05
それから結局、犬小屋のことをエア様に怒られた建築家ちゃんは、改めて私の部屋を作り直す事になってしまった。
「ああもう……1つの部屋をちゃんと作ろうと思ったら、強度を真面目に考えないとだし、上下水道とかも整備しないとだし、いろいろと時間がかかってしまうのよ?全く、何で私がこんなことをしなくちゃいけないのよ。数少ない私の時間は、お姉様といちゃいちゃするためだけに存在してるはずなのにぃ……」
どうやらそんな状態に納得してないらしく、ぐちぐちと独り言を言いつづけている彼女。それでも、エア様にはそんな様子は絶対見せないのだから、その点については感心させられてしまう。
「それでは、よろしくお願いしますね?建築家」
「え、ええ!もちろんですわ!お姉様のお顔に泥を塗ることがないように、お客様用の完っ璧なお部屋を『建築』して見せますわっ!」
「ホント!?じゃあ、期待してるね!アキちゃん!」
「は?ごちゃごちゃうるせえですわ。野良犬は野良犬らしく、適当にその辺で寝てればいいんですわ!私たちと同じような部屋に住もうとか、贅沢いうんじゃねーですわっ!」
これだもんなあ……。
「……というか。その、『アキちゃん』っていうのは何ですの?もしかして、私の事を言ってるつもりなの?」
そこで、不審げに私を睨み付ける彼女。エア様も、ちょっと不思議そうな表情だ。
あ、やっぱいきなり呼び方変えたのは、違和感あったか。
「うん。ってか、やっぱり私さ、他人の事を『管理者』とか『建築家』とか、職業で呼ぶのってちょっと抵抗あるんだよね。この『亜世界』のことは分かってるつもりだけど、それだといつまでたってもみんなと仲良くなれなそうだし……。だから、これから会う人たち皆、あだ名を付けちゃおうって思ったの。建築家だから、最初の2文字を取ってアキちゃん!どう?可愛いでしょ!?」
「は?」自信満々でそう言った私に対して、彼女の顔は明らかに不満そうだ。「冗談はそのふざけた顔と、貧相な胸だけにしてくださいます?」
ほっとけよ……。
「というか、何勝手にあだ名なんかつけちゃってくれてますの?私には既に、お姉様が与えて下さった『建築家』という識別子があるんですのよ?それを差し置いて、言うにことかいて『アキちゃん』なんていう、そんな間抜けな呼び方……。私、そんなの絶対嫌だわ。そんな名前で呼ばれるくらいなら、いっそ死んだ方がましよ!」
嫌悪感丸出しの彼女。私の提案は、お気に召さなかったらしい。
「むぅ。やっぱりダメかぁ……」なんて、私が諦めかけていると……。
「アキちゃん?まあ、なんて素敵な名前なの。可愛いですね。せっかくだからわたくしも、今度から建築家のことを、そう呼ぶことにしましょうかしら?」
「ええ!是非呼んでくださいませ、お姉様!私も、お姉様と全く同じ気持ちでしたのよ!」
エア様の鶴の一声で、アキちゃんは意見を180度ひっくり返してきやがったのだった。
ホント、この娘調子いいなあ……。
「本当に、アキちゃんってとってもいい響きだと思いますわっ!お姉様の麗しいお声で聞くと、更に一層心地よく聞こえますわっ!さあどうぞ今すぐにでも、私のことをその名で呼んでくださいませ!私、お姉様のお声でその名前が呼ばれるところを聞きたいの!」
「そ、そうですか……?」ちょっとひるむようなポーズを取ってるけど、エア様も割とノリノリな感じだ。「で、では、行きますわよ………アキちゃん」
「ああんっ!」
「あ…アキちゃんっ」
「いやんっ!」
「アーキちゃんっ!」
「もうっ!お姉様ってばっ!」
「あ、あのー……。お2人してお楽しみのとこ、すいませんけど……アキちゃんってあだ名をつけたのは、一応私が最初で……」
「おめえは黙ってろですわっ!」
「はい……」
そんなわけで、アキちゃんっていう名前は一応認められたみたいだけど、相変わらず私とアキちゃんの関係は険悪なままなのだった。
「と、とにかく……」
ひとしきり楽しんだあと、こほんと咳払いして、さっきのノリノリだった自分を誤魔化すエア様。
「アキちゃ……建築家。今度こそ、ちゃんとしたアリサ様のお部屋を作ってくださいね?よろしくお願いしますわね?」
「はい!必ずや、お姉様のご期待に添えるようなお部屋を建築して見せますわっ!」
「よかった……。それでは、お部屋のことは彼女に任せて、わたくしとアリサ様は、他の妹たちのところへと向かうことにしましょうか?」
「は、はい……」
そうして、私とエア様はアキちゃんに背を向けて、別の場所へと歩き始めたんだ。
正直私としては、今日の寝床とか他の妹ちゃんのことなんかどうでもよくって、エア様と並んで歩く私をものすごい形相で睨みつけているアキちゃんから早く逃げ出したいって気持ちの方が、大きかったのだけれど……。
「きぃぃぃーっ!あの異世界人のせいで、お姉様といちゃつき倒して過ごすという、今日の私の予定が台無しよっ!ムカつくわっ!あ……そうだわ!いいこと思いついた!あの異世界人の部屋の立て付けをわざと悪く作って、全部のドアが微妙にちゃんと閉まらないように『建築』してやろうかしら!?」
地味な嫌がらせはやめて……。
とりあえず、アキちゃんは敵に回したらいけない人だってことだけは、痛いほどよくわかったんだ。
※
それから、30分くらい後。
エキセントリックなアキちゃんと別れて、ようやく落ち着いてきた私たちは、次の目的地に到着していた。
そのころには、時間はこの『亜世界』でいうところのお昼くらいになっていたらしくって。私的にも、最後にご飯を食べたのは『モンスター女の亜世界』まで戻らないといけないくらいだったし、結構胃袋が身軽になってきていて、腹の虫も盛大に鳴き始めたりもしていて……。まあそんなわけで、私たちは『亜世界樹』の森の中に作られた4人掛けのテーブルを囲んで、一緒にお昼ご飯を食べていたのだった。
「もぐもぐもぐもぐ……ごっくん!かぶっかぶがぶっ!むぐむぐむぐ……」
「うふふ……」
継ぎ目1つない、「地面の根っこが隆起したら、偶然にもテーブルの形になってました」なんて感じの、完全に周囲と溶け込んでいる自然な仕上がりのそれは、多分アキちゃんが『職能』を使って建築したものだろう。シンプルだけど機能的なデザインで、今もその盤面にたくさんのごちそうがのせられているっていうのに、傾いたりへこんだりすることもなく、どっしりと構えている。私の世界のお店でこれと同じテーブルを買おうと思ったら、もしかしたら中古車が買えちゃうくらいのお値段しちゃうかも……。やっぱり建築家っていう肩書きは伊達じゃなくて、真面目にやればちゃんとした物だって作れるんだね、アキちゃん。
……てか。
実は、そんな素敵なアキちゃんの作品に私が興味を持ったのは、ほんの数秒だけ。正直今の私の興味は、とっくにそのテーブルじゃなく、その上の「ごちそう」たちへと移っていたのだった。
「ごちそう」って言っても、こんな森の中で食べるご飯なんかたかが知れてる。どうせ、サンドイッチとかサラダとか、そういうロハス的なヘルシー的なやつでしょ?大自然の空気と一緒に食べると何でもおいしく感じちゃう、とか言うつもりなんでしょ?って……最初は私もそう思ってたんだけど……。実はそれは、大間違いだった。実際に私の目の前に出された料理は、そんなのとは全然違っていたんだから。
テーブル向かって右側には、赤い色をしたハンバーグのような料理。でも、それは実はお肉の赤さじゃなくって、この『亜世界』にある紅葉のような赤い葉っぱを使って出来たものだ。その葉っぱをすり潰して粘土状にした物を、楕円の形に丸めて焼くとあら不思議。まるで、高級な牛肉で作ったハンバーグのような見た目になったんだ。肉汁のようにその葉っぱに含まれていた水分が染みだしているあたりも、ソレっぽさに拍車をかけているんだろう。何より驚きなことに、味も、ジューシーなお肉と寸分違わない仕上がりで、とても美味しい。
それから私の左側には、白濁したスープの中に細い麺が浮かんでいる料理。水分に強い種類の植物の茎を適当な長さにカットして、塩、コショウ、その他いろいろな調味料を加えた液体で茹でた物だ。絶妙な歯ごたえと、熱を通したせいでどういうわけだか縮れた茎が濃厚スープに絡んで、その食感はほとんど豚骨ラーメンだ。これもやっぱり、堪らなく美味しい。
そんな、私がよく知る料理そっくりに作られた品々を、次から次へとフォークをさして口の中に放り込んでいく。喉を通り抜けたそれらが、私の全身を堪らない幸福の感情で満たしていく。
「ぷっはぁーっ!うん、うまいっ!うまいっ!うまいっ!んんんんんまいよぉーっ!」
「それにしてもあんた、ほんま、ええ食べっぷりやなぁ?余分に用意したつもりやったのに、もう全部の皿が空になりそうやないか?」
「だ、だって、ホントに美味しいんだもん、これっ!スッゴく食べごたえあって、味も濃厚で!こんなに美味しいのに実は全部植物で出来てるなんて、いまだに信じられないよ!これだったら、いくらだって食べられちゃいそうだよー!」
「ほーかほーか。ええでええでー。美味かったんなら、どんどん食うたらええ。おかわりだって、いくらだって作ったるかんなー」
「そ、そうですよ、アリサ様?そんなに焦らずに、ごゆっくり召し上がっても大丈夫なのですよ?アリサ様1人増えた程度では、この『亜世界』の食べ物はなくなったりはしませんから……」
私が、この『亜世界』を食べつくしてしまうとでも思ったのか、エア様は心配そうにこちらを覗き込んでいる。私は慌ててそれを否定する。
「そんなこと、言われなくったって分かってますよぉ!もおー!エア様ってば、私の事ドンだけ食い意地はったヤツだと思ってるんですかぁーっ!」
「い、いえ、そんなつもりは……」
「いやホント、分かってるんですよ?分かってるんですけど……でもでも、どの料理も私の世界にある料理にそっくりで食べやすくって……なのに、全部が今まで私が食べたどの料理より美味くって……。そ、そうですよ、全部、この料理のせいなんですよ……この料理が美味しいのが悪くって……」エア様を否定しようとしていた気持ちさえも、味の洪水に飲み込まれていく。言葉をしゃべろうとしていた口が、『空気を出す』ことよりも『物を入れる』ことの方を求めているのが分かる。「だ、だから……だから……もお、全然フォークが……フォークが……止めらんないんですよぉー!ばくっ!もぐもぐもぐもぐもぐ……」
「きゅふふ……。こやつがいた世界では、暴食は大罪などではなく、美徳の嫡子であったのではないか?見よ。今のこやつの様態は、愚かな獣たちと何も変わらぬではないか?」
「ちょっとぉー!アキちゃんみたいなこと言わないでよぉー!私だって、これでもちょっとはダイエットしてるつもりで……パクっ!で、でも……パクパクっ!もぐもぐもぐもぐ……だ、だめだぁー!絶対我慢できねぇーっ!美味しいぃー!」
テーブルの上の料理は、本当に本当に、お世辞抜きで絶品そのものだった。いくら最近の私が、『モンスター女の亜世界』で、味付けも何もあったもんじゃないような野生料理しか食べてこなかったとはいえ。それを差し引いても、私が今食べているのは、超1流の5つ星レストランでだって絶対に出せないような、最高の味の料理だったんだ。だから、私が礼儀も恥も外聞も全部忘れてひたすらにテーブルを食い散らかしていたのは、ある意味ではしょうがないことだったんだ。……多分。
おかわりを用意してくれようと席を立った『彼女』が、呆れ混じりの表情で私に言う。
「ほんで、次はどんなんがええのや?悪いけどウチは、『心の精霊』についてはカラッキシやからな?ちゃんと口で言うてくれんと、あんたの好きなもんなんか分からへんで?」
「え、えーっと、ちょ、ちょっと待ってねっ!」私は食べる手を休めて、ちょっと考えてから、「そ、そうだなあ……さっきは、『コテコテでギトギトのジャンクな味』っていうオーダーだったからぁ。次は、『甘々なスイーツ』がいいかなぁー……なーんて……」と答えた。
そう。私の目の前のたくさんの絶品料理って、実は、全部私がオーダーした物なんだ。
お昼ご飯を食べようって話に決まったあと、エア様は私をこのテーブルの場所まで連れてきてくれた。でもそこには、既に2人の先客、2人の、エア様の妹ちゃんがいた。そのうちの1人、怪しい関西弁の彼女が「何が食べたいんや?」なんて、いきなり聞いてきたもんだから、私的には冗談のつもりで「久しぶりにハンバーグとかラーメンとか、コテコテでギトギトなジャンクな料理がお腹いっぱい食べたいなー」なんて言ったら……。それから10分くらいで、テーブルの上にこのごちそうが出来上がっていたってわけ。並外れた想像力と、『1000年間培ってきた技術』で、彼女が私のオーダーに完璧に答えてくれたんだ。
「んで、お姉やんはどうする?なんや今日は、あんまし食うてへんみたいやけど?」
「ありがとう、農業家。でも、私はもう大丈夫よ。アリサ様が気持ちよく召し上がっているのを見ていたら、お腹がいっぱいになってしまったもの。うふふ……」
「はは、そりゃ言えてるわ」
エア様の言葉に、「農業家ちゃん」は乾いた笑いで答えた。
この『亜世界』じゃあ、植物と言ったらもっぱら『亜世界樹』のことになるんだけど、それでも、それ以外の普通の植物も一応あるにはある。そんな、『亜世界樹』以外の野菜や果物なんかの植物を育てたり、育てた植物を誰よりも美味しく調理出来るのが、目の前の関西弁の女の子、農業家ちゃんなんだ。
ボーダーのTシャツの上には、ショーパンとくっついたサロペットのような服。やっぱり髪の毛はエア様と同じ金髪だったけど、農作業とか料理をするのに便利なのか、その長さは結構思い切った感じのボーイッシュなショートカットだ。言葉遣いと合わせて、なんかエルフってことを忘れてしまいそうな、いい意味での「普通」っぽさがある彼女に、私は「アグリちゃん」というあだ名を付けた。
「スイーツぅ……スイーツぅ……アマアマな、スイーツねぇ……」
私のオーダーを復唱しながら、アグリちゃんは周囲の森を見回す。そこにあるのは、『亜世界樹』の木々や、葉っぱ。それに、それに絡み付いてるツタ状の雑草くらいだ。とても、『甘々なスイーツ』なんて物が作れるような材料が揃っているとは思えない。
でも、その関西弁の彼女が中身まで生粋の関西人で、私のツッコミ待ちのボケをかましてるって訳じゃないことは、私には既に分かっていた。
「アマアマ言うたら、この辺の草なんか使えそやな……。あとは……お、こっちの蔓に花が咲いとるやん。ちょうどええわ、これも使ったろ」
そんな風に呟きながら、適当っぽくその辺の雑草を集めていくアグリちゃん。不思議なことに、そんな風に彼女によって刈り取られた草や花は、刈り取られる前よりも、ずっと生き生きして瑞々しくなっているように見えた。
それから彼女は集めた草を細かく刻んで、少量の水や調味料みたいな粉と合わせて、団子のようにこねた。そして、それをエア様がやったみたいに空中に出した火を使って軽くあぶってから、お皿にのせて、仕上げとして小さなピンクの花を添えて……、
「とりあえず、1個作ってみたでー。どや?」
そう言って、オーダーしてからものの5分とかからずに私の前に出てきたのは、色がちょっと緑っぽい以外はさっきの食材の面影なんか何処にもないような、美味しそうなレアチーズケーキだった。
って……。
「いやいやいやっ!どこをどうしたら、さっきの草がチーズケーキになんのよっ!?ってか、そもそもチーズなんか使ってないじゃんっ!」
「なんや?何か文句あんのかい?いらんのなら、別に食わんでもええんやで?」
「えっ!?そ、そんなわけないじゃないですかぁーっ!いやだなぁーっ!アグリはん冗談キツいわーっ!食べるに決まってますがなー」
思わずツッコんじゃったけど、私は別に、彼女のその料理が食べたくないわけじゃない。っていうかそれどころか、ぜひ食べたくて仕方がないんだ。だって、この「チーズケーキ風草団子」の味は、もう食べる前から分かり切っていたんだから……。
「じゃあじゃあ、さっそくいただきまー………!?」
木製の小さなフォークで、一気に半分くらいを口に放り込んだ瞬間。
爆弾でも爆発したかと思うほどの暴力的な甘さが、口の中で広がった。それだけで私の脳はもう何も考えられなくなって、完全にその「ケーキ」に支配されてしまったんだ。もはや、その甘さを感じている舌の上以外の感覚はなくなってしまって、今なら、全身を切り刻まれても痛くないんじゃないの?って感じ。でも、いつまでもその麻薬めいた「甘さ」っていう快楽に溺れていたかったのに、その「ケーキ」は勝手に口の中でとろけ始めて、液体となって喉へと向かって行く。勿体ないっ。いくらそう思っても、感覚を奪われた私にはその流れに逆らうことが出来ない。やがて、喉を通って胃袋へと到達したそれは、そこで雷のような激しい電気信号となって体中へと拡散して、私の神経を刺激した。
ただ「チーズケーキがすごく甘くて美味しかった」ってだけで、私の体は氷水をぶちまけられたみたいにブルブルと身震いしていたってわけ。そんなことって、ありえる?
今まで食べたどのスイーツよりも濃厚で甘々……なのに、決して胃がもたれるような重たさはない。「甘さ」っていう味覚が持つポジティブな部分だけを抽出して100倍くらいに濃縮した物を、静脈注射でもされたみたいな感覚だった。
これが、彼女の『職能』だ。
1000年もの間、野菜や果物を「より美味しく」、「より健康的に優れたものになるように」育ててきた「農業家」。木と火の精霊のエキスパートでもある彼女は、今では植物が持っている性質を最大限にまで高めるような育て方、調理方法をマスターしていた。つまり、『植物の味や栄養素を自分が望んだだけ増幅する』ことが出来るようになっていたんだ。
例えば、どんな野菜だって少しは糖分とか甘味の成分を持っているものだと思うけど、普通はその糖分量が少なかったり、苦みの成分の方が多かったりして、食べてもほとんど甘味を感じることなんて出来ない。でも、育成、収穫、調理の全ての段階で、意図的に「望んだ成分」だけを高くすることが出来るアグリちゃんの『職能』にかかれば、そんなことは全く関係なくなってしまう。彼女はその野菜がほんの少ししかもってなかったはずの甘味成分を何倍にも何百倍にも増幅してしまって、普通は苦みしか感じないハズの雑草を、「甘々なデザート」にすることだって出来てしまうんだから。
しかもしかも……。
その料理がどれだけ「甘々」で「コテコテのギトギト」の味がしたとしても、結局はただの野菜なわけで……。私たちは、そんな絶品のアグリちゃんの料理をどれだけたくさん食べたところで、絶対に健康を損ねることなんてないんだ。それどころか、食べたら食べただけ、アグリちゃんが『調合』してくれた栄養素によってどんどんヘルシーになっていくという……。ホントこれ、ただの魔法じゃね?
エア様の話だと、エルフたちは基本的にみんなベジタリアンで野菜や果物しか食べないらしい。最初にそれを聞いたときは私、この『亜世界』での食事は期待しない方がよさそうだな、なんて思っちゃったんだけど……でもそれは、完全に間違いだった。料理について無敵の『職能』を持つアグリちゃんがいてくれるなら、1000年どころか、きっと2000年でも3000年でも、食事に飽きるなんてことは絶対にないだろうからね。
そんな風に感動しながら絶品料理を食べ続けていた私をよそに、アグリちゃんは今度はエア様の前に、さっきの私のとは違う料理を出した。
「ほんで、お姉やんにはコレな」
それは、刻み葱のような緑の野菜が浮いた、暖かそうなスープだ。いつの間にそんな料理を作っていたのだろう?私のスイーツを作ってくれているところだけしか見えていなかった私は、アグリちゃんが一緒にそんな料理を作っていたことなんて全然気づかなかった。
エア様は、少し困ったような顔になる。
「……農業家?ですから先ほど言ったように、わたくしはもうこれ以上の料理はいらないと……」
「いや、あかんなあ」
アグリちゃんは首を振る。
「食欲ないゆうことは、体調悪いゆうことやで?1000年間みんなの食事を作ってきた農業家として、お姉やんの食欲ないんは、見過ごせんなあ」
「で、でも……」
「そのスープには、目一杯の栄養素を入れとる。ちょびぃっとでも飲んでくれれば、体調の悪いんなんか一発で治ってまうわ。消化しやすいように野菜はぎったぎたに刻んどいたさかい、嫌でも、薬のつもりで飲んでもらうで?これは、みんなの健康に責任がある農業家としての命令で……それから、お姉やんの妹としての、ウチのお願いや」
「農業家……」
照れ臭そうに微笑むアグリちゃん。
その顔を見たエア様は小さく頷いて、それから、そのスープをゆっくりと飲み干した。
「ありがとうね……」
彼女の具合が本当に悪かったのかどうかは、この『亜世界』に来たばかりで、今日エア様に会ったばかりの私には、分からなかった。でもそのときのやり取りからは、一見サバサバしたようなアグリちゃんも、実はアキちゃんと同じように本当にエア様のことが大好きなんだ、ということが伝わってきた。
私は、そんな風に妹ちゃんたちに好きになってもらえるエア様のことが、ちょっと羨ましく思ったのだった。




