03'
でみ子ちゃんの部屋は、とても簡素な造りをしていた。
研究者っていうからには、研究に使う器具とか、巨大なスーパーコンピューターとか、難しそうな本が並んだ本棚とかが、びっしり詰まった部屋でもよかったと思うんだけど……そんなものは、ここには一切なかったんだ。
「昨日」、アキちゃんに作ってもらった私の部屋だって、ベッドはもちろん、服を仕舞うクローゼットとか、手をかざしたら水がでる洗面所のようなところとか、花のいい香りがするトイレとか、結構いろいろな設備があったのに、ここにはそういう家具らしい家具すらもない。ただただ、六畳一間くらいの部屋の真ん中の、床全体に広がる木の年輪のような模様の1番小さい輪の部分に、床と一体化した椅子があるだけ。簡素っていうのは実は目一杯にオブラートに包んだ言い方で、本当は質素……いや、むしろ空虚。そこは部屋って言うよりは、それ自体が何かの実験をするための隔離室、あるいは独房みたいなところだったんだ。
まあ、研究者といってもでみ子ちゃんの場合は『亜世界樹』専門の研究者だし。『亜世界樹』が超高速で超高性能の「計算機」として使えるのなら、他の物なんかはいらないのかもしれないけどさ。それにしたって、年頃の女の子の部屋としてはあり得ないよ、これ……。
私は「昨日」も彼女の部屋に対して持ったのと同じ感想を、改めて感じてしまうのだった。
その唯一の家具である椅子に腰かけて、部屋に入ってから私を冷めた目で見つめているでみ子ちゃん。大まかな部分だけ見ると、やっぱり他の妹ちゃんたちと同じように、彼女の顔もエア様とよく似ていた。でも、感情を全く感じさせない機械のLEDの光みたいな2つの瞳は、見ているだけで心が落ち着く本物のエア様のそれとは似ても似つかない。むしろ、正反対にあると言ってもいいくらいの冷酷さを感じさせた。
髪型は、エア様と同じようなサラサラの長い金髪をまとめて、2本の三つ編みにしている。これでメガネでもかけてたなら、マンガとかアニメとかに出てくるクールビューティーな学級委員長、あるいは孤独を愛する孤高の図書委員(+エルフ耳)って感じだったんだけど……。膝まで隠れるような大きな白衣を着ていることと、両手が完全にその白衣の袖に隠れてしまっている(いわゆる萌え袖)せいでどうしてもコスプレ感が出てしまって、彼女のせっかくのクールさはぶち壊しになっていた。
私はあれから急いで立ち上がって、エア様も立ち上がらせて、自分がやらかしてしまったエア様へのセクハラがわざとじゃなかったのだと、必死に弁明した。
でもよく考えてみたら、私的には「昨日」既にでみ子ちゃんに会っているから彼女のことを知ってるけど(正確に言うと、私がでみ子ちゃんに会ったのはこの『亜世界』にやってきた日の次の日の早朝1時、つまり「1周目」の2日目だから、「2周目」の今だと明日になるの?それとも、「昨日」の「明日」だから今日?ああ、ややこしい……)、でみ子ちゃんからしてみたら私は名前も何も知らない完全な初対面の相手ってことになるわけだし、そんなやつがいきなりエア様を押し倒しながら部屋に入ってきて、「違うんです!」、「私はこんなつもりじゃなかったんです!」とか言ったって、信じられるわけがないと思う。
そんなの、完全にただの頭のおかしい変質者だし、言い訳を必死に言えば言うほど、やましいことがあるとしか思えない。早々に他の妹ちゃんたちを呼ばれて、ロープかなんかでぐるぐる巻きにされてても文句は言えなかったと思う。エア様も何故か、「全てわたくしが悪いのです……」、「アリサ様は、とても優しくしてくださいました……」なんて、私の「犯行」をかばっているような台詞を言い続けてるし……。
でも、でみ子ちゃんはそんな私たちのことを無表情に見つめながら、しばらくして何かを納得したみたいに小さく頷いた。
「……分かりました。状況は、だいたい理解したつもりです」
「えっ、ほんと!?」
正直、自分でも納得してくれるなんて思えないようなヒドイ言い訳だったのに、でみ子ちゃんは私のことを分かってくれたらしい。つまり、私がエレベーターっていう密室空間でいきなりエア様に襲いかかるような真性の変質者じゃないってことを、分かってくれたんだ。やったね、逆転無罪判決だ! うーん、さっすがでみ子ちゃん! 『研究者』の職能を持っているだけはあるよっ!
痴漢冤罪から免れたような気持ちでガッツポーズを取った私。でもそれからでみ子ちゃんは、私に向かってびっくりするようなことを聞いてきた。
「それで、今何周目ですか?」
「え?」
まるで、「今何時ですか?」とか、「駅に行くのはこっちに行けばいいですか?」なんて聞くような感じで、いたって普通に、当り前の言葉として、そう聞いてきたんだ。
「何……周目?」
「ええ。『今日』を経験するのが何回目なのか、ということを聞いています」
事務的に、冷静に、当り前でしょ?と言わんばかりに、でみ子ちゃんは言う。
でも……あれ? あれれ?
私、もう話したっけ?でみ子ちゃんに、タイムリープの話したんだっけ? 私が『今日』を繰り返してるってことを、彼女に言ったんだっけ?
い、いや……。私が彼女に説明したのは、「エア様へのセクハラ行為」の話だけだったはず。私はまだ、自分が置かれている今の状況はおろか、「今日の分」の自己紹介すらもろくにしてなかったはずだ。でもそのときのでみ子ちゃんは、どういう訳だか私がタイムリープしてるってことを、言う前から気付いていたんだ。
「はあ……」驚いて何も返せずにいる私に、でみ子ちゃんはめんどくさそうに小さくため息をつく。「説明が必要ですか? そうなんですね? 仕方ありませんね……」
そして彼女は、部屋の真ん中にある椅子に腰かけたまま、しゃべり始めた。
私はともかく、エア様まで立たせっぱなしで自分は座ってるってのは、流石にちょっとどうなのって思うけどね……。
「貴女が分からないのは、どうして『貴女が今日を繰り返している』のに私が気付いたか、ということですよね? でも、それは実はいたって単純な事で、考えれば分かることなのです。私の部屋に入ってきた貴女の態度は、それを分からせるだけに十分な材料となります。例えば、貴女はさっきからずっと、私たちの愛すべき姉様であるこの『亜世界』の『アドミニストレーター』様のことを、なれなれしくも『エア様』などと呼び、何だか親し気に接していましたよね? 『エイリアン』である貴女がこの『亜世界』に来たのは今日の6時半。つまりまだ貴女と姉様が知り合ってから1時間程度しか経っていないはず。それにもかかわらず、その様子では貴女は既に姉様のことを十二分に信頼しているようではないですか。普通、初対面の人間がそこまで誰かを信頼するようになるには、少なく見積もっても3、4時間くらいは行動を共にする必要があると思いますが?」
「う、うん……」
早口でも言うように、一息でまくし立てるでみ子ちゃん。しかも、その一言一言に自信と確信を持っていて、相手の反論を許さない感じ。ああ、そうだよね……。この娘って、「昨日」もこんな感じだったよね……。
「それにこの『亜世界』に来てからまだ1時間しか経っていないのに貴女と姉様が私の部屋に来ているという事自体、そもそもとても不自然な事なのです。もし貴女が『今日』を初めて経験しているのだとしたら、今ごろは姉様が貴女に精霊や『アガスティア』というこの『亜世界』の最も基本的な基盤部分についての説明をしているはずなのです。元々そういう手筈になっていましたし、貴女としても、この『亜世界』にやって来たらまずは『アガスティア』の巨大さや精霊の起こす現象の神秘性に目を奪われて、それらに対して強い興味を持っていたはず。もしも姉様に『説明する』と言われれば、貴女にはそれを断る積極的な理由などなかったはずなのです。しかし実際には貴女は今ここに来ている。つまり、『アガスティア』や精霊には全く興味を示さなかったのです。そこから、現在の貴女の身に何かイレギュラーな事態が発生していて、既に貴女がそれらの知識を持ち合わせてしまっているのではないか、と考えるのは不可能なことではありません。そして貴女が会いに来たのが他の誰でもなく『アカデミック』である私ということを鑑みれば、その事態が『アガスティア』に関わることで、貴女と姉様は何か『アガスティア』について疑問をもっているのではないか? と考えるのも不合理とは言えないでしょう。つまり、『初対面のはずの貴女が、何故か姉様にとても親しく接している』、しかも『この亜世界について、ある程度の知識を既に持っている』、『アガスティアに関わる異常事態が発生し、それを解明するために私のところにやってきている』……。これだけの情報が揃っていれば、ある程度不備のない予測を立てることはそう難しくはない。だから私は、貴女が『今日』を既に経験しているということに気付いたのです」
よどみなく、流れるような口調で言い切ったでみ子ちゃん。私は、そんな彼女に呆然としてしまった。
え、えー……とぉ……。
ま、マジ?
本当に、そこまでわかっちゃったの? 私がこの部屋にやってきてから今までの、たった数分で? だ、だって、そんなこと普通に考えたら、あり得るわけが……。
でもすぐに思い直して、気を取り直した。確かに、普通に考えたらなかなか信じられないようなことだったし、これが他の人だったなら、実際こんなことあり得なかっただったろう。でも、今私の目の前にいるのは、他でもないでみ子ちゃんなんだ。彼女だったら、こんなことだって充分にあり得る。研究者の職能を持っている、でみ子ちゃんだったら。
「昨日」私が自己紹介をしにここにやってきたときに、私はでみ子ちゃんの方からも簡単な自己紹介を返してもらっていた。だから、当然そのときに彼女の職能についても説明を受けていたんだ。
その彼女の職能っていうのは……「『亜世界樹』へのアクセス権限を持っていること」。
って言われても、私も最初はいまいちどころか微塵もピンと来なかったんだけど、少し時間をおいて落ち着いて考え直してみると、その意味もだいぶ分かってきた気がする。要するに、「超高性能な計算機」だっていう『亜世界樹』の機能に「アクセス」して、『亜世界樹』に計算をさせたり、その結果を確認することが出来る能力ってことらしい。
でみ子ちゃんがさっき言ったように「1周目」に私と出会った時のエア様は、風の精霊の力で空を飛んで、空から『亜世界樹』の全貌を見せてくれた。そして、それがただの大きな木じゃなく、「精霊を使った計算機だ」って話をしてくれた。
でも実は、そもそも『亜世界樹』をただの木としてじゃなくエア様が言ってたみたいな高性能計算機として認識できるのって、誰にでも出来ることじゃなかったんだ。ってゆうか、実はそれが出来るのはこの『亜世界』でたった1人、木の精霊について他に右に出る者なんていないくらいに熟練している、でみ子ちゃんだけだったんだ。
例えば、木の精霊って言うなら、他にもアキちゃんやアグリちゃんなんかも、木の精霊の扱いについてはかなりのエキスパートだったはず。だけど、そんな彼女たちにしたって『亜世界樹』のことを「計算機」として認識することは出来ていなかった。『亜世界樹』を加工して部屋を作ったり、その葉っぱを材料にして料理を作ったりすることは出来るけど、それは結局、『亜世界』を他の木と同じようなただの植物としてとらえているってことだ。その認識は、最初に私が『亜世界樹』を見た時に感じた、「すごく大きな木」っていう感想の延長線上に過ぎない。
エア様が言ってたみたいな「5つの精霊の状態の変化が5進数の計算機になる」っていう考え方は、この『亜世界』ではでみ子ちゃんだけが出来ることで、『亜世界樹』が「世界をシミュレートしている」っていうのも、でみ子ちゃんがいればこそ成り立つことだったんだ。
ついでに言うと今のでみ子ちゃんって自分の部屋でただ椅子に座って休んでいるだけのように見えるんだけど、実際には、絶賛お仕事中だったりする。だって、さっきから彼女が座っている椅子も、私たちが今いるこの彼女の部屋自体も、結局のところは『亜世界樹』っていう彼女専用のスーパーコンピューターの一部なんだもん。つまり今の彼女は、スーパーコンピューターのキーボードの上に手を置いている状態も同じ。何もしてないように見えて実際には、座っている椅子を通じて『亜世界樹』の中の木の精霊を操作して、『亜世界樹』に『亜世界』のシミュレートの計算をさせ続けていたんだ。
ってことは……ってことはですよ?
きっと、どんなに難しい問題でも、ちょちょいと『亜世界樹』を操作するだけで答えが分かっちゃったりするんでしょ? この『亜世界』全体をシミュレート出来るんだったら、私1人が取る行動くらいは簡単に予想できちゃうだろうし。
さっきの私のこととか、私がタイムリープしてることが分かったのも、『亜世界樹』が答えを教えてくれたとかで……。
「……? もしかして、私が『アガスティア』にアクセス出来るからさっきのことが分かったんじゃないか、とか思ってますか?」
突然私の考えごとを遮って、思っていた通りのことを聞いてくるでみ子ちゃん。ほとんど脊髄反射的に、「う、うん」と、私は頷いてしまう。
え? だ、だって、本当にその通りなんでしょ……?
「違いますよ」
無感情に、でみ子ちゃんはそう言い捨てる。あ、あれ? 違うのっ!?
「どうやら今の貴女が持っている私の職能についての知識には、若干不確かなところがあるようですね。ということはきっとさっきの私の質問についての回答、つまり『今日』を経験している回数というのも、それほど多くはないのでしょうね。恐らく今回が2周目……あるいは、多くても3周目といったところですか?」
「……2、周目です」
「なるほど。では無理もないかもしれませんね。『アガスティア』や精霊という概念はこの『亜世界』特有の物でしょうし、それを前提としている私の職能について貴女の理解が不束であるというのもある程度はいたしかたないことです。顔と態度から判断する限り、人間という種族の中でも貴女はいささか不出来な方の部類に入るようですし。たった1度の説明を受けたくらいでは、私の職能の全てを理解するのは不可能だったのでしょう。分かりました。理解が不足している部分については改めて補足説明してあげることにしましょう」
自分の頭の良さっぷりを披露しつつ、ちゃっかり私をディスってくるでみ子ちゃん。萌え袖になっている手を両手とも天井に向けて、「やれやれ」と言う感じのジェスチャーをする。もちろん、その間も顔は無表情のままだ。
私は、自分が分かったつもりになっていたことがただの知ったかぶりと思い知らされて、ちょっと恥ずかしくなった。
「確かに、『アガスティア』が高性能な計算機であり、私は職能という形でその『アガスティア』に計算を促し、その計算結果にアクセス出来る能力を持っている。そこまでだったら貴女の認識に大きな不備はありません。しかし、私が出来るのは本当に『それだけ』なのです。それ以上のこと、それ以外のことについては私の範疇を超えています。つまり、『アガスティア』が行った計算結果について私が出来ることは、それに『アクセスすること』だけ。いまだその内容を把握することまでには至っていないのです。朝の6時から24時間後の次の日の6時まで、私の指示に従って『アガスティア』は絶え間なく計算を繰り返し、その計算結果を内部のある領域に格納し続けています。その領域の場所自体は既に判明していますし、私はそこへ自由にアクセスすることが出来ます。ただ、そこに格納されている計算結果の内容を理解することだけは、どうやっても出来ないのです。それはすなわち、格納データのフォーマット形式が不明だ、と言う意味で捉えてもらって構いません。格納データを移動したりコピーしたり削除したりすることは可能なのですが、それを開くための解釈方法が分からないのです。それは、不肖ながらも私の『アカデミック』としての『アガスティア』の研究がまだまだ未熟だということに他なりませんが……まあしかし、そういうことなのです。だから、私が自分の疑問に思うことを『アガスティア』に計算させてその結果を確認するなどということは現実的に不可能なことなのです」
「そう……なんだ」
そう言われて私もやっと、そう言えば「昨日」彼女が同じようなことを言ってたなってことを、なんとなく思い出していた。
そうか、彼女の頭のよさが『亜世界樹』を使ったからっていうのは、間違いだ。
この『亜世界』で1番『亜世界樹』のことを知っている彼女でも、出来るのは『亜世界樹』に『亜世界』のシミュレートをさせる命令を送ったり、その結果を「取り出す」ことだけ。それの意味を読み取ったり、自分たちの理解出来る形に翻訳することは、まだ出来ていないんだった。だからそんな意味不明な状態の『亜世界樹』の計算結果は、「意味不明なまま」利用される。頭で理解することが出来ない状態のまま、みんなの心に直接「インストール」される。『芸術家』の、あーみんによって……。
「つ、つまりさっきのって、でみ子ちゃんの素ってことだよね……? す、すごいね?」
自分が勘違いしていた事の恥ずかしさがまだ残っていた私は、それを誤魔化すために何かを言おうとする。
「『亜世界樹』で計算させたんじゃなくって、でみ子ちゃんの素の推理で、私が『今日』を周回してるって分かったってことだよね? う、うん。本当にすごいよっ!」
「すごくありません。さっきのは、目の前の状況を勘案した上での当然の帰結です。誰にでもわかることです」
でも、でみ子ちゃんはまたしてもあっさりと切り捨てるような態度だ。
「い、いやいやいや……私にとっては、そんなの全然当然じゃないよ。やっぱり、でみ子ちゃんだから出来ることだってば!」
「そうですか? 私にしてみれば、貴女の方がよっぽどすごいと思いますよ?」
「え!?」急に、そんなことを言うでみ子ちゃん。私は驚いて、すぐに否定する。「そ、そんな事ないよ! 私なんか、でみ子ちゃんの頭の良さに比べたら、全然凡人だし! 多分私がでみ子ちゃんと同じ立場になっても、今の結論を導きだすなんて出来ないよ!」
「私もそうですよ?」
「へ?」
感情を込めずに、彼女は言う。
「私が貴女の立場だったら、私も貴女のようなマネは出来ないでしょう。さっきの貴女のように、姉様に対してあんなあり得ないような不埒な行為を働く事なんてね」
「え? え!? ええっ!?」
「もしかして貴女は、1度あることは2度ある。どうせ、これからも何回か『今日』を繰り返すことになるんだろう、とか思っているのではないですか? 『今日』を繰り返す、すなわち『今日』やったことはどうせ全てリセットされるわけで、それはつまり何をやっても構わないということだ、と。どんな罪を働いても無かったことになるのだったら、普段なら到底出来ないようなことでも自由にやってしまえる、もはやこの『亜世界』は自分の思うままだ、とか思っているのではないですか? だから、さっきも姉様にあんな不届きな行為を……。すごいですね。すごい不道徳な発想ですね。貴女の世界の人間はみんなそうなんですか? それとも、単純に人間の中でも貴女が特別不誠実な性質なのですか? どちらにしてもこの『亜世界』に貴女のような人間がやって来る事になったという事実は、私たちにとってとても不幸な事です。不快です。不愉快です」
「ちょ、ちょっ、ちょっ! ちょっと待ってよっ!?」何言ってんのこの娘は!? さっきの私の話、全然聞いてくれてないじゃん!「だ、だから、それは違うっていったでしょっ! さっきのは、ただの事故で……」
「そ、そうですよ、研究者。アリサ様は、決して貴女が言うような方ではありませんよ」
それまで黙っていたエア様も、私のフォローに入ってくれる。
「アリサ様は、とても素晴らしい方です。この『亜世界』にとって、アリサ様が来てくださったことが不幸なことなどあるわけがないでしょう」
「そうでしょうか?」
でみ子ちゃんは椅子に座っている状態にもかかわらず、立っている私に見下すような目を向ける。
「私はそうは思えません。それどころか、これからもその『エイリアン』は次々と不埒な行為を行い続けると思いますよ? 私には、そいつが今後も姉様の胸や体などを無理矢理触っては、『すっごい気持ちいい!』、『ラッキー!』などと不修多羅なことを考えて気持ちの悪いにやけ顔を浮かべる姿が目に浮かぶようで……」
「な、な、な、何言ってんのっ! 私がそんなこと考えるわけな……」
あ……でもそう言われれば確かにさっき一瞬、そんなこと考えたような気もするけど……いやいやいやっ! あんなの、ちょっとしたジョークだしっ! 本気なわけないじゃんっ! だ、だから、「そ、そ、そ、そんなこと考えるわけないってばっ! ……多分」
100%で否定できないのが情けない。そんなだから、でみ子ちゃんの言葉も全然止まる気配がない。
「もしかしたら、このままいくとそいつは私たちの方にまで手を出してくるかもしれませんね。ああ、本当に恐ろしいことです。そいつの歪んだ欲望は留まることを知らず、完成された美しさをもつ姉様だけでは不満になり、もっと不熟で青い果実な私たちまでもがその毒牙に……」
「も、もぉーっ! だからそんなわけないってばっ! さっきから私に、変なキャラつけないで……」
「こ、こら、研究者っ!」
私の否定を遮って、さらに大きな声でエア様が叫んだ。
「アリサ様に失礼なことを言うのではありませんっ! アリサ様はお客様ですよっ!」
温和なエア様が声を張り上げる構図は、「昨日」のアキちゃんのときによく似ている。あのときと同じように、我慢が限界に達したらしい。
「姉様……」
おかげで、延々と続くとも思えたでみ子ちゃんの私ディスもやっと止まった。手を隠している白衣の袖が、少しだけプルプルと震えている。ただ、彼女の場合はアキちゃんと違って全然顔に表情が現れないので、今がいったいどんな気持ちなのかを推し量ることが出来なかった。
「アリサ様が、貴女が言うようなそんな人間であるはずがないでしょうっ! アリサ様はもっとお優しくて、慈愛に満ちた方ですっ!」
「う……」
全面の信頼を持って、そんなことまで言ってくれるエア様。さっき押し倒してしまったときの自分を思い出して、私は少し良心が痛んだ。
「わたくしは、この『亜世界』に来てくださったのがアリサ様で本当によかったと思っています! アリサ様ならば、わたくしたちのこの『亜世界』をよりよくしてくれる。貴女たちみんなにもきっといい影響を与える、そう確信しています! だってアリサ様は、『これからわたくしが死ぬ』と知ったとき、とても悲しんで下さって……」
「なに?」
その瞬間、でみ子ちゃんの表情に変化があった。
今までの機械のような無表情とは違って、眉間に皺を寄せて、明らかな不快感の顔になったんだ。
「その話、聞き捨てなりませんね。姉様、もう少し詳しく聞かせて下さいますか……?」




