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百合する亜世界召喚 ~Hello, A-World!~  作者: 紙月三角
chapter05. Alisa in A-priori World
47/110

05'

 でみ子ちゃんの説明を聞いたあと。

 彼女が言っていた、自分や周りの世界が『亜世界樹』が計算しているデータだってことについて、私は割りとすぐに慣れてしまっていた。

 へー、そっかー。私ってデータだったんだー? おっけー、りょーかーい、って感じ。


 ちょっと、物分かり良すぎですかね?

 まあ確かに今って、部屋の壁に触ればリアルな木の感触を感じるし、周囲からは木独特の匂いだってするし。そういう自分の五感を信じるなら、これが全部仮想現実上のデータだなんて説はただの冗談にしか思えない。思えないんだけど……でも。そんなことは分かった上で、私はもうほとんど彼女の言ったことを信じきっていたんだ。

 だって、何度も言うようだけどここは、妖精がいて魔法があるような私が知ってる世界とは何もかもが違う完全な別世界なんだ。だったら私の世界の常識なんか通じなくて当たり前だし、私がどれだけ冗談だと思うようなことでも、普通にあり得てしまうものなんだろう。

 つまり、いちいち疑ったり考えたりしたって、時間の無駄ってこと。この『亜世界』で1番頭のいいでみ子ちゃんが「データだよ」って言うんだから、やっぱりこれはデータなんだよ。それでちゃんとつじつまが合うんだよ。はいっ、この話考えるの終了!

 どうせ別の世界からやってきた私には、この『亜世界』の常識に口を出す権利なんてないし、そもそも、口出ししたって何か変わるわけでもないんだしさ……。


「あまり、お気になさらない方がいいですよ?」

 ふと見ると、私の隣でエア様が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 どうやら、さっきからずっと考え事をしていた私が、よっぽど思いつめた顔をしてしまっていたんだろう。そんな私を気にかけて、彼女は励ましの言葉をかけてくれたんだ。本当に、エア様は優しいなあ……。

「『明日の1パターン』であるわたくしたちがあまりにもそのことを意識してしまうと、『亜世界樹』の計算にも支障が出てしまうかもしれませんから」

「って……え?」

「だって、『亜世界に実在している本物のわたくしたち』には、自分たちがデータであるなどという自覚はないはずでしょう? わたくしたちはその『実在するわたくしたち』の行動パターンをシミュレートするためのデータなのですから、考え方もなるべく『実在するわたくしたち』と同じ方が望ましいです。もしもわたくしたちが自分たちの存在を気にし過ぎるあまり、『実在するわたくしたち』が決して取らないような行動を取ってしまったら、データとしての意味がなくなってしまいますからね?」

 あ、ああ……そういう心配をしてたのか。なあんだ……。


 私は、エア様の顔を見ながら軽く自嘲する。

 っていうか、そうか……そうだよね。

 よく考えたら、今目の前で優しく微笑んでくれている超絶美人の金髪エルフも、結局は『亜世界樹』が作ったデータでしかないんだ……。だから、今まで私に優しくしてくれていたのも、そういう風にプログラムされていたってだけ。その見た目も、私に言ってくれた言葉も全部、『亜世界樹』っていうコンピューターが作り出した偽物でしかないんだ……。

 あーあ。そう考えるとなんか寂しいっていうか、むなしいっていうか……つまんないな。

 今まで私が目にしてきた物、耳にしてきた物。これから私が目にする物、耳にする物。結局その全部が本物じゃないってことなんだもん。全部が、本物をシミュレートしただけのただの偽物で、『1パターン』が終わったらリセットされてきれいさっぱり消えちゃうコンピューターの中の世界でしかないんだもん。だから、これから私が何をやってもやらなくても、結局最後には何もやらなかったことになっちゃう。何百回、何千回と今日を繰り返したところで、結局最後に選ばれるのは、『亜世界樹』が選んだ『最良の1パターン』だけなんだ。だとしたら、今ここで必死こいて何かをやったって、意味なんかないじゃん……。

 はは……。むしろ、何をやってもやらなかったことになるっていうのなら、でみ子ちゃんが言ってたみたいに好き勝手にしちゃうってのも悪くないのかもね。私が本能と欲望の赴くままに、エア様のことをめちゃくちゃにしちゃっても……なーんてね。

 なんだか全てが無性に退屈に思えてきて、気分が落ち込んできた私。そこでまた、エア様と目が合った。

「……? どうされましたか?」

「いえ、別に……」私は、ちょっと投げやりな感じで言う。「なんか私、この『亜世界』でやっていく自信なくしちゃったなー、とかちょっと思っただけで……」

「大丈夫ですよ?」

「え?」

「大丈夫です。アリサ様は、何も心配する必要はありません。だって、アリサ様がこれからどんなパターンの『今日』を経験することになるとしても、その全てで、貴女を悲しませることなんて絶対に起こったりしませんから。わたくしが、そんなこと許しませんから」

 エア様は、私の右手を両手で包み込むように握る。

「わたくしは、この『亜世界』の『管理者』です。だからわたくしには、この『亜世界』に暮らす全ての者を守るという責任が…………いいえ、違いますね。そんな責任がなかったとしても、わたくしは絶対にアリサ様たちのことを悲しませたりなんかしません。わたくしの愛する者たちは、必ずわたくしが守ってみせます。約束します。これから何が起ころうとも、わたくしは貴女の味方ですから」

 そのときの彼女の顔は真剣そのもので、いつもの「うふふ」なんていう癒し系の笑顔じゃなかった。魂がこもっていて、誰に何と言われても変わらないような強い意志を感じさせる表情。そして、何よりもとても美しかった。

 もちろん本物を見たことがあるわけじゃなかったけど、そのときのエア様はまるで、戦場を先陣切って走り抜けていくジャンヌ・ダルクのようだと、私は思った。

 その瞬間、私の体を電気が走り抜けるような感覚が襲う。そして体の自由がきかなくなったみたいにその場を動けなくなって、頭もうまく回らず、余計な考え事もできなくなってしまった。

 でもそれは、全然嫌な感じじゃない。むしろ、「この人に任せておけば全てうまくいく」と思わせてくれるに充分な、尊敬を伴う力強い安心感。私はただエア様を見ていただけだったのに、本当に自分の心配ごとが全て消えてしまったみたいに、気持ちが落ち着いていくのを感じていたのだった。

「え、えと……あの……」

 凛としたエア様とは対照的に、私は、好きな娘の前にいる男子中学生みたいにたどたどしい。何かを言おうとしてもつっかえてしまって、なかなか口から言葉が出てこなかった。

 それでも何とか言葉を絞り出して、彼女に今の率直な自分の気持ちを伝えた。

「あ、ありあとう……ございます……」

「いいえ、当然のことですから」

 そこでやっと、いつもの「うふふ」という笑みを浮かべるエア様。私の体もようやく自由を取り戻して、脱力して、そのままへなへなとでみ子ちゃんの部屋の床に崩れ落ちそうになった。

 それは、とても不思議な経験だった。


「そっ……か……」

 そして私は、気付いた。

 気付いて、さっきまでの気持ちを完全に改めた。


 たとえ今の私を取り囲む全てが、『亜世界樹』が作り出したただのシミュレートだったとしても。

 今目の前にいるエア様が、ただのデータでしかなかったとしても。

 それらは全部、本物と同じなんだ。知識も性格も本物を忠実に再現していて、本物と同じ考え方と人格を持っている。だから、それはもう本物と変わらないんだ。

 本物が取り得る範囲内で全てのパターンをシミュレートするのが『亜世界樹』の役割。だから今目の前にいるエア様も、『本物がやる可能性があること』しかしない。

 もしも私がシミュレートじゃなく本物の七嶋アリサで、今本当に『妖精女の亜世界』に転送されてきているのだとしても。本物のエア様は今と変わらずにちゃんと私を歓迎してくれるし、私が落ち込んでいれば優しく励ましてくれるだろう。『1周目』から今まで私が見てきたシミュレートのエア様の存在が、それを証明してくれている。

 今の私自身が、本物と区別がつかないくらいにリアルなように。この『亜世界』も細部に至るまで本物そっくりに完璧に再現されている。ってことは、今目の前にいるエア様だって、本物と何も変わらないんだ。だから、偽物なんかじゃないんだ。

 そのことに気付いたときから、今のこの『亜世界』が実在しているとかいないとかなんて、私にはどうでもよくなった。目の前に、私を気遣ってくれるエア様がいてくれる。その事実さえあれば、何も悩むことなんてない。だって、この人の優しい想いだけは誰がなんと言おうと確実に存在しているのだから。

 私を守ると言ってくれた『このパターンの彼女』のために、私はこの『パターンの亜世界』をちゃんと生きようと思った。この『パターン』を、最良のパターンにしてあげたいとさえ思ったのだった。


「……ところで」そこで突然でみ子ちゃんが口を挟んできて、私の意識は現実に引き戻された。「貴女はいつまで姉さまの手を握っているつもりなのですか? それ以上の不当利得は認められませんよ?」

「……え? あ、ああ、す、すいません!」

 彼女に言われて、ようやくそこで私は、さっきからずっとエア様と手を繋ぎあったままだったことに気付いて、慌てて手を離した。けれど、そのあともしばらくの間、私の手にはエア様の温かいぬくもりが残ったままだった。




 それからすぐあと。

 私の身に起きている現象を説明してもらって、それに一応の納得も得られた私たちは、用が済んだのででみ子ちゃんの部屋を去ることになった。

 でもそのときの私には、立ち去る前にどうしてももう1つだけ、でみ子ちゃんに聞いておかなければいけないことが出来ていた。


「何ですか? 何でもいいですけれど、聞くなら早くして下さいよ? 私は貴女のように暇ではないのですから、不急不要なことまで聞いてあげる義理はないのですからね?」

 相変わらず、当たりのキツイ彼女。でもこんな彼女の態度も、私とエア様がさっき手を繋いでいい感じになっちゃってたのを見てやきもちしてるのかな、とか考えると、ちょっとかわいく思えてくる。

「うん。聞きたいことっていうのはさっきの続きで、『亜世界樹のシミュレート』についてなんだけどさ……」

 壁に手を当ててエレベーターを起動しようとしていたエア様は、私の真意がわからずに不思議そうな顔をしている。私は彼女に少し待って欲しいと告げてから、でみ子ちゃんへの質問を続ける。

「さっきでみ子ちゃんは、こう言ったよね? 亜世界樹は何度も何度も明日のシミュレートを繰り返していて、最終的にその中で1番いい明日が選ばれる。だから、『エア様が死んでしまう明日』なんて来るはずがない……って」

「ええ。言いましたね」

「そう……」

 私は慎重に言葉を選んでから、続ける。

「でも、でもさ……。その『亜世界樹』のシミュレートって、『実際に起こる可能性がある』ことだけを計算しているんだよね? つまり、『絶対に起こらないこと』は、そもそもシミュレートしていない。ってことはさ、もしかして……」

「ふん……」でみ子ちゃんは、少しだけ感心したように鼻を鳴らしてから、「貴女も一応、最低限の知能は持ち合わせているようですね。よかったです」と言った。

 ……おい。

「貴女が推察する通りです。貴女が現在見ている物、そして貴女が『1周目』に見た物は、『実際にあり得るかもしれない亜世界の形』の1つ。つまりそれは、決して実現が不可能なパターンではなく、むしろ、ごくごく普通に起こり得ることなのです」

「やっぱりそう、なんだよね……」

 私は、自分の危惧していたことが正しかったと知って、気が重くなった。

 でみ子ちゃんは続ける。

「つまり今現在この『亜世界』には、何かのきっかけで姉様を殺すような不届き者が存在しているということ。仮に、もしも貴女が見た『1周目』と全く同じ条件が現実でも揃ったとしたなら、姉様は実際にその不届き者によって殺されてしまう状況だということなのです」

「もう。研究者ったら、何を言っているの? そんなはずがないじゃないの。うふふ……」

「……」

 エア様はでみ子ちゃんが冗談でも言ったと思ったのか、まるで緊張感のない様子で笑っている。でも私とでみ子ちゃんの方は、そんな悠長な気分ではいられなかった。

「もちろん、そんなことが起こる条件というのはよほどの最悪の場合だけでしょうし、『アガスティア』がそんな最悪のパターンを採用するはずがないことだけははじめから分かりきっています。だから、実際に姉様が死んでしまうなんて可能性は限りなく0に等しい。そのことについては不安はないのですが……。ただ、それはそれとして、場合によっては姉様を殺し得る者が今現在この『亜世界』に確かに存在するという事実は、若干の気掛かりではあります。それは不穏です。不吉です。とても不気味なことです」

 そこで急に口を閉ざしてしまったでみ子ちゃん。うつむくその顔は、少し気まずそうにも見える。まあ、それは無理もないだろう。明言はしていないけれど、きっと彼女もとっくに気付いているのだろうから。エア様を殺すかもしれない犯人っていうのが、恐らく「エア様の6人の妹ちゃんたち」の誰かだということに。

 当然だ。だって現在この『亜世界』にいるのは、私とエア様を除けば妹ちゃんたちだけのはずなんだから。


 犯人がどうして『1周目』のエア様を殺してしまったのか、それは私には分からない。6人の妹ちゃんたちは、誰もが例外なくエア様の事が大好きで、エア様にひどいことをするなんて想像も出来ないような娘たちばかりだったから。

 でも、私が『1周目』に見たパターンが有る限り、この中に犯人がいることはもはや変えようのない事実なんだ。

 優しくて、きれいで、とにかく全てが最高なエア様。そんなエア様を殺すなんて……そんなの、どんな理由があったって許されない。私が、絶対に許さない。

 今の私がすべきことは、その犯人を見つけてエア様を助け出すことだ。『今日を何度繰り返しても記憶を持ち越せる』というこの私の力で、悲しい未来を未然に防ぐんだ。



「ま、まあとにかく、現時点では何もわからないよね? 『1周目』の私はビックリして現場の様子とかあんまり覚えてないし、証拠品とかも、『2周目』に入ったときに消えちゃったもんね? 分かったよ。じゃあ、私はもう少し様子を見てみる。でみ子ちゃんも、何か気付いた事があったら教えてね?」

「はい、分かりました。姉様の身の安全のため、私もその不倶戴天の相手が誰なのかということについては、思案を巡らせておくことにしましょう」

「うん。ありがとう、でみ子ちゃん」

 とりあえず聞きたいことは聞けたので、私は当初の予定通りでみ子ちゃんの部屋を去ることにした。エア様の方をちらりと見てみると、相変わらず、さっきの私たちが冗談を言い合っていたとでも思っているらしく、にこにこと微笑んでいた。本当の事を言ってわざわざ彼女の気分を悪くする必要もないかと思い、私はそのままフォローすることはやめておいた。


「じゃあ、『亜世界樹』の外へ」

 それから。私がでみ子ちゃんの部屋の壁に手をかけてそう言うと、来たときと同じように部屋の壁に穴が開いて、『亜世界樹』にエレベーターの空洞が現れた。今度は私が先に乗り込んでから、私より10cmくらいは身長が大きいエア様をその部屋の中に迎え入れる。そして彼女の体が完全にその中に入ると、その扉はまた自動的に閉まり始めた。

 そのとき………。


「おや? そういえばさっき貴女は、私が何も分かっていないと言いませんでした? だとしたら、それは真実ではありませんね」

 突然、部屋の中のでみ子ちゃんがそんなことを言い出したんだ。

 慌てて閉まっていく扉を止めようとするけれど、その方法がわからない。でもどうやら、1度動き出してしまったエレベーターは途中で止めることが出来ないらしい。

「えっ? で、でみ子ちゃん、何? 今なんて……」

「今の私には1つだけ、分かっていることがあります。現時点で分かっているのは、その1つだけです」

 閉まる扉の向こうから、彼女の声が聞こえ続ける。

「貴女は『1周目』に、姉様が『口から血を流して死んでいた』と言いました。ということは、特に他には目立った外傷はなかったということなのでしょうね? もしも切り傷や刺し傷などがあったならば、それについて言及してもいいはずですからね?」

「ああ、扉が閉まっちゃうっ! ちょ、ちょっと待っててね、でみ子ちゃんっ!」

 慌てふためきながら、何とかエレベーターの扉が閉じるのに抵抗しようとしている私を無視して、彼女は続ける。

「だとすれば、きっと犯人が『1周目』に姉様を殺害した方法は、毒殺です。十中八九、そう思ってよいでしょう」

「え!? ど、毒!? ってか、ちょっと待ってってばっ! こ、これの、止め方がわかんなくってっ! あーもう! しょうがないから私たち、1度エレベーターで下に降りてからもう1回ここに戻って来るから……」

「いいえ。そんなことは不要です。だって現時点で私が分かっているのは、本当にそれだけですから。もはや他に貴女に話せることはありません。つまり、もう1度来てもらっても意味などはないのです。不効率なだけです。不経済なだけです。だから……『今日』はこれでお別れです」


 彼女がそう言った瞬間に、エレベーターの扉は完全に閉まってしまった。私の周囲を、来るときと同じ暗闇が包み込む。

 それから小さな駆動音をたてながら、エレベーターは『亜世界樹』の根っこが生えている地上へ向かって、幹の中を下り始めた。

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