぴょんと軽くジャンプする。どうもそれが、彼女にとって準備運動の仕上げだったみたい。彼女は私に体を向けて、宣言するようにはっきりとした口調で言った。
「ティオはアリサのことがすっごく気にいったにゃん!だからアリサが知りたいことを、ティオがにゃんでも教えてあげるにゃん!」
それはどうも、ありがとにゃん。
う。つられて言ってみたけど、これ結構恥ずかしいな…。
一体ティオが私のどこを気に入ってくれたのかは分からなかったけど、とりあえず、彼女のその言葉はとても嬉しかった。だってこれって、何も分からないこの『亜世界』で、私に協力してくれる味方を見つけたってことだもんね?私、ひとりぼっちじゃないってことだもんね?
それからさっそく私は、さっきから何度も聞いていたことを、もう一度ティオに聞いてみた。
「そ、それでさ…この『亜世界』のどこかに、『管理者』っていう人がいるらしいんだけど、ティオ、その人のこと、何か知らないかなっ!?」
「うぅーん…」
「私には、その『管理者』っていう名前しか知らないんだけど…。も、もしかしたらこの『亜世界』だと呼び名が違ってて、大統領とか、総理大臣とか…あ!それか、ボスモンスターとか、呼ばれてるかもしれないんだけどっ!?」
「うにゅーん…」
「呼び名は分かんないんだけど、その人は多分、この『亜世界』で一番偉い人で、この『亜世界』のことを一番分かってる人、なんじゃないかなって…思ってるんだけど…」
「……ふあーあ…」
おい、アクビしてんじゃねーよ。
私の言葉にいまいち反応が薄いティオ。どうやら彼女は、『管理者』のことを知らないみたいだ。
「そっか…困ったなあ…」
あのバカ王子がさらっと言ってくれちゃったけど、やっぱりこの仕事、そう簡単にはいかないよね…。だってここは『亜世界』っていう1つの世界なわけでしょ?その中から、『管理者』っていうたった1人の人間…じゃなくて1匹のモンスターを見つけるって…絶対大変でしょ?っていうか、普通に考えたらほとんど不可能じゃない?
だって私のもともとの世界で考えてみたって、世界中で人間が何十億人っている中から1人の人を見つけるとか、絶対無理だもん。まして、ここは勝手も何も分からない『モンスター女性』の『亜世界』で、テレビとかネットとかさえ無さそうだし。『管理者』の情報を集めるのだって一苦労なわけで…。
せめて、『亜世界』ならではの目印とかがあったりしたら、見つけやすさも違うのかもしれないけどさあ…。
とか思ってたら、突然ティオがパチッと目を見開いて、しゃべりだした。
「『亜世界』とかそういう話はよくわかんにゃいけど…。アリサの言ってるヤツって多分、レベルが100のヤツのことだにゃ!」
え…?
何も知らないかと思っていたら、急に自信満々でそんなことを言いだすとか…。
「れ、レベル…?100…?そういえばティオ、さっきのドラゴンちゃんのときも、レベルとか言ってた気がするけど…」
「そうだにゃ!この世界で一番偉くって、一番この世界のことを知ってるヤツって言ったら、それはつまり、レベルが100になったヤツのことだにゃ!だからその…あ、あどみに…?ってやつも、きっとレベル100のヤツに違いにゃいんだにゃ!」
「え、えーっと…。それってつまり、この『亜世界』には、『レベル』っていうものが、あるっていうこと…で…?」
「うにゃ?」
しきりに首を傾げている私の姿を見て、ようやくティオは、自分の話が伝わっていないことが分かったらしい。少し考えるような仕草をした後、私に向かって大きく頷いてから、言った。
「そうだにゃ!この世界には、1人1人、1匹1匹が『レベル』っていう数字をもってるんだにゃ!その数字が大きいほどそいつは強くって偉い。数字が小さいヤツはザコい。それが、この世界を支配するたった1つの『ルール』なんだにゃ!」
おいおい…。
いよいよゲームみたいなことになって来ちゃったよ、これ…。
ティオが嘘ついているとも思えないから、真実だとは思うんだけど…思いたいんだけど…。
そ、それにしたって、あんまりにもあんまりな話じゃないですか?だって、言うに事欠いてレベルて…。
「!?」
そこで私は絶句して、思考を停止してしまった。だって突然、ティオが両手で包み込むように、私の手をぎゅって握ってくるんだもん。
「ちょ、ちょっと!い、いきなり何を…」
「自分で見てみた方が、早いにゃん!」
私に満面の笑みを向けるティオ。
柔らかい肉球の感触。眩し過ぎる彼女の笑顔。私、なんだか心臓がどきどきしてきちゃって…あ、あれ?何これ…?なんか、おかしく…。
と思ってたらそのティオの顔に、なんかぼんやりとした黒い模様みたいなものが浮かび上がってきた。
え…?え…?
最初は薄くてよく見えなかったその模様はだんだんと濃くなっていって、今では、マジックで書いたみたいにはっきりと見えるようになった。そうなってやっと私には、それが模様じゃなくて日本語の文字だったってことが分かった。そこに書いてあった文字は…。
ティオナナ
種族 :ウェア・キャット亜種
年齢 :10才
レベル : 32
攻撃力 : 33
守備力 : 20
精神力 : 5
素早さ : 50
運の良さ: 52
スキル :ひっかき、かみつき、体当たり
こ、これって…これって…。
「これって、ステータスじゃんっ!」
私は思わず、声に出して叫んでしまっていた。
そう、そのときティオの顔に浮かんでいた文字は、ゲームなんかほとんどやらない私が見てもすぐにピンとくる感じの、すごくありがちな、ひどくそれっぽい感じの……ゲームのステータス画面みたいだった。
「そうだにゃ!これがティオのステータスだにゃ!そんでさっき言ったレベルも、この辺とかに書いてあるはずだにゃ!」
モフモフの手から爪を伸ばして、自分の右の頬っぺたを指さすティオ。自分ではその文字が見えていないからか、彼女が指さしている場所は全然見当外れだったけど、私はティオが言っていることを誤解したりはしなかった。
つまり、この世界には本当にレベルっていうものがあって、それを、ステータスっていう形で確認することが出来るんだ…。な、何それ…。ほんと、ゲームっぽ過ぎるのにもほどがあるよ…。
まだ完璧に状況を把握できていない私を気にせずに、ティオは話を進める。
「今のティオみたいに自分のステータスを誰かに見せるには、その相手の体に触って『自分のステータスを見せる』って心の中で考えればいいんだにゃ!そうすれば、今みたいに自分の体に重なる感じで、『そいつが理解できる文字』でステータスを見せることが出来るんだにゃ!逆に相手のステータスを自分が見るときもほとんどおんにゃじで、その相手の体に触って『ステータスを見る』って心の中で考えるんだにゃ。それと、自分で自分のステータスを見るには、ただ『自分のステータスを見る』って心の中で考えれば、それだけですぐに頭の中にイメージが浮かんでくるにゃ!アリサもやってみるといいにゃ!」
ほんとに…どこまでいってもゲーム感覚っていうか…。
っていうかティオ、10才だったの?だとしたら、年の割には意外と大人っぽい外見してるよね…って、猫娘(じゃなくって、ウェア・キャット亜種だっけ?)だとこのくらいが普通なのかな?人間で計算すると、同い年位になるのかもね。
なんにせよ、こんな簡単なことで他人のステータス見れちゃうんじゃあ、プライバシーも何もあったもんじゃないよね…。
あ。
そこで私は、あることを思い出した。
それは、この『亜世界』に来る前に王子が私に言っていたことだ。確かあのバカ王子、私にこう言ってた。
「未完成な『亜世界』に比べると、私の存在はずっとしっかりしていて、『確か』な存在だ」って…。だから、「私が『亜世界』に来ると、『不確か』な『亜世界』の方が私に合わせて形を変える」。「その『亜世界』が私の居場所を用意してくれ」て、「私の存在をその『亜世界』に矛盾しない、違和感のないようなものにしてくれる」って…。
だから私、この『亜世界』に来てすぐに、ドラゴンちゃんに対して火の球の魔法なんかを使っちゃったわけだけど、それをあんまり驚いてないんだ。きっとこの『亜世界』では魔法は普通のことだから、『亜世界』の方が気をきかせて、私も魔法を使えるようにしてくれたんだな、って思って…。
ということは…、ということはですよ?
当然私にも、レベルとかステータス画面ってものが存在するとして…。私のステータスって、一体、どんな感じになっちゃってるんだろう…?それほどゲームに興味がないとはいえ、自分のこととなると私もちょっと気になって来た。
だって「『亜世界』が私に合わせてくれる」ってことは、この『亜世界』の私って、私自身にとってすごく都合のいいようなステータスをしてるってことじゃないの?例えば、やりたいことが何でも出来るような無敵の状態だったり。私にしか使えないような最強のスキルを持ってたり、とか…。
うふふふ…。そんなこと考えてたら、なんか笑いが抑えられなくなってきた。
とりあえず、レベルが99だったりするとちょっと気まずいよね?だって、さっき私のことを助けてくれたティオがレベル32しかないっていうのに、助けられた側の私がそれより圧倒的に強かったりしたら、ティオの立場がなくない?その辺は空気を読んで、ちょうどいいくらいの『ステータス』だったりするといいんだけどなあ。
あと、スリーサイズとか体重とかは表示されないっぽいのが結構助かったな。実は私、最近ちょっと太っちゃって…。今のところ見た目にはそんなに変わってないんだけど、数字は残酷だしね。体に触られただけでそんなプライベートな個人情報まで筒抜けになっちゃってたとしたら、ほんと最悪だったから。
そんなことを考えている私の顔を、いつの間にかじっと見ているティオ。その彼女の顔が、だんだん笑いをこらえるような、私を馬鹿にするような顔になっていく。
「え?……あ、ああーっ!」
急いで、『私の手に触れている』ティオの手を払おうとするけど、彼女の手はびくともしない。
「ぷ、ぷぷぷー!あ、アリサ…ぷぷぷー!だにゃん!」
「ちょ、ちょっとティオ!今、私のステータス見てるでしょっ!な、何!?何で笑ってるのっ!?か、勝手に見ないでよーっ!」
ティオの手を引き離すのは諦めて、余った手で自分の顔を隠す方に注力する。でも、そんなことしても私のステータスは隠しきれてはいないみたいで、ティオは相変わらず笑っている。っていうかもう、大爆笑みたいな感じになってる。
「にゃっはっはっはっはー!あ、アリサ!お前のステータス、滅茶苦茶ダサいんだにゃー!にゃははははは、信じられないにゃー!」
くっそ、感じ悪いなこいつ…。
観念した私は、何がそんなにおかしいのか自分でもステータスを確認してみることにした。えっと確か、『自分のステータスを見る』って心の中で考えればいいんだよね。えいっ!
ティオに言われた通りにしてみると、すぐに頭の中にイメージが浮かんできた。
七嶋アリサ
種族 :百合
年齢 :16才
レベル : 1
攻撃力 : 1
守備力 : 1
精神力 : 1
素早さ : 1
運の良さ: 1
スキル :百合魔法▽
……。
……。
おい…。
おいおいおいおい!
な、なんだこれ!?バカにしてんのかよっ!
いや、これは笑うよ!ティオが爆笑してるのも無理ないよっ!レベル1とか、他の他のパラメーターが1なのは、まあこの際いいよ。どうせ私、この『亜世界』に来たばっかりのぺーぺーだしさ。そういうオチもあるのかなってうっすら思ってたよっ!
種族とスキル!種族とスキルの方が大問題だよっ!
バカなのっ!?そんなわけないじゃん!
いや、種族が百合ってそもそもどうゆうことよっ!?もう人間ですらないってこと!?私、いつの間にか人間やめて百合になってたのっ!?
あーはいはいはい!種族が百合なんだから、当然スキルは百合魔法なんですねー、なるほどねー…って!黒でも白でもなく百合魔法って、何その残念な魔法!そんなの存在しないでしょ!?勝手に作るんじゃねーよっ!
ひとしきり、頭の中で自分のステータスにツッコミまくった私。顔は完全に真っ赤になってしまって、心拍もかなり上がっている。「こんなの見てられるかよ!」って心の中で思ったら、いつのまにか勝手にステータス画面のイメージも頭から消えていた。
でもそれは、あくまでも私の頭の中だけのことだけで、ティオの目には相変わらず私の残念なステータス画面が表示されたままみたいで、彼女は爆笑を続けていた。
「にゃっははははは!にゃははははーっ!」
ムカツク…。
※
それから数分後。
やっと笑いがおさまったティオから話を聞いて分かったんだけど、どうやらこいつがそれまで笑ってたのって、残念種族と残念スキルが原因ってわけじゃなかったらしい。
彼女が面白がっていたのは、ティオよりも年上のくせに私のレベルが1しかなかったってところ。どうも、レベル1っていう状態は生まれたばかりの赤ちゃんぐらいでしかあり得ないらしくて、私のレベルがそんなしょぼかったことが、ツボにはまっちゃったらしい。それでもちょっとムカついたけどね…。
てか、よく考えたらここってモンスターの『女性』に割り当てられた『亜世界』だし。つまり、ここにいるのは全員が女な訳で、言ってみれば、全員が百合なんだもんね。全然おかしなことなんてないじゃん。
それにティオったら、「ところで百合ってなんのことだにゃ?」なんて言ったくらいで、百合って言葉の意味すら理解してなかったんだ。なあんだ、ちょっと焦って損したよ。とりあえず、「百合っていうのは、『救世主』って意味だよ」って言って、その場は乗り切ったんだ。