02
七嶋アリサ。
飛鳥ヶ丘高校2年。女子フットサル部。
それが、少し前までの、「普通のJK」だったころの私のプロフィール。
異世界に転生…とか、ゲームの世界に入っちゃって…なんて、オタクの友達がそんな話してるのなら私も聞いたことあるけど、これから私が経験する物語にそういうのを期待されると、がっかりすると思う。だって私、その手の話って全然興味なくって今まで完全にスルーしてきたし、ゲームもアニメもあんまり詳しくないしね。
それ系の話題なら、トモちん(さっき言ったオタクの友達。いわゆる腐女子)の方が私よりも100倍詳しいんだから、どうせならあの子がこの世界にくればよかったのにさ。
でも、何故か選ばれたのは私だったんだ。
※
その日私は、いつも一緒に帰ってた友達とたまたま軽めのケンカみたいのをしちゃって、そのせいで、珍しく学校から1人で下校していた。その途中、駅に向かう道を歩いていたときに、急にめまいみたいなクラクラっとする感じになって、「あ、これヤバい…吐きそうかも…」とか思って、ちょっとその場にしゃがんで休もうかと思っていたら…。
トプンっ。
実際にはそんな音はしなかったのかもしれないけど、イメージとしてはそんな感じ。まるで、地面が急に全部水になっちゃって、体がその水の中に沈んじゃったみたいな浮遊感に襲われて。
目の前は何も見えなくて、音も何も聞こえなくって、気付いたときには、ただただ真っ暗な空間をフワフワと揺られている感覚だけになっちゃってた。
「え、何これ?もしかして私、死んじゃったの?全然意味わかんないんだけど…」とか思っているうちに、意識も段々遠のいていって…。
次に意識を取り戻したときには、真っ黒だった目の前の景色は、真っ白に変わっていた。ヨーロッパのお城みたいなオシャレな石造りの部屋の、豪奢なベッドの上に私は寝かされていたんだ。
「え…?どうして…?ここは、一体…」
とりあえず、体を起こして現状を確認しようとする。
「お目覚めですか?」
「う、うわぁーっ!」
と思ったら突然、耳もとから無駄にセクシーなウイスパーボイスが聞こえてきて、驚き過ぎた私はベッドから転げ落ちそうになった。
すぐに声のした方に顔を向けると、そこにいたのは海外の男性アイドルみたいな綺麗な顔した金髪碧眼のイケメン。彼は、私の顔を覗き込んでにっこりと笑っていた。
え?、ちょ、ちょっと待って…こ、これ…一体…?
「ここは、あなたが今まで暮らしていた世界とは、全く別の時空に存在する世界なのです」
いやいやいや…。
いきなりそんなこと言われましても、全然意味わかんないんですけど…。一度にたくさんのことが起こり過ぎて、私の頭がついていってないよ。ここがどこで、目の前のあなたは誰で、私はなんでこんなとこにいるのかってことを、一個ずつちゃんと整理しないと…。
「ああ、失礼しました。突然こんなことを言われても驚いてしまいますよね?では、順を追って説明させていただきましょう…」
そう言ってその金髪は、それから私が置かれている状況を丁寧に教えてくれたわけなんだけど…。
「…実はここは、かつては1つだった異世界が分断された、『亜世界』と呼ばれる世界で…」
「…魔法という技術によって、あなたはこの『亜世界』に召喚されたのです…」
「…僕はこの『亜世界』の一国、神聖アカシア帝国の第一王子、アカシニア・シュル・ロワールと申しまして…」
…ごめん。ちゃんと一個一個説明されても、やっぱよくわかんねーや。
つーか、そんな突飛なことをいきなり信じろって言われたって、普通は「はい、そうですか」なんてなるハズもなくってさ。
は?何言ってんの?つか、自分のこと王子とか言っちゃって、こいつヤバいやつじゃねーの?っていうのが、普通のリアクションだと思うわけでさ…。
でも、それからもその金髪王子様はバカみたいなことを真面目な顔して説明し続けてたし、私がいつの間にかこんなお城みたいなところにいるってこと自体は、疑いようのない事実なわけだし…。
結局最後には、私の常識が根負けしちゃう形で、私はその金髪王子様の言うことを信じ始めていた。
ここが『亜世界』で…。元の世界じゃなくって…。私は召喚されて…。
実は、そのときその王子様が私に説明してくれたことを要約すると、私が最初にprologueで言ってた話になるんだけどね。
あと更に言うなら、6個ある『亜世界』の中でもここは『人間』の『男性』に割り当てられた『亜世界』ってことになるらしいんだけど…。
えー?ここって男しかいない世界ー!?ってことは今この世界で女は私1人ってことで、それってもしかして、アニメとかによくあるハーレム展開ってやつ!?物語の主人公の私は、世界中のイケメンたちにチヤホヤされながら自分と結ばれる運命の人を探す的なー……。
でもどうやら、私がこの『亜世界』に召喚された理由は、そんな甘いものじゃなかったみたい。
「…あなたをこの『亜世界』に召喚させていただいたのは、全ての『亜世界』の将来を左右するような、ある計画のためなのです…」
私が連れてこられたこの世界を含めて、『亜世界』は全部で6個。そしてその6個のそれぞれには、元の異世界にいた生き物が6分割されて割り当てられている。
当初の神様の目論見だと、その『亜世界』のどれかにいるはずの『異世界を壊滅させた野蛮な生き物』が絶滅すれば、あとに残るのは『お行儀のいい生き物』だけ。そうなったら『亜世界』を元の異世界に戻してあげるよー、ってことだったんだけど…。
金髪王子様含む、この『人間男性の亜世界』の人たちは、それを待つことが出来なかったみたい。
「…どこかの『亜世界』が自滅するのを待つ以外に、何か僕たちに出来ることはないのか?分割されてしまった『亜世界』を元の異世界に戻す方法は、他に存在しないのか…?それが、この計画の始まりでした…」
そして発明されたのが、他の世界からこの『亜世界』に誰かを呼んでくる『召喚』。それと、この『亜世界』から他の世界に誰かを送り込むことが出来る『転送』っていう、2つの魔法だった。
どうして『亜世界』を元に戻すこととその2つが結び付くのかっていうと、それはつまり、その2つがどっちも『他の亜世界に干渉出来る』魔法だから。干渉出来るってことは、『亜世界』の間で契約を交わしたりも出来るってことで…。
「…そして長い研究の末に僕たちは、2つの『亜世界』の『管理者』が契約を結ぶことで、分断された『亜世界』を『結合』出来るということを発見したのです…」
つまり、各『亜世界』には必ず1人、『管理者』っていうその『亜世界』の責任者みたいな人がいるらしいんだけど、2個の『亜世界』の『管理者』同士で「くっついてもいいよー」っていう契約を結ぶと、2個を1個に結合出来るってことが分かったらしい。
2個を1個に出来るってことは、それをもう1回繰り返せば3個が1個になるってことだし、あと3回やれば6個の『亜世界』全部を1つの異世界に戻すことも出来るってことになる。つまり、神様が何かをしてくれるのを待たなくても、自分たちの力で『亜世界』を元の異世界に戻すことが出来るんじゃね!?ってことらしい。
いや、まあ…。
バラバラになっちゃったものを元に戻すんでしょ?いいんじゃない?勝手にやれば?別に私に文句なんてないし、そもそも、私関係ないじゃん……って、思ってたんだけど。
「…しかしここにきて、1つの問題が…」
急に深刻な顔になって、私の方を見る金髪王子様。
いや、そうゆうのいらないんだけど…。
「『亜世界』同士が結合の契約を結ぶためには、この『亜世界』から別の『亜世界』に、契約者となる人物を転送しなくてはいけません。僕たちは既に、『モンスター男性の亜世界』と『妖精男性の亜世界』については契約者の転送を完了しており、契約の締結も間もなくなされる見込みです…。しかし、『モンスター女性の亜世界』、『妖精女性の亜世界』、および『人間女性の亜世界』については、それが出来ていません…。その3つの『亜世界』に対しては、そもそも契約者の転送が出来ないのです…」
「あ…」
なんか嫌な予感がしてくる私。
「どうやら僕たち『男性』を、『女性』という性別に割り当てられた『亜世界』に転送することは、どうやっても不可能なようなのです。そこには、こんな状況を作り出した『神的概念』の高次な意識圧力が強く作用しているようなのですが…」
あーあーあーあーあー!
そこから先を聞きたくなかった私は、心の中で奇声をあげて金髪王子の話を拒絶する。
「そこで僕たちは次に、別のアプローチを試してみることにしました。つまり、たとえ『女性の亜世界』に『男性』が転送出来ないとしても、『女性』を『女性の亜世界』に転送することならば出来るのではないか?『亜世界』とは無関係の別の世界から『女性』を召喚してきて、その方に契約の代理人になってもらえばよいのではないか、と…」
あーあーあーあーあーあーあーあー!
……でも結局こんなのには、何の意味もなかった。
「そして僕たちは、あなたを召喚した…。つまりあなたは、分割されてしまった『亜世界』を元の異世界へと戻すために選ばれた、救世主ということなのです!いえ、何も心配はいりませんよ!?救世主とはいっても、そんなに大それたことをする必要はありません!ただ、転送先の『亜世界』で『管理者』を探して頂いて、その方と契約の儀式…ちょっとした『特別な接触』をして頂くだけ!ただ、それだけです!それだけで、2つの『亜世界』は結合して、元通りの1つに戻るんですっ!」
急に勢いづいて大声になって、勝手なことを並べ立てる金髪王子。
いやいやいやいや…。
救世主とか、いい感じに言っても騙されねーからな?言うのは簡単かもしれないけど、それ、絶対しんどいよね?普通のJKがやる仕事じゃないよね?
しかも今お前、『特別な接触』とか言った?え、何?何?私が、その亜世界の『管理者』と『特別な接触』?何かわかんないけど、絶対嫌なんですけど。
「…大丈夫です。あなたならきっと出来ますよ。だってあなたは、『未完成な亜世界』などではなく、『100%完成された世界』の住人なのですから。『存在としての確かさ』は、『亜世界』なんかよりもよっぽどあなたの方が強いんですから…」
おい、人の話聞けよ。
でも結局、そのバカ王子は私のことなんか無視して、それから最後まで意味の分からない話を勝手に進めてしまった。
※
そんなわけで、いきなり『人間男性の亜世界』に召喚された私は、挨拶も説明もおざなりな感じで、すぐに『モンスター女性の亜世界』に転送されることになっちゃったんだ。そんで目を覚ました途端、いきなりさっきのドラゴンちゃんに襲われて、そこを猫娘に助けてもらうことになったってわけで……。
しっかも、あのバカ王子…。
この私に、『亜世界』の『管理者』と『特別な接触』しろとか…。簡単に言ってくれちゃって…。
転送される直前に、バカ王子からその『特別な接触』の方法を教えてもらったんだけどさ……。
「あなたの体には既に、僕たちの契約の代理人となるための魔法をかけてあります。あとはあなたが、『亜世界の管理者』と口と口を合わせて、舌と舌を執拗に絡ませていただくだけ。それだけで、僕たちの契約は完了して…」
……。
……。
い、いや…それって…。
ただのディープキスじゃねーかっ!何で契約の儀式がディープキスなんだよっ!バカかっ!?私に何てことさせようとしてんだよっ!意味わかんないっつーのっ!
だ、だ、大体、『モンスター女性の亜世界』ってことは、『管理者』だってモンスターで、し、し、し、しかも女ってことでしょっ!?何で女の私が、女とキスしなきゃいけねーんだよっ!ふ、ふざけんなあぁーっ!